乙女の祈り　OP36-b　　　三蔵編

　　
　買い物に出かけると、街はバレンタイン一色だった。
　いろいろな店先にかわいらしくラッピングされたチョコが並んでいる。
　女の子たちは一生懸命チョコレートを選んでいる。
　八戒はそんな街の風景をほほえましく見る。
　「もうそんな時期ですか。」
　毎年の事だが、すごい行事である。
　初目的を忘れているようなイベント……。
　「私、今年こそあの人に告白するわ。」
　と、意気込む女の子。
　ただのイベントになっても、中にはやはりこの機会に自分の想いを伝えようとしている子もいるのだ。
　自分の想いを伝える……。
　八戒は一人の男の事を考える。
　……三蔵……
　僕の迷いを断ち切らせてくれた人……。
　そして、僕に”生”をくれた……。
　「きっと、こんな事には興味無いでしょうね……」
　八戒は、ふう…とため息をつく。
　三蔵はきっとバレンタインになど興味無いだろう。
　しかしあの容姿である……。
　もしかしたら誰かからチョコレートを貰うかもしれない。
　何かイヤな気分になる……これは嫉妬…？
　自分は男であるから、三蔵のことを好きでも、チョコレートをあげることも、告白することも出来ない。
　街でチョコをえらぶ女の子たちを羨ましく想う。
　……でも……
　八戒は少し考える。
　
　何もやらずに諦めたりしないで、がんばってみよう……かな。

　それは究極の選択。
　この想いを伝えたら……。
　三蔵はどう思うのだろう。
　軽蔑するだろうか……。
　もう会うことが出来なくなるかもしれない。
　……どうする……？
　勝機はない。
　それぐらいならば、このままの方が良い？
　それでも……。

　結局八戒はチョコレートの材料を買った。
　でもまだ迷っていた。
　材料を見つめて考え込む。
　「…って考えてても仕方がありませんね…」
　八戒は材料をもって台所へ向かった。

　チョコレートを刻み、湯煎で溶かす。
　ゆっくりとかき混ぜながら考えるのは…あの人の事。
　出会った時……。
　僕は必死で……何も考えられませんでした。
　すべてが終わった絶望の中で……
　貴方は僕に言葉をかけた。
　それはまるで天からの言葉のように……
　絶望という名の闇の中にいた僕に光をくれた。
　まぶしい光に目がくらんだ。
　その時僕は恋に落ちた。

　貴方は強い……。
　真っ直ぐな心……。
　誰よりも強い心……。
　その心に僕は惹かれる。
　光り輝くオーラ……。
　その光は美しく……暖かく……
　近くにいると気持ちいい。
　そばに居たい……。
　その光に触れていたい。
　ずっと貴方のそばにいたい…。
　でも、僕と貴方は…住む世界も……身分も……
　……種族ですら……違う……
　だからいつか……離れなくてはならない時が来るでしょう……
　そんな時がくるのが怖い……。
　……だから……
　だから、何も言わずにいるよりも……この気持ちを……伝えたい……。

　「……できた……」
　想いを込めて作ったチョコレート。
　これを想いを込めて、丁寧にラッピングする。
　可愛らしくリボンを結べば……完成……。
　「さて、これをどうしましょうね……」
　綺麗にラッピングされたチョコレートを見つめる。

　悟空がチョコレートをほしがっていた。
　悟空にチョコレートをあげに行こう。
　そしてついでを装って三蔵にチョコレートをあげよう。
　手紙を付けて……。
　さりげなく渡そう……。
　手紙に自分の気持ちを綴ろう。
　三蔵は手紙を読むだろう……。
　三蔵はどう想うだろう。
　この……自分の気持ちを……

　恋をする者は……

　誰よりも強気で……
　　
　誰よりも臆病……

　誰よりも優しく……

　誰よりも残酷……

　誰よりも美しく……

　誰よりも醜い……

　何もかもが見えるのに……

　何も見えない……

　自室の机の引き出しに、大事にしまい込む。
　想いのこもったチョコレート。
　胸がドキドキする。
　あの人の事を考えると……。
　「……三蔵……」
　そっと声に出す。
　貴方の名前を呼べる事が幸せです。
　でも、貴方がここにいないのは……寂しい……。
　早く貴方に会いたい……。
　貴方のいないと、、まるで闇のようです。
　何も見えない……。
　貴方がいないと、孤独な闇の中で死んでしまいそうです。
　僕の事を考えてください。
　僕を見てください。
　僕に触れてください。
　僕の名前を呼んでください。
　……愛じゃなくてもいい……
　それが友情でもいいから……
　僕のそばにいてください。
　鮮烈なその光で……
　
　僕を一生照らし続けて

　一枚の便箋。
　貴方の好きな色の……。
　一文字一文字気持ちを込めて綴ります。
　この気持ちを……。
　受け入れてくれなくてもいいから……
　受け止めてください……。
　溢れそうなこの気持ちを。
　ペンを取ってゆっくりと息を吐く。
　便箋の上に文字を綴っていく。
　気持ちを込めて……

　『Dear………』