「おーい、手塚」
今は夏休みの終盤。
3年生は受験の為に、数日間学校へ来なくてはいけないが、午前中で終わる為に、それほど苦にはならない。
俺は教室から出てきた所を大石に呼び掛けられた。
珍しいなと思いながらも、呼び掛けに答えた。
「どうした」
「今日の勉強会だけど、乾が急用で出られないそうだ」
お前はどうする?と聞いて来た。
「俺はどちらでも構わないが、不二達はどうなんだ」
歩いている途中でちらりと2人がいる教室内を覗く大石。
それに気付いた不二と菊丸は、クラスメイトに「ゴメン」と言いながら駆け寄って来た。
「にゃに〜?」
「どうかした?」
俺と大石の前に現れた不二と菊丸は、屈託の無い笑顔と安らぎと与えてくれる笑みを見せる。
この2人を見ていると女子から男子まで人気があるのに頷ける。
あぁ、今日の勉強会の事だけど、乾が来られないからお前達はどうするかを訊きに来たんだ」
大石はもう一度、2人に対して説明を始めた。
「じゃ、今日の勉強会は中止だ〜」
嬉しそうに、両手を上げて喜ぶ菊丸に、隣の不二はクスクスと笑っている。
「おいおい」
大石も苦笑いを浮かべていた。
俺達は全国大会が終わった事で、自動的に部活を引退していた。
3年生なら当たり前の事だが、どこか少し寂しさを感じる。
その代わりと言ってはなんだが、受験勉強が俺達を待ち受けていた。
しかし、この青春学園はエスカレーター式であり、普通に授業を受けていて普通の成績でいれば、問題なく高等部へ進学できる。
俺達の中で問題があるのは菊丸だけだが、俺達は菊丸と自分達の成績向上の為に、勉強会を行うようにしている。
全ては自分の為になるので俺は進んで参加している。
河村だけは家の手伝いを優先している為にほとんど参加しないが、たまに顔を見せにやってくる。
仲間とは本当に良いものだ。
仲間と同時にライバルでもあったが、楽しかった良い思い出。
「今日は、中止にしよう」
結局、今日の勉強会は中止で決まり、俺は当たり前のようにテニス部に行く為にコートへ向かった。
引退した身であるが為、見学が中心であまりコートには入らないようにしている。
だが、引退したと言っても、テニスを辞める気は全く無い。
それは、不二も大石も菊丸も乾も同じだ。
彼等も高等部に入ってもテニスを続けるだろう。
河村だけは家業の手伝いの為に、テニスは中学で終わりと言っていた。
正直言ってしまえば、勿体無い話だ。
但し、俺に限っては、理由は一つしか無い。
それは…。
「手塚先輩!」
コートの外で練習を眺めていると、俺の姿をすかさず見つけて駆けて来たのは、俺がこの世で最も愛する人。
「リョーマ」
越前リョーマ。
彼の存在は、俺がテニスを続ける理由だ。
まだまだ成長段階の幼い身体ではあるが、強い生命力を輝かせて眩いばかり。
嬉しそうな笑顔で、俺の傍に来てくれた。
普段の彼からはとても想像がつかないほど、満面の笑みを浮かべている。
この笑顔を見られるのは俺だけで、ささやかながら優越感を味わえる瞬間だ。
「今日はどうしたんすか?」
桃城も俺を見つけて、挨拶がてら近寄ってきた。
今はこの桃城が、テニス部の部長だ。
桃城なら後輩の面倒見もいいし、テニスに対する情熱も充分だと考えて部長に決めた。
海堂とどちらが適役なのか随分悩んだが、海堂は副部長にした。
桃城と上手くいくのかが少し心配だが、なんとかなっているようだ。
「勉強会が中止になったからな、見学だ」
訳を話すと、どこからともなく部員が集まって来ていた。
「先輩、よかったら教えて下さい」
「僕もお願いします」
「俺も頼みます。手塚先輩」
あまりコートに入ろうとしない俺を中に入れようと、必死になって頼んでくる。
リョーマからも「たまにはやろうよ」なんて言われてしまったから、今日はコートに入る事にした。
こういう場合はいつもリョーマのラケットを借りているが、とても使いやすい。
グリップは握りやすく、ガットの張りも申し分無い。
使い込まれている感じが凄くする。
こうして、俺は部活に参加する。
やはり、テニスは楽しい。
特にリョーマがいるからだろうが。
だが、俺はここからいなくなり、その代わりに新しい部員がリョーマと一緒にいられる。
…すごく羨ましい。
こんな事を考える俺は、なんて浅ましいのだろうか。
お前に伝えたらどんな顔をするのだろうな?
部活が終わると、俺はリョーマと共に帰宅する。
勉強会の無い日は、出来るだけ時間を合わせて一緒に帰るようにしていた。
リョーマも部活の無い日は、勉強会に参加している。
しかし、勉強が好きだからでは無い。
帰国子女のリョーマは、現国や古典のように、日本語主体の科目が苦手で、それを教えてもらう為に来ている。
教えるのもいい勉強になると、不二辺りはとても歓迎している。
俺もリョーマと一緒にいられるのは、嬉しいと思うのと同時に、心の奥底ではチリチリとした『何か』が蠢くのを感じる。
こんな不可解な気持ちを人は『嫉妬』って言うのだろうか?
