アルトのための二つの歌
1.秘めたる思い Op173
彼はいつも強い光を放っていた。
強く綺麗な光を……。
でも彼は…………
「三蔵って、いつも眉間に皺が寄っている気がするんですよね」
「は……?」
八戒はそう言いながら悟浄の前にコーヒーを置く。
それに対して悟浄は間の抜けた声でそう返した。
「何それ……いきなり……」
確かにそれは突然の発言だった。
それまでの話の流れともかみ合っていない。
「いえ、ちょっとずっと考えていたものですから……」
いつ見ても三蔵の眉間に皺が寄っている……気がする。
敵と戦って居るときも、食事をしている時も、新聞を読んでいる時も……。
「皺ねえ……まあ、あれはもう三蔵サマの顔の一部なんじゃねえの?」
悟浄はそう言って笑いとばすが、八戒はまじめな顔をしたまま思い詰めたように溜息を吐く。
そして心ここにあらずといった表情のまま。
「……おーい、八戒さん?」
八戒の顔の前で手を振ってみるが、完全に心がどこかにいってしまっている感じだ。
「どったの、八戒。
そんないきなりさー。三蔵の眉間の皺なんて今に始まったもんでもないっしょ」
「そうなんですけど……」
そこまで言って八戒は再び重く溜息を吐く。
確かに……三蔵の眉間の皺など出会った時からそこに存在していた。
だけど……。
「三蔵って……心休まる時ないんですかね」
「はぁ?」
またも突然の発言に悟浄の眉間にも皺が寄る。
「三蔵って何でも一人でやるっていうか……。
責任感が強いんですよね。
あんな風に一人で抱え込んでしまうから、きっと眉間の皺もとれないんですよ。
もっと……僕たちの事も信頼してくれても良いと思うんですけど……」
「あのー、三蔵サマめっっちゃ人使い荒いんですけど……」
「任されるとこき使われるは別物体です」
先ほども三蔵に雑用を押しつけられた悟浄はそう声を上げるが、あっというまにその発言は切り落とされる。
「あ、そう……。
で、八戒さんは、三蔵サマに信頼されてオシゴトを任されたいわけ?」
「いえ……そんな……。
でも、それで三蔵の負担が減って……少しでも心休まる時間が出来るなら……」
そう言いながら明後日の方を見て溜息を吐く八戒……。
何か様子がおかしい……これはまるで……
「八戒、それは『恋』だ」
折しも季節は秋。
そう、これはまるで『恋は盲目』モード……。
「恋……え、でも僕は……」
「いや、絶対『恋』
もう当たって砕けるしかない。
っていうか今日お前三蔵と同室だろ。早く戻れ」
「え……でも……」
まだ何か言っている途中の八戒を悟浄は部屋から出し扉をしめた。
「危なかった……」
悟浄はそう呟いて溜息を吐く。
恋愛モードまっただ中を相手にするのは根気と体力の危機……。
いや……この先の事を考えるだけでも疲れるが……。
「ま……なんとかなるでしょ……」
「恋……ですか……」
悟浄がそんな呟きを溜息と共に漏らしている頃、八戒は廊下でこんな呟きと溜息を漏らしていた。
部屋へ向かう足は宙で泳いでいてなかなか進まない。
それもそう……部屋に戻れば三蔵がいる。
こんな気持ちのまま三蔵に会うことなんて……。
………恋。そんなハズはない。
確かに三蔵の事は信頼している。
三蔵の強さに憧れも抱いている。
……でも三蔵は男で……。
綺麗だとも思う。
本当は優しい事も知っている。
……でも三蔵はお坊さんで……。
一緒にいると何か嬉しい。
ずっと一緒にいたいと思う。
……でも三蔵は共に旅をする仲間で……。
それで……それで……。
考えれば考える程分からなくなる。
これが恋というものなのだろうか。
自分は三蔵の事を……
「何してるんだ?」
「さ……三蔵……」
ドアノブに手を乗せたまま考えてる八戒の後ろから、三蔵の声が降り注ぐ。
「入らないのか?」
「い…いえ……入ります」
その場から逃げるのも不自然で、八戒は黙って部屋に入る。
しかし何か気まずい想いが広がる。
まだ三蔵への想いが何かも分かっていないのに……。
「どこか出かけていたんですか?」
「ああ、煙草が切れていたからな」
八戒は三蔵の手の中の煙草を見て小さく声を上げる。
言ってくれれば買いに行ったのに……。
ほんの少しの事でも、雑用でもいいから三蔵の力になりたかった。
そう……三蔵への想いが恋だろうが何だろうが関係ない。
ただ自分は三蔵の負担を減らしたかった……ただそれだけ……。
「三蔵、何かすることありますか?」
何か何でもいいから、少しでも三蔵の力に……。
「コーヒー」
「………………」
そう言う意味ではなかった……ハズ。
聞き方が悪かったのだろうか。
これではいつもやっている事と変わらない。
別に三蔵にコーヒーをいれる事が嫌なのではないが……。
何かもっと三蔵の負担を減らせるような事が……。
「はい、三蔵」
それとも、自分にはそんな事無理なのだろうか。
そんな事を思いながら八戒は、三蔵にコーヒーを手渡す。
「ん……」
三蔵はそれを受け取りゆっくりと口を付けた。
「ねえ、三蔵は自分でコーヒー入れたりします?」
「いや……コーヒーはお前が入れたヤツが一番美味いからな」
「………………」
そう言ってコーヒーを飲んだ三蔵の眉間の皺は少し薄くなっていた……気がする。