あなたがどこを歩くとも   Op154


 帰ってきた……あの家へ……。


「じゃあ、僕は仕事に行ってきますね」
 そう言って八戒は静かに玄関の扉を閉めた。

 あれから数日がたった……。
 悟浄は相変わらず鬱ぎ込んでいて……何もしようとはしない。
 ただ、頻繁に訪れる借金取りから身を潜め……。
 八戒はその悟浄の借金を返す為に朝から晩まで働き詰めた。
 でもそれは八戒の意思で行っている物。
 前の様に強制されているものではない。

 悟浄に元気になって欲しい。
 悟浄の為に何かしてあげたかった。
 あんな辛そうな顔をしている悟浄は……もう見ていられない。
 ……ただその想いで。


 
「お前は正気か?」
「ええ、正気ですよ」
 ベッドに横になったまま言う三蔵に、八戒は直ぐにそう返す。
 八戒は仕事の合間を縫って、三蔵の元に通っていた。
 自分が負わせてしまった障害が少しでも回復するように……治療の為。
「お前には学習能力ってものがないのか」
 三蔵の回復は順調だった。
 最悪寝たきりだと言われていた体も、今では軽度の麻痺程度になった。
 こんな悪態が吐けるぐらいに。
「……そうですね、本当に」
 八戒は小さく笑う。
 学習能力がないと言われても仕方が無いだろう。
 前にあれだけの事があったのに……。
 それによって三蔵は体に障害まで負って。
 それでも自分は……。

「さて、そろそろ悟空が帰ってくる時間ですね。
 また明日治療に来ます」
 そう言い八戒は立上がる。
「まだアイツに会わないのか?」
 その言葉に八戒は俯く。
 三蔵があの事を許しても悟空はまだきっと……だから……。
「……会えませんよ……悟空には」

 悟空は僕を許さないだろう。
 例え三蔵の傷が癒えても。
 ずっと……ずっと……。




 今の八戒の職場は、小さな食堂だった。
 給料は大してよくはない。
 朝から晩まで働き通しても、生活費はいっぱいいっぱいだ。
 だから悟浄の借金を返す為に他にも短期の仕事や内職を掛け持っていた。
「八戒さん、今日はもういいからあがんな」
「でも時間が……」
 そう言う八戒に店の女将さんは小さな包みを渡す。
「これ、見栄の残り物で悪いけど、悟浄と二人で食べな」
「飛さん……」
「ずっと働いてんだろ?顔色悪いよ。
 こんなんじゃアンタの方がぶっ倒れちまうよ。
 今日はゆっくり休んでまた明日からしっかり働いておくれ」
 笑う女将さんの顔に八戒の目頭にうっすらと涙が溜まる。
 職場でこんなに優しくしてもらうなんて……久しぶりだった。
 ずっと辛い思いしかしていなかったから。
「ありがとうございます」
 心の中に暖かい気持ちが広がっていく。
 ……戻ったんだ。
 すべて……幸せだった頃に戻っていく……。

 (線)  僕も悟浄も…きっと……。



 家に戻ると玄関の扉に何度か蹴られた跡があった。
 それと書き殴られた文字で『金返せ!』だとか『死ね!』と書かれた紙が何枚も貼られている。
「………………」
 こんな事はもう珍しくも何ともない。
 毎日、借金取りがくる。
 その他にも、悟浄に騙され恨みを持っている者からの嫌がらせも絶えない。
 それでもこの家から出るつもりはなかった。
 二人が出会い旅に出るまでも、旅から帰ってきてからもずっと二人で暮らして来た家だから……。
 色々な思い出の残っているこの家を捨てられない。
 良い思い出も辛い思い出も……すべて……。

「悟浄……居ますか?」
 返事はない。
 それでも悟浄が居る事は分かる。
 最小限の気配だけ残した悟浄……。
 これが本当にあの人なのだろうかと思うぐらいに。
「店の女将さんにお総菜を分けて貰ったんです。
 悟浄も一緒に食べませんか?」
 そう言いながら悟浄の震える背をそっと包み込む。
 ……守ってあげたい。
 その気持ちだけが八戒の心を支配する、
 例え過去がどうであれ、今の悟浄を……放っては置けないから……。




