パルスモーション Op131





 その時はもう過去に関しては吹っ切れていた。
 だから、すべてを素直に受け入れる事が出来た。


      悟浄の事が好きだと……。



 事の始まりは『観察』だった気がする。
 悟浄観察……。
 それはほんの少しの興味。
『何故悟浄はあんなに女の人にもてるのだろう』
 そんなくだらない、小さな興味。
 そこからすべてが始まった。


 悟浄を見ているうちに色んな事に気が付いた。
 悟浄の優しさ…。
 悟浄は誰にでも優しくする。
 それは下心があってなのかもしれないけれど、誰もが欲しがる…そんな優しさを持っている。
 ……そして、あの見つめてくる熱い視線。
 それは普段見る事のない顔。
 あの目で見つめられたら……それはもう魔法を掛けられたように、あの人を愛してしまう。

 観察のハズだったのに…いつの間にか、僕もその魔法に掛けられてしまった。
 あの熱い視線で見つめられたい……。
 そう思うようになった。
 ……そう、悟浄の事を好きになってしまったのだ。
 その事に気づいてしまったから…もう仕方がない。
 すっかりポジティブシンキングになっていた僕はすぐにそれを受け入れた。
 ……で、やっぱりいつまでも片思いをするのもあまり性に合わない。
 でも悟浄にゲイの気ががないのは観察をしていたから良く分かっている。
 だから、自分から告白するのも……考えてしまう。
 いきなり男から『好きだ』と言われたら悟浄はどう思うのだろう。
 軽蔑などはしないとは思うけど、困らせてしまうのは分かっている。
 悟浄は優しいから……。
 悟浄を困らせてまで自分の気持ちを伝えたくなんてない。
 でもだからと言って、この気持ちを諦めるつもりもない。
 ……ならばどうする?
 僕は考えた……。
 ならば……。
 ならば悟浄に僕を好きにさせて、悟浄『から』告白させればいいのだと。
 そう思いついた。
 幸いなのかどうか分からないけど、僕は昔からよく男の人に告白されたり…時には悪戯されたりする事があり……どうやら男受けする人種らしい。
 だから…悟浄だって分からない。
 それが正しいかなんてどうでもいい……この際悟浄を落とすためなら手段は選ばない。
 ……それぐらいに僕は前向きになっていた。


 どうしたら悟浄をその気にさせる事が出来るだろう…。
 まず、悟浄は優しい……それを利用しない手はないだろう。
 幸い(?)な事に僕には暗く辛い過去がある。
 それはもう吹っ切ったものなのだけど、この際それを利用する事にする…。
 まずは雨に日にでも仕掛けてみますかね……。


 そんな悪どい事を考えているからか、なかなか雨は降らなかったけれど、数日たってようやく雨の日が訪れた。
 今日から作戦を始めなくては……。
「悟浄、今夜は出掛けますか?」
 少し悩んだ様な暗めの、それでいて必死に笑顔を作っているような様子で僕は悟浄にそう言った。
 勿論演技である。
「いや、まだ決めてないけど」
「そうですか……」
 そこですぐに『出掛けないで下さい』などと言ってはいけない。
 少し困ったような悲しそうな感じで、そうとだけ言う。
 それから、悟浄から視線を逸らし、小さく溜息を吐く。
 それは隠す様に、それでいて悟浄に気がつかれる様に……。
 悟浄が自分の方を見ているのは気づいている。
 それでも僕はそんな悟浄に気が付かないフリをして窓の外を見る。
 焦点の合わない様な遠い目で…。
 まずはこれで悟浄の様子を探る。
 いかにも『悩んでいます』という様子の僕を置いて出掛けるのか、それとも家に残るのかを。


 ……結果は、最初から敗北…。
 悟浄は僕を置いて出掛けてしまった。
 でも出掛けるギリギリまで僕を気にしている様子はあったから、惨敗といった感じではない。
 むしろ良い方向に進んでいるのかもしれない。
 悟浄はきっと今夜は早めに帰ってくる。
 その時に次の作戦に移ればいい。
 今夜、悟浄が僕を置いて出掛けたと言う事実を有効に利用して……。



 今夜悟浄が帰ってくるだろう時間は大体予想出来ていた。
 いつもよりも早い時間。
 朝帰りなんて事はまずあり得ない。
 僕は悟浄が帰ってくるだろう時間の少し前に家の外に出た。
 まだ雨は降り続いている。
 でも勿論傘など差さずに……。
 全身に降りかかる雨は、まだまだ冷たいけれどその感覚は嫌いではなかった。
 そっと手を伸ばして…指先まで目を走らせる。
 雨の中に居ると不思議な気分になる。
 これは昔からだ。
 雨の中にいるのが好きだった。
 まだ花喃の事を引きずっていた時…、雨を見ているのが辛かった。
 そんな時は雨の中に飛び込んでいった。
 雨の中にいると…不思議と心が軽くなる、そんな気がした。
 今にでも踊り出したいぐらいの気持ちだ。
 空を見上げて、ゆっくりと一回転する。
 雨と共に世界が回る……。
 真夜中なこの時間、空を見上げた所で何も見えないけれど……それでも僕は空を見上げた。



