Autumn Leaves 〜落ち葉〜 Op123
その少年に出会ったのは、森の入り口だった。
そこを通ったのはほんの偶然。
だから彼に出会う事が出来たのも偶然だったと言えるだろう。
悟浄は少し腹の立つ事があった…。
それで人気の無い森で、木に向かってその感情を込めた拳で殴りつけていた。
ただそれだけだ。
その時、悟浄は人の気配を感じて振り返った。
こんな所を他人に見られるなんて…。
『何見てんだよ!』
そう怒鳴ってやるつもりだった。
「…………」
でもそう怒鳴るよりも先に、彼が悟浄に向かって白いハンカチをさしだした。
「手、怪我してますよ」
そう言われて悟浄は自分の手を見た。
木を殴った時に切れたのだろう、小さな傷が付いていた。
「ちゃんと後で消毒をしてくださいね」
そう言って彼はそっと悟浄の手の傷から血をハンカチで拭った。
自分にまとわりつく女たちには何も感じた事は無かったけれど、この少年の一つ一つの動きに何かドキドキした…。
「八戒さん、そろそろ戻ってください」
森も奥からそんな高い声が響いた。
「はい、すぐに戻ります」
少年は綺麗な声でそう答えた。
「…きちんと消毒してくださいね…」
彼はもう一度そう言って森の奥へと消えていった。
「八戒…か……」
悟浄は小さくそう呟いた。
その森の奥にある建物がサナトリウムだという事を知ったのはその後だった。
自分と同じ…17歳ぐらいの少年だったが、病に冒されているのだろうか…。
彼の事が忘れられなかった。
彼の白い肌、綺麗な声、そして一瞬微笑んだその顔が忘れられない。
「…八戒……」
おそらく彼の名であろう言葉を何度も何度も呟いた。
まるでもう一度会う為の呪文のように。
そう何度も呟いて、あの場所へ向かった。
ココに来ればもう一度彼に会えるかもしれない……と。
そんな小さな希望を抱いて通い続けた。
「こんにちは」
そんな願いがついに通じた。
あの時と同じ場所に彼は現れた。
「ああ、こんにちは…」
色々と話す事が会ったのに、彼が目の前にいる…それだけで何も言えなくなってしまう。
「コレ、ありがと…」
必死にそう言い、洗ったあの時のハンカチを渡した。
それが精一杯だった。
「あ、コレは……わざわざありがとうございます。
もしかしてずっと待ってくれたんですか?」
「…これしかお前に会える方法分かんなかったからさ」
きっと自分は今真っ赤な顔をしているだろう。
こんなみっともない所を八戒には見せたくないのに、それなのに高まる胸の鼓動を押えられない。
「アンタに……会いたかった。
一度会っただけなのに…忘れられなかった…」
みっともない告白だったと思う。
声は震えてうわずっていて…。
今まで女口説くのに考えた事も無かったのに、それなのに今こんなに緊張している。
「えっと……ありがとうございます」
少し戸惑ってはいたものの、八戒はそう言って微笑んだ。
「俺、沙悟浄っていうんだ。
直ぐソコの家に住んでる」
「僕は猪八戒です。
直ぐ向こうの施設にいるんです。
…出かけられるのはほんの少しの時間で、余り会うことは出来ないかもしれませんけど…」
八戒は少し躊躇いがちにそう言う。
自分は自由な身ではないと…。
「構わない。少しでも八戒に会えればいいんだ。いい?」
それでも悟浄ははっきりとそう言った。
「ではまた明日この時間にここで…」
「八戒の事、待ってるから」
それから悟浄は毎日通い続けた。
毎日少しの時間…ほんの10分程度ではあったけれど幸せな時間だった。
「コレ八戒に似合うかと思って」
悟浄は八戒に小さな花を渡す。
今まで花なんて、女を口説くための道具としか思っていなかった。
でも今回は、この花を見たときに本当に八戒に似合うと思った。
ただ河原に咲いていた花だけど、清楚ではかなげで…八戒のイメージだった。
「綺麗な花ですね」
八戒はその花を手に取り、慈しむような目でみる。
「花…好き?」
「え?」
「いや、八戒の部屋ってさ、花とか飾ってありそうだなって思って」
悟浄の言葉に八戒は少し悲しそうな顔をし、再び手の中の花を見る。
「花は…随分飾ってないですね」
何か意味ありげな、悲しそうな声で言う八戒に悟浄はそれ以上は聞けなかった。
「悟浄、どこに行くの?