 日に日に借金の取り立てはエスカレートしていった。
 悟浄の体に殴られた跡を見た時もあった。
 それを見て八戒は心を痛める。
 自分に……もっと自分に力があれば、悟浄にこんな辛い思いをさせる事もないのに……。

 そして数日後、八戒は借金取りと遭遇した。
「オイ!居るんだろ!分かってんだぞ。
 借りたもんは返せってんだろ!
 金がねえなら臓器売ってでも作れや!」
 そう言いながら男たちは鍵のかかった扉を蹴りつけ、こじ開けようとする。
「やめてください!」
 八戒は慌てて男たちに言う。
 八戒の声に男たちは振り返った。
「………………」
 矛先が自分に向き、八戒は一瞬身をすくめた。
 でもここで逃げたら悟浄が……そう思い八戒は男たちと対面する。
「アンタが悟浄のコレか?」
「ええ……」
「じゃあアイツに言えよ、金返せって。
 保険金でも臓器でもいいからよ」
 男は怒鳴るようにそう言う。
「そんあ……あのこれ少しのお金ですけど……。
 今日はこれで……お願いします」
 男の様子に八戒は慌てて財布からお金を出す。
 それは今自分の持っているすべてのお金だった。
 これを渡してしまえば、この先の生活していけない。
 でも今はそんな事は言ってられない。
 悟浄には……変えられない。
「兄ちゃん、わりいけど桁が二つぐらい違うんだよ。
 こんな端金じゃ利子にもなんねえなあ」
 男は渡された金を見て鼻で笑う。
「でも……今はこれしか……」
「じゃあ、悟浄の代わりにアンタが働くか?
 悟浄じゃ臓器売るぐらいしか出来ねえけど、アンタなら器量いいし。
 すぐに借金かえせるぜ」
「僕が…働くって……やっぱり……」
 それは風俗業を指すのだろう。
 男の提案に八戒は戸惑う。
 もう自分の身を売るのは……嫌だった。
「まあ、健全な仕事とはいえねえがな。
 別に男にヤラセルわけじゃねえから安心しな」
「……………」
 男の言う仕事がどんな内容か分からず、八戒は迷いを隠せなかった。
 一体どんな事を……。
「『インターネットモデル』って知ってるか?
 まあ普通は可愛い女がネットを通じて男と話したり、着替えを見せたりするヤツ。
 うちはもう少しアダルト向けだけど、その分ギャラはだすぜ」
 ネット上で……でも実際に客に会うことがないのなら……それでも……。
 八戒の中で葛藤が繰り返される。
 その様子を見た男がひと言付け足す。
「まあ、イヤだってんなら悟浄に臓器売ってもらうしかねえけどな」
 男はそう言い、家の扉の方に踵を返す。
「まってください。
 や……やります……」
 八戒はか細い声でそう答えた。



(線)  そうして僕はまた風俗に身を沈めた。




 その後、その足で事務所へと連れて来られた。
「簡単な仕事だよ。
 このモニターの前に座ってチャットで話してる人と楽しく会話するだけ」
 そう言って通されたのは小さな部屋だった。
 パソコンの様な画面と、あとは色々な服や道具が置かれているだけだった。
「ここで、話をすればいいんですか?」
 今まで見たことの無い空間に八戒は不安を覚える。
 置かれている服や道具も、勿論アダルト系のグッズである。
「まあ、客は色々要求してくるけど基本的には逆らうなよ。
 早い話モニターの前で愛想振りまいて男どものズリネタになれってやつ」
 男は笑いながら言う。
「今日はとりあえず試しで今から一時間入って貰うから」
 そう言って部屋の扉は閉められた。



