SONATA番外編──Nocturne  Op1−6

 

 

 連日悟空と一緒の部屋だから寝不足…そんなのはただの言い訳に過ぎなかった。
 本当は八戒のことが気になっていた。
 だから八戒との同室を希望した。
 八戒の看病はほぼ毎日悟浄がしていた。
 誰が決めたわけでもない。
 悟浄が自ら進んでやっているのだ。
 悟浄が八戒に好意を寄せていることは知っていた。
 本人から言われたわけではないが、悟浄を見ていればわかる。
 悟浄が八戒を見る目が違っていたから。
 だからすぐに気が付いた。
 …八戒も悟浄に特別な感情を抱いている。
 これも八戒を見ていればすぐにわかる。
 互いに気持ちを伝え合ってはいないが、共に気持ちは伝わっている。
 だから、悟浄と八戒が同室でも何も問題はない。
 放っておけばいい。
 そう言いたかった。
 でも、そうすることも出来なかった。
 …三蔵も八戒に思いを寄せていたから。
 もちろん誰にも言ってはいないし、誰にも気付かれてもいないだろう。
 言えるはずがないのだ。
 悟浄と八戒の気持ちが通じ合っているのに。
 だから知られてもいけない。
 それでも完全に諦めることも出来ずに、こうして無理に同室を手に入れる。
 自分では苦しんでいる八戒を救うことは出来ないかもしれない。
 それでも…せめて近くにいたかった。

 

 

 三蔵が部屋に入ると八戒は目を覚ましていた。
 ベッドに腰をかけ、ぼんやりと窓の外を見ている。
 その瞳には光が宿っていない。
 三年前、八戒が斜陽殿にいた頃もこんな感じであった。
 心を失ってしまっているように思えた。
 いくら笑っていてもそれは上っ面だけで…ただ仮面を被っているようなものだった。
 そんな八戒にもう一度本当の笑顔を取り戻させたのは…悟浄だった。
 自分ではなかった。
 今回はあの時よりも酷いように思えた。
 窶れ青白い頬、細い首に付けられた首輪が痛々しい。
 …今こうして三蔵が部屋に入ってきたことさえ、八戒は気が付いていないのではないだろうか。
「…起きていて大丈夫なのか?」
 声を掛けられてようやく三蔵に気が付いたのか、八戒はゆっくりと振り返る。
「……三蔵。今日は三蔵と同室なんですか…。
 …コーヒーでも煎れますね」
 フラフラと立ち上がろうとする八戒をベッドへ押し戻す。
 その様子はまるで夢遊病者のようだった。
 あれから数日経つが、八戒に回復が見られない。
「いいからもう休め」
 八戒は目を伏せ、ゆっくりと躊躇いがちに口を開く。
「……最近…記憶があいまいになっているんです。その…」
 旅の途中で倒れたと言うけれど、それにしてはおかしいところがいくつもある。
 …この首輪は何時かけられたものだろう。
 そして、身体に残されたいくつもの痕点。
 この痕に関しては予想できないわけでもない。
 でも、わからないこともある。
 この身体に付けられた痕が…あれから数日経っているにもかかわらず、毎朝見るたびに昨夜つけられたような新しいものにすり替えられていることだ。
 一体、自分の体に何が行われているのだろう。
 八戒の心の中に大きな不安が広がっていく。
「…疲れているからだ…。もう休め」
 三蔵にはそれしか言うことが出来なかった。
 八戒の不安はわかるし、どうにかしてやりたかった。
 だが、あのことを八戒に説明することも出来ない。
 …やはり自分には八戒を救うことは出来ないのだ。
「もう休め…」
「………」
 そして夜が更けていく……。

 

 

 

「……?」
 その夜、三蔵はその身に重みを感じて目を覚ました。
 何かが自分の上に乗りかかっている。
 三蔵は咄嗟に枕元に置いている銃を取る。
 暗闇に浮かび上がる形でそれが人であることを知る。
 こんなにすぐ側にいて、その重みも伝わっているのに、それなのに全く気配が感じられない。
 気配を消しているというよりも、存在自体がないような感じだ。
 一体誰がこの部屋に入ってきたというのだ。
 銃を掴む手に力が籠もる。
 少しずつだが闇に目が慣れてきて、その人物が誰であるかわかる…。
「…八戒」
 三蔵の上に乗りかかっている人物 ── それは八戒であった。
 しかし、その瞳には焦点が合っていないような虚ろな感じで、正気でないのが見て取れた。
 そして、八戒のいつも放っているオーラが全く感じられない。
 ただ、八戒の器だけで、中身が空っぽであるかのように…。
 目の前にいるのは八戒のニセモノではないか、とまで考えてしまう。
 ふと隣のベッドを見る。
 やはりそこに八戒の姿はない。
 目の前にいるのは本物の八戒だ…。
 例え、抜け殻のようになっていても…三蔵にはわかった。
 手の力が抜け銃が床に落ちる。
 その手に八戒の白い手が絡む。
「…三蔵…身体が熱くて…もう、抱いて下さい…」
 熱く荒い吐息と共に八戒が耳元で囁く。
 その声にゾクッとした。
 八戒が三蔵を求め、甘えるように身体をすり寄せる。
 八戒の熱を持った身体のその温かさが伝わってくる。
「三蔵…」
 潤んだ瞳で見つめられると視線が外せなくなってしまう。

