序奏とロンド   Op146


 旅が終わり、再び幸せな生活が戻ってきた。
 どちらから言うまでもなく、悟浄と八戒は再び共に暮らした。
 何を言わなくても、お互いにお互いの事が大切で……そして愛しているという事に気が付いていた。
 心が通じている、そう言った方がいいのかもしれない。
 だから『好き』だとか『愛している』なんて告白は二人の間にはなかった。
 そんなものはいらないから………。



「八戒……」
 何でも受け入れられると思っていた。
 悟浄に甘い声で名を呼ばれ、唇を重ねられた時も何の抵抗も無かった。
 悟浄の事が好きだから。
 悟浄の事を愛しているから……。
 彼と一つになりたいと思わなかった訳ではない。
 このまますべてを受け入れたかった。
 それなのに……。


 悟浄の唇が首筋を這うように移動する。
 そして、悟浄の手が八戒の上着の裾から中へと入り込む。
 その瞬間……。
「や……やめてください……」
 理由の分からない恐怖が全身に走った。
 その行為が、恥ずかしいとか怖いなどという問題ではない。
「八戒?」
 全身が震える……そして冷たい汗が伝っていた。
 突然出てしまった拒絶の言葉も、信じられないぐらいにうわずっていた。
「わり……ちょっと焦りすぎた。
 いきなりこんな事して悪かったな……」
「…………」
 声も出せずに床に座り込んだ八戒の髪を悟浄はそっとなでる。
「でも俺八戒の事好きだから……抱きたい」
 そっと優しい口調でそう言う。
 それでも八戒の体が緊張して震えているのが伝わってくる。
 悟浄は短く息を吐き、そっと八戒から離れた。
「俺、気長にまつからさ」
 無理して作った悟浄の笑顔は痛々しくて……何か言わなくてはと思うのに、結局八戒の口からは何の言葉も出なかった。




 何故………?
 八戒は一人俯いた。
 悟浄はあれから出かけ、今この家には八戒一人。
 八戒は一人で先程の事を思い出す。
 悟浄に求められる事、それは決して嫌な事ではない。
 むしろずっと望んでいた事なのに。
 男同士で……おそらく自分が受け身な側に回る事だって分かっていたのに。
 それでもいいと思っていたのに……。
 でも………。
 悟浄に求められた瞬間……怖かった。
 悟浄は優しく自分を求めてくれたのに。
 たったあれだけの事なのに……。
 ……あんなに恐怖を感じるなんて思わなかった。

 でも、それは初めてだったから。
 きっとそれだから恐怖を感じただけ。
 八戒は自分の心の中で強くそう思う。
「そうですよね」
 八戒は不安な気持ちを振り払うかの様に、口にだして強くそう言った。





「おかえりなさい」
 夜遅くに帰ってきた悟浄を八戒は笑顔で迎える。
「夕飯どうします?」
「ん、あるなら軽くもらおっかな」
 普通に振る舞おうと、笑顔で言う八戒に悟浄もまた自然に笑顔で答える。
「すぐ用意しますね。
 お風呂沸いてますから、先に入って来て下さい」
「おう」
 そう言い悟浄がバスルームの扉を閉めた瞬間、八戒は小さく溜息を吐く。
 自分は今、自然に振る舞う事が出来ただろうか。
 このまま誤魔化すように逃げてばかりではいけない。
 自分から勇気をださなくては……何もかわらない。




「悟浄、ちょっといいですか?」
 自分もシャワーを済ませ、八戒は悟浄の部屋に向かった。
 目的は……一つ。
「八戒?どうかしたか?」
 そう訊ねる悟浄の言葉には何も言わず、部屋の明かりを消して中に入る。
 明かりを消した今、部屋を照らすのは微かな月の光だけ。
 その光を頼りに悟浄の元へ進み、そっとその体に腕を伸ばす。
 言葉に表わして伝えられないのだから、だから行動で……と悟浄の胸にそっと顔を埋める。
 怖いハズなんてない。
 こんなにも悟浄のぬくもりを感じていたいのに……。
「八戒……」
 悟浄も八戒の気持ちを察してか、優しく名前を呼び、八戒を抱きしめかえすとそっとベッドに横たえる。
「八戒……?」
 その瞬間八戒の様子がおかしい事に気が付く。
 震えている……?
 それは緊張して震えているなんていう程度のものではない。
 痙攣に近いような物だ。
「や…助けて……」
 悲鳴の様な声が漏れ、そのまま八戒の体の力がぬける。
「八戒?」
 呼んでも声は戻ってこない。
 八戒は完全に意識を手放していた。




