K点を超えて Op132



 何がすべての始まりだったのだろう……。
 それは気が付かないものの積み重なりだったり……一つ一つの出来事の積み重なりだったり……。
 どんどんと積み重なっていったものは……いつか崩れるしかない。



「八戒、コーヒー煎れてくんない?」
 そう言って自然に笑う悟浄。
 この頃はまだ何事も無かったと思う……。
「はい、悟浄。お砂糖もミルクもいりませんよね」
「ああ……」
 何の不安も無く、平和で暖かな日……。
 そんな時がずっと続くのだろうと、その時は疑いもしなかった。


 それでもやがて時は崩れはじめる……。



 最初は気が付かない程の執着心。
「八戒、どっか出かけんの?」
「ええ、といってもただの夕飯の買い物ですけど」
 八戒が出かけようとするたびに悟浄は必ず行き先を問うようになった。
 今までは八戒が悟浄の出先を問う事はあっても、悟浄が八戒に訊ねる事など滅多になかったのに。
 最近では常にという感じだ。
「俺も一緒に行くわ」
「え、でも本当に今日の夕飯の材料買うだけですよ」
「いーのいーの」
 そして、一緒に行動しようとする事が多くなった。
 買い物についていくなんて、今までは八戒が頼んでも『めんどくさい』のひと言で片付けられていたのに。
 珍しい事もあるもんだ、と最初はそんなぐらいにしか考えていなかった。
 悟浄はよく甘えてくる……そんな程度の事だった。
 そんな些細な事は『珍しい』だけで片づけられてしまった。
 やがてその『珍しい』が日常になっていた。
 でもあまりにすんなり日常になっていたので気が付かなかった……この異変に。
 この時……もし気づいていたのなら、結末は何か変わったのだろうか……。




 ある日……悟浄が足に怪我をした。
「普通、酔っぱらって溝にはまるなんて、コントでもしませんよ。
 ちょっとお酒控えて下さいね。
 それに、こんな怪我で膿むなんて体が弱ってるんです。
 野菜もきちんと食べなきゃダメですよ」
 動けないので今日の悟浄は大人しい。
 それを良いことに八戒は笑いながらそうお説教をする。
「ひでえな。ケガ人にそういう事言う?」
「あはは、ごめんなさい。
 でも骨折れて無くて良かったですね。
 まあ、二週間から一ヶ月外出は無理ですけどね」
 そう言ってから八戒は少し考える。
 悟浄が出かけられないという事は、現在この家での収入は悟浄の賭場だけなのだから……。
「んー、困りましたねー…」

「何が困ったんだ?
 エロ河童の息の根止め損ねた事か?」
「あ、三蔵・悟空いらっしゃい」
 その声に八戒は顔を上げる。
「わー、ホントにケガしてんだ。ダッセー」
「うるせーな。笑いに来ただけなら帰れ」
 悟浄の足の包帯を見て大笑いする悟空に悟浄はそう怒鳴る。
 そんな平和な様子に八戒の顔に思わず笑みがこぼれる。
「今、コーヒーでも煎れますね」


「で、何が困ってんだ?」
 三蔵の言葉に八戒はさっきまでの悩みを思い出す。
「あ、そうでした。
 ウチの稼ぎ手が怪我しちゃったんで、明日からの収入どうしようかなあっと思って……」
 悟浄が怪我をした以上、八戒が働きにでるしかない。
 だが働き口なんて、そう簡単に見つかるのだろうか。
 悟浄の様に、酒場の賭場でという訳にはいかないし……。
「寺での書類整理の人手が足りん。
 二ヶ月ぐらいかかる仕事だがやるか?」
「いいんですか?」
「ああ、お前なら大丈夫だろう」
 これで当面の食費に問題はない。
 そう喜ぶ八戒の陰で、悟浄が微かに顔を歪めた事にも、まだ誰も気が付かなかった。



