嘆きのセレナード Op163
体が重い……。
ゆっくりと意識が浮上する。
重い瞼を上げれば、そこには心配そうに自分を見つめる八戒の姿。
「……よかった」
八戒は小さくそう言うと、倒れ込んだ。
悟浄は痛む体をゆっくりと起こし、周りを見渡す。
そこは見覚えの無い、小さな山小屋。
「……そっか……」
少しずつ記憶が戻ってくる。
敵の襲撃で四人はバラバラにされて……。
辛うじて八戒の姿だけは遠くに見えたけれど、三蔵と悟空の姿は全く見えなかった。
そんな時に、自分は敵の攻撃を受けて……。
「…カッコわりーな」
かなりの重症だったのだろう。
八戒の気のおかげで、傷は大体塞がっているものの、まだ動ける状態ではない。
自分に気を施した八戒は倒れ込んだまま、あだ起きあがらない。
「…ったく、自分が倒れるまで力使ってんじゃねえよ」
小さくそう言い八戒に手を伸ばす。
しかし八戒に触れた瞬間、悟浄の手が止まる。
「……おい……八戒……」
八戒の体は……もう冷たくなっていた。
「悟浄……」
やっとの事で三蔵と悟空と合流できた時、悟浄の体からは多くの血が流れ出していた。
完全に傷が塞がっていない状態で八戒を担ぎ、休まず山を下り続けた。
その為、八戒がギリギリ塞いだ傷は開いてしまい、そこから大量の血が流れ出してしまったのだ。
「早く、手当を…」
そう言い自分に寄る悟空を悟浄は振り払う。
「俺の事はいい……八戒を……」
霞む意識の中で悟浄は必死にそう叫ぶ。
「……八戒……?」
悟浄の腕の中の八戒を見て、悟空は小さく声を漏らす。
八戒は誰の目から見ても……もう……。
「頼む!八戒を……八戒を助けてくれよ!」
悟浄の悲痛な叫びに悟空は視線を逸らす。
それでも悟浄は叫び続け、縋るような想いで三蔵を見た。
……三蔵は視線を逸らさなかった。
悟浄を見たままゆっくりと口を開く。
「もう遅い……八戒はとっくに……」
『死んでいる』…その言葉に悟浄の意識は遠のいた……。
目を開けても……もう何処にも八戒はいない。
……自分のせいで。
「馬鹿が……」
悟浄は小さな声で呟く。
思いっきり怒鳴ってやりたい気分だった……でもその相手はもう居ない。
「どうしろって言うんだよ。
こんな風に俺だけ残されて……。
それで、これからどうしろって言うんだよ!」
悟浄はベッドの側に置かれた八戒の荷物を掴み壁に向かって投げつける。
大きな音を立てて、鞄の中身が床に散らばった。
その音と別に、戸口で小さく音が鳴る。
「誰か居るのか?」
悟浄の言葉に恐る恐るといった感じに扉が開かれる。
「あ……飯、持ってきたんだ」
食事のトレイを持った悟空が、恐る恐るといった感じに部屋に入る。
その食事は、作られてから時間がたっている感じだった。
おそらく、戸口の前でずっと様子をうかがっていたのだろう。
「ここ置いとくから。
後ででいいから食えよ」
それだけ言い、部屋から出ようとし…一度立ち止まる。
「あ……あのさ……。
聞いた話なんだけどさ。
死んでから別の人に臓器とか移植するやつってさ……移した相手の先で、死んだヤツ…生き続けれるんだってさ……」
「…………?」
「ん、それだけ」
悟空はそう言うだけ言って部屋を出て行った。
「何なんだよ……」
一人残された部屋で悟浄は呟く。
目の前には、先程自分が投げつけた八戒の荷物が痛々しく散らばっている。
自分のした行いを少し恥じ、溜息を吐いてから散らばった荷物を拾い上げる。
その中にそれはあった。
「……日記?」
旅にでる前も、旅に出てからも……八戒が何か夜書き込んでいたノート。
落ちた衝撃で開かれたページには、無数に自分の名前が書き込まれていた。
悟浄はそのノートを手に取り、震える手で最初のページをめくる。
『悟浄へ』
一ページ目にはそれだけが書かれていた。
続いてページをめくる……。
『悟浄へ
これは貴方への気持ちを綴る日記です。
僕の貴方への想いは、きっと一生伝える事が出来ないでしょう。
伝えても、貴方は困るだけだから。
だからこの日記にだけ、貴方への想いを伝えます。
どこにも行けないこの気持ちを……』
その先は……日記といえば日記で、でもただの日記ではない。
日記を通して伝えられる、届くことのないラブレターだった。
「何だよ……これ……」
その八戒の気持ちには、悟浄は何も気づいて居なかった。
でもこの日記には、悟浄の覚えていない些細な事までが、八戒の悟浄への気持ちを通して綴られていた。
毎日……毎日……。
そこには、八戒の気持ちが溢れていた。
「最後の日の……」
そして書かれた日記の最後のページ。
そこには……。
『僕はもうすぐ死ぬんだって思います。
最近そんな予感がしてならないんです。
きっと近いうちに……。
死ぬのは怖くないけれど、貴方と別れるのは辛いです。
今、一つ望むことは……死ぬのなら、貴方の為に死にたという事。
貴方に貰った命を……貴方に返して、そして死にたい
4年前、貴方に命を救われてから今まで生きた意味の為に。
そしてこれからの為に……』
「八戒……」
八戒は分かっていた、自分が死ぬことを。
その上で……悟浄に命を与えた。
「八戒……」
それが……彼の望み……。
「なあ、三蔵。
俺、これからどうしたらいいと思う?」
「そんな事自分の好きにしろ」
悟浄の問いに三蔵はそう言う。
そして少し間を置いてからもう一度口を開く。
「と、言いたい所だが。
もうお前一人の問題じゃないだろ」
「……ああ、そうだな」
自分の中には、八戒が居る。
彼が最後に命までを変えた、その気孔がこの体内に宿っている。
もうこの体は自分一人の体ではない。
「生きてくわ。
八戒と一緒にさ……」
自分が生きているかぎり、八戒もこの体の中で生きていくのだから。
ずっと一緒に……。
八戒の日記の最後のページ。
そこから一枚置いて、新しく文字を綴る。
これからの日記を……。
『八戒へ』
それは……届く事のない……ラブレター
祝58の日(笑)
久々に行事にのってみました。何年ぶりだろう。
そして58の日だというのに甘でない。今……ラブラブなネタないから。
まあ、鬼畜とかじゃないから…いいよね。
そして、このネタ。ちょっと前に考えたのですが……上手く書けないー。
特に八戒の日記が。
もっといい話にしたかったのに……技量がたりません。
そしてそして、素で言いますが……今更『ラブレター』て書くのこっ恥ずかしいのは私だけじゃないよね。
『恋文』も可笑しいしはずいし…。
パソの前で悶えてみました。
あー、もうだめー。
Op163〜Op180に戻る