帝王『こんにちは、新人さん?』

 仕事が始まると同時ぐらいに一人の客が入室し、モニターに文章が映し出される。

「こんにちは、八戒って言います。
 よろしくお願いしますね」

 八戒はモニターに向かって微笑む。
 こちらから相手の顔は全く見えない。
 ただ文章だけが並ぶ。
 初めての事に八戒は少し戸惑うが、客は次から次へと入って来る。

タケシ『八戒さん何歳?』

「えっと……23です」

帝王『へー、見えないね』
フェチ『まだ十代みたいに見えるよ、かわいーからさ』

「そうですか?ありがとうございます」

 ただ会話で進むだけの仕事。
 予想していたよりも軽く、次第に八戒の緊張は解けていく。
 気が付けば、初回の一時間が経とうとしていた。

「あ、もう時間ですね。僕はこれで……。
 次は、楊くんです」

タケシ『もうそんな時間なんだー、残念』
オバQ『明日も出るんだよね』

「ええ、今日は初めてだから短い時間ですけど明日からはもっと長くお話できますから、よろしくお願いしますね」




 部屋からでて八戒は安堵の息を漏らす。
 初回は何事も無く、無事に終わった……。
「お疲れ、簡単な仕事だっただろ?
 明日もよろしくな」
「はい……」
 そう応えながら八戒は少し考える。
 こんなに簡単でいいのかと……。
 あまりにも話がうますぎる。
 こういう上手い話にはきっと裏があるのだと……。


 そう思った八戒の考えは当たっていた。
 次の日の仕事の時間には昨日よりの沢山の人が八戒のチャットに集まっていた。



「みなさん、こんにちは。
 今日もよろしくお願いしますね」

 そう言って八戒は仕事を始める。
 初めは昨日と同じたわいのない会話だった。
 その時、中の一人の発言からチャットの場は別の方向に進み始めた。

フェチ『昨夜は八戒さんの事ずっと考えて寝れなかったよ』
タケシ『俺もー』
オバQ『俺もー!俺もー!』

「そうなんですか?何だか嬉しいですね」

フェチ『八戒さんってさ、メイド服とか似合いそうだよね』

「え?メイド服ですか……?」

帝王『それ良い!着てみてよ』
エロ名人『俺も見たい!』

「えっと……」

 八戒は小さく呟いて部屋の中を見渡す。
 そこにはメイド服や他の沢山の服が掛けられている。
 ……この為だろう。

フェチ『着てよー』
タケシ『見たい!』

「そうですか、皆さんがそう言うならちょと着てみますね」

 これは仕事だと割り切ってメイド服を手に取る。
 そしてモニターの前で着ている服を脱ぎ、メイド服に袖を通す。
 その度に画面には沢山の感嘆の文字が綴られていた。

「これでいいですか?」

帝王『最高ー』
ダンゴ『可愛いー』
エロ名人『回転してみてよ』

「……こうですか?」

 八戒は立ち上がり、くるりと回転する。
 スカートの裾がひらひらと回る。

フェチ『すげー』
エロ名人『ねえ、今度はナース服着て!』
帝王『セーラー服も』

 画面には次から次へとリクエストが流れていく。
 八戒はそれを見て、愛想良くリクエストに応えていく。
 それでも注文はどんどんエスカレートしていった。

ダンゴ『女の子の格好もいいけど、メンズ物のビキニ穿いたトコもみたいな』

「え……」
 
 その言葉に八戒は少し戸惑う。
 服を着替えるだけならともかく、モニター前で下着を脱ぐのにはさすがに抵抗を感じる。

ダンゴ『着てよ!』
タケシ『見たい!』
エロ名人『早く早く!』

 次から次に煽る言葉が入力される。
 このまま、誤魔化す訳にはいかないだろう。
 前にはノーパン飲茶でだって働いていた……下着を脱ぐぐらいは……。
 と八戒は自分に言い聞かせ、下着に手を掛けるとゆっくりと降ろした。




 やっぱり甘い話な訳は無かった。
 分かってはいたものの、現実を目の当たりにして、ショックを隠しきれない。
 もう……仕事に行きたくなかった。
 いくた相手に触れる事が無いからといっても……。
 でも、やめることはできない……。