「八戒、明日から三蔵のトコ行くのかよ」
 その夜三蔵たちが帰ってから、悟浄は不満そうに漏らす。
「仕方がないじゃないですか。
 別に泊まり込みってわけでもないですし…。
 夕方には帰りますよ」
「えー、さみしーよ、八戒ーー」
 悟浄は甘える様に八戒を抱きしめる。
 そしてそのまま、八戒の首筋を軽く吸い上げる。
「もう、悟浄……」
 そう軽く悟浄をたしなめると、抱きしめてくるその手をほどき立ち上がる。
「我が侭言わないでください。
 貴方が怪我したからなんですよ。
 それぐらい我慢してください」
 小さい子供にするように悟浄の頭をなでる。
「セックスもガマンなの?」
 突然の直接的な表現に少し戸惑うものの、八戒は少し考えてから手で『×』を作る。
「怪我してるんですから、少し我慢してくださいね。
 じゃあおやすみなさい」
 にっこりと微笑み八戒は部屋を出て行く。
「我慢なんて出来ねえよ……」
 一人残された部屋で悟浄は小さく呟いた……。




 次の日から、八戒は三蔵の元へと働きに出た。
 悟浄を一人残して……。
 八戒の出かける時間には、まだ悟浄は目を覚ましていない。
 だから八戒は悟浄の朝食・昼食を用意し、温めてすぐに食べれる状態にして、小さな書き置きのメモと共に置いておいた。
 一人残していく悟浄を気遣って……。


「んだよ……」
 それでも悟浄は起きて八戒が居ない事に絶望する。
 そして、書き置き一つで置かれた食事の用意を見て腹を立てた。
 自分の望んでいるのはこんな物じゃない、と。
「こんな作り置きのメシなんていらねえよ!」
 悟浄はそう怒鳴ると、食卓に綺麗に並べられている食事の用意をすべて床へと落とした。
 食器が床にぶつかり砕ける……。
 煮物などの汁が床に広がっていく。
 もうそれは食べ物とは呼べない物となって……。
「こんなんじゃねえんだよ……」



 八戒が家に帰ると……家の中は真っ暗だった。
 まだ日暮れの時間とはいえ、家の中はもう電気を点けなければ暗いだろう……。
「悟浄、居ないんですか?」
 まだあの怪我では外出は困難だろう。
 出かけているハズはない。
 ……悟浄が居るなら電気が点いているハズなのに。
 寝ているのだろうか。
 そう思いながら、八戒は帰りに買った夕飯の食材を一旦台所に置くために、ダイニングを抜けて台所へ向かおうとした。
「…………?」
 その時歩く自分の足下に何かが当たる。
 それに床が滑っている気がする……。
 それが何かは薄暗くて良く見えない。
 何だろうと思い、八戒はダイニングの電気を点ける。
「……これ……」
 それは八戒が朝用意していった悟浄の食事だ。
 それが床に落とされている。
 落ちているのは八戒が用意した物すべて……。
 つまり悟浄が食事にまったく手を付けていない事を指す。
 なぜ、こんな事に……。
 猫か何かが入り込んで落としていったのだろうか……?
 ……いや、そんな感じではない。
 だとしたら、あと考えられるのは……悟浄自身が……?
 何故そんな事を……。


 八戒は悟浄の部屋を小さくノックする。
 中から返事は返ってこない。
「悟浄、寝ているんですか?」
 扉を開け、そっと声を掛ける。
 雨戸まで閉められた部屋の中は真っ暗だった。
 それでもベッドに横になっている悟浄が起きている気配が微かに伝わる。
「お腹空いてませんか?」
 あえて食事を床に落とした事には触れずにそうとだけ言う。
 それでもやはり返事はない。
「夕飯悟浄の好きな肉じゃが作りますから、出来る頃には起きてくださいね」
 そう言い八戒は扉をそっと閉めた。

 でも、いつまで待っても悟浄は部屋から出て来なかった。



「悟浄、起きてますか?
 僕出かけますね……」
 悟浄の部屋の扉を開き、小さな声でそう言う。
 返事はない。
 でも今は眠っているらしく、部屋に微かに悟浄の寝息が響く。
「本当に……どうしたんですか……」
 眠る悟浄にそう小さく呟いて、八戒は部屋を後にした。




「どうした、浮かない顔をして」
 昨日の悟浄の事が気になって、あまり仕事に気が入っていない八戒を見て三蔵が声を掛ける。
「三蔵……」
 その声に我にかえり手元をみれば、全く片づいていない書類の山。
 時計を見れば、もう針は正午を指していた。
「すいません……全然仕事進んでなくて……」
 わざわざ紹介して貰った仕事なのに……。
 自分は何をしているのだろう。
「お前でもたまにはそんな事ぐらいあるだろう。
 それより、何か悩みがあるなら話ぐらいは聞くぞ。
 ちょうど昼休みの時間だしな」
 八戒は少し考えてから小さく頷く。
 三蔵の好意に甘えさせて貰おう……と。


