パーセンテージ



疲れた後には甘い物。
これは糖分に含まれるブドウ糖が身体を動かすエネルギーになるからで、脳の働きにも欠かす事が出来ないもの。
だからって食べ過ぎは駄目なんだけどね。


「今日はコレ持って来た」
じゃーんと、バッグの中から取り出した箱を見せ付けるように前に差し出した。
「あー、これネットで見たっすよ。俺が行ってるコンビニはまだ売ってなかったのに、どこで買ったんすか」
「買ったんじゃないんだにゃ〜。これは親父が発売前に手に入れたんだよーん」
菊丸の父親の職業は新聞記者。
そのお陰なのか、まだ巷では売られていない品物を発売前にゲットしていた。
「新発売なんだって。知ってた、越前?」
「知らないっス」

練習が終った後の部室の中は、ちょっとしたお菓子の評論会になる。
会の参加者はほとんどが菊丸と桃城の2人だが、時々ゲストが加わるのだ。
本日のゲストは不二とリョーマの2人で、不二は菊丸に捉まり、リョーマは顧問に報告に行っている手塚が戻ってくるのを待っていたから、「来るまで暇だろ?」との誘いで参加していた。
「桃は何を持って来たんだよ」
「俺はこれっすよ」
と、コンビニの袋から数種類のチョコレートを取り出した。
「えっと、ミルクチョコレートにビターチョコレート、それからカカオ72%とカカオ86%とカカオ99%…って、チョコレートばっかじゃん」
ズラリと並んだ物は同じメーカーのチョコレート達。
何が違うのかと問われれば、答えは1つしかない。
「でも、カカオ分が違うんすよ。ちょっと食べ比べてみたいって思わないっすか?」
「思わな…」
「うん、桃の言うとおり、ちょっと気になるね」
菊丸が反対の意見を言おうとしていたのを邪魔するように、不二がにっこりと微笑みながら賛成意見を述べた。
「越前はどうなんだ?」
「俺っスか?別にタダなら何でもイイっスよ」
「ふふ、流石は越前だね」
こんな訳で菊丸の意見はまるっと無視して、チョコレートの食べ比べ会を開催した。


「うへっ、こんなのチョコレートじゃないや」
「俺も賛成っす。不味いっすね」
「僕は平気だけど。そんなに不味いかな?」
「…不二先輩の味覚ってどうなっているんスか」
初めに口にしたのは、この中では1番カカオ分が高い99%のチョコレートだった。
甘味なんてどこにも無い。
苦味といつまでも口に残る食感に3人は美味しくないと判断し、不二だけは美味しいと普通に食べていた。
「乾の野菜汁を平然と飲むだけはあるよな〜。やっぱり不二ってスゴイにゃ〜」
「え、だって美味しいじゃない」
「不味いっすよ。次の食べましょうよ」
「そうだにゃ……うーん、これはまだマシだけど、やっぱり何かな〜」
「こっちも苦いっス」
次は86%を口にするが、ほんの少しだけ甘味はあっても苦味分がまだ高く、中学生味覚の3人には不評だった。
「それにしても、こんなチョコレートが売れるのか〜」
信じられないような顔でパッケージの成分などを読む。
「チョコレートを食べるのは子供だけじゃないからね。それに、最近はチョコレートに含まれているカカオポリフェノールが身体に良いからって、こうして色んな種類が発売されたんだろうね」
「乾先輩に言ったら、大量のデータが出そうっすね」
「データって言うより、ウンチクかもよ」
「あ、なるほど。こらっ、おチビ、勝手にミルクチョコレート食べるな」
「チョコレートは甘い方が美味いっス」
3人が高カカオチョコレートを食べている中、リョーマは苦味から逃れる為にミルクチョコレートを食べていた。
「越前にはまだ早かったかな?でも、手塚だったら99%でも普通に食べそうだよね」
「あー、手塚部長なら有り得るっすね」
「手塚ってコーヒーも紅茶も砂糖入れないもんな。紅茶なら何とか飲めるけど、ブラックコーヒーなんて絶対にムリ!」
「手塚にも食べさせてみたいね」
こうして、話題はここにはいない手塚の話になりつつあった。