今から女の子たちで遊びに行くんだけど、悟浄も行かない?」
いつものように八戒の所に向かおうとした時、顔見知りの少女が悟浄に向かってそう声を掛ける。
いつもならそのまま遊びに行く所だが…。
「わり、大切な用があるからさ」
そう言い脇目もふらずに走り出した。
一秒でも早く八戒に会いたい。
心の中はその気持ちで一杯だった。
本当にこんな気持ちは初めてだ。
こんなにも一生懸命になるのも、こんなにも一人の人間に執着するのも…初めてだ。
今まで適当に生きている感じだったのに…今はこんなにも毎日が楽しくて仕方がない。
それはすべて八戒に会ってから変わった新しい自分だ。
いつもの場所に八戒の姿はなかった。
「まだ早いか」
時計を見てそう呟く。
時計の針は約束の時間よりも少し前を指していた。
悟浄は木にもたれ掛かり辺りを見回した。
森はこんなに静かなのに、自分の心は高鳴ったままだ。
今まで、待ち合わせ時間に遅れる事が多かったのに。
こんなにドキドキして人を待つなんて…。
そう考えながら悟浄は時計を覗く。
もう約束の時間は過ぎている。
「…っかしいなあ」
八戒が約束の時間に遅れるなんて…。
どうしたんだろう。
そわそわと落ち着かない気持ちになる。
ほんの数分なのに。
今まで自分は他人に随分と待たせていた事だって有るのに。
なんだか落ち着かなかった…。
「…八戒!」
それから10分ぐらいして八戒が姿を現した。
「すいません…遅れてしまって。
待っててくれたんですね」
「あぁ、当たり前だろ」
「ありがとうございます」
そう言って自分を見た八戒の顔はいつもよりも白かった。
白いというよりも青白い感じだ…。
「八戒、顔色悪いぜ。
体調悪いんじゃねえの?」
「いえ…そんあ……くっ…」
否定しようとした八戒が急に苦しそうに顔を歪ませる。
口元に両手を当てて何度も咳き込んだ。
「八戒…大丈夫か?」
苦しそうな八戒に自分はどうする事も出来ない。
どうしたら良いのだろう。
「八戒……?」
咳き込む八戒の手の隙間から…真っ赤な血が零れ落ちる。
血を…吐いている。
その後の事は良く覚えていなかった。
八戒を見つけた看護婦が慌てて医者を呼び、そのまま八戒を森の奥へと連れて行った。
「…………」
自分はそれをただ見ている事しかできなかった。
ただ立ちつくしていた。
何が起きたのだろう…。
地面に落ちた血の後が現実を冷たく物語っている。
「…八戒……」
そう、八戒は病気なんだ。
初めから分かっていた。
それでもその現実は悟浄の胸に深く突き刺さった。
その次の日、重い足取りでいつもの場所に向かった。
八戒が…もう居なかったらどうしようと。
そう思うと夜も寝られなかった。
苦しそうな八戒の顔が忘れられない。
あのまま死んでしまうのではないかと…そう思った。
だから今日ここに来るのが怖かった。
「…悟浄」
そう聞こえてきた声に、悟浄は俯いていた顔を上げた。
八戒の声だ…。
「八戒…。
もう体は大丈夫なのか?」
「ええ、昨日はすいません」
八戒は申し訳なさそうにそう言う。
いつものような笑顔は見られないが、昨日よりも顔色は断然いい。
その様子に悟浄はほっと息を吐いた。
「君が悟浄君?」
「あ…ニィ先生…」
森の奥から一人の青年が姿を見せる。
白衣姿のその男はおそらく医者だろう。
「八戒が無理をしてまで会いたい少年にちょっと興味があってね」
そう言いニィは悟浄の顔をじっと見つめる。
「すいません…なんか俺のせいで無理させちゃったみたいで……」
昨日の事を思い出し、悟浄は俯く。
八戒は昨日、体調が悪いにもかかわらず自分の為に病院を抜けてきたのだ。
「まあ、本来はあまり勧められる事じゃないんだけどね。
君に会うようになってから八戒は笑顔もでるし体調も良いみたいだから…特別だよ」
