愛のカタチ




冬本番ともなれば頬に当たる風は冷たく、吐き出す息も白い。
厚いコートやマフラー、手袋などで完全に防寒をして人々は街を歩く。
上を見上げてみれば、どんよりとした分厚い雲。
今にも白い結晶が落ちてきそうなほどに暗く、こんな日は暖かい家でゆっくりと過ごすのに限る。


「…クリスマスパーティー?」
「ああ、不二の家で行うらしいが、どうする?」
「どうするって言われても…」
暖かくした室内で冬休みの課題を進めているのは手塚とリョーマ。
まだ冬休みに入ったばかり。
けれども、この天候だから部活の練習は午前中で撤収となり、リョーマはバッグを担いだままで手塚の自宅に訪れていた。
暖かく出迎えてくれたのは、手塚の母である彩菜。
その数秒送れて手塚が出てきた。
リョーマを気に入っている彩菜はリビングにホットココアを用意し、暫くの間は3人で歓談をしていた。
カップがすっかり空になった頃、漸く解放された手塚とリョーマは2階にある手塚の部屋に向かったのだった。
恋人関係にある2人が部屋でする事なんて決まっているようなものだが、「今はまだ時間が早い」と課題を進めていて、手塚がリョーマに話し掛けたのは、課題の一科目が終わった頃だった。
話の内容は『クリスマスパーティー』で、不二の自宅のリビングが会場となり、不二の母や姉が御馳走を振る舞ってくれるというものだった。
「時間は10時から昼過ぎまでらしいが」
「ふーん、夜までやらないんだ」
「河村は家の手伝いがあるだろうし、他の奴らもそれなりに夜になれば忙しいだろう」
今年のクリスマスは月曜日だが、日本ではクリスマス本番よりもその前日である『イヴ』の方がお祭り騒ぎとなる。
そうなると日曜日になり、飲食関係の店は色々と忙しくなるようだ。
河村の家は寿司屋を営んでいるので、クリスマスとは無縁と思いきや、これがパーティー用で注文が殺到し、昼過ぎからは店から出られないほど忙しくなると本人から聞いていた。
「それもそうだね。じゃ、行こっか?」
折角の夜は2人きりがいいけど、昼間ならそれほど拘らなかった。
「いいのか?24日だぞ」
が、手塚はリョーマが「OK」と言わないと思い込んでいたので、確かめるように言ってきた。
「どうせ、昼はテニスするだけでしょ?たまには付き合うのもいいんじゃない」
ニヤリと笑うと、手元にあるプリントに視線を移した。
「…たまには、な」
24日はクリスマスイヴだが、リョーマの誕生日でもある。
リョーマにとっては記念すべき1日なのだが、それは手塚も同じだった。
出来る事なら朝から夜まで2人きりで過ごしたいのが本音だったが、リョーマが不二の言い出したパーティーに行くと言ってしまった以上、何も言えなくなってしまった。
そういえばと、手塚は自分の誕生日を思い出す。
手塚自身の誕生日も2人は1日を共に過ごしていない。
恋人だからといって、相手の時間を自分の自由には出来ない。
祝ってくれるだけで嬉しいと、夕方から夜の間だけの時間を貰い、家族と共にささやかな催しを行い、後はリョーマの確認して2人で過ごした。
(…無理は言えないな)
既にプリントに集中してしまっているリョーマには聞こえないように小さな溜息を吐いてから、手塚も手元にある課題を進めた。


『越前も来てくれるんだ。ありがとう』
夜になり、リョーマが自宅に帰ってから手塚は不二に電話をしていた。
パーティーに参加するかは否かは、リョーマに訊ねてから返事をするという約束だった為にこうして掛けている。
「いや、礼を言われるほどではない」
『僕は来ないと思っていたけど』
なにやら含みのある言い方で、不二がどんな表情をしているのかが、手に取るようにわかった。
「それは俺もだ」
『…喧嘩でもしちゃった?…ってワケじゃないよね』
「たまにはいいだろうと言っていた」
『それなら母さんと由美子姉さんにも話しておくよ』
「よろしく頼む」
簡潔に会話を終わらせると、携帯の電源を切って机の上に置く。
そして、引き出しの中から原色カラーでラッピングが施された小さな箱と、それよりもう一回り大きな箱を取り出した。
「これを渡すのは夜になってからだな」
赤色の包装紙に緑のリボンというクリスマスカラーのラッピングが施された箱だけ机に置き、これとは異なる色の包装紙とリボンで包まれている箱だけを引き出しの中に戻しておいた。


