Heidenroslein   〜野薔薇〜  Op122

 

 


 その日は宿に空きが多かった為、シングルを四つ確保する事が出来た。
 手の中の四つの鍵を見つめ八戒は心の中でほっと息を吐いた。
 最近体調が優れない気がする。
 …と言ってもおそらくは精神的な物だろう。
 痛むのだ…あの腹の傷が……。
 この傷が出来たのはもう随分前。
 跡は残っているものの、とっくに治っているのだ。
 今更痛むはずがない。
 それなのに、ここ数日急に傷が痛み出す。
 特に夜、激しい痛みに襲われる。
 それは日に日に増しているようだった。
 昨夜の同室は悟空で、ぐっすりと眠って居たので気づかれなかったが…。
 三蔵や悟浄相手だったら気づかれてしまうだろう。
 この事は知られたくない。
 原因も分からないのに心配などさせたくない…。
「……………」
 そっと服の上から腹の傷を押える。
 小さく疼くような痛みはあるが、これぐらいなら気づかれる事はないだろう。
 夜さえ乗り切れば大丈夫だから…。
「部屋とれましたよ。
 今日は一人部屋です」
 そう言って一人ずつに鍵を渡す。
 隣り合わせの四つの部屋だったので、念のためにと自分の部屋は一番端に、そしてその隣の部屋の鍵を悟空に渡す。
「今日はサルのいびきに邪魔されずにゆっくり寝れるなー」
「ふらふら出歩かず大人しく休めよ」
 そんなやりとりを見ながら、八戒はもう一度そっと傷の上に手を当てた。

 

「ぐっ……」
 夜中の12時を廻った頃、疼くような傷跡の痛みが突然大きくなる。
 シーツを握りしめ必死に痛みを乗り越える。
 それでも酷い苦痛に全身から汗が噴き出した。
「ぐっ…あ…はぁ……」
 激痛により声を抑える事が出来ない。
 苦しくて苦しくて…息をするのが精一杯という感じだった。
『こんばんは、猪悟能』
「……………!」
 突然声が耳の奥で響く。
 この声は……。
「清一色……」
 間違いない…この声は清一色だ。
 何故また自分の前に現れるのだろう。
 この手で、二度も殺したのに…。
『そう我ですよ』
「なんで…また……」
 何故またここに現れたのだと、八戒は苦痛をこらえながら問う。
『理由は簡単ですよ。
 アナタに会いたい…それだけですからね』
「そんな…あぁぁ……」
 尚も苦痛が体を浸食していく。
 その痛みに八戒は大きく悲鳴を上げた。
「あぁ、スミマセン。
 その痛みは、ただアナタが我を忘れないようにと思っただけですから。
 苦痛というのも酷な話ですよね。
 快楽に変えてあげましょう」
「…え……?」
 清一色がそう言った瞬間、一瞬にして体から痛みが消える。
 その代わりに自分の左手が自分の意志とは別に動き始める。
 八戒の腕は下着の中からまだ何の反応も示していない自信を取り出す。
 そしてその手はゆっくりとその熱を高めるべく動き始める。
「な…何をするんですか!?」
 必死で止めようとするものの、その動きは止まるどころか早くなっていく。
「や…やめてください!」
 自分の手なのに…自分の手とは思えない動きをする。
 手は自分の快楽のポイントを掴んで自分自身を高めていく。
 自分の知らない所まで…この手は知っている。
「や…あぁ…やめて…も……あっ…」
 その快楽に八戒は我慢出来ずに自分の手の中に放つ。
 清一色はそんな八戒を見て笑う。
『アナタにはやはり苦痛よりも快楽の方が似合うようですね』
「…………?」
『これからアナタには快楽を与える事にしましょう』
 清一色はそう言うと闇の中に姿を消していった。
「ま…待って下さい…」
 八戒は慌ててそう叫ぶが、その声は届く事は無かった。

 

「……朝……?」
 気が付けば部屋は朝の光に包まれていた。
 八戒は気怠そうに体を起こす。
「あれは……」
 昨夜の出来事、あれは夢ではない…。
 夢であればどんなにいいことか…。
 そう思っても現状は変わらない。
 服の上から腹の傷に触れてみても、昨日までの疼くような痛みはない。
 それ自体は喜ばしい事である。
 …でも……。
 でも呪いは別の形になって現れたのだ。
 ……あんな形になって。
 これからはどうしたらいいのだろう。
 どんなに考えてもその答えは見つからず、八戒は深く溜息を吐いた。

 