「ただいま……悟浄…?」
 玄関の扉を開けると温かな食事の香りが流れ込む。
 今帰ってきたのだから、自分が作った訳ではない。
 なら、この香りは……。
「悟浄……」
「おかえり、八戒」
 八戒の目に映ったのは、台所に立つ悟浄の姿。
 悟浄が夕食を……?
 そんな事は旅から帰ってきてから一度も無かった。
「夕飯、作ってくれたんですか?」
「ん、八戒にばっか働かせちゃ悪いしさ。
 借金取りも最近落ち着いたし、俺もそろそろ働きに出るよ。
 今まで心配かけてごめんな」
 悟浄は自分の為に……。
 感激で涙が出そうだった。
 あの仕事を引き受けて良かった。
 あのまま断っていたら、こんな風景は見られなかっただろう。
 自分が悟浄の借金を肩代わりして……それで悟浄が元気になったのなら……それでいい。
「さあ、メシ食おうぜ。
 八戒の作るメシよりは美味くねえかもしんねえけどさ」
「いえ……ありがとうございます」

 がんばろう……この悟浄の笑顔を守る為に……。



 辛くても悟浄の笑顔を支えに仕事を続けた。


フェチ『こんにちは』

「こんにちは、フェチさん。
 いつもありがとうございます」

 口コミで評判になった八戒の所には毎日何人もの男が入室していた。
 その大抵が常連客だった。
 常連客たちは毎日新たな刺激を求め、要求はどんどんエスカレートしていった。

帝王『今日は八戒さんの裸エプロンが見たいな』

「裸エプロンですか?はずかしいなー」

タケシ『見たい見たい』
フェチ『勿論白のフリルで!』

「白のフリルですか、じゃあこっちですね」

 八戒は掛けてあるエプロンの中から客の要求するものを取る。
 そして着ているものを脱ぎ捨て、素肌にエプロンだけを付ける。

「どうですか?」

 丈の短めのエプロンは八戒の局部をギリギリ隠す程度である。
 そのきわどさに感嘆の声があがる。

エロ名人『えっちいー』
フェチ『裾もって軽く持ち上げてよ』

「こう……ですか?」

 八戒はソロソロと裾を掴み持ち上げる。
 恥ずかしがる仕草が客の心に一層火を付ける。

帝王『八戒さんって週どれぐらいオナニーするの?』

「ええ?そんな……してないですよ…」

 急な直接的な質問に八戒は戸惑いながら返す。
 しかし、その一人の発言に周りは次々に意見を書き始める。

エロ名人『八戒さんのオナニーみたいな』
フェチ『せっかく裸エプロンなんだからさー、キュウリとかナスとか使ってやってよ』

「え……あの……それは……」

 画面には次々にヤレコールが書き込まれる。
 突然の事に八戒は立ちつくす。
 こんな所でなんて……。

「ごめんなさい……」

 八戒は思い切って頭を下げ、謝る。
 その瞬間に大勢居た客が一斉に落ち始める。

エロ名人『つまんねえの……金かえせよ……』




「何考えてんだよ!」
 事務室に呼び出された八戒は男たちにいきなり殴りつけられる。
「客に逆らうなって言っただろ!」
「でも……」
 いい訳をしようとする八戒に再び拳が落とされる。
「目の前に客がいねえからって舐めてんじゃねえぞ。
 目の前に居なきゃできねえならソープにでも移るか?」
「ごめんなさい……次はきちんとしますから……」
 震える声で八戒はそう言う。
 その言葉に男は鼻で笑う。
「なら次でまた逃がした客取り返すんだな」
 そう言って扉が閉められる。
 一人残された事務室で八戒は声を殺して泣いた……。




「昨日はすいませんでした」

 次の仕事の時間。八戒は直ぐにモニターに向かって頭を下げた。
 客は前よりも随分と減っていた。
 八戒の言葉に対しての反応も悪い。

「お詫びに……今日はきちんとやりますから……」

 八戒はそう言って服を脱ぎエプロンに着替える。
 そして前回客が要求したキュウリを手に取ると、舌で丁寧に舐めて濡らす。
 そしてモニターに向かって足を開くと、唾液で濡らしたキュウリを自分の中へとゆっくり挿入する。

「あ……ああ……」

タケシ『もっと奥まで入れて…』

「あ……いや……はぁ…」

 八戒の甘い言葉が漏れる度に少しずつ書き込みが再開され、入室者も増え始める。
 八戒はキュウリを奥まで入れると今度は中心に手を伸ばしゆっくりと抜き始める。
 八戒の痴態はモニターにしっかりと映し出される。