勉強会に参加するリョーマを歓迎するのは、手塚以外。
面白くないと感じるのは、何故か手塚だけだった。
独占欲が強いのは、リョーマに対してのみ。
そのリョーマが、自分ではない誰かと親密そうにしているのが気に入らない。
リョーマはそんな手塚の心情に気付かない。
何故ならば、リョーマは少しでもいいから手塚の近くにいたいだけだったから。
「今日は久しぶりに楽しかった」
手塚はリョーマに今日の部活が、良い気分転換になったと告げた。
「うん。俺も、国光と試合ができて楽しかった」
練習と言う名の試合は結局、引き分けで終わった。
リョーマの実力は何時の間にか手塚に追い付こうとしていた。
いや、既に同レベルに達しているのかもしれない。
常に試合の中で進化をしているのだ。
リョーマはまだ強くなる、と手塚は実感している。
でも、不思議と嬉しい気持ちで一杯になる。
これから先もリョーマの戦う姿が見られると思うと、楽しくて仕方が無い。
数年後にまた一緒に戦える日が待ち遠しい。
「また試合しよう」
「うん、次は絶対勝つからね」
リョーマは並んで歩く手塚の腕に自分の腕を絡めながら、嬉しそうに笑う。
好きだという気持ちを持っているのは、自分だけでは無い。
その事を実感できる瞬間。
でも、今はそれだけでは足りない。
「リョーマ、折角だから俺の家に来ないか?」
もう少し一緒にいたい。
口には出さなかったが、リョーマは手塚の顔がそう物語っているのを見逃さない。
「…うん」
コクリと頷き返事を返した。
「ただいま帰りました」
「お邪魔しまーす」
ドアを開けて、リョーマを玄関に入れると、手塚の母親である彩菜が出迎えた。
「お帰りなさい。あら、リョーマ君いらっしゃい」
彩菜はリョーマの姿を見付けると、嬉しそうな声を上げて歓迎した。
この家庭内では、リョーマはアイドル的な存在だ。
愛らしい姿に、男である事を忘れがちになるのが、少々難点だったが。
まだ手塚とリョーマが付き合いだした頃。
手塚の家に何度目かの訪問をした時だった。
「国光、お父さんが書類を届けて欲しいんですって、お願いできるかしら」
リビングで寛いでいた2人に彩菜はそう告げた。
「わかりました」
少し待っていてくれと言うと、父親が待っている場所へ向かい出て行ってしまい、初めて彩菜と2人きりで過ごさないといけなくなった。
「ねぇ、リョーマ君?」
何を話していいのか悩んでいたリョーマに、彩菜の方から話し掛けた。
「は…はい」
声が緊張している。
「うふふ、いいのよそんなに畏まらなくて、本当に可愛いわね」
恋人に良く似た笑みを浮かべていて、この時、リョーマは「あぁ、国光はすごく母親似なんだ…」なんてぼんやり考えていた。
しかし、その後は衝撃の連続だった。
「リョーマ君は国光と付き合ってくれているのよね」
バレている!
彩菜の言葉にギクリと身体を固くする。
きっと顔面は蒼白しているだろう。
「あぁ、別にいけない訳じゃないのよ。むしろありがとうって言いたいの」
彩菜からは思い掛けない言葉の連続だった。
「国光は私が言うのもなんだけど、他人に執着しないみたいなのよ。だから、真剣に好きになった人なら応援したいのよね」
リョーマは持っていたカップを落としそうになるが、生まれ持った反射神経によりそれは回避できた。
「リョーマ君は1人っ子なのよね。国光も1人っ子だからどうしましょう」
「あ…あの…」
「でもアメリカなら同性でも結婚できる州があるのよね」
楽しそうに未来予想図を立てる彩菜の暴走は、止まる事を知らないかのように続けられた。
「親バカかもしれないけど、国光は整った顔立ちしていると思うのよ」
「あ、おばさんに良く似ています」
リョーマは、先程思った事を口に出した。
「まぁ、嬉しいわ」
彩菜にしてみれは、誉め言葉。
リョーマの株は、ここで更にアップしたのだ。
どうやら、何時の間にやら手塚の家族からは2人の交際は公認になっていたみたいで、リョーマは安心して、手塚と付き合うことが出来た。
後日この出来事は、しっかり手塚に知られてしまい、それまで以上に家に連れられて行く回数が増えてしまった。
この手塚家ではリョーマはアイドルと化して行ったのだ。
「良かったわ、今日はケーキを焼いたのよ」
食べていってね、と誘われれば、甘い物好きなリョーマは一つ返事でリビングへ向かう。
「いただきまーす」
少し大きめに切られたケーキと紅茶を出されたリョーマは、フォークを掴んで、ぱくりと食べる。
優しい甘さに満足しながら、モグモグと食べる姿に母と息子は微笑みを浮かべる。
「やっぱり、可愛いわよね」
息子の美的センスに、これまた満足げに微笑む。
「リョーマ君、お代わりはどう?」
しばらくは3人でおやつタイムを楽しんだ。
その後は、手塚がリョーマを自室へ連れ込んだ為に、母親は少しだけつまらなさそうな顔をしていた。
