君と一緒に





死神と聞いて何を思い浮かべる?

「悪の存在」的な認知をしている者が多いだろうが、実際は生命の死を司る神で、冥府においては魂の管理者とされている。

そう、死神も神なのだ。

死を迎える予定の人物が魂のみの姿で現世に彷徨い続け悪霊化するのを防ぐ為、冥府へと導いていくという役目を持っている。

死神が狩った魂はどこに行く?
魂は死神が冥府へと導き、輪廻転生の輪の中へと連れて行く。
死と再生の神なのだ。
中には輪廻の輪に入れてはいけない魂もあり、そういった魂は冥府で管理される。



俺の名は越前リョーマ。
見た目は完璧な日本人男子に見えるが、実はこの世の者ではない。
俺は死を司る『死神』であり、とある使命の為に人間の姿でこの日本に下りて来た。
その使命とは、増え続ける人口を減らす為、無作為で選ばれた人の魂を狩る事だ。
選ぶのは天に住まう神の仕事。
神から指令を受け俺は人の魂を狩る。
老若男女関係なく、善人悪人関係なく、俺は死神の道具である大きな鎌−デスサイズ−を振るい、人の魂を狩るのだ。
罪悪感なんて感情は持っていない。
これは俺に与えられた使命なのだから。



「次は…この人。えっと来週の火曜日が期限か」
夕飯を食べ終えてゴロンとベッドに横になっていると、いきなり部屋の中が真っ暗になり、天井から紙がひらひらと落ちて来た。
指令書だ。
その紙を当たり前のように片手でキャッチし、紙に写っている人の姿を見ると、頭の中にその人の情報が流れ込んでくる。

俺は死神。
この世の存在ではないが、俺は人の魂を狩る事でこの世界に住めるのだ。
もしも、期限までに魂を狩れなかったら、俺は強制的に本来の世界に戻らなくてはならない。

こんな重力の中、自由を束縛される世界なんて、1日でもいたくないと思うのが、ほとんどの死神の感想で、俺も初めはそうだった。

だけど、今は戻りたくない。

俺は死神でありながら人間を好きになり、恋に落ち、そして恋人として付き合っている。
しかも、恋人は男だ。
俺は見た目に幼い事からその姿に見合った中学生という職業に就いていて、俺の恋人はその学校の2つ上の先輩だ。

すごく大好きなんだ。


「越前」
授業が終わって帰ろうとすると、後ろから名前を呼ばれた。
振り向かなくても誰なのかわかる。
だって、大好きな人の声だから。

「手塚先輩」
だけど振り向く。
振り向かないと顔が見られないから。
「今帰りか?」
「うん。今日は委員会だったんだ」
「そうか、御苦労だったな」

普段のこの人は厳しい表情をしているけど、俺をいる時はとても優しい表情を見せてくれる。
俺だけが特別なんだって思えるからすごく嬉しい。

「手塚先輩も帰るの?」
「ああ、良かったら一緒に帰らないか」
「良かったらじゃなくて、俺は一緒に帰りたい」
優しい表情はもっと優しくなった。
薄暗い道を並んで歩くと、頭一つ分違う。
ちょっと悔しいけど、抱き着いた時に生きている証拠を感じられるのが好きだからそんなに気にしていない。
「リョーマ、来月の23日から家に泊まりで来ないか?」
外に出れば名字では呼ばない。
「え?国光の家に泊まりで?」
「24日は誕生日だろう。出来れば誰よりも先にお前を祝いたいのだ」

俺は死神でありながら、誕生した日がこの世界では『クリスマス・イブ』なんだ。
死神世界では誕生を祝うなんて行為はなくて、仲間からは何度もからかわれたが、ここでは俺の誕生日をからかう仲間はいない。

