Andante Cantabile Op115
八戒が目を覚ますと……体が縮んでいた……。
「………はあ……」
コレには覚えがある。
前にもこんな事をされた…悟浄に。
その時はその姿で酒場に行って『パパv』と呼んでやったらしばらく反省をしていたはずだが…。(Op52『後悔』参照・笑)
どうやら懲りてないらしい…。
「八戒、おはよー」
そんな事を考えていると満面の笑みを浮かべた悟浄が八戒の部屋へと入ってくる。
「わ、八戒体縮んでんじゃん。どーしたの?」
「悟浄…わざとらしいですよ…」
「…やっぱり?」
はははー、と笑いながら悟浄は何か包みを手渡す。
どうやら中身は着替えの様である。
…準備万端すぎますよ。
「着替え終わったらさ、動物園行こうぜ」
「動物園…ですか?」
悟浄から渡された服に着替えながらそう聞き返す。
水色のセーラーに短パンって…何考えてるんでしょう。
…変な事でなければいいんですけど。
「天気も良いしさ、イイだろ?」
「嫌です」
何でこんな小さくなった体で出歩かなきゃならないんですか。
疲れるし…何より恥ずかしいです。
「ダメなのか?」
「駄目です」
キッパリと言う僕に悟浄はしばし考え、やがて何か思いついたのか『ぽん』と手を打つ。
「じゃあ、肩車してやるよ。だから行コ」
……肩車って…一体何処からそんな発想が…。
「結構です!何が『じゃあ』なんですか」
「オンブかダッコの方が良かったか?」
「…そうじゃなくて……」
「…で、結局こうなるんですね」
僕は聞こえよがしにそう呟く。
「ほら八戒、パンダ・パンダ」
悟浄はそれには何も言わず、話題を反らすかのようにパンダを指さしてそう叫ぶ。
パンダ……って言われても。
二十二才にもなって動物園でもないでしょうに。(外見は六才ぐらいだけど…)
でも動物園なんて何年ぶりだろう。
最後に行ったのは孤児院での遠足と称された行事。
そしてあれは最初でもあった。
初めて見る生の動物にみんなははしゃいでいた。
でも僕は嬉しくも何ともなかった。
むしろ嫌だった。
…みんなは何も思わなかったのだろうか。
周りの人たちを見て。
幸せそうな家族の姿を見て、何も思わなかったのだろうか…。
自分にはないものを見せつけられて、何も感じなかったのだろうか。
僕はすごく嫌だった。
孤児院に居る時はいい…。
周りも同じ境遇の子たちばかりなのだから。
でもこうして外に出たとき感じさせられる。
自分には何も無いことを。
自分は捨てられた子だという事を…。
だから僕はずっと俯いていた。
そんな自分とは違うモノを見ないように。
ずっと…下を向いていた。
「わっ……」
突然自分の体が宙に浮く。
「悟浄?」
「お前の身長じゃ見えねえだろ」
そうそう言って悟浄は笑った。
ふと隣を見ると、小さな子が自分と同じように持ち上げられ嬉しそうにしていた。
幸せそうな家族…。
自分も他人の目にはそう映っているのだろうか。
昔、羨んでいたものに……。
「アイス買ってくるからソコで待ってろよ」
「別にアイスなんて…」
『いらない』と言おうとした僕の言葉を悟浄は遮る。
「いーから、ソコで待ってろよ。迷子にならないようにな」
「ま…迷子って……」
返事を聞かずに悟浄は歩き出す。
仕方がないので近くにあったベンチに腰を降ろす。
そして悟浄が戻るまでの間、ぼんやりと人の流れを見つめた。
今日は土曜日だからか人は多い。
その大半が家族連れといった様子だった。
みんな笑顔で…幸せそうだった。
そんな家族を見ていると、今でもやっぱり少し辛くて目を反らしてしまう。
つい、あの頃を思い出してしまうから。
孤独だったあの頃を…。
今でも、羨ましいのだろうか…あの幸せそうな家族が。
…やっぱりこういう場所は苦手だ。
「悟浄は…何を考えているんでしょうね…」
そっと溜息混じりにそう呟く。
いきなり薬で小さくして、それで動物園だなんて。
何も考えていない訳はない。
何のために……。
「お父さん、僕の誕生日には遊園地に連れていってね」
ふと近くを通った子供の声が耳に入る。
誕生日に遊園地……か。
よく誕生日に遊園地とか動物園に連れていって貰うという話を聞く。
僕たちには縁のない話だった。
孤児院では毎日が同じ…誰かの誕生日であっても。
特に『特別』なんて事はない。
それが当たり前になってしまったから、特に何とも思わなかったけど…。
「…………あ…」
……今まで気が付かなかった。
今日は九月二十一日……僕の誕生日だ。
じゃあ、今日の事は…。
「八戒お待たせ」
「悟浄…」
「売店混んでてさ〜」
アイスを差し出す悟浄に僕はそっとベンチから立ち上がりそれを受け取る。
「有り難うございます」
「次なんか見たいのある?」
「…コアラが見たいです…」
そう言って歩き出した悟浄の手をそっと掴む。
「八戒?」
「今日人が多いですから…迷子になったら困るじゃないですか」
もう日が暮れかけた頃、観覧車に乗った。
少しずつ上がって行く観覧車の中から夕日色に染まった景色が綺麗に見える。
「今日は、有り難うございました。
…誕生日プレゼントだったんでしょ?」
「気づいてたんだ」
「さっきですけどね」
そっと席を立つと、悟浄の隣に座り直す。
「何で動物園にしたんですか?」
そう問うと悟浄は恥ずかしそうに笑った。
「俺もなんだけどさ、誕生日とかこういうトコ連れてきて貰った事なくってさ。
ホントは何かモノとかやっても良かったけど、もっと思い出になるような事の方がイイかなって…」
思い出…何時までも変わらなくて…何よりも大切なもの……。
「有り難うございます、最高のプレゼントですよ」
そう言って、お礼の気持ちを込めて悟浄の頬に口づけた。
「八戒…」
「今はコレだけです。だって僕子供ですから」
だから小さな口づけ。
恋人に送るものではなく家族への…小さな口づけを…。
「悟浄、何か僕疲れちゃって。帰りオンブして貰えますか?」
そっと悟浄に甘えて見る。
今日だけは子供の様に甘えさせて欲しい。
「仕方がねえな」
悟浄はそう言ってしゃがむ。
その悟浄の背中にそっとおぶさった。
「…………」
悟浄の歩く振動と体温が伝わる。
とても暖かな気持ち…。
今まで感じる事の出来なかった気持ちだ。
ずっと求めていた気持ち…。
「悟浄……」
───思い出をありがとう……