フェチ『気持ちいい?』
エロ名人『もっとキュウリ動かしてよ』

「あ、そんな……駄目……。
 これ以上……僕おかしくなちゃう……」

帝王『もっとおかしくなってよ』

「だめ……も……見ないで……。
 やぁ……ああぁぁぁ……」

 八戒は甲高い声を上げて、モニターに向かって精を放った。
 その日の入室者は昨日を上回る程であった。




 なんでこんな事になってしまったのだろう。
 また……。
「悟浄……」
 八戒は悟浄の背中にそっと身を寄せる。
 悟浄の暖かさが体に伝わる。
「八戒、どうしたんだ?」
 そう言って振り返った悟浄の顔には、あの時の傷。
 どんなに辛くても、自分が働かねばならない。
 そうしなければ悟浄は……。
「辛い事があったんなら、俺に言えよ」
 悟浄の優しい言葉にも、八戒はそっと首を横に振る。
「いえ、何でもありません」
 言える訳がない。
 過去が何であれ……今こんなに優しい悟浄に本当の事を言ったりなんて。
 悟浄を困らせたくはない。
「もう少しこうしていてもいいですか?」
 小さくそう呟いて、悟浄にそっと縋り付く。
 もう少しがんばるから。
 貴方の為にがんばるから……だから今はもう少しだけ、こうして抱きしめて欲しい。
「ねえ、悟浄……今度二人でどこか旅行に行きましょう。
 誰も知らない土地で……二人だけで」
 何もかも終わったら……。
「ああ、そうだな……八戒」

 だから、もう少しがんばる……悟浄の為に。
 そう思い、仕事を続けた……。



フェチ『八戒、首輪つけて』

「首輪ですか?こんなのでいいですかねえ」

 道具の中から鎖の付いた首輪を取り出しはめる。
 もう客の要求は止められなかった。

帝王『もちろん服全部脱いでさ』
エロ名人『八戒って何だか陵辱したくなるよね』

「え?そうですか?恥ずかしいなあ…」

フェチ『ご主人様って呼んでよ』

「えっと……ご主人さま……」

 はにかみながら言う八戒に男たちの心は煽られていく。

フェチ『道具の中に浣腸ってある?』

「ありますけど……」

タケシ『浣腸!いいねえ』
エロ名人『やってよ』

「え……」

 八戒は躊躇うが、この間の事を思いだし覚悟を決めて浣腸を手に取る。

フェチ『こっちに向かってお尻高くあげてよ』

 八戒は客の言う通りに、モニターに向かってお尻を高くあげ浣腸を差し込む。
 冷たい浣腸液が八戒のお腹の中に入り込む。

「あ、冷たい……」

タケシ『ギリギリまで我慢して』
帝王『どんな感じ?』

「お腹がゴロゴロします……あ…だめ……。
 ご主人さま……許して下さい……」

だんだん体に力が入らなくなり、支える手が震え始める。

フェチ『まだ駄目だよ』

「あ…許して…ご主人様…ん…んん……」

エロ名人『いいよ…八戒すごく可愛いよ』
タケシ『もっといい顔見せて……』

「駄目……もう我慢出来ない……。
あ……あぁぁぁ…もう出ちゃう……いやあ……」





 その仕事の内容が街中に広がるのは時間の問題だった。
 ネットの普及した街で噂が広まるまでには時間は掛らない。
 その内容は三蔵の耳にも届いていた。
 
「何度同じ過ちを犯すんだ」
 それが三蔵の言葉だった。
「……でも今回の事は僕が進んでやっているんです。
 悟浄にやらされているわけではないんです……」
 悟浄にはこの仕事を何も伝えていないのだから。
 悟浄に黙ってやっている事なのだから……。
「本当にそうなのか?」
「え……?」
 本当に……?それ以外に真実などは……。
「お前が働いているサイトのバックに付いている組織を調べた」
 後ろについている者……?
 聞きたくない……話の続きを聞きたくない。
 何か、聞いてはいけない事だと頭の奥の方で非常ベルが鳴り響く。
 それでも三蔵の言葉は続けられる。
「お前が前に働いていた、ノーパン飲茶や出張イメクラのバックについている組織と同じものだ。
 ……言いたい事は分かるだろう」
 同じ……今と同じ……。
 では、今やっているインターネットモデルのバック組織の主格は……。
「嘘……嘘です。そんな……」
 そんなハズはない。
 悟浄だってあの人達に暴力を加えられたりしていた。
 あんなに落ち込んで……それで……。
「そんなハズはありません!」
 信じない。
 悟浄がすべての首謀者だなんて、信じない……。
「いくら目を背けても現実は変わらない。
 よく自分の前を見てみろ」



