Nina  Op.13

 

牛魔王との戦いから数年。
世界はすっかり平和に戻り、人間と妖怪は再び共に暮らせるようになった。

悟浄と八戒は旅から戻ってからも、あの家で2人で暮らしていた。
旅をしていた頃にくらべると何もない平凡な生活だったが、平和で、慎ましくはあるが幸せな日々だった。
……でも、幸せというものは長くは続かないもの……


その始まりもいつものような平和な日だった。
「悟浄。今日の夜も出かけるんですか?」
俺は一応賭博で生活費を稼いでるワケだし、そろそろ金がやばくなっているしなぁ。
「んー。まぁそのつもり。…あれ?八戒顔赤くねぇ?」
八戒の顔色がいつもと違っているような…。
俺は八戒の額に自分の額をくっつける。
「そんなにはないか。でも少し熱いぞ」
「ここのところ少し微熱が続いて……でも大丈夫ですから」
俺は何かわからないがイヤな予感がした。
本当は出かけるのをヤメにしようとしたが、八戒の笑顔に押し切られて家を出た。
……でも、なんでイヤな予感ってヤツは当たるんだろうな……。
それなりに稼いで家に帰ると…居間で八戒が倒れていた…。
「おい!八戒……」
俺は慌てて八戒を抱き起こすと体を軽く揺すった。
見たところ、顔色もそう悪くなく、ただ眠っているように見えた。
「八戒……」
「……あれ…悟浄…」
俺の呼びかけで八戒が目を覚ました。
八戒に事情を聞くと、急な眠気に襲われただけだと言った。
…ほんとにそれだけなのだろうか……。
その後も八戒は急な眠気で倒れそうになったりした。
睡眠を取っていないワケじゃない。
あまりに異常なことなので、俺は八戒を病院へ連れて行った。
診察の後、俺だけが医者に呼ばれた。
「…残念ですが…現在の医学ではこの病気は……」
医者は今町で流行っている病だと言った。
病状は微熱・体力低下……そして過度の眠気。
そして最終的には眠ったまま息を引き取る……。
現在の医者では治すことのできない不治の病。
『苦しまずに逝けるのがせめてもの救いです…』
医者の言葉が頭の中を回る。
……八戒に何て言ったらいいんだよ……。
本当のことなんて絶対に言えない。


そのご、八戒はしばらくは体調の良い時とかは家事などもしていたが、少しずつ目に見えて病状は悪化していた。
やがて八戒は一日中ベッドにいるようになった…。
俺は結局八戒に病気について何も言えていなかった。

「悟浄…これ…」
ある日八戒は俺に一冊のノートを渡した。
中に書かれていたのは、簡単に作れる料理のレシピや、ゴミの日・分別方法、洗濯機の使い方など、生活に役立つことだった。
「……これは…?」
「……僕がいなくなった時の為に書いておきました。困った事があったらこれを見てください」
……八戒ガイナクナッタトキ……?
「何言ってるんだよ。お前はずっと俺のそばにいるんだろ?」
「…僕の病気は治らないんですよね」
「……なにいってるんだよ……」
笑ってごまかそうとしたのに笑えない…。声が震える…。
「…流行病のことは噂で知ってました。この症状はどう見てもそうですよね…」
「…八戒…」
八戒の方を涙がつたう。
「……どうしてでしょうね…。前はあんなに死を望んでいたのに…。
……たくない…。死にたくない。あなたのそばにずっといたい…」


八戒の眠っている時間は日に日に長くなっていった。
……八戒が眠っている時、俺は八戒の手を握る。
その脈を確かめるように。
そして、もう一度その瞳が開くように祈る。
…いつか…この脈が止まってしまうのだろうか……。
「…八戒…。俺、料理も洗濯も掃除もできねぇよ…。
ゴミの日だって覚えられねぇ。……お前がいないとダメなんだよ。
お前無しじゃ生きていけねぇんだよ。…だから…だから…」
俺は八戒の体を強く抱きしめる。
「目を覚ましてくれよ…」
おまえが目を覚ましてくれるなら、俺は何でもするよ…。
だから目を覚ましてくれ…。
笛よ太鼓よシンバルよ。
八戒の目を覚ましてくれ……。
あいつがもう眠り続けないように。

 


END

 


 


ダークです。っていうかブルー?
これはQuintette(58本)に載せるつもりでしたが、書いてて悲しくて×2、初発行でこりゃないだろう思いボツ……。
でも、もったいないのでネットにあげてみました。
皆様的にこういう話はどないでしょう。 


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