悟浄と八戒の顔を交互に見てニィは笑った。
「じゃあ、あまり遅くならないうちに部屋に戻るんだよ」
「はい、先生」
ニィを見送る八戒の顔は…少し違っていた。
彼に絶大な信頼を寄せている…そんな顔だ。
「優しそうな先生だな…」
何か心苦しくて、そんな事を呟いた。
「ええ、優しい先生ですよ。
病気だって分かって両親に捨てられた僕を先生は面倒見てくれているんです。
もうとっくに死んでいるはずの僕を…」
「あ、ごめん……」
辛そうに過去を語る八戒に悟浄はとっさに謝った。
何か聞いてはいけない気がした。
「いえ、良いんです。
貴方には話して置きたかったんです」
「八戒……」
複雑な気分だった。
自分にだけ話してくれたのは嬉しいが…、八戒がニィの事を話すときの表情がまるで愛しい人を想うようで……。
「アイツの事好きなの?」
そう聞かずにはいられなかった。
「え……。
そうですね…好き、なんですかね」
少し躊躇いがちに八戒はそう言った。
そんな八戒を見るのが少し嫌だった。
これは嫉妬という感情なのだろうか…。
「でも悟浄、貴方の事も好きですよ」
八戒はにっこりと笑ってそう言った。
その瞬間、今までのもやもやした気持ちが消えていった。
人間の感情なんて現金なものだと少し笑えてくる。
「俺も八戒の事好きだ、愛してる」
ニィと同じようになんてなれなくてもいい。
自分はそれとは別の形で…八戒の特別になれればいいんだ。
そう考えると急に気持ちが軽く楽になった気がする。
「な…八戒、キスしてもいい?」
そう言い抱き寄せる悟浄を八戒はやんわりと制止する。
「病気…うつっちゃいますから駄目ですよ」
「大丈夫だって」
「駄目です。
…貴方にはうつしたくないですから…」
真剣にそう言う八戒に悟浄は短く息を吐き、八戒の瞼にそっと口づけた。
「じゃあ今はコレだけ。
病気治ったらちゃんとしような」
悟浄はそう言って笑う。
「…ええ…」
…そう答える八戒の顔が陰っていた事に、その時悟浄は気づいてはいなかった。
「…八戒、遅いな…」
約束の時間を30分ほど廻っても、八戒は姿を見せなかった。
今日はもう来ないのだろうか。
体調が悪いのかもしれない。
「…………」
帰ろう、そう思い悟浄は来た道を戻る。
三歩ほど進んでから立ち止まる。
それから少し考え振り返った。
そして再び歩きだす…森の奥に向かって。
途中で立ち入り禁止の看板も見た…でも躊躇わなかった。
八戒に会いたかった。
今会わなければもう会えないかもしれない。
そんな不吉な考えが頭をよぎる。
「そんな事…ないよな…」
確認するように口にだしてそう言う。
それでも不安は消えなかった。
「…八戒……」
初めて見たこの建物は本当に施設という感じだった。
ひっそりとして寂れている。
この建物で八戒は生活しているのだろうか。
親にも会えずに…一人で。
「貴方、ここで何をしているの?」
突然掛けられた看護婦の声に悟浄は慌てて走り出した。
今捕まればここから追い出されるだろう。
…まだ八戒に会っていないのに。
止めようとする看護婦を振りきって建物の影に隠れた。
「どうしよう…」
大きくないとはいえども、この建物の中から八戒を見つけるのは容易ではない。
見つかる前に自分の方が見つかってしまう。
何か手がかりでもあれば…。
『あ…あぁ…』
その時悟浄の耳に微かに届いた。
八戒の声だ。
その声は、この建物の中からではなく別の所から伝わっているようだった。
悟浄はゆっくりと周りに注意しながらその声の方に向かった。
「ここは……」
その場所は建物の影にある離れの様な小さな家だった。
家と言ってもあまり窓も無く、その窓にさえ鉄格子が掛けられていて…まるで……。