「リョーマ」
部屋に入るなり、背後からリョーマを抱き締める。
持っていたバッグは手塚の手によって、既に部屋の片隅に追いやられていた。
「くにみつ…」
リョーマはこんなふうに、甘えられるのが嫌いではない。
突然の抱擁も黙って受け入れる。
「今日は泊まって行かないか…」
そのままリョーマの耳元で囁くと、そっと耳を甘噛む。
ピクンと身体を震わせると、震える手で手塚の腕にしがみ付く。
リョーマが弱い所は、これまでの情事で手塚の頭にしっかりとインプットされていた。
「でも、明日は部活が…」
まだまだ今は夏休み。
学生達にとってはパラダイス。
但し、部活は当たり前のようにある。
今は新人戦に向けて、練習に励んでいる最中だが、リョーマは青学を全国大会に導いた立役者。
これほどの実力の持ち主に今更新人戦だなんて、なんだか可笑しい。
1年生で異例のレギュラー入りを果たすと、これまでの大会でその実力を遺憾なく発揮し、その名を全国に轟かしていた。
3年生に負けず劣らずの精神力の強さと、勝負強さを兼ね備えているのだ。
ついでに、かなりの毒舌の持ち主。
「…明日は雨が降る」
先程リビングで見た明日の天気予報を伝え、利き手である左手をリョーマのシャツの中に忍び込ませ、少し汗ばんだ肌を優しく撫で上げる。
「…雨?」
手塚の手に翻弄されながら、リョーマは天気の事を気にしていた。
「そうだ、雨だ」
雨だから、明日の部活は休みになる。
勝手に決め付けると、リョーマをベッドに押し倒す。
シャツを強引に脱がせて、まずは顔全体にキス。
額から始まり、瞼や頬や鼻先、最後に薄く開かれた唇に。
特に唇には念入りにキスをする。
「…ダメ…汗…かいてるし…」
部活を終えた2人は、夏の気候を身体中に浴び、しっとりと汗をかいていた。
タオルでさっと拭いただけで来ていたのだ。
「…たまにはいいさ。この方がリョーマの味がするしな」
ぺろりと首筋を舐め上げた。
その仕種に身体が高揚するのを感じた。
「でも…」
なお、行為に食い下がるリョーマだったが、手塚は口付けて強引に黙らせる。
リョーマもそれ以上は抗う事をやめて、与えられる愛撫を素直に受け始めた。
「好きだ、リョーマ…」
「…俺も…好きだよ…」
ふわりと微笑まれてしまえば、手塚は我を忘れた様にリョーマの身体に没頭していった。
不図、考える。
身体を繋げる行為を覚えたのは、いつだったのだろうか?
恐らくは、恋愛を真面目に考えるようになってからだ。
それは…越前リョーマ、彼に出会った頃。
自分でも信じられないほどの衝撃を受け、一目で彼を気に入ってしまった。
彼しか視界に入らないくらいに。
いや、実際に彼しか入らなかった。
初めは彼が追い駆けてくれるよう、強さを見せ付けていた。
でも、彼は俺ではなく部長としての手塚国光を見ていた。
テニスだけでは物足りないと、俺は珍しく積極的に誘い、素の手塚国光に興味を示してくれるように仕向けた。
馴れない事だったから、本当に時間が掛かったが、じわじわと俺に侵食されて行く彼を見るのは、思い出すだけで今でも背筋がゾクゾクする。
それが効を奏して、今の関係に至っている。
「…あっ…ん…もう…」
リョーマは自分の下肢に顔を埋めている手塚の髪を軽く引っ張る。
弱い所ばかりを集中的に責められ、意識が朦朧としていたリョーマのささやかな抵抗。
「もう駄目か?」
コクコクと頷く。
手塚は自分の髪に絡みついているリョーマの手を外させると、下肢から顔を上げる。
そのまま辛くないように、そっと腰を抱え上げた。
「…んっ…あぁっ…」手塚によって、開拓されたリョーマの身体は、既に受け入れられる状態になっていた。
ゆっくりと己を埋めていくと、リョーマの口からは甘い声が零れる。
「気持ちいいか?」
ゆったりとした動きは、リョーマにとってはもどかしいのか、無意識に腰が揺れだしている。
「…ん…いい…」
初めの頃は、ただ痛がっていただけ身体も、今では自ら快感を求めるようになっていた。
とても嬉しい。
俺だけが求める身体の繋がりなんてくだらないもの。
セックスとは2人でするものだからな。
と言うと、顔を真っ赤に染めてしがみ付いてきた。
そんなリョーマが可愛くて、愛しくて、抱き締めずにいられない。
「も…う、ダメ…あぁっ…」
強く突き上げると、呆気なくリョーマは果てた。
その刺激に手塚を受け入れていた場所が、きゅっと締まる。
「……ッ…」
つられて、手塚もリョーマの中に熱を放った。
余韻を充分に味わった後は、2人でシャワーを浴びた。
シャワーを浴びながらも、手塚の悪戯な手はリョーマの身体をまさぐる。しかし、その度にリョーマにペシリと叩かれていた。
「ふー、さっぱりした」
手塚の家に泊まる事が多いリョーマは、手塚の部屋のタンスに自分用の引き出しがあるのだ。
