ベリーを摘んだらダンスにしよう Op134
「ただいま〜……って八戒?起きてんの?」
現在朝の五時……。
朝帰りという時間に帰った悟浄は人の気配を感じ、台所へ向かう。
普通こんな時間に八戒は起きていない。
先程の『ただいま』はあくまでクセで言ったモノであって、誰に向けたモノでもない。
なんと言っても今は朝の五時なのだ……。
まさか、泥棒?
いや、この家に入るほど命知らずの馬鹿はいないだろうし、無知な馬鹿がいたとして八戒がそれに気が付かないワケがない。
……と言うことは……。
「あ、悟浄おかえりなさい」
「ただいま…って何やってんの?」
にこやかに言う八戒に悟浄はそう返す。
と言っても、聞いてみたモノの八戒が何をやっているかなんて一目瞭然。
台所で沢山の材料や次々に出来上がっていく料理に囲まれている姿…。
つまり……。
「今日、おサルちゃんとデートなワケね……」
この大量の料理を食す事が出来る者はただ一人。
こんな時間から作っているという事は、今日はどうせ二人でお弁当でも持ってどこかに出掛けるのだろう。
「分かりました?」
少し顔を赤らめて言う八戒に悟浄は『ゴチソウサマ』とばかりに溜息を吐く。
「わからいでか……。
ところでお前ら、いつからそう言う関係になったワケ?
って言うか、馴れ初めは何よ」
もともと仲が良い悟空と八戒が、いつの間にかそんな関係になっていたのに気が付いたのは、さすがの悟浄でもつい最近の事であった。
知った時にはかなり驚いたものである。
「えー?それはですねえ………」
それは数ヶ月前、まだ四人で西に向かって旅をしていた頃……。
旅も後半を迎え、だんだんと差し向けられる刺客も手強いものとなっていた。
その日の敵もかなり手強く、気が付いた時には四人がバラバラになってしまっていた。
油断をしていたワケでは無いけれど……旅の疲れからか集中力が途切れてしまい、僕は足に深い傷を負ってしまった。
その傷を負った状態では歩く事はおろか、立ち上がる事すら出来ない……。
気孔で傷を塞ぐ事は出来るが、こんな状態で気を使えばいくら傷が塞がったところで完全に無防備な状態になってしまう。
今の状況では、残りわずかな気で敵の攻撃を防ぐ事しか出来ない。
万事休す……か…。
だんだんと敵の攻撃さえ防ぎきれなくなっていく。
もう、限界だ……。
「死ね!」
大きく振り上げられた敵の剣に、僕は思わず目を閉じた。
……もう駄目だと思ったから。
でもいつまで経っても剣は振り下ろされなかった。
恐る恐る目を開けると、そこには血を流し倒れている敵の姿……そして……。
「悟空……」
「八戒、大丈夫か?」
返り血を浴びながら、それでも笑顔で僕に手を差し出す悟空。
「悟空…貴方も怪我してますよ」
よく見ると、返り血の中に小さな傷がいくつもある。
「こんくらい大丈夫だって。
ちょっと慌てちゃってミスっただけだからさ」
少し息を切らせながら悟空はそう言う。
さっきまで、悟空の姿は近くには見えていなかった。
そんな距離から走って来てくれたのだろうか……僕の為に。
悟空が…息を切らす程に……。
「ありがとうございます……」
そう言って僕は悟空の傷に手を当てて少し気を送り込んだ。
僕に気を取られさえしなければ……きっとこの傷はなかったはずだ。
僕のせいで……。
「いいって八戒、こんなの怪我の内に入んないよ。
こんな状態で気孔なんて使ったら、八戒倒れちゃうよ」
「でも僕のせいで……」
「いいって、八戒が無事だったんだから、それだけで十分」
悟空はそう言って、僕を抱き上げた。
「悟空……」
「立てないんだろ?