「メリークリスマス、手塚君。越前君」
「今日はお招き下さいましてありがとうございます」
「もう、手塚君ったら、お硬いんだから」
「お邪魔しマース」
真っ赤な洋服に身を包んだ由美子に出迎えられ、手塚とリョーマは家の中に入った。
「早かったね手塚。1番乗りだよ」
「遅れるよりかはいいだろう」
リビングは既に飾り付けられていて、テーブルの上にはオードブルやドリンク類が所狭しと並んでいた。
「あの木、何か飾りが付いてる」
「ええ、こういうの流行っているみたいだから、ちょっと飾ってみました」
不二の家の庭は電飾で飾りつけられていて、夜になればさぞかし綺麗な風景になりそうな装いになっていた。
「何か本格的…」
「そう?これでも抑えた方よ」
昼間だから電気を付けても綺麗に見えないが、夜の帳が下りて辺りが暗くなれば、綺麗にライトアップされるだろう。
今日はその時間までここにはいられないので、綺麗な光景を見る事は叶わない。
「駅も綺麗にライトアップされているわよ」
「へー、知らなかった」

リョーマが由美子と喋っている間に、リビングの中にはこのパーティーに呼ばれた面々が集まってきた。
「お邪魔します」
「今日はこんな大人数ですみません」
「メリークリスマス、おチビ」
白いコートにお馴染みの赤い帽子姿で現れたのは菊丸で、その格好のままでリョーマにムギュッと抱きつく。
コートの厚みに「うえっ」となりながらも、ぐいっと手を伸ばして、その抱擁から逃れる。
「苦しいっス」
「メリー苦しみますってな」
「…つまんないっすよ。英二先輩」
一昔、いや二昔前のギャグを言う菊丸に苦笑いを浮かべる。
「さぁさぁ、これで全員が集まったね。それじゃ、始めようか」
パンパンと手を叩いて思い思いに喋っている全員の意識を由美子の元に集中させると、隣に立っていた不二が全員にグラスを配る。
「コレって何?」
「これか?シャンパンを模したジュースだな」
何が入っているのかわからないリョーマに手塚はそう答えた。
「ふーん」
鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いでみれば、ちょっとだけ甘い香り。
パチパチとグラスの中で弾ける金色に輝く液体は、ほんの少しだけアルコール分が入っていて、クリスマスに子供が大人の真似事で飲むドリンク。
「えっと、今日は集まってくれてありがとう。母さんと姉さんの手料理とタカさんが作ってくれた散らし寿司で大いに盛り上がろう。それじゃあ、乾杯」
「乾杯」
「かんぱ〜い」
カチンとグラスを当ててから口に運ぶ。
喉に流れ込む炭酸が心地良い。
「わ〜、俺、腹減ってるんすよ」
「たくさん食べてね」
乾杯さえ済ませば、後は食べて飲んでの大騒ぎ。
不二の母と姉はそれぞれ用があると、大騒ぎになる前に自宅を出て行ってしまったので、不二の家にいるのはテニス部の面々のみ。
食べ盛りの中学生が満足できる量のチキンやサンドウィッチなどの食事に、フルーツポンチやパイのデザート類も全てが同じテーブルに並んでいるので、それぞれが食べたい物を皿に乗せてパクパクと口の中に入れていく。
「それにしても、不二先輩の家って広いっすね」
「不二の部屋も広いんだぜ〜」
「英二先輩はお兄さんと同室っすからね」
「うっさいな」
会話も弾み、楽しい時間を過ごしていた。
「ねぇ、越前」
「何スか、不二先輩」
食べ飽きたリョーマが離れたソファーに座リ込むと、すかさず不二が隣に座った。