下着だけを持ってシャワーを浴びたリョーマは、そこからTシャツとハーフパンツを取り出して着る。
「家に電話をするか?」
外がうっすらと赤みを帯びてきたのを感じ、時計を眺めた。
時計の針は、もう6時を過ぎていた。
そう言えばまだ家に連絡してなかったと、リョーマは慌てて携帯を取り出して電話を掛ける。
「もしもし、母さん?俺だけど、今日は手塚先輩のとこに泊まるから…うん、わかってるって、それじゃ」
プチとボタンを押すと、携帯をバッグにしまった。
「迷惑にならないようにってさ」
「とんでもない。むしろ、大歓迎だ」
特に彩菜はリョーマが来るのを待ち侘びている。
出された食事は美味しそうに食べてくれるし、ケーキやパイといったお菓子類もぱくぱく食べるリョーマは本当に可愛い。」手塚家の男連中は料理に対して感謝はするが、感想を述べる事も、喜んで食べる事も無い。
そんな時に現れたリョーマは、彩菜にとっては格好の獲物だった。
「リョーマ君は、本当に何でも美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ」
今日の夕飯はリョーマの大好きな和食。
茶碗蒸しに焼き魚。
暑いからと、冷たい素麺も用意しておいた。
リョーマは暑さなんて関係ナシと、ご飯も素麺も美味しく頂いた。
最後に出されたスイカも、しゃくしゃくと食べる。
その食べっぷりに、彩菜はまたもや満足した笑みを浮かべた。
「これだから、リョーマ君と食べるのは楽しいわね」
麦茶をコップに注ぎながら、楽しそうに笑った。
食後はのんびりと部屋で過ごす。
2人きりの時間は、何もしなくても幸せな気分になる。
リョーマはベッドに寝転がり、手塚が買っておいたテニスの雑誌をぱらぱらと読んでいる。
手塚は椅子に座り、読みかけだった小説を読んでいたのだが、不図、思い出したように椅子から離れると、ゴソゴソと何かを取り出した。
その様子をベッドからちらりと見るリョーマ。
手塚は馴れない仕種で何かを背中に隠し、ベッドに近寄った。
「リョーマ、花火しないか?」
こっそり買っておいた花火を、リョーマに見せた。
「何時の間に買ったの?」
しげしげと花火を見つめる。
実は今まで名前しか聞いた事が無いのだ。
リョーマは初めて見た本物の花火に、かなり興味津々だった。
「秘密だ」
人差し指を自分の口に当てた。
なんとも手塚らしくない仕種だったが、それがまた格好良く見えて、リョーマはほんのりと頬を染める。
「じゃ、やろっか」
リョーマは赤くなった頬を隠すようにベッドから身体を起こし、持っていた花火を受け取る。
「外に出よう」
リョーマの手を取り階段を下りていく。
その音に気付いた彩菜はリビングから顔を出して「どうしたの?」と聞いて来た。
「花火。おばさん達も一緒にどう?」
彩菜の質問に答えたのはリョーマだった。
ついでに手に持っていた花火を見せる。
「あら、ご一緒しても構わないのかしら?」
2人きりで行うと思っていただけに、手塚はリョーマの意外な誘いに少しだけ戸惑い気味。
「もちろんだよ、ね?」
手塚に「いいよね」と確認する。
「人数が多いほうが楽しいのだろうな…」
外と言っても、家の庭。
家族も含めての花火大会が始まった。
「楽しいね」
線香花火を片手にリョーマは手塚に話し掛ける。
パチパチと火花が舞い踊るのを、2人して眺めている。
「線香花火って小さいけどキレーだね」
リョーマは線香花火が気に入ったのか、束になっていたそれを一本ずつ大切そうに遊ぶ。
「面白いか?」
手塚はリョーマの横に座り、顔を覗き込んだ。
「うん」
返事は短かったものの、リョーマは楽しそうに答えた。
「俺にも一本くれないか?」
「ん、いいよ」
こうして、一緒に線香花火を楽しんだ。
「国光、これに火を点けてもいいかしら?」
彩菜が出した花火は、五連発の打ち上げ花火。
住宅街でこれはどうかと悩んだか、折角だからと受け取って、導火線に火を点ける。
少し離れて、打ち上がるのを見ていた。
ヒュルル〜と音を立てながら小さな火が夜空へ舞い上がり、パンッと小さいながらも花を咲かせた。
「わ、すごい。綺麗だね」
全員が夜空へ視線を向けていた。
夜空は夏の雨の予感をさせるように、どんよりとしていたけど花火はとても綺麗だった。
リョーマも手塚も夜空に咲いた花を眺めていた。
「まだ、一つあるわよ」
最後に残った打ち上げ花火を差し出され、この花火にも同じ様に火を点けた。
楽しい花火大会はその花火を最後に、静かに終焉を迎えた。
「楽しかった」
ごろごろとベッドの上を転がるリョーマ。
初めての花火で少々興奮気味だったが、「綺麗だった」と先程の光景を思い出している。
花火を終えた後、もう一度軽くシャワーを浴びて、リョーマはパジャマ姿になっていた。