 三蔵の言葉が何度も頭の中を回っていく。
 一度疑ってしまえば、すべてが疑わしく思える。
「悟浄……」
「どうした、八戒?」
 この優しさもすべて演技?
 騙されているの?
「悟浄……愛してます」
 そっと手を伸ばせば……触れた悟浄の体から熱が伝わる。
 これは本物の悟浄。
 でもその悟浄の中身は……?
「ああ、俺もだよ」

(線)今の貴方は本物ですか?




 何も訊けないまま……また仕事に行く。
 何も変わらない状態で。
 三蔵の言葉を信じていない訳ではない。
 信じたくないだけ。
 何もきかなければ、何も知らずに幸せに騙され続けていたかもしれない。
 でももう知ってしまったから、幸せに騙され続ける事なんて出来ない……。

帝王『八戒、元気ないね、どうしたの?』

「いえ、何でもありませんよ」
 今が仕事中である事を忘れそうになり、八戒は慌てて笑顔を作る。
 この部屋での様子はすべて事務所のモニターに送られているのだ。
 仕事に手を抜いているのが知られれば、また酷い仕打ちを受ける。
「………………」
 怒られないようにがんばる……。
 捨てられないようにがんばる……。
 ああ、自分は結局何も変わっていないのだ。
 八戒は自嘲気味に笑う。
 この仕事を裏で引いているのが、もし悟浄だと分かってもきっと自分は何も変わらない。
 何も変えれない……。
 今と同じように、昔と同じように……叱られる事を、捨てられる事を恐れ、ただ身を削って生きていくだけ。

 そんな風に生きていくのは……もう終わりにしたい。
 でも自分の方から、悟浄から離れる事はできない。
 悟浄が居る限り、悟浄の呪縛からは逃れられない、
 だから……もし悟浄がまた自分を騙しているとしたら……。
 その時は……。
 悟浄を殺して自分も死のう。
 それしか、この呪縛を断ち切る方法は無いのだから。




 それから真実を見るまでには、さほど時間は掛らなかった。
 仕事後に少しごたごたして事務所を出るのが遅くなった時、それを目撃した。
 事務員と話す、悟浄の姿……。
 その悟浄は家で見る鬱ぎ込んでいた時の表情とは全く別の……前と同じ表情だった。
 自分を物としてしか見ていない。
 あの時と同じ冷たい表情……。
「嘘…ですよね……」
 八戒は小さく呟く。
 本当に自分はまた悟浄に騙されているの?
 誰か、これが夢だと……そう言って欲しい。
 でも夢は覚めない。
 これは現実だから。


 家に帰っても悟浄の姿は無かった。
 それでもう一度確認させられる。
 事務所で見たのは本物の悟浄だと。
 信じたくない……そんな気持ちが八戒の心を埋め尽くす。
 それでも現実は無情で、真実だけを映している。
「もう…終わりですかね……」
 明日悟浄に聞こう……。
 そして終わらせよう。
 この呪縛を断ち切って……。
「悟浄……」
 誰も居ない暗い部屋に八戒の声が響く。
 涙が、次から次へと溢れる。
 何が一番悲しいのだろう。
 悟浄に騙された事?
 それとも、すべてが終わる事?
 どちらが悲しいのか分からない……でも涙は止められなかった。