 八戒が意識を取り戻したのは日が昇る頃だった。
「………………」
 ゆっくりと起きあがり、今の自分の状況を考える。
 此処は悟浄の部屋……。
 八戒はゆっくりと昨夜の事を思い出す。
「…………っ」
 思いだしてその事実に驚愕する。
 自分は気を失ったのだ。
 それは勿論快楽によってではない。
 恐怖によって……。
 八戒は辺りを見回し悟浄の姿を探す。
「悟浄……」
 悟浄は部屋の隅で毛布をかぶって眠っていた。
 ここは彼の部屋なのに。
 自分に気を遣ってそうしたのだろう。
 そんな……同じベッドででも寝れないような状態を作ってしまったのだ……自分が……。




 八戒はすぐに悟浄の部屋を出た。
 どうして……?
 何度自分に問いかけてもその答えは返ってはこない。
 記憶の断片にあるものは……。
 悟浄に求められた瞬間走った恐怖。
 何かが頭の片隅によぎる。
 それが何かは分からない。
 思い出そうとしても切りがかかっているようで何も分からない。
 それは思いだしてはいけない……そう全身が拒絶する。
 あれは一体……何なのだろう……。




 その晩の事を悟浄は特に何も言わなかった。
 八戒も……何も言えなかった。


 そして……八戒は何度も悟浄を受け入れようと努力したけれど、状態は何も変わらなかった。
 次第に……悟浄の態度が少しずつ冷たくなっていくのを八戒が感じていた。


 少しずつお互いの距離が開いていく。
 それは分かっていても、止められなかった。
 ただ離れていくのを感じるだけ……そして……。


『もう、俺お前についていけねーよ』


 ただ小さく漏らされる言葉。
 その言葉を残して、悟浄は出て行ってしまった。
「悟浄……」
 閉ざされた扉を八戒は呆然と見つめる。
 なぜ……なぜこんな事になってしまったのだろう。
 どうして悟浄を受け入れる事ができないのだろう。
 悟浄の事を受け入れられていればこんな事にはならなかった。
 八戒は自分の腕で自分の首を締め付ける。
「……ぐっ……」
 自分のせいで悟浄は出て行ってしまった。
 それならば……。
 こんな自分いらない。
 生きている意味なんてない……。


 ……息が詰まる。
 苦しい……。
 でも、心はもっと苦しい。
 悟浄…悟浄……。
 何度も心の中で悟浄を呼ぶ。
 悟浄だけを……。
「……………?」
 ぼやける視界にうっすらと人の影を感じる。
 誰……?
「……悟浄……?」
 それを確かめる事は出来ず、八戒は気を失った。








 目が覚めたのは、体が沈むほどのベッドのスプリングの上。
 自分の部屋ではない、勿論悟浄の部屋でもない……。
 それなのに、このスプリングの感触には覚えがあった。
「ここは……?」
 初めての場所ではない。
 そう思いながら八戒は部屋を見回す。
 でも、目の前に広がるのは……知らない部屋。


「目覚めましたか?」
 そう掛けられた声に八戒ははっとする。
 この声は……。
「なぜ…貴方が……」
 声の持ち主の男……それは……。
「アナタに会いたかったからですよ」
 この手で殺した男、清一色……。
 なぜ再びこの男が自分の目の前に現れる?
「ここは何処ですか?
 何故貴方が居るのですか?」
 清一色を睨み付け、質問を並べる八戒に清一色はただ笑ってその様子を見る。
 それから、八戒の顎に冷たい手を伸ばしその肌の感触を楽しむ様にゆっくりと動かせる。
「ここが何処か分かりませんか?
 アナタが良く知っている場所ですよ。
 思い出せないなら……思い出させてあげましょうか?」
「……っぐ……」
 その言葉と共に八戒の体がベッドに押しつけられる。
 全身に寒気が走る……。
 清一色の唇が八戒のそれを塞ぎ、口内を冷たい……生きている物のとは思えない舌がはい回る。
「ん……やめて……や……」
 八戒は押し返そうと掴んだ清一色の頭に全身の気をぶつけた。
「ぐあ……」
 わずかな悲鳴と共に清一色の体が吹き飛ぶ。
 その体は前の様に灰にはならず……冷たい屍として崩れおちた。
「あ……はぁ……っ…」
 八戒は荒い息を吐きながら、それでも清一色の血で濡れる左手をシーツで拭い部屋を飛び出した。
 ……この部屋には居たくない。
 頭の中で危険信号が鳴るのが止まらない。




