4分33秒 Op141
「ただいまー……って何コレ?」
悟浄はリビングの扉を開け、そう呟く。
「おかえりなさい、悟浄。
……どうかしました?」
それに対して八戒はごく普通に返す。
リビングは見たところいつもと変わりない。
八戒がソファで本を読んでいるだけである。
何も変わりはない……見た目には。
「いや……この曲」
悟浄はCDプレイヤーを差して言う。
スピーカーからは何とも言えない不協和音が流れていた。
「メシアンの世の終わりの為の四重奏曲ですよ」
「へー、聴いてて面白いわけ?」
悟浄はプレーヤーの横に置かれたCDケースを手に取る。
どうやらクラシックらしいが……はっきり言ってどんな曲なのか聴いているのに分からない。
「まあ…20世紀フランス音楽ってこんな感じですよ。音楽のピカソみたいな……」
八戒はカラ笑いしながらそう言う。
普通のクラシックも聴かない悟浄にこの曲を理解しろというのは無理な話だろう。
音楽をやっている人の中でも現代曲を敬遠する人は少なくないぐらいだ。
「ふーん、キモイ曲。
何考えて作ってんだろな」
「そうですね……まあ『4分33秒』なんて曲がでてくるぐらいですから……何でもありなんでしょうね」
「4分33秒?」
とても曲名とは思えないタイトルに悟浄は八戒に聞き返す。
「うーん、ジョン・ケージ作曲で、演奏者は……どんな楽器でもいいんですけど絶対に音を出しちゃいけないんです。
で、正確に4分33秒計って、オシマイ。なんですよ」
「何ソレ、曲?」
音の無い曲なんてあるのか?と悟浄呆れていう。
「さあ……でも楽譜も売ってるんですよね。
そんな内容の文章が書かれているだけの紙キレが4千円ぐらいするんですよ、馬鹿げてますよね」
小さく笑い、八戒は悟浄を見上げる。
「でも、僕と貴方で演奏したら……どんな4分33秒になるんでしょうね」
「ふーん……」
悟浄は小さく呟き、CDを止めて八戒の横に腰を降ろす。
流れていた音楽が止まり、静かな空気が流れる。
「そりゃ、あま〜いメロディになるんじゃねえの?」
悟浄は八戒の耳元で囁き、そのままソファに押し倒した。
そのまま上着の中に手を忍ばせてくる悟浄を八戒は慌てて押し返す。
「ちょっと…悟浄、何をするんですか」
「え〜、4分33秒でも演奏しよっかなあって」
悟浄が何を言っているのか悟った八戒は何とか悟浄から逃れようとする。
それでも悟浄は八戒が逃げられないように少しずつ追いつめていく。
「4分33秒の甘い夢を見ようぜ」
「『4分33秒』はその間無音じゃなきゃいけないんですよ」
本気で自分の体に指を這わし始める悟浄に八戒はそう言う。
悟浄は八戒の言葉に少し考え、そしてニヤと笑う。
「って事は八戒は声を出しちゃいけないんだ。
ま、それはそれで良い感じだけどな」
「何を……んん…」
抗議しようとする八戒の唇が悟浄の唇でふさがれる。
悟浄は本気で4分33秒、スルつもりなのだろう。
八戒は諦めて抵抗を止めた。
ここで無理に抵抗した所で……悟浄を喜ばせるだろう。
「…っ……」
悟浄の指が八戒の肌を滑る。
八戒の体を良く知っているその指は、無駄なく八戒を快楽で追いつめていく。
それを…声を出さずにやり過ごすのは、そう容易ではない。
八戒の唇を塞いでいた悟浄のそれも、今は八戒の首筋を伝って下へと下がっていく。
「……………」
八戒は荒く息を吐き少しでも熱を外へ出そうとする。
声が抑えられた事で、熱が体の中を駆けめぐる様だった。
静かな部屋に微かな息の音と時計の音だけが響く。
「……っっっ…」
八戒は潤む目で時計を見つめながら、その熱を堪えた。
「はい、4分33秒」
悟浄の声に八戒は大きく息を吐き体の力を抜く。
たかが4分33秒…されど4分33秒。
その時間は普通よりも長く感じた。
「なかなかの名曲じゃん」
そう言ってイヤらしく笑う悟浄に八戒は顔を紅く染める。
こんな事なら『4分33秒』の話などするんではなかった。
そう考える八戒に、悟浄は再び口づける。
「でもやっぱり俺的には甘いメロディがある方がいいかな。
じゃ、そう言うことでもう一曲演奏してみよっか」
「………馬鹿!」
そう言って再び押し迫る悟浄の顔面に、八戒の投げたクッションが見事直撃した……。
何も素直に4分33秒声を殺す必要は無かったのでは、と八戒が気づくのは……もう少し先。
久々のオンラインオリジナルです。
本当は58の日にあげるつもりでした…。
たまにはこんなバカップルを書くのもいいですね。
(また当分書かないけど)
作中にある『4分33秒』は本当にある曲です。
CDだと4分33秒間無音になってるそうです。
楽譜も高校の頃ヤ○ハで見た事があります。
みんなで『誰が買うんだ』と言った覚えが……。