「八戒、どーしたの?」
「え…なんですか?」
 悟空の言葉に八戒は笑顔を作ってそう返す。
「だって…今日運転荒い…」
 悟空はぽつりとそう漏らす。
「…そうですか?」
「絶対そう。
 俺ちょっと命の危険感じたもん」
 今度は悟浄がそう言う。
 八戒は少し考え、ジープのメーターを見る。
 確かに速度はいつもの一・五倍だった。
「すいません。
 今日中に次の街に着きたかったんで…焦っちゃったみたいですね」
 八戒はそう言い笑う。
 自分で思っているよりも焦っているようだった。
 昨夜起きた、あの事が気になって…。
 今日中に次の街に着かなくては。
 もし…野宿であんな事になってしまったら……。
 そう考えると何が何でも今日中に街に着いてシングルを確保しなくてはならない。
「八戒、体調悪いの?
 なんか顔色悪いけど…」
「いえ…そんな事ありませんよ」
 焦る気持ちを抑えようとすればする程、気持ちが焦っていくようだった。


 その日の日暮れ前、なんとか街に着くことが出来た。
「じゃあ、宿の予約取ってきますね」
「まて、今日は俺が取ってくる」
 宿に向かおうとする八戒を三蔵が止める。
「え…でも……」
「いーじゃん、たまには三蔵サマに任せとけよ」
「そーそー、八戒やっぱ体調悪いんだろ。
 休んどけよ」
 事情を知らない悟浄と悟空は口々にそう言う。
 これ以上何か言っては三人に怪しまれてしまう…。
「じゃあ、今日は静かに休みたいんでシングルでお願いできますか?」
 それだけ言うのが精一杯だった…。
 一人部屋ならば気が付かれる事はないだろう。
 とりあえず、なんとか今夜をやり過ごさなくてはならない。
 まだ…呪いに関しては何も分からない状態なのだから……。

 

「え…、今日は二人部屋なんですか?」
 そんな八戒の願いも空しく、三蔵は二つの鍵を手に戻ってきた。
「どこの宿も一杯でな、これしか取れなかった」
 そう言われれば、それ以上は何も言えない。
 今夜、誰と同室になるのだろう。
 誰であっても…あの呪いが発動してしまったら…。
「じゃあさ、八戒は今日俺と同室な」
 悟浄はそう言い鍵を一つ手に取る。
「いいだろ?」
 悟浄は八戒を振り返りそう笑う。
「ええ…」
 悟浄と同室…、それはまだマシなのかもしれない。
 悟浄が夜出かければ…そうすれば悟浄に気づかれる事もないのだから。


 そう思っていた八戒の希望も空しく…その願いは叶えられなかった。


「悟浄…今夜出掛けないんですか?」
 夕飯が終わり、いつもなら悟浄が出掛ける…そんな時間になっても悟浄は部屋で煙草を吹かしているだけで出掛ける様子はない。
 出掛けない日も勿論あるのだから、いちいち聞くのも不自然だろう。
 それでも八戒は聞かずには居られなかった。
「いや、出掛けないけど?」
「そう…ですか…」
 悟浄の言葉を聞き、八戒は悟浄に見えない様に後ろを向き深く息を吐く。
 そのまま荷物をかたづけるフリをしながら小さく俯く。
 最後の望みと言える物でさえ断たれてしまった。
 どうすればいいのだろう…。
 もう夜は更けた。
 呪いが発動するであろうその時まで、あと数時間しかない。
 何とかしなくてはならない。
 その気持ちだけが空回りして、何も良い考えが浮かばない…。
「八戒、お前体調悪いんだろ?もう休めよ」
 顔色の悪い八戒に、悟浄はそう言い八戒をベッドへと進めようとする。
「いえ、そう言うわけじゃないんですけど…」
 自分を心配する悟浄の態度に八戒は慌ててそう言った。
 しかし、悟浄はその八戒の言葉を信じる様子は無かった……。
「なあ、八戒…俺じゃ頼りにならねえ?」
 悟浄がそう真剣な口調で八戒にそう言う。
「いえ……」
 悟浄は本当に自分を心配しているのだ…そう思うとそれ以上は何も言えなかった。
 八戒は素直にベッドに入り横になった。

 

 おやすみなさい、と言って電気を消した後も八戒は眠る事が出来なかった。
 いつあの呪いが姿を現すのかを考えると落ち着かない…。
 直ぐ隣のベッドでは悟浄が眠っている。
 …いや、まだ眠りについてはいない。
 八戒は全身で悟浄の気配を感じ取ろうとする。
 このまま何も起こらなければ…そう心から願うが、そんな希望はきっと叶えられない。
 それは分かっている。
 だから、せめて悟浄が早く寝てくれれば…。
 何とか悟浄に気づかれない様に…と八戒は考えた。