俺は躊躇う事なく頷いたんだ。



23時。
俺は使命の為に起き上がる。
カーテンを開けば三日月だった。
肩に着くか着かないか位の黒髪は、月の光の中で伸びて腰までの長さになる。
薄茶色の瞳の色は月と同じ金色に輝き、パジャマだった服は黒を基調にしたローブに代わり、俺の身体を包み込む。
最後に左手には大きな鎌を持ち、俺は窓をすり抜けて空へと翔る。

魂を狩る。

それが俺のこの世での使命。

今回のターゲットは、二十歳を迎えたばかりの青年だった。
横断歩道のない道には歩道橋が掛っていて、ターゲットは1人で歩道橋を歩いていた。
大量の酒を飲んだのか足元は覚束ない。
俺はひらりと彼の前に下りる。
「な、何だよ、お前」
俺の姿を見て驚き、大きな声を上げる。
俺の姿はターゲットの彼にしか見えないから、下を歩いている人が何事かと見上げている。
酔っぱらって気が大きくなった若者が
喚いているだけかと、溜息混じりに通り過ぎて行く中、俺はこの青年に話し掛ける。
『俺は死神』
「はぁ、コスプレかよ。そんな馬鹿デカイ小道具まで用意しちゃって」
『お前の魂を狩らせてもらう』

それだけを青年に言って、俺は手に持っていた大鎌を彼の身体目掛けて振り下ろす。
避けようと腕を頭の上に乗せても、大鎌を避ける事は出来ない。
だけど、彼の身体は真っ二つ…にはならない。
なぜなら、この大鎌は魂を狩るだけの物だから。
彼の身体から魂だけを切り取れば、魂の抜けた身体はふらふらと動き、そのまま階段を転がり落ちて行った。
大きな物音に気が付いて、周囲の人が落ちた青年に集まって来る。
「キャー」
「早く救急車を呼んで」
階段を落ちた青年は既に事切れている。
治療を受けても魂のない彼がこの世によみがえる事はない。

狩った魂を無事に冥府へ行けるように道を作れば終わり。
これで俺はまだこの世界にいられるのだ。

次の指令書が届くのは来週だ。
俺は期限までに何人もの魂を狩り続けた。




「何で、何で…」

俺の元に届いた指令書には、大好きなあの人が写っていた。

期限は12月23日の24時。
俺の誕生日は12月24日のクリスマス・イヴ。
大好きなあの人が祝ってくれると約束してくれたのに、俺はその大好きなあの人の魂を狩らなければならない。

…いや、狩らなくてもいい。

寿命を迎えた魂を狩る仲間と違い、俺は無駄に人口を増やさない為の口減らしをしているだけなのだから。

ただ、俺がこの世にいられなくなるだけ。

彼が生きるか俺が生きるかを天秤に掛けるのなら、俺は彼の何百倍も軽いだろう。

元々、俺はここでは異質な存在。
あの人を生かせば、俺はここから消えて、俺に関する記憶はこの世界から全て消える。
俺の中であの人の記憶は残ったままだけど、あの人は俺を忘れて幸せに生きるだろう。

あの人が死んだら皆が悲しむ。
あの人は死なせてはいけない。

俺がいなくなったらあの人は悲しむだろうか。
そんな訳はない。
記憶がなくなれば悲しみはあの人を襲わない。
俺の名前すら思い出す事はないだろう。

俺はあの人を忘れない。
愛するという感情を教えてもらった。
同じ時間を過ごした大事な思い出を胸に抱き、俺は自分の世界に帰るのだ。
だから、俺は幸せだ。
うん、幸せなんだ。

「…何で?」

だけど、次から次に目から雫が流れるのは何故なんだろう。




「…あっ……ん…」

深く繋がった後は、心地良い倦怠感が身体を包む。
ベッドの中で抱き合い、お互いの全てを繋ぎ合った。

幸せな時間を過ごした。

時計を見れば23時になっていた。
俺がこの世界にいられるのはあと1時間だ。

もうすぐ消える。
もうすぐお別れだ。

目の前がゆらゆらと揺れる、
「…どうして泣く?」
頬を流れる涙を拭ってくれる。
「もうすぐ…お別れだから」
「お別れ?どういう意味だ」
怪訝そうな声に、俺は自分の正体を明かす。
どうせ、これで終わりなのだから、俺はこの人に自分が死神であり、人の魂を狩る代わりにこの世界に生きていられる事を話した。
信じてもらえるとは思っていなかったけど、彼は俺の話を信じてくれた。
それもそのはず、俺の姿は死神の姿に戻っていたからだ。