みんなんトコぐらい連れてってやるから、無理すんなよ」
そう言われて僕は黙って悟空に従った。
今日はなんだか悟空がとても大きく見える。
大きくて強くて……いつもよりも大人で男らしい……。
「ありがとうございます…」
悟空に対して特別な感情を持ったのは……これが始まりだったのかもしれない……。
「ほ〜へ〜…………。
ん、まあ分かった。また続きはそのうち聞くわ」
長くなりそうな八戒の話しを、悟浄はそう言って切る。
このまるでピンクの背表紙のティーンズ向け小説のような話しを聞いていたら、鳥肌が立つような…砂を吐くような…聞いてるコッチが恥ずかしいような……。
とりあえず、朝帰りの状態で聞くような話では無いのは確かだ。
「え、そうですか?」
まだまだ話し足りないのか、八戒は不満そうな声を上げる。
「ま、俺寝るから。
サルによろしく言っといて……オヤスミ……」
悟浄は心底付かれたような顔で台所を後にした。
いつもの待ち合わせ場所、森の入り口の栗の木の下。
八戒は必ず十分前にはそこにいる。
そして木に背中を預けながら、ゆっくりと悟空の事を考える。
よく、待っている時間もデートの内だろ言うけれど、本当にそうなのかもしれない。
こうして悟空を待っている間も楽しくて仕方がないのだから……。
「はっかーい」
「あ、悟空。おはようございます」
待ち合わせ時間丁度に悟空は小走りで八戒に近づいてくる。
八戒はそんな悟空を極上の笑顔で迎えた。
「おはよ、俺時間に遅れた?」
「いえ、ピッタリですよ」
「良かった」
腕時計を指してそう言う八戒に、悟空はほっと息を漏らす。
「別にちょっとぐらい遅れてもいいですよ。
そんなに走って来なくても……」
待っている間も楽しいのだから……たとえ一時間でも苦になんてならない。
「でも、そうしたら八戒といる時間が短くなっちゃうじゃん。
俺そんなの嫌だよ」
「……そうですね」
「ところで今日はどこへ連れていってくれるんですか?」
今日は悟空が『行きたい所があるから、お弁当用意しといてよ』とだけ言ったので、八戒は今からとこに行くのか分からない。
そう問う八戒に悟空は、へへっと笑う。
「それは着いてのお楽しみ。
さ、行こうぜ」
悟空はそう言うと八戒の手を取り歩き始めた。
来たことのない森…、見知らぬ道。
悟空はその奥へとどんどん進んで行く。
だんだん木々は被い繁り、光さえ閉ざしてしまう。
そんな薄暗い森だけれど、何も不安な事は無かった。
むしろドキドキしている。
この道はどこへ繋がっているのだろうと。
「悟空、あとどれぐらいで着くんですか?」
八戒の問いに悟空は嬉しそうに笑う。
「あと少しだよ。八戒、疲れた?」
「いえ、大丈夫ですよ」
そんな会話をして数分後、急にそれまで被い繁っていた木々が途切れ、広い野原にでる。
「わあ〜〜」
そこは沢山の花で埋め尽くされていて、まるで天国のようだった。
まさかあんな薄気味悪い森の奥にこんな綺麗な花畑があるなんて、誰も思わないだろう。
「すごいですね〜」
八戒は思わず感嘆の声を上げる。
「だろ?」
それに大して悟空も得意げに微笑む。
「こないだ探検してて見つけたんだ。
絶対八戒と来ようと思ってさ。
…他のヤツには内緒だぜ」
そんな特別扱いがとても嬉しい。
心の底から幸せになれる。
「ええ、二人だけのヒミツですね」
そこは本当に素晴らしい所だった。
暖かな日差しが差し込み、周りの木々で浄化された爽やかな風が吹く。
鳥のさえずりや川の流れる音が、綺麗な旋律を紡ぎあげる。
本当に穏やかな所だ。
「はい、悟空。花冠が出来ましたよ」
「八戒、コッチに木の実がなってるー」
二人はそこで、お弁当を食べたり、花や木の実を摘んだり、水遊びをしたりして過ごした。
飽きる事のない時間。
もっとも、二人で居れば何もなくても飽きる事などないのだけれど……。
「俺と八戒が付き合い始めてもう三ヶ月ぐらいになるよな」
「そうですね〜」
もう三ヶ月…でもまだ三ヶ月なのだ。
悟空の事を想い始めてからはもっと経つのだ。