 しかし、そんな中八戒は次第に自分の手が熱くなるのを感じた。
 その手は昨夜呪いによって自由を奪われた左手。
『…そう、我を貫いた左手ですよ』
 清一色の声が頭の中で響く。
 その言葉に八戒は、はっとした。
 そうだ…あの時この自分の左手は清一色の体を貫いた。
 その時…自分の手には清一色の血がついた…。
『我の血が呪いとなってアナタの体に染みこんでいるんですよ』
 八戒は唇を噛みしめる。
 迂闊だった…。
 自分の手で貫く事によって…直に触れる事で呪いを更にかけるだなんて、考えていなかった。
 死に行く中で…二度も呪いをかけるなど…。
『我はしつこい男なんですよ。
 さあ我に見せて下さい…アナタが快楽に支配され悶える姿を……』
「ん……」
 突然強い力で左手が引っ張られる。
 それは八戒のズボンの中に入り込み、中心に直に触れる。
 突然の事に対処できず、八戒は短く声を上げる。
 そして慌ててシーツを噛みしめ声を殺す。
 …今の声で悟浄は気が付いてしまっただろうか。
 悟浄が起きているか眠っているか、今は感じ取ることが出来ない。
 もしまだ起きていたのなら…。
 そう考えている間にも左手は八戒の中心に刺激を与え始める。
 それは自分の左手だというのに…まるで清一色の舌の様に艶めかしく動く。
 何度も何度も繰り返し中心を擦り上げられる…。
 感じ取りたくはないのに…体は直ぐに快楽を感じ始める。
 悟浄に気づかれない様に、と声を殺すのが精一杯でそれ以上はどうしようもない状態だ。
 もしかしたら、声は漏れていなくとも布ズレの音やベッドの軋む音が部屋に響いてるのかもしれない。
 もう感覚が麻痺していて何も分からなかった。
 感じ取れるのは…自分の左手が作り出す快楽だけ……。

「ん……んん……」
 強い刺激に、八戒は自分の左手の中に精を放った。
 そしてまだ苦しく荒い呼吸を押し殺しながらそっと悟浄の様子を探る。
 悟浄は自分に背を向けている為わかりにくい状態にはなっているものの、今の自分の行為に気づいた様子は無かった。
 その事に八戒は深く息を吐く。
 何とか今日は無事にやり過ごす事が出来たのだと。
 しかし、そう安心したのも束の間…再び左手が自分の意志に反して動き始める。
「…………?」
 呪いは一晩に一回ではないのだろうか…。
 左手が、八戒のまだ閉じられた蕾に当てられる。
「や……」
 今から、この左手が行うと思われる行為に八戒は恐怖の余り小さく声を漏らす。
 そこは……。
 恐怖に震える八戒の後ろに指が一本差し込まれる。
 そして押し広げるようにもう一本その指が増やされる。
 今まで、何も入って来た事の無い場所に…今自分の指が奥深く入り込む…。
 その痛みに八戒の瞳に涙が滲む。
 それでも八戒は必死に声を殺す。
 寝ている悟浄を起こさないように……。

