甘い物をどうぞ




この季節ならではの甘酸っぱい苺がこれでもかと盛られたタルトを目の前にして手塚は黙り込んでいること、数分。
テーブルを挟んだ反対側では、同じタルトを満面の笑みで食しているリョーマがいる。

「食べないの?」
「俺が好き好んで食べると思っているのか」
「思っていません」

パクリと一口食べてにんまりと笑う。

「んー、すっごく美味しい」

このタルトは手塚の母が有名なパティスリーで購入してきたもので、一切れの大きさが大人の掌ほどある。
値段もさることながら、苺の量は冗談ではないほどに多く、カスタードクリームは苺のジューシーさや甘さを邪魔しないあっさりとした味で、タルト生地はサクッとしていた。
こんなに美味しいタルトを食べられるのは、リョーマが手塚の母に気に入られているからだ。
自分の息子がこういったスイーツに興味無いことは随分前から知っている。
だからこそ、こうして食べてくれる年相応の少年を猫可愛がりたくなるのは理解できる。
だからといって、来るたびにこうしてケーキやタルトを振るまうのは勘弁してもらいたいのだが、そんな進言を出来る立場ではない。
この手塚家を仕切っているのは祖父のように見せても、実際の権力者は母親なのだ。

「それは良かったな」

一緒に出された紅茶を啜る。
レモンをさっとくぐらせただけの紅茶を飲む手塚と、ミルクと砂糖をたくさん入れた紅茶を飲むリョーマ。
これだけでも甘い物が好きか嫌いかが良くわかる。

「で、一口くらい食べたら?」

リョーマのタルトは残り僅かになっているが、対する手塚のタルトは出て来たままの状態。
フォークすら握られていない。

「一口か…」

たった一口と思うだけでも気分が下降する。
タルトから漂う甘い香りだけでも、冗談抜きでうんざりしているのだ。
リョーマが美味しそうに食べる姿を見ている分だけなら心穏やかになれるのに、この甘ったるい匂いときたら胸やけするだけだ。

「残りは俺が食べるよ」
「…ならばそれを寄越せ。これはお前が食べろ」
「えっ、だって…」

リョーマのタルトは既に苺は完食していて、端のタルト生地しか残っていない。
最後はこのサクサク感を堪能して終ろうとしていたのだ。
これではタルトの醍醐味が楽しめないと言えば、それだけで充分だとの返答が来るだけ。

「本当に嫌いなんだ。苺は美味しいよ」
「苺だけなら食べる」

デザートとして出される苺なら食べる。
しかしこうして加工された苺は食べる気がしない。

「…このテカテカしてるのゼラチンだよ。甘くないよ」

だから一つくらい食べなよと勧めても、手塚は要らないと眉をしかめて首を振る。

「わかっているが苦手な物は苦手なのだ」
「お汁粉は平気なのに」
「汁粉は小豆と砂糖と塩と水だけで作られる。シンプルだから良いのだ」
「そりゃ、タルトはいろんな物入れるけど…しょうがないか。嫌いな物を無理に食べるのって辛いもんね」

リョーマだって嫌いな物を食べろ食べろと言われるのは腹が立つ。
今まさに、リョーマが手塚に勧めているのも同じことなのだ。
タルト生地しか残っていない皿を手塚の前に置き、リョーマは出されたままの形で残っているタルトを自分の前に置き、丁寧に「いただきます」と言ってからフォークを刺した。

「うん、やっぱり美味しい」
「…ふむ、香ばしくて良い味だな」

リョーマが苺とカスタードクリームとタルト生地を同時に堪能すると、手塚もタルト生地だけを堪能する。
どうやら生地の味は許容範囲内だったようで、二口で皿からタルト生地が消えていた。

「国光」
「何だ?」
「はい、あーん」

リョーマはフォークに一口分に切ったタルトを刺して、手塚の前に差し出した。
少しだけ顔をしかめた手塚だったが、こうしてリョーマが可愛いことをしてくれるのだからと、かなり我慢して口を開いた。
苺とカスタードクリームとタルト生地が口に入る。
口を閉じれば甘い匂いが口いっぱいに広がった。
けれど、そのままタルトを噛み砕き、喉に飲み込まれた。

「…なるほど、母やお前が称賛する訳だ」

どうやらタルト自体も手塚の許容範囲内に収まったようで、リョーマはにっこりと笑う。

「でしょう。もっと食べる?」
「いや、もう十分だ」

もっと食べさせようとするが、「残りはお前が食べろ」と紅茶を啜る。
リョーマは一口食べさせてとりあえず満足したのか、残りのタルトを満喫していた。
大きな苺が口の中に吸い込まれる。
カスタードクリームが口の端に付き、苺のように赤い舌がペロリと舐める。
ほんの少しだけ邪まな気持ちになってしまったのは秘密だ。

「ごちそうさまでした」
「満足したか」
「うん、大満足だよ」

ものの数秒で食べ終わっていた。
あんなに大きなタルトを約2つ分完食したのに、リョーマはケロリとしている。
甘いミルクティーもニコニコして飲むものだから、ちょっと気になってカップを置いた隙を狙って顔を近付けた。
もしかしたらその唇もかなり甘くなっているかもしれない。
そう思ったら身体が勝手に動いていた。

「な…ん…」
「……やはり甘いな」

キスした唇はやっぱり甘かった。
キスしたリョーマの頬は苺より赤かった。

タルトなんかよりこちらの方がよっぽど美味そうだ。




久々です。