「どうして今日は来てくれたの?今日は君の誕生日でしょ」
「何か、来ちゃいけないみたいな言い方っスね」
「そういう意味じゃないよ。だって折角の誕生日なんだし」
「折角って言われても、誕生日なんて毎年来るもんでしょ?今年だけじゃないっスよ」
「なるほどね…さすが越前だね」
「どういう意味っスか」
「大物だよ。本当に」
最上級の笑みを作り、不二は立ち上がった。
「僕は絶対に来ないと思ってたんだよ。手塚だって君の誕生日に他の奴らと会うなんてしないと思ったしね」
立ち上がった不二の顔はいたく真剣で、先程の笑みが嘘のようだった。
「…束縛されたいとは思わないの?」
「俺はあの人を束縛したくない。だから、俺も望まない」
付き合いだしてまだまだ数ヶ月だけど、リョーマの中には『別れる』という気持ちが無い。
だから、誕生日だからって特別な扱いはしていない。
来年も再来年も、まだ次の年も、2人はこうして傍にいるのだから、誘われたパーティーもこうして参加している。
きっと、何かしらの障害が起こっても、2人はしっかりと愛の言葉を語り、愛を紡いでいるだろう。
というのは、建前。
本音を言えば、好きだから同じだけの好きが欲しいなんて、それは自分のエゴ。
好きになってくれるように自分を磨き続けなければ、この関係はすぐに終わる。
ベタベタと甘ったるいだけの恋愛をしていたらすぐに飽きられてしまう。
好きな想いは間違いないから、2人きりでいる時間はとても幸福だ。
きっとそれは自分だけの想いでは無いと思っている。
ずっと2人でいられたらいいと思う反面、離れた時の事を想像すれば、なりふり構わずいちゃつく事はできない。
初恋に近いほどの本気の恋だけに怯えがあるのかもしれない。
本当はこのパーティーだって断って、手塚2人きりの時間を過ごしたかったのに。
「あの手塚が好きになった相手だからかな。やっぱり君は大物だよ」
リョーマの内なる葛藤に気付かない不二は、今の言葉だけをリョーマの本心と取り、最後にもう一度笑みを浮かべてから、ゲームを始めた菊丸と桃城の輪に入って行く。
すると、今度は入れ替わるように手塚がソファーにやってきた。
「疲れたのか?」
「ううん、ちょっと休憩してるだけ」
ふるふると頭を横に振る。
「そうか、それならばいい」
「…あのさ、やっぱり今日は2人きりで過ごしたかった?」
つい先程交わした不二との会話中、自分の本心を確かめてしまったリョーマは、思わず手塚に訊ねてしまった。
「出来ればそうしたかったが、俺の意見ばかり押し付けられないからな。何しろ今日の主役はお前だからな」
「…俺、国光が好きだよ」
「俺もリョーマが好きだ」
ワイワイと盛り上がっている向こうには2人の会話なんて耳に入らないだろう。
こうして愛の言葉を口にしても、誰もこちらを気にしない。
「夜は2人でいられるよね」
「今更キャンセルは無しだぞ」
「わかってる」
お互いに少しだけ手を伸ばして、ソファーの上で2人の指先だけが重なっていた。
「本当はずっと2人きりでいたかったけど、そんな事したら、俺…帰りたくなくなるし、離れたくなくなるから…」
「ああ、わかっている」
触れていた指先がそっと離れ、その直後に大きな手で包まれた。
不二には気付かれなかったリョーマの想いは、手塚にはしっかりと届いていた。
「…好きになって良かった」
独り言のように呟くが、手塚の手はそれに応えるようにリョーマの手を強く握るのだった。


