拘 束



寝返りを打とうとして身体が動かない事に気付いた。
寝呆けているのかな?と身体を動かそうとしたけど、やっぱり動けない。

これって、金縛り?

だけど、足や腕は普通に動く。
一体何なんだ?と、思って閉じていた瞼をゆっくり開くと、初めは真っ暗闇だったけど、次第に暗さに慣れると白に近い色が視界に入る。
きょろきょろと目玉を動かして見える範囲を確かめてみたけど、どこもかしこも同じ色。
おかしいな、たしかあの辺りにはクローゼットがあるはずなのに。

あれ?もしかして自分の部屋じゃない?

覚醒していない頭をフル回転させてみると、腹の辺りにガッチリと何かが絡んでいるのに気付き、そろりと布団の中に腕を突っ込み、恐る恐る腹を掴んでいる物体に触れてみる。

ペタ、ペタ、ペタ…。

この質感は…うん、人の身体の一部だ。

そこで一気に思い出した。



部活が終わった後、授業でわからないところがあって国光に相談したのが始まりだった。
練習が終わってから部室で勉強会もどきをしていたけど、部活の練習が長引き、そのおかげで下校時刻が迫っていた。
途中で止めるのも何か消化不良だから、国光から誘われて自宅にお邪魔させてもらった。
ただの部活の先輩と後輩の関係だけなら自宅になんて招かれないけど、これが驚くべき事に恋人関係になっているから、自宅にもこうしてお邪魔出来る。
恋人って普通は彼氏と彼女って呼ばれるだろうけど、俺達の場合は何だろう?
彼氏と彼氏?
うーん、何かしっくりこない。
ま、そんな事はどうでもいいけど、勉強の為に自宅にお邪魔して、ちゃんとわかるまで勉強して、夕食を御馳走になって、ちょっとだけ恋人っぽく抱き合ってキスしていたら、急に本当にいきなりバラバラバラって凄い音がしてきたんだ。
ギョッとして身体を離して外を見たら、その音の正体は雨で、それもバケツをひっくり返したような大雨。
外を歩いていたサラリーマンはカバンを頭に乗せて慌てて走っていた。
小型犬を散歩させていたおじさんは、犬を抱きかかえて駆け出した。
雨が降るなんて聞いていないから傘なんて持っていない。
国光から借りて帰ればいいだろうけど、この雨じゃ傘なんて役に立たない気がする。

「うわぁ、この中を帰るのってキツイな…」

窓越しに睨むように空を見上げてみる。
空はどんよりとした不気味な色をして、大粒で大量の雨を地上に落としているだけだ。
視力の良さを活かして遠くまで見たけど、雲の切れ目が見えない。
暫く降りそうな予感。

「ならば泊まって行くか?」

「え、いいの」

「この雨の中を歩くのは大変だろう」

「それはそうだけど…明日」

「明日は土曜日で、練習があっても普段の朝より遅い。一度家に帰って支度すれば問題ない」

「でも、急に泊まって大丈夫?」

「話してくるから待っていてくれ」

国光はおばさんに話す為に部屋を出て下に行った。
待っている間もずっと空を見上げて、雨が止むように祈ってみるけど、雨の勢いは留まる事を知らない。
溜息を吐いているとドアが開き、今度は布団やらパジャマやらを抱えて戻って来た。
布団は来客用に用意されていたものっぽいけど、パジャマは?

「このパジャマは俺が着られなくなったものだ。母が取っておいたらしい」

「へぇ、物持ちいいんだ」

それから家に連絡を入れて状況を説明したら、母さんから「ご迷惑を掛けないようにね」と言われただけで終わり、おばさんから使っていない歯ブラシを貰い、風呂に入って、寝る為にベッドの横に布団を敷いたけど、国光に腕を引っ張られてベッドに中に押し込まれた。
とりあえず非難の声を上げたけど、国光は何かのスイッチが入っちゃったみたいで、濃厚なキスをされてしまい、あれよあれよという間にパジャマを脱がされて、サイズの大きな下着も床に追いやられ…後は何と言うか、なし崩しでイタシテしまった。
雨はものすごい音だから、ちょっとくらいの声は掻き消されていたと思う。
ううん、思いたい。
初めは何とか声を出すのを我慢してたけど、途中から我慢できなくなって、あられもなく声を上げていたような気がする。
だって、俺…国光に触られると我慢できないんだもん。
だもん。なんて気持ち悪いなー、あはははは…。
これもどうでもいいけど、そう、俺は雨の所為で家に帰れなくなって、こうして国光の家にお泊りする事になってしまった。



「…国光の腕か」

俺をまるで逃げないように拘束するのは背後から抱き締めている国光の逞しい腕だ。
逞しいと言っても、見た目は細くて、そんなに力があるように見えないけど、これがまた見た目に反して凄い力があって、ちょっとやそっとじゃこの拘束を解けそうにない。
だけど、このままの体勢もちょっと辛いんだよね。
起きるかなーって思って腕を指で突いたり軽く叩いたりしたけど、珍しい事に国光は全く起きる気配がない。
激しかったと言えば激しかった。
試合やランキング戦があって、こうして抱き合うのも久しぶりだったしね。
仕方がないから身体を何度も小刻みに捩って、時間を掛けて寝返りを打ってみた。
そうなると、目の前には秀麗な国光の寝顔。
起きている時も綺麗な顔だけど、寝ている時も綺麗な顔だよな。
テニスは神憑り的に上手くて、勉強は出来るし、中学生らしくない真面目すぎる性格で、噂では歌もかなり上手らしい。
足りないのは柔軟な表情くらいだけど、神様はこの男に色々と与え過ぎなんじゃないの?
頭が良く、運動神経も良く、声も良く、顔も良いなんて。
ちょっと悔しくなって、ちょっと鼻をつまんでみれば、眉間に皺が寄った。
あ、起きるかな?
指を離せば元の表情に戻る。
あれ?起きない?
数回繰り返したけど、やっぱり国光は起きなかった。

「…離したって逃げないよ」

何度かつまんだ鼻にちょんと唇を押し当ててみた。
あ、喜んでる顔になった。
意外と現金かも。

窓を叩く雨の音はまだ聞こえている。
時間は時計が見えないからわからないけど、この分じゃ練習はなくなりそう。
拘束する腕の中で寝心地の良い位置を確認してから、俺は雨の音を聞きながら瞼を閉じてみた。

次に目が覚めた時、国光がどんな顔をするのか楽しみにしながら。


…予想はつくけどね。