ココロのコエ




想いを伝える方法はいくつかある。

まずは言葉。
時に傷付ける場合もあるが、手段としては最適だ。
それと文書。
間違えさえなければ、かなり有効手段だ。
そして態度。
これは難しいが、相手に自分をアピールするのには効果覿面だ。
ただし、これすらも使えない不器用なタイプがこの世の中にはいるのだ。
その前に『恋愛』を真剣に考えるなんて事があるのか?
思い思われ恋焦がれ。
そんな気持ちになる時は来るのだろうか?
それは、まだ先のこと…。


心地良い緩やかな風と暖かな日差し。
木々はその風を受け、眠りを誘う子守り歌のように揺れていた。

「ふわ〜、ねむ…」
1年2組の越前リョーマは、午後の授業を昼寝と決めこんだ。
理由は午後の授業は英語とクラブ活動のみだからだ。
帰国子女のリョーマにとって、中学校に英語の授業なんてつまらないものだった。
担当の教師より流暢な発音であり、教科書以上の豊富な知識。
中学生レベルでは、退屈なだけだった。
こういう訳なので、英語の授業は寝ていてもノープロブレム。
そしてその後のクラブ活動は、といえば。
これは部活と違ってコミュニケーションを図るのが目的の為、たとえ休んでも成績には響かない。
とにかく、クラブは個人の自由参加なのだ。
リョーマは数多いクラブの中で、『英会話』を選択していたのだ。
何事においても時間の無駄は無いようにしている。
意外と知能犯なのだった。

英語の授業が終わり、クラスメイト達はクラブ活動へ行く為に移動する。
「越前…は寝てるよな」
同じテニス部仲間達は、「触らぬ神に祟りなし」とそのままにして出て行く。
リョーマの寝起きは、かなり不機嫌だ。
それはそれは、恐ろしいほどに。
その出来事を目の当たりにしたクラスメイト達は、二度と起こさないと一致決断していた。
ほとんどが教室から出て行く中、上級生と思われる人物が開いていた扉から入って来た。
「あれ…手塚先輩だ」
生徒会会長でテニス部の部長である手塚はスタスタと教室の中を歩いていく。
目線で追っていくと、リョーマの前でピタリと止まった。
まさか、越前を起こすのか?
数人の生徒が慌てて止めようとするが、手塚は視線だけで下級生の動きを止める。
「越前…起きるんだ」
そして、平然とした顔でリョーマを起こしに掛かった。
自分に掛けられた声にピクンと身体が反応する。
「…ん〜…何だよ?」
「…起きたか…」
リョーマはゆっくり頭を上げると、自分を起こした相手を見上げた。
「あれ?手塚部長…何でここに?」
「…クラブの時間がたまたま同じになった」
クラブ活動は一年から三年生まで必ず時間割に組み込まれている。
時間割にはほとんど変更が無いが、まれに例外がありクラブ活動が一緒になったりする。
「へー、それで?」
「お前のことだからサボタージュするだろうと思って迎えに来れみれば、案の定だったな…」
仕方ないから迎えに来た。
リョーマの性格は部活において、重々承知していた。
生意気で、いつも偉そうで、口も達者だ。
だか、何となく気になるのだ。
この気持ちが何なのかわからないが、とりあえず行動してしまった。
それは、一度や二度ではない。
リョーマの方も当初はかなり衝撃的であったが、今は慣れてしまっていた。
「じゃ、部長が迎えに来てくれたんだから今日は行こっかな」
リョーマは、先輩であり部長である顔を立てる為に、今日はクラブに行く事にした。
ごそごそと、机の中からノートとペンケースを取り出した。
全く必要無い装飾品なのだが。
「行くぞ」
「はいはい」
「…返事は一回でいい」
「はいはい、ワカリました」
「越前…」
そんな漫才みたいなやりとりを、しっかり見てしまったクラスメイト達。
「…嘘みたい」
ポカ〜ンと口を開けて、姿が見えなくなるまで眺めていた。

