饗応夫人 Op120



 体が重い……。
 そして頭が割れる様に痛い。
 何故こんなにもだるいのだろう。
 そう思いながら八戒は重い瞼をゆっくり開く。
「気が付いた?」
 そう自分に掛けられた声に八戒はその方を見る。
「…花…喃……?」
 この声は間違いなく花喃の声…。
 そして自分の瞳に映る姿も……あの頃と変わらない花喃の姿だった。
「どうして……?」
「なあに?どうしたの、悟浄。
 そんな不思議そうな顔をして」
 そう言って花喃は微笑んだ。
 …これは夢なのだろうか。
 そうでなければ…花喃がここにいる訳はない。
 だって…花喃はもう居ないのだから。
 

「夢じゃないわよ」
 八戒の心の中を読みとったかの様に花喃はそう言う。
「なら…どうして…?」
「貴方に会いに来たのよ。
 貴方は私に会いたく無いの?」
 花喃の唇は理由をぼかした様な答えを綴るだけ。
 それ以上に訊こうとすると、それ以上何も訊けない様に八戒の唇を自分の塞ぐ。
「理由なんてどうでもいいでしょ。
 私に会えて嬉しくないの?」
 逆に投げかけられた問いに八戒は戸惑い口を噤む。
 今の自分は喜びよりも驚きの心で埋め尽くされている。
 …それに、驚きを別にしても純粋に喜べるかと言ったら、きっとそうは言い切れないだろう。
 確かに自分は花喃の事を愛していた。
 世界中の誰よりも…何よりも…。
 会いたい、この手に取り戻したいと何度も願った。
 …でもそれはもう過去の話。
 今、自分は新たに別の人を愛している。
 …だから、花喃にもう一度会った事に戸惑いを感じている。
「嬉しくないの…?」
「そうじゃない…そんじゃないんだ。…だけど」
 嬉しくないワケでははい…ハズだった。
 愛していたのだから…。望んでいたのだから…。
 でも…この気持ちは何なのだろう。
 何か、とても息苦しい。
「…ねえ、悟能。一つになりましょう。
 私たちは元々一つの命だったのよ。
 だから離れてはいけないないわ。
 ……一つに戻りましょう」
 花喃の指先が八戒の肌をそっと滑っていく。
 その瞬間、その場所を電流のような刺激が流れていった。
「…花喃……」
 恐る恐る見上げる八戒に花喃はゆっくりと微笑んだ…。
 その笑顔は…あの頃と何も変わらない……?
 いや…違う。
 何が違うのかは分からなかったが…どこか恐ろしい…そんな感じがした。


「花喃…やめて…」
 花喃の指が八戒の肌に触れる。
 上着のボタンは完全に外され、前はすっかりはだけている。
 滑る様に流れる花喃の指先が八戒の白い肌の上に付けられた鬱血の上で止まる。
 それは、昨夜あの人に付けられたもの…。
 あの人と愛し合った証。
 他の人に『抱かれた』事を証明するものを見られ八戒は花喃から視線を逸らした。
 そんな八戒を見て花喃は小さく笑う。
「ねえ悟能…あの男の事を愛しているの?」
「……うん」
 花喃の問いに八戒は戸惑いながら小さくそう答える。
 それは隠しきれない事実だから…。
 今自分はあの人を愛し…そして必要としている。
「あの男とのセックスに満足してる?」
「え…花喃……」
 突然問われた直接的な言葉。
 その言葉に八戒は上手く返事をする事が出来ずに黙ってしまう。
「満足してるワケないわよね。あれぐらいで…」

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