『くっ…あぁ…や……』
中から響く悲鳴のような八戒の声。
また体調が悪くて…発作でも起きているのだろうか。
そう思い悟浄はその唯一の窓に近づいた。
「…………!」
そこから見えた光景に悟浄は自分の目を疑った。
それはとても病室とは思えなかった。
小さな部屋にはベッドと小さなテーブルが置かれているだけだった。
それは別に普通の事。
でも普通じゃないのは…。
その床に落ちている…服の破片…血の跡…そして鎖や首輪や鞭と言った道具。
医療に必要だとは逆立ちしても言えないような物。
そして…八戒はそのベッドに両手を縛り付けられ…犯されていた。
『や…あぁ…』
八戒の綺麗な顔は涙と涎で濡れ、苦痛にゆがんでいた。
痩せこけて肋の浮いた体は予想していたよりも白かった。
でもその白さの中に際だつような紅い跡が星のように鏤められてた。
その八戒の体を大きな医師の手が押さえつけ何度もその身を突き上げる。
その度に八戒の口から苦痛の声が漏れる。
それは酷い光景だった。
目を背けたくなるような惨劇だった…。
でもそれと同時に興奮している自分がいた。
この光景から目が離せない。
陵辱されて泣き叫ぶ八戒を…綺麗だと思った。
「…ん……っ…」
気が付けば窓から中を見ながら…自慰をしていた。
自分の手で何度も高ぶった自信を擦りあげた…。
『や…あ…やぁぁぁぁ…』
医師が八戒を強く突き上げた。
その瞬間、八戒は一際高い声を上げて達した。
それと同時に…悟浄も自分の手の中に精を放つ。
「……………」
熱が引いていくのと同時に悟浄の心の中に罪悪感が生まれる。
八戒を汚してしまった…。
あんな状態の八戒を助ける事もせずに…自分は…。
「…………ッ!」
その時、部屋の中の医師が顔を上げた。
医師は悟浄を見ると小さく笑った。
その医師は…ニィだった。
数日前に見せた善良そうな顔とは全く違っていた。
『楽しかった?』
ニィは声には出さずに悟浄に向かってそう言う。
彼は悟浄が見ている事をしっていたのだ。
悟浄が見ている事を知りながら…八戒を犯した。
悟浄はニィを睨み付けるとその場から走って去った。
『そうですね…好き、なんですかね』
数日前に八戒が言った言葉…。
八戒はニィを信頼していた。
そうでなければ、あんな表情はしない。
…それなのに、ニィは八戒を犯した。
あんな風に縛り付けて嫌がっているのに無理矢理…。
「絶対許せねえ」
沸々と怒りがこみ上げる。
絶対に許せない…八戒を傷つけた事。
八戒を裏切った事……。
悟浄はもう一度あの森の奥の施設に向かった。
今度は八戒に会うためでは無く、ニィと話す為に。
「どういうつもりだよ…」
「何の事?」
真剣に言う悟浄に、ニィは軽い感じでそうとぼける。
その様子に更に怒りがこみ上げた。
「ふざけんな…八戒にあんな酷い事して…」
怒りが押えられない。
声が震えているのが分かった。
「ああ、あの事。
別に八戒は僕が買い取った子だからね。
何をしたって僕の勝手だろ?」
この男は何を言っているのだろう。
何か狂っている気がした…。
「でも、君たちはホント単純だよね。
おもしろいぐらい僕の計画通りに動いてくれるよ」
「…計画……?」
悟浄はその言葉を小さく繰り返す。
「八戒にも死ぬ前にちょっとぐらい『初恋』ってのを体験させたげようかと思ってね。
まあ、ただ八戒を抱くのにも厭きてたし。
おもしろかったよ。
最中に君の名前を出すとね、いい顔するんだ。
恥ずかしそうな…苦しそうな…罪悪感に満ちたような顔をね」
「…………」
「あの日もちゃんと教えてあげたよ。
窓の向こうで『君の愛しい人が君をおかずにシテるよ』ってね」
そう言いニィは悟浄に向かって小さく笑った。
この男は異常だ…狂っている。
「いい加減にしろよ!
