Caro mio ben 〜私の愛しい恋人よ〜 Op118
八戒を手に入れたいと何度も思った。
無理矢理でもいい…力ずくでもいいから自分の物にしてしまいたい。
そんな気持ちがあふれ出した。
「ただいま、八戒」
その言葉と共に扉が開かれる。
闇に包まれていた部屋にようやく光が差し込む。
完全に閉ざされ、光の届かない部屋。
この部屋に光が与えられるのは鍵の掛けられた扉が開く時だけ。
「お帰りなさい」
闇に包まれた部屋の中で八戒が悟浄に向かってそう言う。
その瞬間、八戒の体につけられている鎖が金属音をたてた。
その鎖はそれほどの長さはなく、八戒の体を冷たい壁へと塗りつけていた。
そんな状態でも八戒はいつもと変わりなく悟浄に言葉を掛ける。
八戒をこの部屋に閉じこめて一週間ぐらいだろうか。
その間、何をしても八戒は悟浄に屈しようとはしなかった。
それどころか、閉じこめられ束縛されているとは思えない様子で悟浄に言葉を掛ける。
そんな八戒に悟浄は苛立ちを覚えていた。
「ここから出たいか?」
「そうですね」
どんな言葉にも八戒は普段通りに答える。
何の感情も示さない様な言葉。
「じゃあ、出して下さいってお願いしろよ」
「出して下さい、お願いします」
ただ言われた言葉を繰り返すだけの台詞。
「そんなんで本気でお願いしてんのかよ!」
怒りのままに八戒を殴りつけ怒鳴る。
口の中が切れたのか、八戒の唇の端から血が滴り落ちた。
「あ…………」
その血に悟浄はハッとして我に返る。
…こんな事をするつもりではなかった。
そんな罪悪感に満ちた想いが悟浄の心に広がる。
…それでも発揮の表情は変わらない。
真っ直ぐに見つめる八戒の視線は、本当に悟浄を見ているのか分からない。
ガラスの様に冷たい…。
その冷たさにゾッとした。
それと同時に心の中にまた苛立ちが広がっていく。
罪悪感も何もかもが苛立ちによって埋め尽くされる。
「八戒……」
こんな事をしたかったんじゃない。
でも…もう初めに何を求めていたかなんて…忘れてしまった。
「あ…や…やだ……」
悟浄は八戒を力ずくで抱いた。
そうする事しかできなかった。
そういう風にしか屈服させる事が出来なかったのだ。
そんなので手に入るとは思わない。
それでも…そうする事しか出来ない…。
「八戒……。
嫌だっていうんなら本気で抵抗しろよ…」
苦痛に顔をゆがませる八戒がその言葉にふと表情を消す。
「八戒…?」
「……………」
荒く息を吐いていても声は漏らさない。
苦痛も快楽も全く表情には出さず、ただ人形の様に悟浄のなすまま…。
それが八戒の『本気の抵抗』なのだと、悟浄は気が付いた。
こうして組み敷かれても、抱かれても…心までは犯されないという八戒の抵抗…。
「…んでだよ!」
何をしても叶えられない。
何をしても満たされない。
本当に求めているものは……。
「八戒、ここから出たいだろ?」
「……………」
何を試しても、八戒は変わらなかった。
もう何日も食事も水も与えていないのに…。
いくら妖怪だからといっても…そろそろ限界だろう。
「八戒…」
限界のはずなのに…。
「八戒…俺の事愛してるって言えよ。
そうしたらココから出してやるよ。
…なあ、八戒」
その言葉は八戒に届いているはずなのに…。
それでも八戒は何も言わない。
何も答えない…。
「言えよ……。
言うぐらい簡単だろ。
……俺の事愛してるって言えよ!」
悟浄は八戒の両肩を掴んで強く揺する。
「……………」
もう限界のはずなのに……。
食事も水の与えられず、ただ毎日犯されて…。
体力だって気力だってないはずなのに…。
「……八戒……」
それでも…八戒はガラスの様な冷たい瞳で微笑んだ…。
「悟浄はまだ帰ってないのか?」
「ええ、『あの日』からずっと帰っていませんよ」
八戒は静かにそう答え三蔵の前にカップを置く。
数日前偶然訪ねてきた三蔵が目にしたのは…惨劇だった。
荒れ果てた部屋……。
家具は砕け、あちらこちらに血が散っていた。
その真ん中に二人はいた。
悟浄は八戒を抱きしめていた。
虚ろな目で何度も何度も叫ぶ。
『俺を愛してるって言え』と……。
八戒はもう意識も無く横たわっていた。
遠目でも分かるぐらいに痩せこけた体。
その体には陵辱の跡が見られる。
『何をしているんだ』
そう叫んだ声は震えていたかもしれない…。
悟浄は三蔵に気づくと…その部屋から出て行った。
そして…戻っては来なかった…。
「悟浄の事を愛してはいなかったのか?」
三蔵はゆっくりとそう訊ねる。
その言葉に八戒は顔を上げる。
「愛していますよ…ずっと前から」
「ならどうして……」
ならどうしてその事を告げなかったのだろう。
あんな状態になってまでしても…伝えなかった理由は…。
「いつでも言うつもりでしたよ。
あの人が僕の事を『愛してる』と言ってくれれば、いつだって」
---------- でも貴方はそんな事には気が付かないでしょうね、ずっと……