腰まで伸びた髪。
金色に光る瞳。
大鎌は持っていない。

「俺の魂を狩ればお前はまだこの世界にいられるのなら、俺は喜んでこの命を差し出そう」
「なっ、そんな事出来るわけないでしょ。国光は俺を忘れて幸せに生きて欲しい」
「俺はお前を忘れて今まで通りの生活を送るなんて考えられない。たとえ記憶がなくなっても身体が覚えている」
「…国光」
「俺にはお前だけだ…リョーマ」
強く強く抱き締められた。
なんて強い力。
なんて強い心。

俺は死神である自分を初めて憎んだ。

時間はあと5分しか残っていない。

「もう、お別れだよ」
もう1分しか残っていない。

どんなに強く抱き締められていても、俺はこの腕から消えてしまう。
「駄目だ、リョーマ」
「国光、大好きだよ。俺を好きになってくれてありがとう」
笑顔を浮かべても涙は流れる。
「リョーマ」

あと5秒だ。
4、3、2、1…。

さようなら…




カチ、カチ、カチ…。


「…何で消えないの?」
「リョーマ」

期限である23日の24時を過ぎたのに、俺はまだこの世界に生きている。
姿も人間の姿に戻っている。
どうしてと混乱していると、俺を抱き締めているこの人が驚いた顔で窓を見ていたので、俺はその視線を追うように窓を見た。

「やっほーい」

そこにいたのは死神仲間のエイジだった。
人懐っこい笑顔を振りまきながら、窓から上半身だけを部屋の中に入れて、こちらに手を振っていた。
「エイジ!なんで?」
「とっくにノルマを達成しちゃってるから、おチビの仕事が変わったんだよ」
「ノルマ?」
「そ、おチビのノルマは千人。この前の…その前で千人を突破したから、おチビのレベルは特級になったんだぞ」
俺はまだ2級なのに、とブツブツつぶやく。
「それじゃあ…」
「そ、神様が好きなだけこっちにいていいってさ。で、これがおチビの新しい使命だよ」
エイジが手を振ると、リョーマの前に新たな指令書が下りてきて、俺はそれを掴む。
「じゃ、俺は行くからな。えっと、メリークリスマスだっけ?」
ヒラヒラと手を振ったエイジの身体は空へと翔けて行った。


「リョーマ」
「…国光」
どうしたらいいのかと悩んでいると、耳元で何かを囁かれた。
「え?」
何て言ったのか聞きとれなかった俺に、この人は秀麗な顔に優しげな笑みを浮かべて「誕生日、おめでとう」と囁いてくれた。
俺はこの世に残れた喜びと、初めて誕生した日を祝ってもらえた喜びで、どうしていいのかわからないほどの涙が溢れてしまっていた。


正体がわかっても、この人は今まで通りに俺を抱き締めてくれる。
「何て書いてあるのかわからないな」
「これが読めたら国光も死神だよ」
指令書を読む俺を背中から抱き締めて覗きこんでくるが、人が使う文字はこの指令書に書かれていない。
それでも一生懸命解読しようとしているから、何だか面白くてクスクス笑ってしまう。
「リョーマ、お前が死神だろうが俺はお前が好きだ。どうか、俺の傍にいてくれ」
「俺は死神だけど、今の俺は人間として国光と生きていたいよ」


俺は死神。
死と再生の神。

だけど、今は死神よりも人間として生きている。
大好きなこの人と共に生きている。



こんな俺は死神失格なのかもしれない。






愛に行きる死神リョーマでした。