「何を貰ったんだ?」
「…何だろう」
料理がすっかり空になり、片付けを済ませて帰る際、不二はリョーマだけを別の場所に連れて行き、「これ、僕と母さんと由美子姉さんから誕生日のプレゼント」と、可愛らしいラッピングで飾られている紙袋を渡してきた。
このパーティーはクリスマスのイベントを楽しむ為のものだから、リョーマの誕生日には一切触れなかったが、最後の最後で不二はリョーマの誕生日に対して小さなお祝いを贈った。
手塚の家に向かう途中、何度か開けて中を見ようと思ったが、その度に『家に着いてから』と自分に言い聞かせること数十分、漸く中身を確認できる時間になった。
「あ、クッキーとリストバンド」
袋を開けて中に入っている物を取り出せば、これまた可愛い袋に入った手作りクッキーと、赤と白のストライプのリストバンドだった。
リストバンドはテニスをする時に使えるので袋に戻しておいたが、クッキーだけはそのまま出しておいた。
「どうやら文字になっているようだな」
「本当だ…」
クッキーはアルファベットを模っているが、全てのアルファベットが入っているようには見えず、リョーマは袋を破ってその上にクッキーを並べ始めた。
「…これはこっちかな」
「それならこれはここだろう」
まるでジグソーパズルのように、2人はクッキーを並べて隠されている文字を作り出す。
「なるほど、こういう事か」
少しずつ文字が出来上がると、完成図が想像できるようになる。
「…じゃ、最後はYだね。すごい。『MERRY CHRISTMAS』と『HAPPY BIRTHDAY』だ」
完成した達成感を充分に満喫するように出来上がりを眺める。
クリスマスと誕生日を祝うように作られたクッキー。
何だか食べるのが勿体無い。
「…食べてもいいかな」
「食べて欲しいから渡してきたのだろう」
「そうだよね。それじゃ…」
リョーマは散々迷った挙句に『M』を掴み、口の中に入れた。
サクッと良い音がし、何度か噛むとあっさりとした甘味が口の中に広がった。
「ん、オイシイ。国光も食べてみる?」
「いいのか?お前へのプレゼントだろう」
「幸せをお裾分けってね、はい」
今度は迷いもせずにHAPPYの頭文字の『H』を掴み、手塚の手の平に置いた。
「俺の幸せを国光にもね」
「ありがとう」
反対の手でクッキーを掴むと、リョーマが見ている前で口に運ぶ。
サクサクとした良い感触と、ふわりとした優しい甘味に思わず笑みが浮かんだ。
「オイシイ?」
「ああ、美味い」
クッキーを美味しそうに頬張るリョーマに、手塚はそっと立ち上がり、机の上においてある箱を手に取り、少し考えた後で引き出しの中の箱を持って戻った。
「リョーマ、これはクリスマスのプレゼントで、こちらが誕生日のプレゼントだ」
「えっ、2つも?」
「クリスマスと誕生日は別物だろう?」
当たり前のように言いながら渡されて、リョーマは心の底からの笑顔を見せて受け取った。
「…国光って意外とマメなんだね」
手の中の箱を見比べて、思った事を口にする。
「どういう意味だ」
「褒め言葉だよ。まさかプレゼントを2つも用意しているなんて思ってなかったからビックリした。あ、俺もプレゼント…」
リョーマも手塚へのプレゼントを取り出そうとするが、持って来たバックに伸ばした手を手塚に掴まれ、顔を上げた瞬間に抱き締められる。
「今日はもう離さない」
「うん、俺も今日はずっと国光といたい」
しっかりとお互いの心を確認しあった後は、聖なるの夜に相応しい時間を過ごしていた。


「あ、プレゼント…」
「後でいいだろう」
ベッドの中で愛を確かめ合っている最中に、プレゼントを渡していない事を思い出したが、手塚によって阻まれてしまう。
「…でも、んっ…」
「プレゼントは朝になってからだ。今はこちらに集中してくれ」
余所事に頭を持っていかないように、手塚はリョーマの身体を余す事無く愛していた。



愛のカタチは色々とあるけれど、まずは心が繋がらないと愛は作られない。
2人はしっかりと心を繋げて、2人だけの愛のカタチを作り上げていくのだった。



久しぶりの更新がリョーマの誕生日話になってしまいました。