なんという幸せ
『まるで野良猫のような性格だ』と、誰かが言っていた。 好きな事だけして、自分勝手で、すぐに敵を作る。 簡単にいれば『協調性』が無い。 1人が好きで、すぐにどこかに行ってしまう。 いつしか周りは敵だらけになるのではと、他人事ながら危惧していたが、実はこの考えは大きなお世話だった。 彼の周りには常に人が集まる。 それは、彼に惹かれているから。 敵だったはずの相手も、いつしか彼のペースに乗り、彼の周りに来てしまう。 1人が好きで、すぐにどこかに行ってしまっていたのは、うるさくされるのが嫌だったから、逃げていただけだった。 だけど、周りは彼を構いたいから、すぐに側に寄ってしまう。 そして逃げる。 逃げた先は、彼の唯一の場所。 「ホント、もうイヤになる」 隣に座るリョーマは心の底からの深い溜息を吐いてから、弁当箱の唐揚げを口に入れた。 ここは校舎の屋上。 冬にもなれば寒いからと外に出たがらないが、ここは日差しの恩恵で温かく、風の無い日は最高の場所だ。 「意味がわかんない。唐揚げは美味しいけど」 リョーマが食べている弁当は俺の母が作ったものだ。 以前に家に連れて行き、喜んだ母が手料理を振る舞ってから、リョーマは母の料理のファンになってしまった。 それからというもの、母はリョーマに手料理を食べさせたがる。 毎日は連れて行けないから、まずは弁当攻撃から始まった。 断るのは悪いからと、俺はこうして2人分の弁当箱を持って通学している。 「菊丸か?それとも不二か?」 「両方っすよ。あの2人って同じクラスなんでしょ」 次に玉子焼きを口に入れた。 「国光も注意してよ」 「言われなくとも何度もしているさ」 ご機嫌斜めな様子のリョーマの頭を撫でてみれば、上目遣いで見つめられた。 何か言いたげな視線だが、こうして2人きりの時間を不機嫌で通すのは悪いと感じたのか、もう一度だけ溜息を吐いてから、黙々と弁当の中身を食べ始めた。 ご飯の一粒も残さずに弁当箱が空になると、持っていた袋に詰める。 「ごちそうさまでした」 「今日はどうだった?」 「今日も美味しかった。彩菜さんって本当に料理上手だね」 ニコリと笑うその顔に、先程までの不機嫌は無い。 このまま時が過ぎれば良いのだが、不二と菊丸がリョーマの機嫌を損ねるような振る舞いをするのは目に見えている。 「さて、あいつらはお前に何をした?」 「…今日も国光の悪口。何がしたいのか俺には全然わかんないよ」 俺とリョーマが付き合いだしてから、不二と菊丸は揃いも揃って俺に挑戦状を叩きつけてきた。 『君から越前を奪ってみせる』と不二が言えば、『俺の方が前からおチビを好きだったんだぞ』と菊丸が言う。 ようするに、この2人は俺にとっては存在すら知らなかった恋のライバルだったようだ。 不二は菊丸を、菊丸は不二を牽制しつつ、満を持してリョーマに告白しようとしていた矢先、俺が『好きだ、付き合ってくれ』と言ってしまい、照れた表情のリョーマから『はい、俺で良かったら』との返事を貰い、こうして恋人として付き合っている真っ最中。 それが気に入らないから、不二と菊丸はどうにかして俺からリョーマを引き離そうと必死になっている。 ある事無い事を次から次に吹聴しているが、あいつらより俺を信用し信頼しているから、何を言われようが聞き耳持たない。 こうして同じ事を繰り返しているから、リョーマは不二と菊丸に不信感を抱いている。 好意を持ってもらいたいのに逆効果になっているのに気が付かないところが、恋は盲目というものなのだろうか。 