「悟浄の様子がおかしいんです……。
 『いつから』とは言えないんですけど」
 八戒は少しずつ語る。
 悟浄の様子が気になったのは昨日から。
 でも更に記憶を遡れば、該当する事柄は次々に現われる。
 それはあまりに些細な事だったから、その時は気に掛けていなかった。
「おかしい…ってどんな風にだ」
「よく分からないんですけど……。
 最初は……ただ良く甘えてくるだけだったと思います。
 でも次に僕が出かけるのを嫌がったり……。
 特に僕がここに来る事を……。
 それで、用意した食事を床に落としたり……夕飯も食べに来ませんでしたし……」
「ハンスト……か」
「どうしたらいいでしょう……」
 八戒は小さくそう呟いて俯く。
 何故悟浄はこんな風になってしまったのだろう。
 自分に何か原因があったのだろうか……。
「まあ、もうしばらくは様子を見てみんことには分からんな。
 お前がずっと側にいれば納得はするかもしれんが、ただ甘やかせばいいってもんじゃねえしな」
「……そうですね」
 様子を……もう少し様子を見るしかないのか。
 自分では悟浄の力になれない。
 なりたくても……どうすればいいのか分からない。




 その日も帰ると、昨日の様に食事が床に落とされていた。
 周りをみても、特に減った食料もない。
 つまり……悟浄は昨日の朝から何も口にしていないのではないか……。
「悟浄、いますか?」
 そう言って扉を開けるが、中は昨日と同じように闇に閉ざされた部屋。
 そんな様子に小さく溜息を吐き、八戒は部屋の電気を点けた。
「悟浄、起きていますよね……」
 確信を持ってそう言う。
 悟浄は頭から布団をかぶった状態で何も言わない。
 それでも呼びかけに微かに体が動いているのが見える。
「僕が作った物が食べたくないのでしたらそれでも構いませんから……お願いですから食事だけはきちんとして下さい……」
 小さくそう言い、悟浄の寝ている布団の上にそっと手を乗せる。
「…………!」
「違う!」
 その瞬間悟浄は布団をはね除け、八戒の手首を強く掴んだ。
「お前の作ったメシ以外なんて食う気になんねえよ」
 そのまま八戒を引き寄せ抱きしめる。
 半ば泣きそうになりながら叫ぶ悟浄……。
「どうしたんですか……悟浄……」
 八戒の声は悟浄には届いていないのか、悟浄は黙って八戒を抱きしめ力を強めていく。
「痛っ…ちょっと悟浄……離して……」
 苦しいほどの力に八戒は身をよじって悟浄の手から抜けようとする。
 そんな八戒を見て悟浄は更に激情する。
「俺の事、捨てるのか?
 俺を捨てて三蔵の所に行くんだろ!」
「悟浄……何を……」
「三蔵の方が好きなのか?
 三蔵となら心通じ合ってるのか?
 …その身を盾に出来るぐらいに」
 悟浄は叫ぶように言葉を重ねていく。
 『三蔵』と何度もその名を叫び捨てて……。
「悟浄……?」
 その身を盾に…というのは…あの『カミサマ』との戦いの時の事だろうか…。
 そんな昔から……もうズレ始めていたのか……。
「悟浄……落ち着いて下さい……」
「お前ら二人で俺を嘲笑っているんだろ!」
「落ち着いて……悟浄……」


 発狂した様に叫び続ける悟浄を八戒はただ優しく抱きしめる事しか出来なかった。
 そして時折優しく声を掛ける。
『僕は貴方を愛しています』
『僕はここに居ます』
『どこにも行きません……ずっと貴方の側にいます』
 それは何度も何度も繰り返される…呪文のように。
 やっと悟浄が落ち着き始めたのは、あれから何日経った時の事だろう。

「悟浄、お茶が入りましたよ。
 これを飲んで少し休んでください」
 そう言って手渡したのは、安定剤と睡眠薬の入ったお茶。
 いい加減休ませなくては、悟浄の体の方が崩れてしまう。
 だから無理にでも休ませた。