手塚も同じ様に、パジャマ姿でエアコンの設定をしている。
寝冷えしない様にと、リョーマを気遣って。
手塚の心配りはリョーマの為にあるのだ。
「そうか、リョーマが喜んでくれて良かった」
エアコンのリモコンをベッドサイドに置くと、自分もベッドの上に乗る。
2人分の重みにギシリとベッドが軋んだ。
「国光…しよ?」
珍しくリョーマが誘いを掛ける。
こんな事はほとんど無いので、手塚は目を見開いて驚いた表情を浮かべる。
「…イヤ?」
返事が無いのを『否定』と感じたリョーマ。
「まさか…」
愛しいリョーマの誘いに乗らない手塚ではない。
嬉しそうに、リョーマの身体を抱き締める。
「珍しいな」
リョーマの唇にちゅっとキスをすると、意図を尋ねた。
「花火のお礼と…何か触れたかったから」
リョーマのセリフに、自分だけが『好き』では無い事を思い知らされる。
「嬉しいな」
パジャマのボタンを外しに掛かると、リョーマも手塚が着ているパジャマのボタンを外そうと手を伸ばす。
お互いの服を脱がし合い、どちらともなくキスをする。
エアコンで冷やされた室内では、抱き合っても肌はさらりとしていて、とても気持ちがいい。
「…はっ…」
リョーマのゆるく勃ち上がったものに手を添えると、ゆっくりと口に咥えた。
片手は胸元をまさぐる。
リョーマの肌はいつでも滑らかで気持ちがいい。
「…くに…みつ」
胸元の手を掴むと指先にそっと口付ける。
その仕種にリョーマは顔を上げた。
「お…れもする…」
のろのろと起き上がると、手塚を座らせた。
その中心は、リョーマの痴態を見て既に立ち上がっていた。
「リョーマがしてくれるのか?」
その言葉に手塚の中心に唇を寄せると、そっと先端に触れ、ドクドクと脈打つそれを、躊躇せず口に含む。
「…くっ…」
途端に、声を上げる手塚。
自分の施す幼稚な愛撫に感じてくれているのが、リョーマはたまらなく好きだった。
ちゅくちゅくと大きな手塚のものを扱うリョーマの顔は、なんとも言えない。
淫らに男のものを咥えるリョーマの姿。
小さな口に収まりきらないのか、手も使っている。
一生懸命な姿に、更に膨張するのを感じる。
「もう、いいぞ」
これ以上は、リョーマの中で感じたい。
「…ん…」
口から解放すると、それはリョーマの唾液と先走りの液体とが交じり合い淫らに濡れて光る。
リョーマの口元も同じ様に濡れていて、手塚は指先でそれを拭う。
「リョーマ、うつ伏せてくれるか?」
言われたとおり、リョーマは身体をベッドに横たえるので、手塚は腰に手をまわす。
そのまま腰だけを高く上げるようにすると、その下にクッションを置いた。
「気持ち良くさせてやるからな」
リョーマの双丘を広げ、まだ何も施されていない蕾に唇を寄せる。
その場所に舌を這わせると、途端にビクビクと身体が魚のように跳ねる。
「…あぁ…やぁ…」
きつ過ぎる快感に、リョーマはシーツを握り締め耐える。
手塚は舌と指を使い、ゆっくりと解しに掛かる。
その内に解れてきたのか、3本の指をすんなりと受け入れられるようになっていた。
「…いいか?」
だが、これ以上は手塚が我慢できないようで、切羽詰った声になっていた。
「うん…いい…よ」
リョーマの返事と同時に指を引き抜き、そのまま後ろから挿入した。
ほどよく解れた蕾に、先程とは違って一気に根元まで突き入れる。
リョーマは甘い息を吐き出して、手塚を貪欲に飲み込む。
「スゴイな…」
手塚に慣らされた身体は、与えられる快感に打ち震える。
片手をリョーマの前にまわして、きゅっと握りゆっくりと上下に扱う。
「あ…そんな…ダ…メ…イっちゃう…」
次第に激しくなる動きに限界を感じたリョーマは、少しだけ顔を手塚の方に振り向くと懇願する。
手塚にも余裕が無いのか、額や胸にうっすらと汗をかいていた。
「一緒にイこう」
腰を掴むと、緩やかな律動を激しいものにする。
「…い…あ…あああっ……」
「…くっ……」
最後に奥目掛けて突き上げると、2人は同時に熱を放った。
「…あ、熱い」
身体に流れ込んでくる手塚の熱に、リョーマは感じたままの言葉を紡ぐと、そっと瞼を閉じた。
「…くにみつ」
リョーマのくたりとした身体を、手塚はタオルでゆっくりと拭いていた。
本当はシャワーを浴びたい所だったが、もう少しこのままでいたいと言うリョーマに従い、ゆったりとした時間を過ごしていた。
「どうした?今日はやけに積極的だったな」
タオルをベッドの横に置くと、手塚もリョーマの横に寝転がる。
「…何か、哀しそうだったから」
寝転がる手塚の頬にそっと手を這わす。
頬に触れる指の動きは、まるで涙を拭い取っているかのようだった。
「…ッ…」
手塚はリョーマに、自分の心を読まれていたのを感じ、ギクリと身体を震わす。
「たまには…泣いたっていいよ」
リョーマは、そのまま手塚の頭を優しく抱え込んだ。
