月光〜SONATA for Sanzo×Hakkai〜 Op145


◆第3楽章◆



 でも……僕の怪我が良くなるにつれ、三蔵の態度は変わっていった。
 前の様な優しさも、近さも……少しずつ見えなくなっていく……。
 どうして……。


「三蔵……」
 ベッドに腰を掛けたまま小さく呟く。
 そこに三蔵の姿はない。
 前の様にずっと三蔵が居てくれる事はなくなった……。
 三蔵が見えない。
 そうしている間にも僕の怪我はどんどん回復していった。


「もう復帰できそうか?」
「はい……」
 事務的な三蔵の言葉……。
「なら、しばらくは急いで行かないとな。
 今回の事で随分旅の予定が遅れたからな」
 淡々と語られる……。
 確かに僕の怪我のせいで旅の予定は大幅に遅れた。
 期限が決まってる旅ではないとはいえ、いつまでものんびりとしていて良いわけではない……それは分かっている。
 ……でも三蔵の言葉には、もう僕を労るものが何もない。
 怪我は良くなったけれど、完治したわけではないのに……。
 三蔵は僕を心配してくれていたのではないのですか……?
 僕の事を想ってくれたんではないのですか……?
「ジープの運転はできそうか?」
「ええ……」
「なら頼むな。他のヤツの運転じゃ、心もとないからな」
「………………」
 僕は……貴方の何ですか……?
 旅の運転手?
 ただの道具なんですか?
 僕が怪我をして心配したのは、運転手という道具が壊れたら困るから……ただそれだけなんですか……?
「八戒……どうかしたか……?」
 それならどうして……。
「そう言えば、前に言ってた『話』は何だ?」
 ただの道具としか思ってないのなら、どうしてあんなに優しくしたんですか?
 気を持たせるような事を……。
「八戒……?」


「……どうしてですか」
 掠れた声……もう何もかも……分からなくなった。
「……?何の事を言っているんだ」
 何の事……?
「僕の事、何とも想っていないのなら……どうしてあんな思わせぶりな事したんですか」
 幸せを葉にも知らなければ、こんなにも苦しい事はなかった。
 僕を…からかっていたんですか?
「八戒……」
「一時の夢なんていらない……いらないんです。
 僕に優しくしないでください。
 何とも想っていないなら、最初から優しくなんてしないでください!
 ……もう……僕にかまわないでください……」
 三蔵の顔が滲む……それが涙のせいだと気づくのに時間が掛った。
「八戒……」
 目の前の三蔵の言葉が何かとても遠くに聞こえる。
 遠くて遠くて……もうこのまま消えてしまって、二度と会えないような……。
「う……嘘です……行かないでください……」
 涙と共にこぼれ落ちた、本当の気持ち……。
 優しくしないでなんて嘘だ。
 ずっと側に居て欲しいのに……例え、三蔵が僕の事を何とも想って居なくても……。
 それでも彼の側に居たい……。


「……八戒」
 僕の頬に三蔵の手がそっと触れられる。
 耳元で囁かれる言葉……。
 優しく拭き取られる涙……。
「三蔵?」
 静かに漏れる、優しい溜息……。
「言いたい事はそれだけか?」
 短い言葉。
 それでも、怒っているのでも呆れているのでもなく……暖かく包み込んでくれる言葉。
「いえ……」
 まだ言いたいことは一杯ある。
 まだ聞いてくれますか……本当の僕の気持ちを。
「全部聞いてやるから、ゆっくり話せ」
「三蔵……」
 暖かい……。
 すべてを話そう……彼を信じて。
 どんな結果になっても、きっと後悔はない。


「きいて下さい、僕の気持ちを……すべて……」



Op141〜Op160に戻る