 部屋の外に広がるのは長い廊下。
 それも石で作られた古い……まるで城のような……。
「まさか……」
 八戒は小さく呟く。
 目の前の廊下にダブって脳裏に映る……倒れる妖怪達……そして広がる血の海。
 ……ここは百眼魔王の城。
 でも……どうして……あの城は燃えてしまったのに。
 夢……それとも幻?
 現実なんてあり得ない。
 だって……あの男清一色だって……もう二度も……いや


 もう三度も殺したのだから……。


「我は何度だってアナタの前に現れますよ。
 アナタが何度我を殺してもね」
 後ろから掛けられた声に八戒ははっとして振り返る。
 扉を半分あけ、こちらを見ている男……それはさっき殺したばかりの…清一色。
 頭を吹き飛ばしたのだ……生きてる訳がない。
 それでも清一色は八戒に向かって話し、微笑む。
 吹き飛ばした頭は何事も無かったかの様に元通りになっていた。
 ……血の跡すらない。
「さあ、コッチへいらっしゃい…猪悟能」
「…………」
 手を伸ばしてくる清一色を振り払い、八戒はそこから駆け出す。
 ここから逃げなくては……。




 八戒は死に物狂いで駆けだした。
 その廊下は……紛れもなく百眼魔王の城の廊下だった。
 寸分たりとも違わない。
 ただ違う点は……。
 自分に向かってくるのが雑魚妖怪ではなく……すべて清一色だという事。
「……猪悟能……」
 何度殺しても彼は蘇る……。
 何度も何度も……。
 一人死ねば……新たなる清一色が現れる。
 無限に……。
 八戒は彼から逃げる様に走り続けた。
 そして……自分がある所に追い込まれていくのに気が付いた。
 その先は……地下牢。
 あの花喃が閉じこめられていた所だ……。