まるで母親が子供をあやすように。
「リョーマ…ありがとう」
リョーマの胸に抱かれ、その鼓動を直に感じると、心の中で泣いた。
手塚は部活を引退した事で不安だらけになっていた。
高等部と中等部に別れることによって、自分達の関係が終わってしまうのでは無いかと。
それとも、他に好きな人が出来てしまうとか。
いつもの自信に満ちた自分とは思えないほどに。
知らず知らずのうちに、考え方がネガティブになっていた。
それをリョーマはその身に感じ取り、手塚の不安を取り除こうと必死になっていた。
いつだって、仕掛けるのは手塚だった。
でも、リョーマもそれに負けないようにしていた。
手塚はリョーマが、とても好きだった。
リョーマは手塚が、とても好きだった。
2人は同じ時間を過ごしていた。
それをいつまでも感じていたいと願っていたのは、手塚もリョーマも同じ。
手塚は自分の想いが、リョーマの負担にならないか心配だった。
リョーマは、自分の想いが手塚に届いているのかが不安だった。
互いの事を信じているが、不安は消える事が無かった。
しかし、リョーマは幼いながらも手塚に安らぎを与えようとし、手塚はその安らぎを受け止めた。
「いつまでも、お前と一緒にいたい…」
手塚はリョーマの胸の中で、本音を打ち明けた。
「…俺も、国光の傍にいたい」
リョーマも手塚に、自分の想いを打ち明け、手塚の髪をやんわりと撫でた。
それはとても気持ちが良く、素直に受け入れた。
こうして手塚の心はリョーマによって満たされるのだ。
「そろそろ、シャワー浴びようか」
「うん」
リョーマの腕の中はとても気持ち良かったが、リョーマの体内には自分が吐き出した体液が残ったままだ。
このままにしておくのは、もちろん良くない。
自分はパジャマを着ていたが、リョーマはまだ裸のまま。
ちらりと見ると、自分が付けた華が身体のあちこちに咲いていた。
それは、首筋や胸元にはもちろん、足の付根のきわどい場所にまで。
しまったなと思いながら、リョーマを大きめのタオルで身体を包むと、ふわりと抱き上げてバスルームに運んだ。
抱き締めたまま、シャワーを掛けてリョーマの体内に残っている体液を掻き出す。
リョーマは手塚にしがみついたままでいたが、体内を弄る指の動きに、消えかけていた熱がよみがえるのを感じていた。
「…はぁ…」
耐え切れない吐息が、手塚の耳元を擽る。
その息は再び手塚の欲望に火を点ける事となった。
「リョーマ…いいか?」
すっかり勃ち上がってしまった自身に苦笑い。
それをしっかり見てしまったリョーマは、少しだけ呆れたように言う。
「…イヤって言ってもするんでしょ?」
バスルームにリョーマの甘い声が響くのは、その数分後だった。
連続しての行為に、すっかり身体の自由が利かなくなってしまったリョーマの身体を、手塚は優しくゆっくりと隅々まで洗い上げ、連れて来た時と同じ様にタオルに包んで、部屋に連れて行った。
「…ねむ……い…」
その頃にはリョーマは睡魔に襲われていて、ベッドに横たえた直後には寝息が聞こえてきた。
規則正しい寝息は、完璧に熟睡している事を示していた。
「おやすみ、リョーマ」
手塚もベッドに入ると、既に夢の中の住人になっているリョーマを抱き締めて眠る事にした。
「本当に雨…」
次の日、窓を叩き付ける雨音に目を覚ましたリョーマは、
少しだけ起き上がると、外の様子を伺う。
外はかなりの土砂降り状態だった。
どうやら昨夜言った通り、部活は休みになりそうだった。
「言った通りだろう」
まだ眠っていると思っていた手塚が、リョーマを背後からふわりと抱き締めた。
「起きてたの?」
突然抱き締められたリョーマは、嫌がる事もなくその抱擁を受け止める。
「おはよう、リョーマ」
「おはよ、国光」
ベッドの中で朝の挨拶を交わす。
雨が降った事により部活は中止だと、リョーマの携帯が鳴ったのは、それから1時間後の事だった。
「これで1日中一緒にいられるな」
頬に口付ける。
「何しよっか?」
リョーマもお返しにちゅっと頬にキスをすると、とりあえず身支度を済ませようと決めた。
少し遅めの朝食を食べてから、再び部屋に戻る。
「本当に何しようか?」
未だに予定が決まらない。
手塚も悩んでいた。
映画もいいけれど、外は雨。
出掛けるのが少し億劫だ。
「ねぇ、国光の写真が見たいな」
本当に唐突にリョーマは、今まで撮った写真を見せて欲しいと強請った。
「あまり持っていないが。今のか、それとも幼い頃からのか?」
「どっちも」
リョーマは悪戯っ子な笑みを浮かべて、手塚の頬に口付ける。
そのキスは「写真を見せてくれたお礼の先払い」と話した。
可愛い仕種に、手塚は仕方なさそうに写真を取り出した。
「…こんな写真いつのまに?」
リョーマは楽しそうに幼い頃の写真から、最近の写真を見ていた。