「何だ、まだ残っていたのか」
手塚が戻って来た頃にはチョコレートの包み紙や箱は姿を消していて、傍から見れば談笑していただけに感じられた。
「僕達はもう帰るよ」
「お疲れっす」
「後は頼んだぞ、おチビ」
何の事かわからない手塚は、最後に出て行った菊丸の姿を訝しげに眺めていたが、リョーマに訊ねればいいかと、すぐに視線を移動させた。
「先輩達とおやつ食べていたんだけどね」
言いながら、リョーマは袋に中にしまっておいたチョコレートを取り出した。
「チョコレートか」
「そ、カカオ分が全部違うんだよ。先輩達が国光に食べさせてみたいって残したんだけど…食べる?」
全てが一口か二口だけ残っているチョコレート。
甘い物が得意では無い手塚は、暫し悩んだ末、手を伸ばした。
「…これは?」
「これはカカオ72%だよ」
包装紙に包まれているチョコレートを摘んで、リョーマにカカオの含有量を訊ねると、包装紙を広げて口に中に入れる。
味わうように咀嚼して飲み込む。
「どう?」
「それほど甘くないから平気だな」
「じゃ、こっちは」
と、リョーマは99%のチョコレートを手塚に渡す。
「これは?」
「99%だよ。俺と桃先輩と菊丸先輩は、駄目だったけど不二先輩は普通に食べてた」
少し前に食べた時の味と食感を思い出したのか、あからさまに嫌な顔をするリョーマに、苦笑すると99%を口に入れた。
「どう?大丈夫?」
「…チョコレートとして食べるには少し厳しい気もするが、食べられるぞ」
率直な意見を言えば、リョーマは携帯を取り出してメールを打ち始めた。
恐らくは先に帰ったうちの誰かに結果を報告しているのだろうが、それさえ終わればあの3人との係わりが無くなり、2人の時間を満喫できる。
メールのやり取りをしているリョーマをそのままにしておいて、先に着替えを始めた。
「……国光は『不二先輩よりも常識人かもしれない』だって」
「誰だ、そのメールの主は」
このまま聞き流しても良かったが、嫌味のようなものが含まれている気がして、手塚はメールの主を問う。
「菊丸先輩」
「菊丸か…」
こんな事で罰走をさせるほど心は狭く無い。
それに不二達と一緒にいるのなら、今頃は不二の手によって制裁を与えられているだろう。
ご愁傷様だな、と心の中で手を併せておいた。
「それで、リョーマがどこまでなら許せたんだ」
「どこまでって、ミルクチョコレート以外はダメなんだけど」
ビターチョコもリョーマの中では有り得ないもの。
やっぱり、チョコレートは甘い甘いものが1番。
「ミルクチョコレートか…これか」
まだ口にしていなかったミルクチョコレートの包み紙を広げて摘むと、リョーマの口元に差し出す。
「国光?」
「食べないのか?」
「国光は食べないの?」
甘い香りが鼻孔を擽る。
「俺が食べると思っているのか?」
「思わないけど…」
「ならば溶ける前に食べてくれ」
指で摘んでいるから、体温で溶けてしまう。
ドロドロになったチョコレートの行く末は、ティッシュで拭かれてゴミ箱行きになる。
「じゃ、いただきます」
捨てるくらいならと口を開けると、手塚は指ごと口内に入れてくるので、ほんの少し迷ったが指ごと唇で挟んだ。
ゆっくりと唇の合間からその指を引き抜くと、溶け出したチョコレートが付いた指先を見やり、舐めた。
「…甘いな」
「だって、ミルクチョコレートだよ」
「リョーマの味もするからな。特別に甘い」
「もう、国光ってば」
ほわりと頬を赤くするリョーマ。
手塚は口角を上げると、すっと顔を近付けた。
「もう少し味わってもいいか?」
「…何を?」
「そうだな。カカオ分0%のリョーマかな」
「俺はチョコレートじゃないよ」
くすくすと笑うリョーマは、両腕を手塚の首の後ろにまわして目を閉じれば、手塚は両腕をリョーマの腰にまわして、もっと顔を近付けた。
ミルクチョコレート味の甘い甘いキス。
「…甘くない?」
「甘いが、この甘さは嫌いではないぞ」
そうしてまたキスをした。


キスはミルクチョコレートよりも甘い。
身体に良い成分は0%でも、心に良い成分は100%なのだ。
これならどれだけ口にしても問題は無かった。




久しぶりの更新です。
とある方から甘い話が好きと言われたのと、父親がパチンコの
景品で貰ったチョコレートからネタが浮かび、作ってしまいました。