ハッピーエンドで終わりたい人のための小品 Op23b



 ……ここはどこだろう。
 霧がかかっていてよくわからない……。

 霧の合間から八戒の姿が見える。
 俺は八戒に近付こうとした。
「八……」
 その瞬間、八戒の胸から血が噴き出す。
 スローモーションのように、八戒はゆっくりと倒れる。

 その後ろにいたのは……。

「三蔵…」
 三蔵のその手には愛用の銃が握られていた。
「三蔵…お前が八戒を殺したのか…?」
 俺の言葉に三蔵は軽く嗤う。
「何を言っているんだ」
 三蔵の指が俺を指す。
「八戒を殺したのは…お前だろ…」
 自分の手を見ると、いつの間にか血塗れのナイフが握られていた。

 手が紅く染まっている……。


「……ッ!」
 目を覚ますと、真っ暗だった。
 …でも、よく見れば俺の部屋…。
 …夢…?
 俺は自分の手を見る。
 ぬるっとした感触はあるが、それは血ではなく汗だった。
 俺は大きく息を吐く。

 ……何度こんな夢を見ただろうか…。

 あれから、毎晩俺は悪夢に魘された。
 夢の中で八戒は何度も死ぬ…。
 俺の目の前で……。
 俺の手で……。


 俺はそれから再び眠ることは出来ず、自分の両手を見つめたままじっと夜が明けるのを待った。





「…おはよ……」
「…おはようございます…」
 八戒はこんな時間に俺が起きてくるなんて思っていないので、驚いた様子だ。
 …アタリマエか…。今は朝の七時だ。
 普通、俺はこんな時間には夢の中なんだけどサ。
「悟浄、どうしたんですか?」
「え?」
 俺の前にコーヒーの注がれたカップが置かれる。
「…日に日に起きる時間、早くなってますよ…」
「俺だってたまには早起きぐらいするって」
「…顔色もあまり良くありませんし…」
「………」
「もしかして、あまり眠れてないんじゃないですか?
 ほら、目の下に隈がこんなに…」
 八戒の柔らかい手が俺の顔に触れる。
 俺は反射的にその手を叩き落とした。
「……悟浄…?」
「あ…ワリィ……。なんでもないから…」
 俺はそのまま八戒から視線を逸らす。
 …八戒をまともに見ることが出来ない…。
 コーヒーを一気に飲み干すと上着を掴む。
「俺、ちょっと散歩でもしてくる…」
「悟浄」
 扉に手をかけた時、後ろからかけられた声に、俺は立ち止まった。
「…悟浄…。言わなければ伝わらないこともあるんですよ…」
「…あぁ……」
 俺は小さく返事をすると、そのまま家を出た。


 …その夜、俺はまた悪夢に魘された。
 崩れていく八戒の苦しそうな顔だけが頭の中に鮮明に残っている…。
 日に日に酷くなっている……。
 俺は自分の両手を見つめながら激しく上がった息をゆっくりと整える。
 その時、部屋に小さくノックの音が響いた。
「…悟浄……?」
 ゆっくりとドアが開く。
 そして八戒は俺のベッドへと近付く。
 暗くて表情はよくわからないが、声はかなり心配そうな物だった。
「…大丈夫ですか?こんなに汗をかいて…」
 水で絞ったタオルで、そっと俺の汗が拭き取られる。
「…もしかして、毎晩こうなんですか?……ちょっと異常ですよ…何か、悩みでもあるんですか?」
 俺は俯いたまま顔を上げることが出来ない。
「…僕には言えませんか?」
 暗くてよく見えなかったが、八戒が悲しそうな顔をしているのがわかる。
 そのまま八戒がどこかに行ってしまいそうで…。
「実は…」
 俺は全てを話すことにした、
 もう…精神的にも限界だった……。



「そうだったんですか…」
 俺は本当に全て話した。
 あの長かった夢の話も…。
 だから、俺は少し怖かった。
 この話を聞いて、八戒が…どこかに行ってしまうかもしれない……。
 俺の思考は常人から見て恐怖になるほど異常だった。
「……辛かったんですね…」
 予想に反して、八戒の声は…とても優しかった。
 そっと俺の手に八戒の手が絡まる。
「僕はここにいますから…。
 だからゆっくり休んでください」

 繋がれた手の暖かさに安心した。
 聴こえてくる子守唄も、優しく…暖かく……。
 俺は久々に幸せな夢を見ながら眠った。


 ─── お母さんの子守唄、大好き…。

 別にアイツに母を求めたわけじゃない。
 ただ…俺の理想にぴったりだっただけだ。


 家の前まで来ると、夕飯の支度をしている香りが中から流れてきた。
 ドアを開けると暖かい空気が流れ出てきて…。
 夕日を受けて台所に立っている八戒の姿が影のように見えて…
 俺に気が付きゆっくりと振り返る。












 ──── おかえりなさい



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