「八戒、どうしたんだ?」
 後ろから掛けられた声に、八戒はゆっくりと振り返る。
 そこには……悟浄の姿。
「……悟浄……」
「どうしたんだ?」
 泣き崩れる八戒を悟浄はそっと抱き留める。
「悟浄、何処に行っていたんですか?」
 悟浄の目を真っ直ぐに見て言う。
 それに対して悟浄は優しい目で八戒を見る。
「ちょっと煙草買いに。
 ……ごめんな、寂しい思いさせちまった?」
 自分を真っ直ぐに見て言う『嘘』
 何の躊躇いも無く悟浄は自分を騙し続ける。
「悟浄……悟浄……。
 愛してます……」
「ああ……」
 落とされる甘い口づけ。
 八戒は力一杯悟浄を抱きしめる。
 きっとこれが最後の包容だから。
「悟浄………」
 最後の夢を見させて……。





 最後の朝は訪れた。
「悟浄、ちょっと話いいですか?」
「ああ、いいけど」
 何気なく始まる破滅への道。
 もうこの扉が開かれれば、もう元には戻れない。
 それでもこの扉を開かなくてはならない。

「僕をネット企業に売ったのは……貴方ですか?」
 八戒がその言葉を言った瞬間、悟浄の表情が変わる。
 冷たいものへと……。
 悟浄は何も言わない。
 それでもその全身に纏うオーラは真実を告げている。
「……騙していたんですか?僕の事……」
 声が震える……。
 心の奥で、まだ否定の言葉を夢見ていた。
 それが例えごまかしの言葉でも……。
 少しでもいいから否定してほしいと。
「騙される方が悪いんだよ」
 悟浄から返ってきたのは、あっさりとした言葉だった。
 自分を騙した事など、何とも思っていない。そんな言葉……。
 その言葉に信じていたすべてを崩される。
 今までのすべての想いが引き裂かれた。
「ずっと信じていたのに。
 貴方の為にって……それだけを想って……」
 どんな辛いことも乗り越えてきたのに……それなのに……。
「お前が勝手に信じただけだろ」
「そんな……何で……どうしてですか?」
 ずっと悟浄だけを慕ってきた。
 彼だけを愛してきた。
 その為に何でもした。
 ……自分には悟浄しかいないのに。
「悟浄は僕のこと……」
「愛してなんかねえよ。
 ……お前うざいんだよ。
 お前の愛は重くて苦しいんだよ。
 でもまあ、愛する俺の為に働けたんだから本望だろ?」
 嘲笑うように悟浄は言う。
「そう……ですか……」
 自分は悟浄に愛されていなかった。
 ただ使われただけ……。
 もともと……何も無かった。
 それだけ知っても、何故か自分はまだ悟浄を愛している。
 でも、もう裏切られたくはない。
 だから……自分を縛る呪縛を解く手段は一つ。
「悟浄……」
 小さく呟いて、八戒は手にもったナイフを振り上げた。
 悟浄が居る限り、自分は悟浄の呪縛から解き放たれる事はない。 
 だから……悟浄を殺す。
 悟浄を殺して……自分も……。
「悟浄、一緒に死んで下さい」
 もう…それしかない。

「死ぬのはお前だけだよ」
 八戒の持つナイフが振り下ろされるよりも先に、悟浄の手に握られたナイフが八戒に向けられる。
「………………」
 そのナイフを見て、八戒は安堵の笑みを浮かべ目を閉じた。
 力の緩んだその手からナイフが抜け落ちる。
 分かってた……。
 自分は悟浄を殺すことなんてできないと。
 だから心から安心した。
 これで悟浄を殺さなくても済む。
 悟浄を殺す勇気も、自殺する勇気も自分にはなかったから。
 だから……悟浄が自分を殺してくれる事は、最良の方法なのだ。
 死ねば呪縛からも解き放たれる。
 そして、人生の幕を閉じるのなら悟浄の手で……。
 悟浄に憑かれた人生を彼の手で終わらせて……。
 そう想って目を閉じ、死を待つ。
 
 でも死の宣告を受けたのは八戒ではなく……悟浄だった。
 悟浄の胸を突き抜ける……手……。
「悟浄……」
 慌てて悟浄に駆け寄る。
 その後ろには……。
「……悟空」
 そのに居るのは……意外な人物だった。
「八戒……こんなヤツの為に八戒の手を汚すことなんて無いよ」



 分からない……何故こんな風になったのか。
 そう考える八戒の前で、悟浄は静かに息を引き取った……。
 

Op141〜160に戻る