「……………」
 地下牢も……完全に再現されてた。
 まるであの時のあの場所を見ているようだ。
 地下牢を見回す八戒の耳にすすり泣く女性の声が届く。
「……誰……?」
 声がする方を向く。
 そこには……あの時と同じように……あの人の……花喃の姿が……。
「花喃!」
 無意識にそう叫び、八戒は彼女に近づいた。
「悟能……悟能なの……?」
「花喃……」
 小さく呟き手を伸ばした八戒の腕を彼女は鉄格子越しに掴む。
「待ってたわ」
「……花喃?」
 自分の腕を締め付ける力の強さに八戒は顔を歪める。
 こんな力は……とてもでないが女性の力とは思えない。
 それどころか、人間のものとは……。
「待ってましたよ……アナタをずっとね……」
 その声に八戒は青ざめる。
 花喃ではない……清一色だ。
「離し…て……」
 懸命に腕を退くが、強く締め付ける清一色の腕は離れない。
 それどころか、逆に自分の体が強く引き寄せられる。
 引きずり込まれる程の強い力……。
 その恐ろしさに八戒は夢中で気孔を飛ばす。
 八戒の様子は完全に錯乱状態だった。
「…悟…能……」
 飛ばした気孔の内の一つが花喃の格好をした清一色の腹部を突き破る。
 清一色は小さくうめくと床に倒れ込んだ。
 地下牢の床に血が広がっていく。
 ……あの時のように。
「ああ……死にましたか……」
 後ろから掛けられた声に八戒は振り返る。
 そこに居るのも清一色……。
 どうして何人も何人も現れるのだろう。
「なぜ……」
 何度殺しても……彼は現れる……。
「父君が蘇ったのですよ。あるお方の力でね……」
 清一色が笑いながら言う。
 八戒は清一色の言っている事の意味が分からず、黙って清一色を見た。
 父君が蘇る……それは百眼魔王の事?
 一体誰がそんな事を……。
 そして、その事と清一色が何度も蘇り現れる事と何の繋がりがあるというのだ。
「ああ……何か勘違いをしているようですね。
 父親と言っても、あの人が誰かに我を産ませた訳ではありませんよ。
 我はあの人の足の一本なんですよ」
「……………?」
 まだ清一色が言おうとしている事が分からない八戒に、清一色は床を走るムカデの一匹を拾いあげる。
 そしてそのムカデを八戒の目の前に突きつけると、よく見える位置でムカデの足を一本引きちぎった。
「百眼魔王はムカデの妖怪。
 そして彼は自分の足に妖力を加えることで、自分に忠実な妖怪を作り出す事が出来るんですよ」
「……じゃあ貴方は……」
「ええ、我達はそうして作られたあの人の息子なんですよ。
 百眼魔王の息子『たち』……彼はいくらでも現れる……。
 百眼魔王が居るかぎり……?
「まあ、前までは所詮足一本の力に過ぎませんでしたけどね。
 だから人間に過ぎなかったアナタに殺されてしまいました。
 そう何体も作れませんでしたし。まあ最もあの時父君はとっくに殺されていましたけどね……アナタに。
 でもあの方のおかげで変わりましたよ。
 あの方が父君をもっと強力に作り治してくれましてね。
 おかげでホラ……何人だってアナタの前に行けますし。
 体中に力がみなぎるようですよ」
 清一色は笑いながらそう言い指を鳴らす。
 その瞬間、今まで屍となっていた他の清一色が一斉に起きあがる。
 八戒がつけた傷はどれも致命傷だったのに、今は跡すらなく消えてた。
「勿論アナタに簡単に殺される事はありませんよ。
 ……例え、妖力制御装置を外してもね」
 自分の耳のカフスに手を伸ばそうとした八戒の心を読むかのようにそう嘲笑う。
「……何が目的なんですか?」
「目的?」
「わざわざこんな所まで連れてきた目的ですよ!」
 八戒は清一色を睨み付けるようにそう言う。
 清一色は八戒を見たまま笑う……そしてその顔から一瞬にして笑みを消した。
「思いだして欲しいんですよ」
「思い出す?」
「アナタは都合のイイ人ですからね。
 自分にとってイヤな記憶はすべて消して……忘れてしまう」
「……………」
 清一色の言葉に八戒は息をのんだ。
 ……確かに自分は清一色の事さえ忘れていた時があった。
 でも忘れたのはそれだけでは無かったのか。
 まだ自分は忘れている事が……。
「思いだして下さい、アナタがこの城に来たときの事を。
 城中の妖怪を殺す前に何があったのかを」
「……………」
「思いだしてください。
 忌まわしい記憶と呼ぶのに相応しいあの事を……



 ──── さあ…………






 最初に考えたのは百眼魔王の城に入る方法だった。
 普段城の周りには結界が張られており、普通の人間では通る事は出来ない。
 通るには……結界を壊すか、結界が解かれるのを待つか……。
 前者は到底無理だ。
 後者にしてもかなりの時間がかかるだろう。
 そんな時間は無かった。こうしている間にも花喃……。
 考えなくてはならない…、人間の身で結界を抜け城に入る方法を……。


 思いついた策は一つだった。
 人間の身で城に入る方法……そう、花喃が通ったように自分も生け贄の身になればいいと……。
 

 近くで百眼魔王に襲われている村を探すのは意外に簡単で……直ぐに見つかった。
 そこで事情を話し、生け贄に変装させて貰った。
 相手は直ぐにその話を受け入れてくれた。
 ……生け贄にならなくても良くなったのだから、当たり前の事だろうけど。
 そうして城に潜入する事ができた。
 ……でもその先は簡単にはいかなかった。



「なんだお前は」
 指定した生け贄と違う、まして男である猪悟能を見て百眼魔王が言う。
 自分とは比べ物にならないぐらいの大きさの百眼魔王を前に悟能は自分の足がすくむのを感じた。
 ……とても勝てる相手ではない。
 上がっていた血が一気に下がる。
 自分が百眼魔王相手にどうする気でいたのだろう。
 でも今更逃げ出す訳にはいかない。
 逃げられるものでもないし……逃げてしまえば花喃は……。
「花喃を……数日前に攫った女性を返して下さい」
 悟能は勇気をだしてそう言う。
「花喃?」
 百眼魔王は少し考え、悟能の顔を見つめる。
「この顔……ああ、あの女の事か。
 残念だが返すわけにはいかん。
 あの女が意外と気に入ってるからな」
 百眼魔王は笑いながら言う。
「お願いします……返して下さい」
「ならば代わりはあるのか?」
「か…代わり……?」
 百眼魔王の言葉を悟能は小さく繰り返す。
「そう、あの女の代わりだ。
 あの女を手放すなら、それなりの代価というものが必要だろう」
 代価……それは別の女を連れて来いという意味なのだろうか。
 代わりの者を犠牲にするなんて……それでも、それで花喃が助かるのなら……。
「あの女の代わり、お前でもいいぞ」
「え……」
 考えている最中に掛けられた言葉に一瞬悟能の思考が止まる。
「お前とあの女はよく似ている。気の強そうな瞳とかな。
 俺はそういうヤツを調教するのが好きなんだ。
 お前があの女の代わりに俺の玩具になると言うのなら、あの女を返してやってもいいぞ」
 自分が花喃の代わりに……?
 でも、それで花喃が助かるのなら……。
「分かりました」
 悟能は力強く頷き、その話を受け入れた。