「あら、今日は越前君。来てくれたのね」
英会話クラブは視聴覚室を使う。
扉をガラリと開けてみれば、既に数多くの生徒が席に座っていた。
クラブを担当する教師は、英語の教師ではないが、なかなかのものだ。
まだ若い女の教師は、リョーマの姿を見て感激していた。
自分よりよっぽど、英語の力が上のリョーマが来てくれた事に安心していた。
「一番前しかあいてない」
「いいから、早く座るんだ…」
仕方なくその席に座ると、始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。

「本日のテーマは、『愛の告白』です」
にこやかに伝える教師の顔には、悪気は全く無い。
「え〜、そんなの恥ずかしい」
「止めてくれよ、先生ー」
生徒達は、与えられたテーマに顔を赤面させたり、本気で嫌がっていた。
ブーイングの中、リョーマはやっぱり「つまんない」と口を尖らせていた。
でも…。
不図、考える。
無愛想で有名はこの部長でも、そんな事言ったりするのか?
「…部長はどうっスか?」
隣に座っている手塚にこそこそと話し掛ける。
どうやら、悪戯心に火が点いたみたいだ。
「くだらないな…」
どうやら、こちらは本気で嫌がる方の仲間だったようだ。
結局は、普通の会話になってしまい、教師は「がっかりだわ〜」と真剣に悔しがっていた。


「部長って、どうして俺なんかを誘うんスか?」
授業が終わると次は部活の時間。
初めに、ストレッチなどの基礎体操から。
二人一組で行うストレッチに、手塚はどういう訳かリョーマを誘う。
「…さぁな」

たった一言で、リョーマの質問に答える。
この人が何を考えているのか全くわからない。
見当もつかない。
俺は、結構前から好き…なんだけどね。
ま、そんなの言えないけどさ。

手塚の後ろ姿をほんの少しだけ、熱い視線で見つめてみた。
「気付くワケないか…」
諦めてラケットを握りしめ、軽く打ち合う事にした。

「最近、おチビと仲良しさんだにゃ〜」
同じコートにいた菊丸は、素早い動きで手塚に近寄って喋り掛ける。
「…気のせいだろう」
手塚の返事は、いつもと同じ無愛想なもの。
菊丸は全く気にしないで、手塚の肩に手を掛ける。
「またまた〜、手塚はおチビの事…好きなんだにゃ?」
「なっ!」
突然掛けられた言葉に、手塚は驚きを隠せない。
「ありゃ?図星」
全くの冗談のつもりだったのに、意外な反応にこちらも驚いた。
にんまりと怪しげな笑顔にする。
「そうだったんだ〜」
イヒヒと笑い楽しそうにする菊丸を、手塚は眼鏡の奥から睨んでいた。
おかげで今日の手塚のテンションはかなり低いもので、周りの者達を無意識に威嚇していた。


「何か、怒ってるの?」
帰り道、リョーマは手塚と歩いていた。
手塚は部長として部誌を書き終わってから帰るのだが、何時の間にかリョーマが手塚を待つようになり、そのまま一緒に歩いて帰るようになった。
だからといって、別に会話をするわけでもなく、ただ歩くだけ。
滅多に話さない帰り道で、リョーマは話し掛けた。
「…別に何も無いが」
手塚の返事は簡単なものばかり。
自らの事を話す事はほとんど無い。
「部長っ」
今日に限っては、何故か一歩先行く手塚の腕をリョーマは呼び止めるかのように後ろから掴んだ。
「越前、危ないだろう」
いきなりの行動に、手塚は驚いてその歩みを止めて、振り返りざまリョーマと向き合う。
「俺…あんたのコト…好きかもしんない」

何も言わないのなら、自分から言ってしまえばいい。
それで、この関係が変わるのなら。
この微妙な関係が良い方向に行くのか、悪い方向にいくのか、それは判らない。
でも、伝えたらどうにかなるかもしれない。

「…菊丸にお前の事…言われた」
手塚はリョーマを見つめたまま、静かに口を開いた。

自分でも理解し難い想いが心にある。
それが、何なのか自分では解らなかった。
一緒に居れば答えが見つかりそうな気がしていた。
ただ、その想いは知らない間に大きく膨れ上がっていた。