 ずっと気を張りつめていたからか…悟浄は直ぐに眠りについた。
 悟浄をベッドに寝かせると八戒は小さく溜息を吐き家を出た。
 もう何日も無断欠勤してしまっている。
 このままの状態では仕事を続ける事はできない。
 でも黙って辞める訳にもいかないから……連絡だけでもしなくてはならない。


「三蔵……」
 そう思って寺に向かう途中の街で八戒は三蔵に会った。
「お前の姿が何日も見えないからどうしたのかと思ってな」
「すいません……」
 八戒は俯いて小さくそう言う。
「悟浄か……」
「はい……あれからもうどうしようも無い状態になってしまって。
 特に僕と三蔵の関係を何か……不安に思っているみたいなんです。
 そういう訳なので、すいませんがあの仕事……こんな途中の状態ではありますが……」
「気にするな」
 躊躇いがちに言う八戒に三蔵は短くそう言う。
 そして一枚の紙を八戒に渡した。
「これは……」
 それは精神病院の連絡先の書かれたメモだった。
「手に負えないんだったら、一度病院に連れて行った方がいいんじゃないか?」
「精神病院だなんて……そんな……。
 できれば僕の手で治してあげたいんです……」
 八戒はそう言うとその紙を三蔵に返す。
 だが三蔵は、一応持っておけとその紙をを八戒の手に握らせた。
「何かあったら連絡しろよ」
「ええ……でも悟浄の様子が良くならない限り、連絡は無理だと思います」
 悲しそうな笑顔で八戒はそう言う。
 悟浄の様子は本当に良くなるのだろうか……そんな不安は隠しきれなかった。
「それでは……」
 そう言って、二人はその場から別れた。

 その後八戒は保存の利く食料を買い込んで家に戻った。
 当分家を出なくても良いように。
 ずっと悟浄の側に居られる様に……と。

 ……でも、その様子を悟浄が見ていた事には……八戒は全く気づいていなかった。




「悟浄……?」
 家に帰ると、ベッドで寝ているハズの悟浄の姿がなかった。
 まだ薬は切れていないハズなのに……。
 居間にいるのかもしれない、と向かったその先で八戒は驚愕する。
 荒れ果てた部屋……その隅で蹲る悟浄。
「どうしたんです?何があったんですか悟浄」
 八戒は慌てて悟浄に駆け寄る。
 この様子は……普通じゃない。
 突然肩に掛けた手を、がっと掴まれる。
「え……?」
 八戒は自分の手首に掛けられた手錠を信じられないものを見るように見つめた。
「悟浄…?
 っつ、あああ!」
 そのまま手錠ごと引っ張られ、寝室に放り込まれた。
「な…何を……」
 何が起こったのか分からず見上げる八戒に、悟浄はただ黙って、手錠のもう一方の輪をベッドのパイプに繋ぐ。
 ……もう戻れない……。
 悟浄の目はそんな狂気の色をしていた。

「うわあああぁぁぁっっ」
 迸る苦鳴……。
 今までも強引なところは確かにあった……でも強姦まがいの事をされるのは初めてだった。
 否、それは強姦そのものだった。
 自由を奪い、拒絶を無視し、服を破り慣らしもせず無理矢理欲望を突き立てる。
 八戒がどれだけ泣き叫ぼうとも、悟浄はその行為を止めようとはしなかった……。



「悟浄……もう……」
 次第にそれは暴力へと形を変えていった。
 悟浄はただ怒りのままに八戒を殴りつける。
 そしてぐったりとした八戒をそっと抱きしめる。
 そんな……壊れてしまった愛。
 もう…戻ることなどできないのだろうか……。

