愛の喜び   Op.40b

「なあ、俺の伴奏やってくんねえ?」

僕は悟浄にそう言われました。
今まで誰かの伴奏をやった事はありませんでした。
ちょうど伴奏をやってみたいと思っていたところだったし……
悟浄の音楽に興味がありました。

「ええ、喜んで」
僕は悟浄にそう言いました。


彼の音楽に合わせるのは楽しかった。
彼の作り出す音楽に合わせる……。
ちょっとした間の取り方……。
彼の動き一つ一つに、すべての神経を集中させる。
彼の要求する音楽の絶妙なタイミングに絶対に少しでもはずさないように……。
彼の音楽についていくのは本当に楽しい……。
この場所に音楽以外何も無いかと思うぐらい、心が音楽の中にとけ込んでいく……。

「お前と合わせてるのって、SEXみたいで気持ちイイ」

悟浄がそう言った時、僕は何を言っているのか理解出来なかった。
それを理解した時、僕の顔は火を吹きそうなぐらい熱くなった。
もう、一体何を言い出すんです!
「だって2人(の音楽)が1つになるんだぜ。お前の音すっげえ気持ちイイし」
「もう……何言ってるんですか!……知りません!」
僕はそう言うと悟浄から顔を背けました。
なんか……はずかし……。
こんなに顔を赤くして……みっともないですよね……。
ただの冗談なのに…。
こんなに意識してしまうなんて……。
それは…相手が悟浄だからなんでしょうか…?

 

「なあ、八戒」
悟浄はいつもそうやって話しかけてきます。
彼の声にドキドキします。
彼の炎のような瞳に見られると、心臓が破裂しそうです。
気がつけば彼の事を目で追ってしまいます。
弦を押さえる力強い指。
弓を操るたくましい腕。
すべて…虜になる……。


この気持ちが恋だとわかって…どうしたらいいか分からなくなりました。
僕もあの人も……男で……。
そう簡単にはこの気持ちを伝えられなくて……。
それでも伝えたくて……。
そんな事を言ったら…あの人は気持ち悪いって思うでしょうか…。
男が男を好きだなんて……。
でも、この気持ちを抑えることなんてできません。
どうしたらいいのでしょうか……。

 

そんな時、彼が一つ仕事をするという事で伴奏を頼まれました。
小さな結婚式での演奏なんですけど……。
僕の気持ちとしては複雑です。
会える時間が増えるのは嬉しいんですけど……。
でも、ずっとこの気持ちを抑えてなければいけないわけですし……。


まだ悟浄の来ていない練習室で一人ピアノを弾く……。
『愛の喜び』
悟浄に会ってから……この曲の意味も少し分かった気がします……。
音楽に……僕の気持ちを乗せたら……。
貴方は僕の気持ちに……気付いてくれますか?

ふと窓の外を見るとそこに悟浄がいました。
「悟浄?どうしたんです。そんな所でぼーっと立って……」
ドアを開けても悟浄は動きません。
……どうしたんでしょう……
「悟浄?」
「ワ…ワリィ…ちょっと考え事いててさ」
悟浄は顔を背けて楽器を出し始める。
その顔が少し赤いような気がしたのは……気のせいですか?
僕の事……少し意識してくれてるのかな……なんて思っちゃうのは……うぬぼれなんでしょうか……。
「『愛の喜び』今やってんの?」
そう聞いてくる悟浄の顔はいつも通り……
いえ……なんか無理して平常を装っているような……。
うーん……。
ここは一つ…カマでもかけてみますかね……。
「いえ、少し遊びで弾いただけですよ」
「好きなの?『愛の喜び』」
「昔は余り好きじゃなかったんですよ。でも貴方に本当の音楽を教えて貰ってから好きになったんです」
音楽を……。
そして貴方を。
「へえ……」
「ねえ、悟浄。音楽で愛は伝わると思いますか?」
伝えたいんです……この気持ちを……。
「伝わると思うぜ」
「そうですか……」
じゃあ……気付いて下さい……。
音楽に込めたこの気持ちを……受け取って下さい。
「じゃあ、合わせるか」
「はい」
鍵盤の上に指を置く。
今から貴方の事を想って弾きます……
だから……

ゆっくりと悟浄の方を見て合図を待つ。
お互いの視線がかさなる。

──── この音楽のすべてを貴方に……

 

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