「それで、今日は何を言ってきた」 「国光はムッツリスケベだから、気を許すと酷い事をされるよって不二先輩が言うから、酷い事なんてされてないって反論したんだけど…何か様子がおかしかったな」 「あの2人は俺達がそこまでの関係だったとは想像もしていなかったのだろうな」 付き合ってから何度か不二に言われた事を思い出した。 『君は恋愛なんて経験無いだろうからね』 完全に馬鹿にしたような言い方だったが、恋愛の経験が無くとも好きな相手が傍にいれば、人間としての本能が出てしまうものだ。 食欲に睡眠欲に性欲。 人間ならばだれでも持っている三大欲望。 性欲は俺にもしっかりと存在していた。 特に睡眠欲が有名だったリョーマの中にも性欲は存在していた。 子供みたいに手を繋いでキスをするだけでは物足りなかった。 「…付き合っているんだから普通だよね。それとも男同士だから驚いたのかな?」 「いや、あいつらもお前にはそういった目で見ているから驚いたりしないだろう。俺達が身体の関係まで進んでいる事に驚いただけだ」 「好きなんだからエッチするのって悪くないよね」 「当たり前だ。好き合っているのだからな」 「そうだよね」 フェンス越しにグラウンドを眺めていたリョーマは、ふわりと笑うと俺の横に腰掛け、横から俺の顔を見ていると思ったら、自然な仕種で顔を近づけてきて、頬に唇を押し当ててきた。 親愛のキス。 「大好き」 愛の告白を受け、俺は柔らかな唇に愛情のキスをする。 「国光が好きだから、キスだってエッチだってするのにね。不二先輩と菊丸先輩は俺と国光の関係を何だと思っているんだろう」 隙あらば奪い取ってやろうという魂胆が見え見えなのだが、どうやらリョーマは不二と菊丸に対しては、部活の先輩としてしか見ていない。 「あ、もうすぐ予鈴が鳴っちゃうね」 「今日は図書館にいるから、一緒に帰らないか?」 「じゃあ、国光の家に寄っていってもいい?」 「ああ、母に伝えておく」 予鈴が鳴ると、屋上から校舎に戻り、それぞれの教室に別れてしまう。 学年が違うから階も違う。 数時間は顔が見られないが、その間は授業に専念して、その後はあいつらの悔しがる顔を思い浮かべながらじっくりと愛を確かめ合おう。 「ニヤニヤして気持ち悪いなぁ」 「ほ〜んとだにゃ!」 角を曲がったところで、横恋慕する2人組に出会ってしまった。 だが、想われている強みがあるので、何を言われようが気にしないのが一番だ。 「越前を汚した罪は重いよ」 「手塚ってやっぱりムッツリだったんだにゃー。純情なおチビを」 「何とでも言えばいい。お前達は越前に選ばれる事は天地がひっくり返っても有り得ないからな」 ふん、と鼻で笑ってやった。 「手塚のくせに…」 「あー、もう、腹が立つ」 女生徒から絶大な人気のある中性的な顔立ちの不二は、頬を引き攣らせて俺に怒りを向けてくる。 愛嬌のある性格から、誰にでも親しまれる菊丸は、頬を膨らませて俺を睨んでくるが、2人が怒ろうが叫ぼうが、恋の勝者である俺には関係ない。 野良猫のような性格のリョーマが、俺にだけ懐いてくれた。 好きな事だけして、自分勝手で、すぐに敵を作る。 簡単にいれば『協調性』が無いが、今となっては有り難い性格だ。 彼の周りには常に人が集まる。 それは、彼に惹かれているから。 敵だったはずの相手も、いつしか彼のペースに乗り、彼の周りに来てしまう。 1人が好きで、すぐにどこかに行ってしまっていたのは、うるさくされるのが嫌だったから、逃げていただけだった。 だけど、周りは彼を構いたいから、すぐに側に寄ってしまう。 そして逃げる。 1人が好きで、すぐにどこかに行ってしまうが、行き先は俺の元。 逃げる先は、俺。 ああ、なんという幸せ。 |