 


 三蔵は自分の中に迷いを感じていた。
 絶対に手に入らないと思っていたものが、今少し手を伸ばすだけで手に入るのだ。
 手に入れたい……。
 だが、こんな状態で手に入れるべきではない。
 例え今を逃せば二度と手に入らないとわかっていても。
 そんなふうに手に入れていいものではないのだ。
 …そう思っているのに。
 八戒に見つめられると視線が外せない。
 八戒に呼ばれるその声に引き寄せられてしまう。
 まるで魔術にでもかけられたように、体は八戒を求めて動く。
 心の中で必死に『やめろ』と叫ぶのに身体は止まらない。
 身体が自分の意志に反する…。
「八戒」
 …だが、本当は自分の心の一番深くにある思いに忠実に動いているのかもしれない。

 


 虚ろな瞳をしている八戒を引き寄せると口付ける。
 そしてそのままベッドへと押し倒す。
 三蔵の心の中にもう躊躇いはなかった。
 一度八戒に口付けたその時から…。
 八戒の柔らかな唇。その感触を楽しむかのように何度も口付ける。
 そして、八戒を味わうかのように口付けを深くしていく。
 ただ口付けているだけなのに我を忘れそうになる。
 それくらいに八戒に引き込まれる。
「…三蔵……」
 誘うように甘い八戒の声。
 八戒のシャツの裾から手を差し込み、シャツを捲りあげる。
 八戒の白い肌が露わになり、三蔵の目に映る。
「………」
 その肌に残っている赤黒い痕……。
 八戒につけられたその痕に指を滑らせると、八戒の身体がビクッと揺れる。
 色から見て、この痕は?のつけられた時のものではないだろう。
 三蔵は高まっていた気持ちが一気に冷めるような感覚がした。
 …ここ数日八戒と同室であった悟浄。
 そういうことか。
 三蔵は何故か苛立ちを覚えた。
 きっと八戒は悟浄にも自分と同じように求めたのだろう。
 悟浄はその誘いを受けたのだ。
 八戒が正気でないとわかっていながら。
 何故そんなことをする。
 そんなことをしなくとも、悟浄は八戒を手に入れられるはずなのに。
 それなのに……。
「三蔵…どうしたんですか?」
 するっと首に回された細い腕。
 その腕を振り解くことは出来ない。
 白い肌と虚ろな瞳に惑わされ…引き込まれる。
 俺も同類か……。
 三蔵は心の中でそう呟き自嘲気味に笑う。
 もう逃れることは出来ないのだ。
「八戒…」
 八戒のその白い肌に唇を滑らせる。
「…ん…や……」
 悟浄が昨夜残しただろう痕を舐め上げれば、八戒の唇から甘い声が漏れる。
 その声が聞きたくて、三蔵はその痕を執拗に攻める。
 そして、手を下へと伸ばし、ズボン越しに八戒の内股を撫で上げる。
 緩やかに撫でるだけで一向に触れて欲しいところには触れてこない。
「…ん…さんぞ……」
 八戒が焦れったそうに脚をもじもじとさせる。
「どうした?」
 わかっているのに意地悪く三蔵が聞く。
「…や…焦らさないで」
 八戒が更に頬を紅く染める。
「どうしてほしいんだ?」
 更に意地悪く三蔵が八戒の耳元で囁く。
「…って…触って…」
 八戒が三蔵の手を掴み、自分の中心へと導く。
「…八戒」
 普段は絶対取らないような大胆な行動に三蔵も引きずられていく。
 紅潮した頬と見つめ上げてくる潤んだ瞳に三蔵は我を忘れたかのように激しく八戒を抱いた。


 気を失った八戒の身体を清め、ベッドへと運ぶ。
 風で八戒の前髪がさらっと揺れる。
 それに誘われるように三蔵は八戒の髪へと手を伸ばした。
 青白い肌が月の光によって更に白く見える。
 静かな部屋に秒針の音と小さな寝息だけが響く。
 朝、八戒が目を覚ましたとき、今夜のことは何も覚えていないだろう。
 こんな状態で八戒を抱いたことを三蔵は後悔していた。
 こんなのはフェアではない…。
 それでも…たった一晩のことでも、八戒を自分のものにしたかった。
 一生手に入らないかもしれないこの綺麗な鳥を自分の手で啼かしてみたかった。
 ……しかし。

 欲望と後悔が激しく渦巻く……。


 そして、長い夜が明ける────                                                                          

 

 


END

 

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