「俺の事だけとか言いながら三蔵にも抱かれてたんだろ?
 俺の事二人で笑ってたんだろ!」
「違います…悟浄……」
 八戒の言葉はもう悟浄の耳に届かない……。
「………?」
 その時、悟浄は床に一枚紙が落ちているのに気づき、それを拾い上げる。
「何だよコレ。
 ……そうか、俺を病院ぶっこんで三蔵と二人で暮らそうってんだろ!」
 そう言い八戒を殴り飛ばす。
 その紙は、三蔵に渡された精神病院のメモだった。
 ポケットに入れておいた物が、服を破られた時に落ちたのだろう。
 そんな物を悟浄に見せるつもりはなかったのに。
「違うんです……。
 悟浄……貴方は病気なんですよ……」
「病気だ……?
 お前の言う事なんか信じられっかよ」
 悟浄は狂気の怒りにまかせて、八戒の腹を蹴り飛ばした。
 力一杯蹴りを入れられ、八戒は床にと倒れ込んだ。
 あまりの痛みに八戒は腹を抱えて蹲る。
「…んだよ。何、腹かばってんだよ…。
 妊娠でもしてんの……?」
 ふと思いついただけのあり得ないその考えが、狂った悟浄にはその病みを更に加速されるものだった。
「何言ってるんですか……そんな訳無いじゃないですか……」
 弱々しい否定の言葉…。
 それは勿論自分が男であるから、そんな事があるはずがない……そう言う意味ででた言葉。
 でも悟浄には違って受け入れられる。
 自分には生殖能力がないから……出来るはずない、と。
「だよな…。じゃあアイツの子なんだよな、やっぱり……」
「え……?」
「三蔵ならガキ作ることもできるよな、アイツなら」 そう言い、悟浄は更に強く八戒の腹を蹴りつける。
「そんなに三蔵との子が大事かよ!」
「ち……ちが……」
 苦痛に耐えながら八戒は必死に叫ぶ……。
「出してやるよ、三蔵との子なんてな…」
 そう言い、悟浄の手に握られていたのは……ナイフ……。
 それを見た瞬間にもうダメだと八戒は思った。
 自分の力では…悟浄を救う事が出来なかったと。「…………!」
 だから、悟浄が向けるナイフの刃もそのまま受け入れた。
 何の抵抗も示さない八戒に悟浄は固まる。
 手には肉を貫いた生々しい感触が伝わる。
 八戒はニッコリと微笑むと、悟浄の手の上からナイフの柄を握る。
 そして一気にに横に切り開いた……自分の腹を。
「ね、子供なんてどこにも入っていないでしょう」 ゆっくりと…優しく微笑み……そして八戒の体は崩れ落ちた。
「あ……は…八戒……」
 そう呼びかけてももう返事は無かった……。




 数日後、あの時の様子が気になり三蔵は悟浄の家を訪れた。
 一人ではまずいと思い悟空を連れて。
「……?悟空お前は此処で待ってろ」
「何で?」
「いいから、そこで待ってろ!」
 
 家になにか異変を感じ、三蔵は悟空を置いて一人で家の中に入った。
 家の扉を開けた瞬間広がる腐敗臭……。
「八戒……悟浄……」
 家を探し、二人の姿を見つけたのは悟浄の部屋だった。
「悟浄……」 
 出会ったあの夜からを再現するように、腹の傷を塞ぎ、ベッドに横たわった八戒に粥を含ませる悟浄。 ……でもベッドに横たわる八戒は、もう息はしていない。
「……三蔵」
 悟浄は三蔵の姿に気づき立ち上がると、その耳元で何か小さく呟いた。
 それに対して三蔵は……小さく頷いた。



 やがて静寂を纏っていた森に一発の銃声が響く。 悟浄の家からだ……。
 何事かと悟空が駆け寄ろうとした時、三蔵が家から出てくる。
「三蔵…今の銃声……。
 あ……火が……三蔵、悟浄の家から火が出てる」 火は直ぐに家中に回っていった。
「八戒と悟浄を助けなきゃ」
 そう言い中に入ろうとする悟空を三蔵は静かに止める。
「もう遅いんだ……」
「遅いって何が!」
 そう言っている間にも火は止められない程勢いをつけてすべてを飲み込んで行く…。
「これがアイツらの望んだ結末……。
 誰が悪かったワケでのない……ただ少し弱かっただけ……」 




    二人に用意された選択肢はもうこれしかなかった。
    もっと早く気が付いていれば、そう悔やんでも……もう遅い。
    
    もし神様がいるのでしたら、時をもどしてください、二人が出会ったあの時に。
    もう同じ過ちはしない。
    
だからもう一度やり直させて下さい……。
    二人が出会った……あの夜から……。

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