しかし、ページを捲る指は、あるページを開いた事により、ぴたりと止まった。
そのページには、試合中のリョーマの写真があった。
サーブを打つ瞬間や、決まった時の嬉しそうな顔。
自分では見る事が出来ない表情が、そこには溢れていた。
どの写真も的確なアングルで、リョーマの表情が綺麗に写っていた。
「不二の作品だ」
リョーマの慌てた姿に対し、微笑みながら説明する。
「だって、これ、全国大会の…」
そう、そこに写る自分は、全国大会のものだった。
手塚も不二も選手だった。
不二にそんな暇があったのかと、疑問に思う。
目を凝らして、しげしげと写真を見つめる。
「大変だったらしいぞ」
俺にとっては良い記念になったと、その時の事を思い返して微笑んでいる。
大勢の観衆の中で、こっそりカメラを構えるのは本当に大変だったに違いないが、大事な試合中に何をしていたんだと、怒りも覚える。
「なんで、俺に教えてくれないの」
写真を撮ったのは許すけど。
でもどうして写真を撮った事を、教えてくれなかったのかを尋ねる。
「隠し撮りだからな。話したらつまんないだろう」
リョーマの肩を抱き、自分のほうに引き寄せる。
その写真は手塚にとっての『保険』だった。
リョーマと自分が、共に戦っていた証として。
いつまでも忘れないように。
決して色褪せないように。
もしも、この胸から消えかけたとしても、この写真でいつでも思い出せるように。
たとえ別れたとしても、忘れたくない思い出として。
いや、忘れたくないから。
「まだ…不安?」
黙って聞いていたリョーマは、手塚に問い掛ける。
「少しな…」
胸の中にいる愛しい存在をきつく抱き締める。
不安は消えない。
消えては浮かび、絶えず手塚の心を揺さぶる。
たとえリョーマからの安らぎを受けたとしても、いつでも心に浮かび上がる。
「…俺は、『ここ』にいるよ」
それならば、いつでも安心させてあげよう。
リョーマは時間を掛けてでも手塚の不安を取り除く事を決心した。
「…リョーマは優しいな」
柔らかな髪にそっと触れる。
髪の一本から爪の先まで、リョーマを創る全てが愛しいかのように優しく、柔らかく。
「優しいのは国光のほうだよ」
お返しと、口元にキス。
その日は手塚の部屋で過ごすと決めて、室内でじっくりと愛し合った。
窓を叩く雨音だけが部屋に響いていた。
ただ見つめ合う。
時には口付けを交わす。
他愛のない話を繰り返す。
『こんな日もたまには良いね』
お互いがそう思っていたと気が付いた時は、顔を見合わせて笑った。
本当に幸せな一日だった。
「今日はありがとね、国光」
夕方になってようやく雨が上がると、手塚はリョーマを家に送って行った。
「こちらこそ、いろいろとありがとう」
最後にリョーマの額に口付けてから手塚は自宅へ帰り、リョーマは自宅へ入る。
この瞬間が一番寂しいと感じるのは、2人とも同じ。
「一体何だろ、コレ?」
手塚は別れ際にリョーマにある物を渡した。
それは和紙で出来ている封筒だった。
中には紙のような物が入っているのは一目瞭然。
部屋に入るとベッドの上に座り込み、封筒をいそいそと開くと、その中には数枚の写真。
全てに手塚だけが写っていた。
誰が撮ったのかなんて訊く必要は無い。
服装は学生服からユニフォーム、そして普段着まで。
じっと写真を見つめる。
「…保険ってコト?」
不図、部屋で聞いたフレーズを思い出した。
何故だか腹が立つのに笑える。
「あんまり信用されてないのかな…」
少し哀しいけど、写真は嬉しい。
自分にもこっそりと撮った写真があるのを、手塚は知らない。
当たり前だろう。
これこそ隠し撮りといった写真だからだ。
ベッドから立ち上がり、机の引き出しから大切そうに入れてあった写真を取り出して、今度はベッドに寝転がった。
そこに写る手塚は、レギュラージャージ姿。
しかも後ろ姿から少しだけ横顔が見えるだけのもの。
「これより、いいか」
自分の持っていた写真と比べて、出来の良すぎる写真。
その写真をいつもはカルピンの写真が入っているパスケースに、こっそりと入れた。
誰からも見えないように、自分だけの物だと言わんばかりに。
「俺は…保険じゃないよ」
顔のアップが写っている写真にそっと唇を寄せる。
その写真の恋人の仏頂面だけど、この顔もすごく好き。
…誰にも見せたくない…独占したい。
「…大好きだよ…」
夢だってみるよ。
普段ではありえない綺麗な微笑を浮かべている手塚国光の夢を。
…こんな夢を見るくらい好きなんだよ。
いつかは一緒に暮らしたいな、なんてね。
恥ずかしくて、馬鹿馬鹿しくって、こんなコト言えない。
子供っぽい考えだよね。
だっては…国光は、こんな俺の思いを知らないから。
話したら不安は消える?
哀しい笑顔はしなくなる?
ねぇ、国光?
