事の始まり……それは……。
その日は久しぶりの街だった。
「あ、破けてんじゃん…」
夜、酒場に行って女でも引っかけようと思って上着を手にしたとき、俺はそれが破れている事に気がついた。
昼間に敵の攻撃を受けた時だろうか、袖の辺りはかなり派手に引き裂かれていた。
「どーしよっかな」
一人、小さく呟いてみる。
実際呟いてみた所で破れた袖が直るワケでもないが。
結局の所は、その上着を着るのを諦めるか、袖を直すかしかない。
俺は少し考え、その上着を持って八戒の部屋へ向かった。
「八戒いる?」
そう言って、小さく扉を叩く。
いつもなら直ぐに返ってくる返事が今日は無かった。
一応……っとノブを回すが鍵が掛っていて回らない。
まだ時間はそんなに遅くない。
こんな時間から寝てるなんて頃はないだろうし、八戒が夜外出することもない……となれば……。
「三蔵んトコか?」
一番可能性のありそうなのは三蔵の部屋だ、
明日のルート確認だとか、三蔵のお茶くみかなんかしているのだろう。
そう思って、そのまま三蔵の部屋に向かった。
三蔵の部屋には……二人以上の人の気配があった。
やっぱりーな、八戒はてめーの小間使いじゃねえんだぞ。
そんな事を思いながら三蔵の部屋のノブに手を付ける。
回そうとした時、俺の手は一瞬止まった。
部屋の中の二人の気配がいつもとは違う。
安宿の薄い扉越しに聞こえる布ズレと息の音。
それが何を示すのか分からないほど馬鹿でもガキでもない。
「まいったなー……」
俺はそう呟いてその場に座りこんだ。
まさかこんなトコロでこんな場面に遭遇するとは思っても見なかった。
別に他人の濡れ場に遭遇した事がないわけではないが…。
まさか三蔵の……とは……。
しかも相手は98%………八戒だ。
三蔵が外の女を連れ込んだ…その可能性が無いわけでも、八戒の名を呼ぶ声が聞こえたワケでも…確実に八戒だと分かる声がしたワケでもない。
……でもアレは八戒だ。
何故かそう確信できた。
「まいったな……」
俺はもう一度そう呟く。
まさか、三蔵と八戒がそう言う関係だとは思っていなかった。
八戒は三蔵にはいつもわざわざコーヒーを煎れたりして甲斐甲斐しく尽くしているし……。
『カミサマ』との戦いの時も、打ち合わせもなく息のあった攻撃をしていたのは……二人が付き合っていたから……。
いつから……?
一体いつからそんな関係だったのだろうか。
気が付かなかった。
旅にでる前はそんなそぶりは何もなかった。
旅にでてから……どれぐらい前から?
すべてが自然すぎて気づかなかった。
あの二人が自然に隠していたのか……。
……それとも俺が馬鹿なのか。
「悟浄、こんな所で何をしているんですか?」
背中に扉が当たる。
八戒が中から……三蔵の部屋から出てきて俺に声を掛ける。
俺はずっと座り込んでぼーっとしていたみたいだ。
あれからどれぐらいの時間が経った?
「あ………」
八戒を見たまま、言葉が詰まる。
三蔵の部屋に居たのはやっぱり八戒だったのだ。
八戒の体から風にのってうっすらと石鹸の香りが感じられた……。
「あ、その上着の袖破れちゃったんですね。
直しますから僕の部屋に来て下さい」
三蔵の部屋の前で座り込みなんて不自然な行動をとっていた俺に八戒は自然に話しかける。
……中ではあんな事が行われていたというのに。
情事を知られた恥ずかしさを隠すための笑顔……?
いや、そうは思えない。
「いや…でも……」
平然とする八戒に対して、俺はまともに八戒の顔が見られないぐらいに動揺していた。
そんな俺の様子に八戒は小さく笑う。
「聞きたい事もあるんじゃないですか?」
知られた事を隠すための笑顔じゃない……。
知られても八戒は何とも思っていない。
そう思った……。
だって……そう言った時の八戒の表情は今まで見た事がない……。
見たことがないぐらいに…………。
八戒の部屋でただ沈黙の時が流れる。
八戒は何事も無かったかの様に俺の上着を縫う。
時計の音が静けさを示すかのように響き続ける。
……気まずい。
八戒と二人でいて、こんなにも気まずい想いになったのは初めてだった。
八戒と三蔵の関係について考えると……。
「聞かないんですか?」
そんな俺の心を読んでいるかのように八戒はそう言う。
その言葉を聞いた瞬間、俺の心はどきっとした。
「いや…別にさ……。
俺は八戒と三蔵がつきあってるっつても気にしねえぜ。
……まあ、ちょっと驚いたけどさ」
……本当にそうなのか……?
俺は自分の言葉に問いかける。
なにかショックだった。
はっきり言って、男同士であろうとも二人が付き合っている事なんてそこまで気にする事ないのに。
でも俺の中では……すごく気になっていた。
まるで八戒を三蔵に取られた気にでもなったように。
取られるも何も俺と八戒は何でもない……ただの親友。
それなのに……恋人を取られたかのような気持ちになっている……気がする。
自分の心なのに、はっきりは分からなかった。
八戒は俺を見てまた笑った。
最初は動揺を隠せないまま言う俺に笑っているのかと思った。
でも……。
「別に僕と三蔵は付き合ってるとか、恋人同士だとか、そんな事ありませんよ」
八戒は笑いながら言う。
「え、だってさっき……」
さっき三蔵の部屋からは、明らかに情事と思える音が漏れていた。
「ああ、あれは『遊び』ですよ」
笑顔のまま発せられる『遊び』という言葉。
自分は女と『遊ぶ』事は多い。
勿論そういう意味でだ。
でも……八戒が……男相手、それも三蔵と……。
「遊んで…楽しいわけ?」
思わず俺はそう言った。
本気で聞きたかった訳ではない。
八戒が何故そんな事をするのかが知りたくて……。
「楽しいですよ。
あれでいて三蔵も結構上手ですよ。
最初は本当に三蔵って童貞なのかと思って寝てみたんですけど、そうでも無かったみたいですね。
お坊さんなのにあんなの何処で覚えてくるんでしょうね。
やっぱりお稚児さんとか付けてたんでしょうかね」
笑いながら言葉は続けられる。
いつもの作ったような笑顔ではない・
純粋な笑顔でもない。
それでも八戒は笑っている、心から楽しんで。
「だから悟浄もあんまり三蔵の事『チェリー』だなんてからかったら失礼ですよ」
「へー、そーなんだ。見かけによらねーなー」
……口が渇く。
飲み仲間の男や遊んだ女と話しているのなら、こんな会話なんともない。
でも今話している相手は……八戒なのだ。
「ねえ、悟浄。
僕、貴方にも興味があるんですよ」
「………………」
そっと重ねられる手……。
さっきと変わった……艶っぽい口調。
それは女が男を誘うときの様な。
「僕と『遊び』ませんか?」
その誘いを断るには、俺の体は餓えすぎていた。
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