悟空の事を好きだと気づいてから…そこからはなかなかスムーズには行かなかった。
ただ思い続けて見つめ続けて、それだけで過ごした時間が長かった……。
やっと勇気をだして気持ちを伝える事が出来たのが三ヶ月前なのだ。
「あん時の八戒可愛かったよな〜」
悟空の言葉に八戒の顔が一気に赤く染まる。
その時の事を思い出してしまったのだ。
「顔を真っ赤にして、どもってさ……そうそう今みたいな顔で…」
「もう…悟空、やめてください」
「いつも冷静なのに、壊れちゃったんじゃないかってぐらい緊張して…」
「もう、忘れてください」
あんなパニック状態の自分なんて恥ずかしくて、早く記憶から消去して欲しかった。
「忘れないよ。
だって俺だけが知ってる八戒だもん」
他の人には絶対見せないような……もしかしたら、あれが何も作っていない素の八戒なのかもしれない。
「一生忘れないよ。あの可愛い八戒の姿をね」
「やめて下さい…」
それ以上言わせないように悟空の口を塞ごうと近づくと、急に悟空に抱きしめられる。
「悟空?」
「ホント嬉しかったよ、八戒の気持ち」
今までの幼い顔では無い…真剣な男の顔。
八戒は悟空のこの顔に弱い…。
こうして真剣に見られると目が離せない。
ドキドキと心拍数が上がって……熱まで上がってしまいそうだ。
いつもの冷静さなんて欠片も無くなってしまう。
どうしてなのか…自分でもわからない。
「今でも俺の事好き?」
「勿論……愛してますよ…」
こんな近くで……耳元で囁かれ、八戒は全身の力が抜けていくのを感じた。
「俺も愛してるよ…八戒」
「悟空……」
気が付けば、花畑に押し倒される状態になっていた。
悟空の唇が八戒の首筋に押し当てられ、甘く吸い上げられる。
「悟空…ダメですよ……こんな所で……」
「大丈夫だよ、ここには俺たち以外誰も居ない」
「でも……」
悟空を押し返そうと伸ばした八戒の手は、その意味をなさずただ宙を舞う。
「八戒、愛してるよ…」
「あ……ごく……」
『愛してる』…そう言われてしまうと、それ以上は抵抗する事も拒否する事も出来ない。
すべてを受け入れたくなってしまう。
ここがどんな場所であろうとも…。
「あ、悟空……恥ずかしい……」
昼間の、太陽の下といういつもと違う状態に八戒は顔を紅く染め、そっと目を瞑る。
やっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい……。
こんな明るい…太陽の下でなんて。
「八戒、綺麗……。
この綺麗な体も…心も、すべて俺のものなんだよね」
悟空は、全身を確かめる様に愛撫しながらそう呟く。
「ええ…すべて貴方のものですよ。
……心も体も一つになりましょう…。
悟空……来て下さい……」
八戒は小さな声でそう言うと、そっと悟空の背中に腕をまわした……。
二人で横になったまま空を見上げた。
日が傾き、空は紅く染まり始めていた。
雲が風に流れ、鳥たちが一日の終わりを告げる。
「そろそろ帰らなくてはいけませんね」
「そうだな」
楽しかった今日という日が終わってしまう。
名残惜しいけれど…ずっと一緒にというわけにもいかない。
「ちょっと…寂しいですね」
八戒はぽつりとそう漏らす。
「『ちょっと』なの?」
それに対して悟空は少し寂しそうにそう言う。
自分に会えない事は『ちょっと』というレベルなのだろうか…。
「ええ、だって会えなくても心は繋がっていますから」
そう言い八戒は自分の左胸にそっと手を当てる。
「だから離れていてもずっと一緒なんです。
でもやっぱり顔が見られない分、ちょっと寂しいんですよ。
僕、我が儘ですね」
「いいんじゃねえの、わがままに行こうよ。
会いたくなったら言ってよ、心の中ででもさ。
そうしたら俺、絶対すぐに八戒の元に駆けつけるよ」
「ええ、ありがとうございます」
「じゃ、帰ろっか」
そう言い悟空は立ち上がり、八戒の手を取り抱き起こした。
「ええ、帰りましょうか…」
そうして二人…手を繋いだまま来た道を戻って行った。
ずっとずっと繋いだまま。
心はずっと…繋がっている