「それで?」
リョーマは、少しだけ期待を胸に手塚に続きを言うように急かした。
過剰な期待をしてはいけない。
この人は、不器用な人なのだ。
でも、少しくらい期待してもいいのかなんて思っていると、手塚はややあってから口を開いた。
「……言いにくいな」
手塚は口に片手を当てて、照れたような口振りだ。
「言葉には出せない?」
ならば、心の中はどうなのだろうか。
その理解し難い想いとやらを、聞き出したい。
「ね、手…繋ごう」
リョーマはそっと右手を差し出す。
その手をじっと見つめ、覚悟を決めて握り締める。
「…いたっ」
手塚は思わず力一杯握ってしまい、リョーマは顔を顰める。
「あっ、すまない」
途端にぱっと手を離してしまう。
ほんの少しだけだったが、お互いの体温が伝わった。
「…俺、あんたのコト…もっと知りたい」

少しだけ、気が付いた事がある。
緊張すると、手にも汗をかくよね。
…ちょっと、湿ってた。
部長でも緊張してるんだ。

「…俺の事を、か?」

こいつは知りたいと言う…俺の事を。
俺も知らない、俺自身の心を。
『またまた〜、おチビの事…好きなのかにゃ?』
『俺…あんたのコト…好きかもしんない』

突如、脳裏に浮かんだ菊丸のセリフと先程のリョーマの告白。

「あぁ、そうか、そういう訳か…」
こんな簡単な事に今漸く気が付き、手塚は薄っすらと笑みを浮かべる。
「あっ、笑った…」
リョーマは、初めて見た手塚の笑顔につられて自分も笑顔を向けた。
「俺は自分でも不器用だってわかっている」
でもこれだけは言わなくてはいけない。
この笑顔を見せられたら、自分のプライドなんてどうでもいい。
「…頼むから、笑わないでくれ」
「笑わないよ、絶対に」
少しずつ、言葉を選びながらリョーマに想いを伝える。
それをリョーマは黙って聞いている。

もどかしい気持ちで過ごしていた日々が、信じられない。
この人、言わないだけで本当はかなり…。

「…俺もお前が好きだ」
最後の最後に心の底に秘めていた想いを声として吐き出す。
「うん、俺も好き」
もう一度手を繋ぎ、帰り道をゆっくり歩く。
手塚の初めてとも言える恋は成就された。
初めての告白も受け入れられた。
全てが順調にいくとは限らないのが恋だけど、今の2人は幸せ一杯だった。
次の日からの2人の関係は、告白したにも関わらず今まで通りだった。

「最近、機嫌がいいよね」
部活中の手塚の様子を、不二は話し出した。
それに賛成するのは、レギュラー達。
「微妙なんだよな〜、何かあったのかにゃ」
「でも、他の人にはわからないだろうね」
身近にいるからその変化に気付く。
そのくらいの僅かな機嫌の変化だった。
「何、やってんスか」
遅刻の罰でグラウンドを走ってきたリョーマは、こそこそと内緒話をする先輩達の輪に混ざる。
まだ手塚はいないから、少しくらいは話していても平気だろう。
「最近の手塚を見てどう思う?」
不二はリョーマに先程までの会話の内容を話し、リョーマの意見を伺う。
「どうって至って真面目で面白くないって思うっス」
「越前らしい答えだね」
「本当にお前らしいよ」
「あ、手塚が来た」
手塚がコートに現れた事で、何事も無かったかのように散らばった。
まさか、自分と手塚が付き合っているなんて思わないだろう。
リョーマは誰にも見られないように、下を向いて笑い、渦中のの人物の元へ向かった。
「部長、俺と打ちませんか?」
「…あぁ」
「先輩達、不思議そうにしてたッスよ」
「…別に気にしない」
葉の変わりにボールを打ち合う。


たとえば、心を覗けるメガネがあったら見てみたい。
きっと赤面するような想いが、胸一杯に溢れているに違いない。
でも、心の声は自分でも気付かない本音の声。

2人の恋は、ゆっくりとであるが、しっかりと育まれていくのだった。



まだリョーマ総受けの頃に、海リョで作ったものを手リョに変換し直して見ました。
うん、笑えるほど違和感が無い。