「あれ?」
気付くと、既に朝を迎えていた。
どうやら写真を抱き締めたまま眠ってしまったらしい。
「変な夢…見ちゃったな。うわっ、こんな時間」
時計の針は、見たくない時間を示していた。
今日は、とても良い天気だから部活は当たり前にある。
「やっばい、遅刻だ」
慌てて着替えて、身支度を整える。
「リョーマ、朝ご飯は?」
「これだけでいい」
準備されていた朝食のパンをまるで漫画のように口に咥えなから、バッグを抱えて家を飛び出した。
「…よし、今日こそ言おう」
リョーマの心にある決心が付いた。
その事をシュミレーションしながら、ブツブツと小声で呟く。
遅刻常習犯のリョーマだからこそ、遅刻覚悟で学校まで歩いて行った。
「越前〜。少しは、早く起きろよ」
何とか遅刻ギリギリで学校に着いたリョーマは、部長である桃城の説教を受けていたが、リョーマはその言葉を右から左に流していた。
強さも半端じゃなければ、態度も半端じゃない。
これが、越前リョーマだから仕方無いと諦めてしまうのは毎度の事。
「あーあ、ここに手塚先輩がいたら…」
桃城は大袈裟に、はぁーと大きな溜息を吐き、リョーマは突然出て来た恋人の名前に眉を顰める。
「…何でそこに手塚先輩が出て来るんすか」
じろりと桃城を睨む。
「お前、あの人の言う事なら聞いてたじゃねぇか」
桃城は手塚と自分が付き合っている事を知っている。
しかし、どんな関係なのかまでは知らないようだ。
「あ〜あ、戻ってきて欲しいよなぁ」
何気ない桃城の一言だった。
その言葉にリョーマの身体は、ぜんまいが切れたブリキの人形のように固まっていた。
「おい、越前?」
不意に肩を揺さぶられ、はっと気付く。
無意識のうちに考え込んでいたようだ。
「何でもない…グラウンド走ろうか?」
いつもの自分に戻る。
戻らなくてはダメだと言い聞かせて。
「…いいから、早く練習してくれ…」
桃城は普段通りの小生意気な発言に、ガックリと肩を落とすと、コートへ向かって行く。
「はいはい、桃城部長」
その後ろを歩きながら、最後に嫌味を含めて桃城が嫌がる呼び方をする。
「うわっ、その言い方…やめてくれ」
本気で嫌がる桃城に笑いを堪えきれない。
「コラァ、桃城、越前。早くしないか」
竜崎の大きな声がコートに響き渡った。
この日の部活は、この後の事ばかり考えていた割にはしっかりやれた気がする。
条件反射のように身体が動いてしまうから仕方が無い。
練習が終り、コート整備を終わらせると、リョーマは校門では無く、校舎へ向かい歩いて行った。
「ちいーす」
部活が終わると、手塚達が勉強会を行っている図書室に顔を出す。
「越前。部活、お疲れ様」
大石は、リョーマに労いの言葉を掛ける。
そのまま、指定席となっている手塚の横に座る。
「今日は越前に教えてもらうか」
「そうだね」
大石と不二が確認しあうと、勉強会の内容をリョーマに伝える。
「今日は英語なんだ。これは越前の方が得意だからな、練習後で悪いと思うけど、いいかな?」
「俺ならいいっすよ」
英語なら今日は楽だ。
テキストを見せてもらい、中をパラパラと捲り、文章を読んでみて確認する。
このくらいのレベルなら、リョーマには簡単すぎる問題ばかりだった。
「じゃ、始めましょっか」
「おチビが先生か〜」
いつもより楽しそうだと菊丸は喜ぶ。
但し、その喜びは勉強会が始まると消え失せていた。
勉強会はスムーズに進んでいた。
リョーマの流暢な英語には、学年1位の大石ですら少し考え込む場面もあった。
不二も「いい勉強になるよ」と感心している。
菊丸はパニック状態に陥りながらも、懸命にノートに書き込んでいる。
手塚はマイペースに勉強をしていた。
その時、不意にリョーマは手塚の腕を突っつく。
何だろうと、手塚は視線を隣のリョーマに向ける。
自分を見つめるリョーマの視線に気付くと、リョーマは自分のノートの端に何やら書き込んでいた。
確かめてみれば、『帰り残ってて』とだけ書いてあった。
手塚はリョーマを見つめると、言葉は無く首だけを縦に振った。
その後は何事も無かったように勉強会に戻った。
1時間後、勉強会の終わった図書室に手塚とリョーマだけが残っていた。
「何かあったのか?」
珍しいリョーマの態度に、部活で何かあったのかと心配になっていた。
「ううん、ちょっと言いたい事あって」
「言いたい事とは?」
「そう…言わなきゃいけないんだ」
暫く間、2人の間を沈黙が包む。
数分後、リョーマはぐっと拳を握り締め、手塚と視線を合わせる。
そして、その口をゆっくりと開いた。
リョーマは自分の想いを全て手塚に伝える。
手塚はリョーマの言葉の一つ一つに反応を示す。
知らなかったリョーマの本音。
知ってしまったリョーマの本音。
手塚の心に暖かい何かが流れてくる。
それは“越前リョーマ”と言う名の精神安定剤だった。
「そこまで、俺の事が好きなのか?」
全てをその身に受け止めた手塚は、リョーマの想いの深さに驚きを隠せないでいた。
嬉しい反面、そこまで思い詰めていたリョーマに少なからず驚いたのだ。
今まで、自分の想いの方が強いと考えていただけに。
手塚の反応に思わず笑みが零れる。
「うん、知らなかったデショ」
すごく好き。
誰よりも好き。
想いは同じなのだと知って欲しかった。
「ありがとう、リョーマ」
立ち上がったリョーマを追うように立ち上がり、正面から抱き締める。
「少しは不安無くなった?」
手塚の顔をそっと下から覗き込んだ。
これが、一番心配の種。
まだ心配が残るようであれば、どうしようかと。
「不安なんてどこかに吹き飛んでしまった」
こんなに想ってくれる相手と巡り会えた奇跡に感謝する。
抱き締める力を少しだけ強くする。
リョーマも手塚の背中に手をまわすと、同じ強さで抱き締め返す。
「リョーマの気持ち…全て受け取った。俺はお前を絶対に離さない。もう逃げられない。それでもいいのか?」
手塚は視線をリョーマから外さずに確かめる。
「国光は俺から離れられないよ。逃がさないから。ううん、逃げさせないから」
小悪魔な笑みを見せる。
「いつか…俺と一緒に暮らそう」
「うん」
少しだけ夕焼けで赤く染まった図書室の中で、しっかりと抱き合った。
「愛している、リョーマ」
真剣な眼差しで告白をする。
「俺も大好きだよ」
それをリョーマも真剣に受け止める。
お互いの気持ちが固まった今、2人を不安にさせるものは何も無くなっていた。
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