 悟能は早鐘を打つような心臓を押えながら、じっとベッドに横になった。
 体が沈むような柔らかなスプリングは自分の体を支えず、落ち着かない感じがした。
「まずは、お前の体を知らなくては調教のしようもないからな。
 お前の体をたっぷりと味わわせてもらおうか」
 そう言い、百眼魔王の熱く大きな手が悟能の肌に触れる。
 その感触に悟能の体が小さく揺れた。
「お前も随分と感じ易いようだな」
 ワザと『も』という言葉を強調するように、百眼魔王は悟能の耳元で囁く。
 その言葉に悟能の全身が総毛立つ。
 そんな様子を面白そうに百眼魔王は眺める。
「お前はあの女を抱いた事があるのか?
 あの女はお前の前でどのように乱れた?」
 百眼魔王は笑いながら言葉を並べる。
 言葉一つ一つに悟能は心乱されていく。
「や…やだ……」
 平常心を完全に失った悟能は百眼魔王の手の上で簡単に弄ばれる。
「そうだ、あの女を抱いた時と同じ様に抱いてやろう。
 ………嬉しいだろう?」
 百眼魔王の言葉に悟能の顔が一気に青ざめる。
 ……そんな事は知りたくない。
「やめて下さい……お願いします……」
 悟能は必死に訴えるが百眼魔王は笑うだけで受け入れようとはしない。
「気になるだろう?
 お前の女が俺にどんな風に抱かれて……そして壊れて言ったかをな……」
「あぁ……ぐっ……」
 悟能は顔を苦痛で歪ませる。
 ……まだならしてもいない悟能の後ろに百眼魔王の大きく熱いモノが無理矢理押し込められたのだ。
「こうしていきなり犯してやったのさ。
 あの女は泣きながら叫んだ……今のお前の様にな」
 苦痛に涙を流す悟能のその雫を百眼魔王は舌先で舐め取る。
 悟能はあまりの痛みと苦しさに目を見開く。
 その視界は涙で濁って何も見えない。
「やぁ……抜いて……おねが……」
「叫ぶ声もその泣き顔もソックリだな」
 自分の叫ぶ声がうるさく響いて……百眼魔王の言っている言葉が聞き取れなかった。
「も……やめ……」
 小さく叫ぶと悟能は気を失う。
 その様子を百眼魔王は満足気に見下ろす。
「お前の女も同じように気を失ったぞ……」
 その声は悟能に届いているかは分からなかった……。



 それから悪夢の様な日々が続いた。
 昼間であろうと夜であろうと構わず繰り広げられる調教。
 気が狂いそうな時。
 ……いっそ気が狂ってしまえば良かった。
 受け入れるよりは……。




「思いだして頂けましたか?」
 ……そう、その後隙を見て百眼魔王に毒を盛りとどめに剣で貫いた。
 その後あの部屋をでて……。
「………………」
 八戒は言葉を失う。
 まさか……こんな事があったなんて。
 しかし一度思いだしてしまえば、記憶は鮮明に蘇る。
 自分が百眼魔王と何をしていたのか……。
 何をされていたのか……。
 そして……。
「そんな……」
 八戒は鳥肌のたった体を自分の自分の両手で抱きしめた。
 この記憶が偽物であればいいのに。
 でも……真実であるとこの体は知っていた。
 だから悟浄に抱かれそうになる度に全身に恐怖が走ったのだ。
 頭では忘れていても……体は覚えていたのだ……あの恐怖を……。


