第六の幸福を授ける宿 Op174


 昔誰かに聞いた事があった。
 この世のどこかに『幸福を授ける宿』があると。
 ……勿論、そんな話は信じられなかった。
 『幸福を授ける宿』だなんて……。
 そんなものが一体どこにあるというのだろう……。



◆第一楽章◆

 旅から戻って……。
 僕と悟浄はまたあの家で暮らした。
 ……ごく自然に。
 僕と彼との関係は、何と呼んだら良いのだろう。
 親友と呼ぶには深すぎる関係だった。
 僕たちの間には肉体的な関係があった。

「悟浄……」
 初めに彼に抱かれたのはいつの事だったろうか。
 雨の日に塞ぎ込んでいた僕を彼は慰めてくれた。
 僕は彼の優しさと……人の熱を求めた。
 悟浄はそんな僕の思いを受け止め、抱いてくれた。
 それからずっとその関係は続いている。
 辛くなって、人の熱を求めるその度に、彼は抱いてくれる。
 でもそれはただ慰めてくれているだけで、そこに『愛』はない。
 僕も彼に『愛』は求めていなかった。
 だから二人の間に『愛している』なんて言葉は一度も生まれない。
 必要ないものだから。

 だから僕たちの間に肉体で結ばれる関係があっても『恋人』という関係にはならない。
 親友よりは深く、それでも恋人にはならない。
 僕たちはそんな関係だった。
 でも別にその状態には何の問題もなかった。
 普段普通に暮らして、自分の求む時に求むものだけを与えてくれる。
 それでいい……。
 それ以上に求めるものもない。
 そう思っていた。
 ……あの日までは……。




 そんな状態が日常だった。
 しかしある日、そんな日常を覆すような事が起きた。


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