「八戒、何やってんだよ」
 それから数分後、予想通り悟浄が帰ってきた。
「おかえりなさい、悟浄」
「『お帰りなさい』じゃねえだろ。
 雨ん中、傘も差さずに何してんだよ」
 悟浄は自分の差していた傘を僕に向かって差し伸べる。
 でも僕はその傘をはらいのける。 
 傘は風の抵抗を受けながら、ゆっくりと地面に落ちた。
「ねえ、悟浄。気持ちいいと思いません?
 雨が全身に掛かって……なんか心が躍り出しそうな…そんな気分になりません?
 ねえ、悟浄。踊りましょう」
 そう言い微笑む僕を、悟浄は狂っていると思っているかもしれない。
「ねえ、悟浄」
 それでも構わないと思いながら、僕は悟浄に手を差し伸べた。
 呆然と立ちつくす悟浄の手を強引に掴んで自分の方に引き寄せる。
「ねえ、悟浄……」
 それから何も言わなかった悟浄……。
 悟浄は何を考えていたのでしょうね。
 貴方の中で…僕という存在が、今どんな位置にありますか……?



「38.5℃……ま、雨ん中にずっといたんだからアタリマエだな。
 今日は大人しく寝てろよ」
「はい……すいません……」
 僕はそう素直に謝った。
 どうやら僕は昨日の雨のせいで風邪を引いてしまったようだ。
 まあ自業自得だろう。
 悟浄も僕に気づかれない様にはしているものの、やっぱり風邪気味なのか、時折鼻をぐしゅぐしゅとさせている。
 ………反省。
 どうも、僕は雨の中に入ると歯止めがきかなくなるようだ。
 ある意味、雨は僕にとって麻薬の様なものなのかもしれない……。
 あんな恥ずかしい事をしてしまって、悟浄は呆れてしまっただろう。
 これでは、悟浄を落とすだのなんだのという話どころではない。
「……ふう……」
 思わず溜息が出てしまう。
 しばらくは自粛しよう…。


「ほら、八戒。薬飲んどけよ」
 悟浄が手渡す薬を黙って飲むと、そのまま布団に潜り込む。
 どんな顔をして悟浄を見ればいいのか分からない……ふう…。
「なあ、八戒」
 頭からすっぽりと布団をかぶっている僕の頭上から悟浄の声が響く…。
「悩みとかあるなら、俺に言えよな。
 俺じゃ役に立たないかもしれないけど、少しでもお前の力になってやりたいからさ」
 ……僕は自分の耳を疑った。
 それはどういう意味でだろう。
 いつもの悟浄のやさしさ?
 それとも……うぬぼれてしまってもいいのだろうか…。
 そう思える程悟浄の言葉は優しく……まるで恋人にかけるような……。
 そんな感じのする語りかけ。
 それはどういう意味なんですか?
 貴方は僕を……受け入れてくれるんですか?
 しばらく自粛しようと考えたばかりだというのに、気持ちはどんどんと溢れてくる…。
「じゃあ、ゆっくり休めよ」
「待って下さい」
 そう言って悟浄の声が遠ざかり始めたとき、僕は布団をはねのけ、悟浄の腕を掴んでいた。
 それはほとんど無意識の行動だった。
「八戒?」
「あ……あの……。
 少しでいいんです、少しだけ側にいて貰えませんか?」
「いいけど……」
 そう言って悟浄は僕のベッドの側に腰を降ろした。
 でもそんな位置では……遠すぎる。
「もう少し、近くにきてください」
 その言葉に悟浄は僕を覗き込む程近くに寄る。
 …それでもまだ遠い。
「もっと近くに…」
 最初に手が絡められる…。
「もっと……」
 そして、やさしく抱きしめられた。
 その手に少しずつ力が込められ行くのを僕は感じた。
「ごめんなさい…こんな事たのんで…」
 悟浄の暖かさが体に広がり、気持ちが落ち着いてくる。
 それと同時に動機も早くなっていって…。
 どうにかなってしまいそうだった。
「八戒…俺……。
 俺お前の事が……」

「え……」



 悟浄の唇がゆっくりと動いて…その気持ちが僕にだけ伝わった。

 それが何か……。
 それは秘密です。

 ……僕と悟浄だけの秘密……。



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