「それは違いますよ、アナタも分かっているんでしょ?」
 突然清一色がそう言う。
「アナタは恐怖の為に沙悟浄を拒んでいたわけではない……そうでしょう?」
「や……やめてください……」
 その言葉が聞きたくなくて八戒は耳を塞ぐ。
 なぜ今自分の考えている事がわかった……?
 まるで心を読んだかのように。
「アナタが恐れているのは性に対する恐怖ではありませんよね?」
 清一色がそう言いながら笑う……。



 気が付けば冷たい石畳に体を押しつけられていた。
 抵抗する間もなく、付けている衣服をすべてはぎ取られる。
「アナタが恐れていたのは、誰かに抱かれる事ではなく……」
 八戒の全身にあの時の恐怖が走る。
 悟浄に抱かれそうになった時と同じ……。
 あの時は抱かれるのが怖いと思っていた。
 今だってそうだと……一瞬錯覚してしまう。
「ほんとは……」
 清一色の舌が八戒の首筋に降りる。
 そこから八戒が感じるポイントを通って下へと進んでいく。
「や……やめてください……」
 八戒は首を振って抵抗する。
 少しずつ肌に熱を感じる。
 鳥肌はもうほとんど消えてしまった。
 その後に残るのは……。
 八戒は必死に理性を保とうとする。
 ……このままでは火が点いてしまう。
「ホントのアナタを見せてください」
 清一色はそう言うと同時に八戒の中心を口内に取り込む。
 それまでのくすぶる様な感触とは違うはっきりとした快楽。
 その熱により、八戒が隠そうとした感情に完全に火が灯される。
「ああぁぁぁ……あ……」
 八戒の口から快楽に喘ぐ声が次々に漏れる。
 腰は更なる快楽を求めて浅ましく揺れた。
 もっともっと強い快楽が欲しい……。
「そう、アナタはこの浅ましい姿が見られたくなかったんですよね。
 だから体が快楽を拒んだ」
「や……はやく……も、がまん……できな……」
 八戒は完全に快楽に支配されたかの様に、清一色のモノに手を掛けて自分の中へと引き込む。
 それはただ快楽だけを追い求めるイキモノ……。
「どう転んでもアナタと沙悟浄が結ばれることはなかったみたいですね。
 たとえ、彼がアナタを抱けたところでこの姿をみたらどう思うでしょうね」
「ぁ…………」



 もし悟浄が本当の自分を知ったら……。
 嫌われる事が怖くて隠していた。
 記憶に残って居なくても体が隠し続けた。
 知られたら……嫌われてしまうから。
 でも、本当にそうだったのだろうか。
 もしかしたら……悟浄は…………
「悟浄……」
 もう悟浄に会えない?
 一生こんな城で……?
 ……嫌だ……。
 もう一度悟浄に会いたい……。





 ……雨の音がする。
 八戒は少しずつ感覚を覚醒させていく。
 ここは外……?
 あの城からでる事が出来たのだろうか?
 目を開くが視界はぼんやりとしていて、ただ暗闇だけが広がる。
 肌に当たる冷たい水……雨が降っている。
「………………」
 自分はどうしたのだろう。
 清一色に犯されて……それから記憶がはっきりしない。
 どうやって城をでた……?
 ……起きあがろうとするが、体にまったく力が入らない。
 どうすればいいのだろう。
 このままここに居たら……死ぬだろうか。
 腹部がズキズキと痛み始める。怪我をしている……?
 雨は容赦なく八戒の体温を奪っていく。
 寒い……このまま死ぬのだろうか。
 それでも……あそこから逃れる事ができたのなら、それでいい。
 たとえここで死んでも……。



「……死んでんの?」
 意識が薄らいでいく中八戒は声を聞いた。
 この声は……悟浄?
 悟浄が助けに来てくれた?
 八戒は悟浄に向かって手を伸ばそうとするが、腕は一ミリも動かない。
 悟浄……。
 もう一度、悟浄とやり直したい。
 今度こそ悟浄を信じて……。
 自分は浅ましく……汚れているけれど、悟浄ならきっと……。



「ああ……生きてますね」



「……………!」
 突然頃が変わる……悟浄の声から……清一色の声に。
 その瞬間に周りの景色も変わる。
 あの闇も冷たい雨も一瞬にして消える。
 目の前に広がるのは、あの城の地下牢。
 すべて幻覚だった……?
「死なせたりはしませんよ、猪悟能。
 アナタはずっとここで暮らすんですよ。
 ここから出ることも死ぬことも我が許しませんよ。
 ずっとずっと……




 ──── 永遠にね……



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