「八戒?」
 その時部屋に悟浄の声が響く。
 その声に八戒は全身の血が惹くのを感じた。
 悟浄が…起きてしまった……?
 何とか誤魔化さなくてはいけない、そう思いながらも声を出す事が出来ない。
 ただ自分の左手は自分を犯し続ける。
 二本の指が入り口を大きく広げ、内壁を押し広げ円を描くように深くまで押し入る。
「八戒……?
 お前そんなに溜まってんのかよ」
 初めは心配そうに掛けられた声が、笑い声に変わる。
「悟浄……」
 声が震える…心臓の音が、まるで耳元で鳴っているかのように聞こえる。
 全身を埋め尽くす…。
「なあ、そんなに溜まってんの?」
 ベッドがギシっと軋む音を立てる。
 悟浄は八戒の顔を覗き混むようにしてそう言う。
「ち…ちが……」
 慌てて否定しようとするが、声が震えてはっきりと言葉にする事が出来なかった。
 悟浄は八戒の上に掛けられた布団を取り去る。
「へえ、八戒ってソッチでオナニーすんの?
 もしかしてそう言う趣味があんの?」
 鼻で笑う様にして悟浄はそう言う。
 そして天を仰いでいる八戒の中心を握りこみ、軽く動かした。
「や…触らないでください…あ…あぁぁぁ…」
 後ろだけでもかなりの快楽を与えられていた体に快楽の中心を触れられ、八戒は悟浄の手の中に2度目の精を放つ。
「すっげえ溜まってんだな。
 毎晩そうやってマスかいてんの?」
 顔を近づけ耳元でそう囁く悟浄に八戒は唇を噛みしめる。
 恥ずかしい…そして悔しい…。
 悟浄にそんな所を見られてしまい…そしてまるで自分が好きでこんな事をしているかのように誤解されるなんて…。
「そんなに溜まってるなら、抱いてやろうか?
 男抱く趣味はねえけどお前なら抱いてやってもいいぜ」
「ち…んん……」
 否定しようとした瞬間、八戒の左手が口を塞ぐ。
『いいじゃないですか。
 せっかくですから、あの赤毛のお兄さんに抱いてもらったらどうですか?
 セックスも上手そうですよ』
 清一色がそう頭の中で囁く。
「もしかして、八戒俺の事誘ってた?
 清純そうな顔して結構淫乱じゃん」
 呪いの事を知らない悟浄は笑いながらそう言う。
 そして悟浄は再び八戒の中心に手を伸ばす。
 そこは二回も達したにもかかわらず、再び頭を持ち上げ始めていた。
「あんなけヤッてもまだ足りてねえみたいだし。
 ここも解れて準備万端って感じじゃん」
 左手によって解された後ろは、触れてもいないのにヒクヒクと収縮を繰り返す。
 まるで悟浄を求めている様に…。
 あまりの屈辱に八戒の目から再び涙がこぼれ落ちた。
 …何故、自分がこんな目に遭わなくてはならないのだろう。
 何故こんな辱めを受けなくてはならないのだろう。
「八戒は準備万端かもしれねえけど、俺はまだなのよ。
 銜えておっきくしてよ。いいだろ?」
 悟浄はそう言い、八戒の返事を待たず無理矢理口を開かせ自身を押し込む。
 いきなり喉の奥を突かれ嘔吐感が込み上げてくる。
 しかし悟浄はそんな八戒に構わず、髪の毛を掴み上下に揺する。
 口内で質量を増し始める悟浄のモノに寒気が走った。
 何故こんな……。
 八戒は何度も心の中でそう叫ぶ。
 その叫びは心の中に消えていくだけで、何も伝わらない…。
「ま、こんなもんでいいぜ」
 そう言い悟浄は八戒の口内からそれを引き抜く。
 そして八戒の体を押さえつけ、その蕾に唾液にまみれたモノを押し当てる。
「お前の望んでるもん、今入れてやるぜ」
「いや…やめて…悟浄…」
 解放された唇で必死にそう訴えるが悟浄はその言葉を聞き入れず、一気に体を推し進める。
「や…あぁぁ…ぐ……」
 激痛に苦しげに開かれた唇を悟浄は自分の唇で塞ぐ。
 そして悟浄の舌が八戒の口内をも犯していく。
 苦しい…息が詰まりそうだった。
 無理に挿入された場所が切れたのか、全身を激痛が支配する。
「ん……」
 そんな中、八戒の左手がまた動き始める。
 その手は痛みによって萎えてしまった中心へとのばされる。
「ん…んん……ん…」
 痛みの中に少しずつ快楽が混ざり始める。
「なんだ、足りねえのか?」
 自分のモノを扱き始め八戒を見て悟浄はそう笑うと、八戒の左手に自分の手を重ねる。
 そして一段と強く刺激を与える。
 先走りの液でぬれたモノを扱く音、そして血に濡れた後ろを犯す音が混ざり合う。
 その音が八戒の耳を支配する。
 中心に与えられる快楽、そして後ろに加えられる激痛がまざりあい…全神経を支配する……。
 涙に濡れた瞳には…もう何も映らない。
「ほら、イイんだろ?イケよ!」
 悟浄は深く体を押し進め、それと同時に八戒のモノの先端に強く刺激を与えた。
「あ…やぁ……あぁぁぁぁぁ……」
 八戒は大きく体を震えさせ、闇の中へと意識を手放した…。

 


 ……そしてまた朝が来る。
 何事も無かったかの様な平穏な朝。
 でも昨夜の事も夢ではなく現実…。
 まだ呪いは溶けていない。
 また夜が来れば……。

「昨日は楽しかったな。
 また暇があったら遊ぼうぜ」

 悟浄が擦れ違い様に耳元で囁いた…。
 彼は何も気づいていない。
 清一色の事も、呪いの事も…。
 何も……。
 何も分かってくれない…。

 

『さあ、今日はあの金髪のお坊さんにでもしましょうか』

 

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