八戒をなんだと思ってんだ…」
もう興奮しすぎて体中の血管が切れてしまいそうだった。
それぐらい怒りがすべてを支配していた。
「何怒ってるの?
いいじゃない…どうせもうすぐ死ぬんだから」
「てめえ…」
その一言で最後の糸が切れた…。
どうしてもこの男だけは許せない。
もうその後の行動は無意識だった。
ポケットからナイフを取り出し…ニィの胸を刺した。
一度ではない…何度も何度も…。
ニィが息絶えても尚彼の体を刺し続けた。
「…どうしたんですか?」
それからどれぐらい時間が経ったかは分からない。
一瞬だったかもしれない…もしかしたらかなりの時間が経っていたのかもしれない。
我に返ったのは…八戒の言葉が聞こえた時だった。
「八戒…」
「悟浄!……どうしたんですか……」
振り返った悟浄の顔を見て八戒は小さく悲鳴を上げる。
返り血で紅く染まった悟浄の顔……。
その先には見るも無惨なニィの死骸があった。
「先生…悟浄、なんでこんな事を……」
「八戒、これでお前は自由だよ」
悟浄は八戒の体を抱き寄せ口づけた。
噎せ返るような血の匂いの中で初めて交わした口づけ。
…血の味がした……。
「悟浄…なんでこんな事を……」
八戒はもう一度そう言う。
「嬉しくねえの…?」
「嬉しいわけないじゃないですか。
どうしてこんな事したんです。
これで貴方は殺人者なんですよ」
「そんなの構わない。
八戒が救えればそれで良かった」
八戒の言葉に悟浄ははっきりとそう言った。
「僕なんかの為にそんな事を…。
どうせ僕の命なんてそう長くないんです。
もうすぐ死ぬんです。
そんな人間の為に貴方の人生捨てないでください!」
「いいんだ。
八戒の為なら…それでいい…」
八戒を抱いた…。
ずっと求めていた八戒を。
「俺、お前に会うために生まれて来たと思うんだ」
八戒の体は心地良かった。
青白くひんやりとした体が、少しずつ熱を帯び赤みをさしていく。
「あ…悟浄……」
八戒を手に入れる事が出来た、それだけで満足だった。
血のにおいのする病室での初体験。
出会いから何から普通ではなく間違っていた。
もっと普通に出会えていたなら…もっと幸せになれただろう。
でも…そういう風に出会ってしまった。
幸せにはなれない運命だったのだと…悟浄も八戒も気づいていた。
それでも恋せずにはいられなかった。
愛さずには…いられなかった……。
八戒はゆっくりと起きあがった。
その隣ではまだ悟浄が眠っていた。
眠る悟浄の頬にそっと口づける。
そして立ち上がりニィの元に向かった。
「さようなら…先生…」
そう呟いて、その死骸のそばに火のついたマッチを落とした。
「…………?」
悟浄はきな臭さに目を覚ました。
起きあがり周りを見渡す。
もう部屋は煙に包まれていた。
部屋の端にはくすぶる火が見える。
間もなくこの部屋も火に包まれるだろう…。
「僕が火をつけたんです」
八戒は悟浄に向かってそう言い微笑んだ。
「どうして…」
「すべて終わりにするんです。
まだ道はあります。貴方は逃げてください」
なんの躊躇いもなくゆっくりとそう言う。
「八戒はどうするんだ」
「僕はここに残ります。
…すべての終わりを見届けなくてはならないですから」
八戒の言葉に悟浄は息を吐く。
決心を固めるように。
「俺も残るよ」
「悟浄…」
「お前と共に終わらせてくれ…」
真剣に言う悟浄に、八戒は少し俯きそれから頷いた。
「八戒…愛してる」
「ええ…僕も貴方の事…愛してます」
炎の中で二人は…ゆっくりと最後の口づけを交わした。
ゆっくり…ゆっくり…確かめあうように……。
そして…すべては炎の中に消えた……。
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