つむぎ歌  Op95


 「じゃあ悟浄、僕ちょっと出かけてきますね。
 遅くならないうちに帰りますから」
 「ほいほい〜〜」
 朝早く(ってももう昼か…)からウキウキと出かけていく八戒に俺はベッドの中からモソモソと手を振る。
 あの様子からして三蔵のヤローとデートか…。
 「幸せそうで何よりだね〜〜」
 ちょっと愚痴るように言って起きあがる。
 カーテンを開けると日の光があまりにまぶしくて思わず目を閉じてしまう。
 「こんな時間から出かけるなんて健康的な奴らだ…」
 不健康な俺はベッドサイドのテーブルに手を伸ばし煙草と灰皿を引き寄せた。


 あの事件から一ヶ月ぐらいたった。
 八戒はアレから法統に玄人をやめて普通に働いている。
 てっきり八戒はこの家を出ていくかと思ったが……。
 なんて事無い…あれから特に変わった事は無い状態だ。
 八戒と三蔵のつき合いも続いているみたいだが、二人で出かけるのは決まって昼間だ。
 あの調子じゃ対して進展はないだろう。
 あーみえて八戒は手強い。
 「なんせ、この俺が落とせなかったぐらいだからな」





 八戒と出会ったのは半年ぐらい前だ。
 その日、俺はいつものように雀荘に稼ぎに行っていた。
 「ここ空いてるか?」
 一つだけ空いている席を指して俺はそう言った。
 その卓を選んだのは偶然だ。
 空いている席はソコしかなかったとも言う。
 「どうぞ」
 そこに八戒はいた。
 俺はいろんな雀荘を渡り歩いていろんな奴を見てきた。
 ……が、こんなタイプは初めてだった……と思う。
 儚げな感じのする美青年だ。
 店内に充満している煙草の煙よりも白い肌……。
 同じように薄い色をした髪。
 そこにインパクトを付けるかのような翠の瞳。
 なかなかお目にかかれないとうな美人さんだ。
 俺は酒場なんかにもしょっちゅう行くから美人を見慣れていないワケじゃない。
 むしろ見過ぎているぐらいだ。
 だけど…なんか目が追ってしまう。
 そんな何か…どこか人を引きつける奴だった……。


 その回は俺のダントツな勝ちで終わった。
 他の奴らが文句を言いながら金を払って行く中、ソイツは小さな声で『ありません』と言う。
 いや〜、ありませんって言われてもなあ……。
 そんな困っている俺の手を引いてソイツは店の裏へと連れて行く。
 「ごめんなさい。払うだけのお金ないんです。
 代わりに僕を殴ってください」
 その言葉にはっきり言って俺は参った……。
 いや、この世界で金が無いから殴ってくれって言うのは結構アタリマエの事だ。
 今までだって金の払えねえ奴は殴ってたし、俺だって昔ヘタクソで負けが混んでた時はよく殴られていた。
 だからアタリマエの事なんだ。
 そう自分に言い聞かせる。
 やっぱりこんな美人さんを殴るのは抵抗があるからな。
 でも顔で差別するのもよくないだろう……。
 負けは負けだ。
 「分かった、じゃあ目閉じろよ」
 殴るつもりだった。
 言い訳がましいかもしれねえけど、そん時は本気で殴るつもりだったんだ。
 でも気が付けば……俺はソイツにキスをしていた……。
 「………ッ!」
 俺の行動にびっくりして慌てて俺から離れる。
 でもその瞬間ソイツの上体がぐらりと傾いた。
 「お…おい……」
 慌てて手を差し伸べたが…ソイツは俺の腕の中で気を失っていた。
 「どーすんだ……?」
 そう呟いた所でどーにかなるワケでもなく、仕方がないので俺はソイツを家に連れて帰った。
 ……ソイツの体は驚くほど軽かった。


 病名……『栄養失調』……。
 仕方がないから俺はソイツをベッドに寝かしてお粥を作りに随分と使っていなかった台所に向かう。
 このご時世に栄養失調かよ。
 まあ、麻雀に負けて払う金がねえんだ、食い物買う金もねえんだろうな〜。
 しかし、食うのにマジ困るぐらいギャンブルやったら人間おしまいカモな。
 でも……そう言う奴には見えねえんだけどな……。
 「う……んん…」
 「お、気が付いたか?」
 丁度お粥も出来上がったトコだったので、俺はおぼんに水とお粥をのせてソイツの所に向かう。
 「ここは……?」
 「俺ん家だよ。
 飯食うだろ?」
 お粥を小さな器に少量移してまだぼんやりしているソイツに渡す。
 だがソイツは器を持ったまま俯き一向に食べようとしない。
 せっかく俺サマが作ってやったのに……。
 「ほら食わねえと口移しで食わすぞ」
 顔を近づけてそう脅してやると慌てて食べ始める。
 その様子がちょっとかわいいとか思ったりした……。

 「ありがとうございます…」
 胃に物を入れて落ち着いたか小さな声でそう言う。
 「いえいえ、どーいたしまして。
 お前さ、そんな食うのに困るぐらい麻雀やってんの?
 あんま強くないんだし、やめといたら?」
 「ええ……まあそうなんですけど……。
 やめるわけにはいかないんですよ…」
 儚げな笑いを浮かべながらそう言う。
 何か深い訳が有るみたいだけど、それ以上は聞いてはいけないような気がして聞くことが出来なかった。
 でもこのままほっとく事も出来なくて……。
 「お前、名前は?」
 「え……?
 あ…猪八戒といいます」
 「じゃあ、八戒。
 お前俺のオヒキになれよ」
 

 そう言ったあの言葉は、いわば『俺の物になれ』みたいな意味で言ったわけで…。
 俺としては告ったつもりだったワケだ。
 でもまあ…アイツには通して無かったけどな。


 「ありがとうございます。
 ……優しいんですね」
 

 素直ににっこり笑ってそう返されては、それ以上どうする事もできず……。
 俺のほのかな恋心はその場で散った…。
 「俺結構本気だったんだけどなあ〜」
 八戒には届かなかった俺の気持ち…。
 まあソレはソレで仕方が無いコトだけどさ。
 三蔵の気持ちはどう八戒に届いたんだろう。
 まあ何にしても……

 「八戒は手強いぜ…三蔵…」




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