Seasonal Sketshes Op144
◆W・春の夜のワルツ◆
春がおとずれる……。
雪は溶け、花は咲き乱れ……暖かな風がそよいでいた。
それでも八戒の心の雪は溶けなかった。
……春になっても、三蔵は八戒の元にこなかった。
禁じられている以上、自分から寺に行くわけにはいかない。
信じようとした心もそろそろ限界だ。
やはり、三蔵はもう自分の元には来てくれないのだろうか……。
そんな考えが再び八戒を襲う。
「三蔵……」
届かぬ想いを言葉にする。
でも届かぬ事には変わらない……。
いつまで経っても……。
三蔵が来てくれないかぎりは、変わらない。
毎日八戒は窓から外を眺めた。
三蔵が来るのを待ち続けて。
買い物にも出かけず、ただ待ち続ける。
そんな様子に悟浄はいたたまれなかった。
悟浄も心の中で三蔵を呼び続けた。
こんな八戒を見ているのはつらいから。
「八戒、そろそろ休めよ」
夜も更けるのに、ずっと考え事をする八戒に悟浄はそう声を掛ける。
「ええ……」
八戒は呟く様に答えるが、その場から動こうとしなかった。
「八戒……もし三蔵が来たら、どうすんだ?
寝不足で隈作って会うわけにはいかねえだろ」
「そうですね……」
八戒は小さく溜息を吐くと立ち上がり、自室へ向かう。
明日は……三蔵は来てくれるだろうか……。
その想いだけが八戒を動かす。
「………………?」
その時、外に小さな気配を感じる。
これは……。
その気配には覚えがある。
八戒は慌てて家を飛び出した。
「三蔵?三蔵?」
家から森へ向かい、八戒は三蔵の名を呼ぶ。
それでも声は返ってはこない。
「気のせい……なんでしょうか……」
あれは幻だったのだろうか。
三蔵に会いたいばかりに自分で作り出してしまった……?
がっくりと地面に膝をつく。
考えて見れば、こんな夜更けに三蔵がいるわけがない。
……あたりまえだ。
三蔵が居ないという事実が八戒の胸に強く突き刺さる。
「三蔵……」
暗い地面を見つめたまま八戒は小さく呟いた。
「こんな所で何をしている」
「……………」
掛けられた声に八戒は自分の耳をうたがった。
「三蔵……?」
八戒は顔をあげる。
幻聴かと思った……。
幻覚かと思った……。
でもそこに三蔵は居る。
伸ばされた手にそっと自分の手を近づければ、そこにははっきりとした体温を感じる事が出来る。
「三蔵……三蔵なんですか?」
「少し会わなかったぐらいで俺の顔を忘れたのか?」
三蔵がそう言い、八戒の体を引き上げる。
そしてそのまま自分の方へと抱き寄せた。
八戒の体に三蔵の体温が伝わる。
本当に三蔵なのだ。
そう思うと八戒の瞳に涙が浮かぶ。
せっかく三蔵に会えたのに、その姿が涙で滲んでしまう。
「泣くほど会いたかったのか?」
三蔵はそっと自分の親指で八戒の涙を拭うが、涙は次々溢れていく。
「会いたかったです。
もう来てくれないかと思いました」
「……遅くなってわるかった。
思いの外事件が手間取った。
……もう大丈夫だ」
そう言い三蔵は八戒を抱きしめる力を少し強める。
「もうこれからは、普通に会うことが出来るんですか?」
「ああ……」
その言葉に安心した八戒は、大切な事を思いだした。
「あの、……三蔵ごめんなさい。
あの時僕、酷いこといって。
三蔵が僕の事を考えていてくれたのに……それなのに」
震える声で八戒は三蔵に謝る。
ずっとしなくてはならないと思っていた謝罪を……三蔵は許してくれるだろうか……。
「気にするな」
ドキドキと目をつぶった八戒に掛けられたのは優しい言葉……。
「いいんですか?
僕、つまらない嫉妬で我が侭いったりして……」
「きちんと説明しなかった俺も悪かったしな。
お前は直ぐに自分の気持ちを隠そうとするから、我が侭いうぐらいが丁度いいだろう」
「三蔵……」
「まあ、その分これから俺の我が侭でも聞かせてやるよ」
三蔵は笑ってそう言う。
「ええ、どれだけでも我が侭いってください」
そう言って八戒も三蔵に笑顔で返した。
心の底から笑えた……久しぶりの本当の笑顔で……。
………やっとおとずれた……本当の春が……