続・カワイイ彼女?



またしても土曜日。
朝も早い時間からリョーマは菜々子の部屋にいた。
2人はいかがわしい関係では無く、菜々子はリョーマの恋を応援する心強い存在で、本日もリョーマのデートの対策を行っていたのだった。
「リョーマさん、今度はこちらは如何ですか?」
菜々子が袋から取り出したのは、黒地に大きめの白色ドッドのプリントワンピースだった。
「これもワンピース?」
完璧に女物の服を渡されても平然と受け取るのはリョーマ。
「これはチュニックワンピースっていうんですよ」
「ふーん、いろんな種類があるんだね」
立ち上がり姿見の鏡に向かってワンピースを身体にあててみる。
悪くは無いのか、色んな角度からどんな感じになるのか確かめていた。
「中にはこちらを着て下さい」
と、オフホワイトのタートルネックのカットソーを渡せば、リョーマはその場で着ていたシャツを脱ぎ、菜々子から渡された服を次々と着る。
「大人っぽくなりますわね」
ワンピースは胸のラインで切り替えがあり、自然なAラインを作り上げている。
その下は自前のブルージーンズのままだが、チュニックワンピースと相性がいいのかとても合っていた。
「そうかな?」
「ええ、とても似合ってますわよ。あとはこのジャケットを着て下さいね」
最後はターゴイス色の七部袖ジャケット。

秋晴れの本日は、本来なら行われるはずの部活がお休みになった。
休日になる度に練習が休みになっているような気がするが、その代わりに授業前後の練習内容が厳しくなった。
秋から冬、そして春が訪れるまで日照時間は少なくなり、練習時間が夏よりも減ってしまうので、短い時間の中にたくさんの練習内容を凝縮させて行っている。
だが、過酷な練習内容でも次のレギュラーを目指し、全員が真面目に取り組んでいたから、休日は公式試合の無い部員達に対してのスミレなりの心遣い。
休みともなれば、やる事は1つ。
大好きな人とのデート。

そんな訳で、今日も菜々子の見立てによる、リョーマの華麗な変身が始まったのだった。
「髪はどうします。帽子でもかぶりますか」
「うーん、水族館に行くから、帽子は邪魔になるかも」
服装が終われば、次は髪型。
ドレッサーの椅子に座らせて、菜々子はリョーマの髪を弄る。
特にトリートメントなんてしていないが、リョーマの髪はしっとりとしていて手触りがとても良い。
いつまでも触っていたくなるが、それはリョーマの恋人に対して悪いと思い、セットする事だけに集中しておいた。
「はい、ちょっと目を閉じて下さい」
化粧はちょっとだけにしておくつもりが、ついつい張り切ってしまった。
元々から血色の良い唇には淡い色のグロスを塗り、ふっくらとした艶のある唇を作り出す。
目元にはアイシャドーを塗り、大きな目を強調させる。
出来上がってみれば、前回よりももっと美少女に仕上がっていた。
靴もバッグも前回とは異なるものを用意して、菜々子はリョーマを送り出していた。


いつも手塚が迎えに来てくれるので、珍しくリョーマが手塚を迎えに行ったのだが、それがまずかった。
「はい、どちら様ですか」
「あ、おはようございます」
ピンポーンと玄関のチャイムを押せば、手塚では無く母の彩菜が出て来てしまった。
今日は遅刻せずに時間通りに来ているのだから、絶対に手塚が出てくるものだと思っていたので、リョーマは完全に油断していた。
出てくるはずの無い彩菜の姿にちょっと焦ってしまい、変な笑みを浮かべながら朝の挨拶をした。
「…リョーマ君よね?」
「は、はい」
暫しの沈黙の後、彩菜は確かめるようにリョーマの名前を呼ぶので、ここで「違います」とは言えずに首を縦に振る。
「…いい」
「え?」
何か言われたが、しっかりと聞き取れなくて聞き返してしまった。
「カワイイ、リョーマ君。すごくカワイイわよ」
どこからどう見ても、カワイイ女の子にしか見えないリョーマに、彩菜は歓喜の声を上げて、自宅に招き入れた。
すぐに出掛けるつもりでいたリョーマにしてみれば、彩菜にこの姿を見られただけでもダメージなのに、自宅に入れば祖父と父の目に晒される事になる。
「国光、助けて」と心の中で叫んでも、どういうわけか手塚は現れなかった。
「あなた、ほら、リョーマ君よ」
腕を引っ張られる状態で廊下を歩かされ、辿り着いたのは手塚家のリビング。
「…何だか可愛らしい格好だね。いや〜、男の子には見えないね」
リビングのソファーで新聞を読んでいた国晴は、ほのぼの〜とした笑顔で何事も無かったかのように感想を言う。
女物の服を着ていても、化粧をしていても、リョーマに変わりは無い。
「ほら、リョーマ君、座ってちょうだい」
リョーマは彩菜に促されるままソファーに座るが、それでもまだ手塚は現れなくて、『どこに行ってしまったのだろう』と、時間の経過と共に不安になる。
「ごめんなさいね、リョーマ君。国光はおじい様を病院に連れて行っているのよ」
「え?おじいさん、どこか悪いんですか」
いつも元気なおじいさんが病院だなんて、リョーマは本気で驚き、慌てる。
「今朝の練習で足を捻ってしまったのよ。本人は大した事は無いって言うけど、元気でも骨に何かあったら大変だから、国光に付き添ってもらったの。それほど時間は掛からないと思うからもう少し待っていてね」
「はい、わかりました」
手塚がいない理由は判明したが、この姿のままで手塚の家族の前にいるのはちょっとした拷問だった。
お茶とお菓子を用意してくれたのはいいが、彩菜はニコニコと幸せそうな笑顔でこちらをずっと見ているし、国晴は引き続き手に持っている新聞を見ているが、どうもチラチラとこちらを窺っているようで視線を感じる。
非常に居心地が悪い。
だが、手塚の両親に対して「ジロジロ見ないで下さい」とは言えず、只管この視線を我慢するだけだった。

「ただいま、戻りました」
手塚が戻って来たのはそれから30分ほどしてからだった。
祖父を病院に連れて行く際に、「リョーマが来たらリビングで待たせて置いて下さい」と母に頼んでおいたから、玄関にはリョーマのものと思われる靴あったが、それは男物では無く女物の靴だった。
「この靴は…」と、思った所で慌てて靴を脱いで廊下を早足で歩く。
そして視界に入ったのは想像したとおり、以前のデート時のように可愛らしく変身しているリョーマの姿だった。
いや、以前に比べてもっと可愛く、もっと女っぽくなっている。
あまりの美しさに惚れ惚れしてしまう。
「早かったのね、国光。おじい様は?」
「様子を見に行くと道場の方に戻られましたが…」
「何かあったの?」
「そろそろリョーマを連れて行ってもよろしいですか」
困った顔をしているリョーマを救出すべく、手塚はリビング内に変な結界を張っている母親にリョーマがどうしてここに来たのかを思い出させていた。
「…あら、そうだったわね。リョーマ君、楽しんで来てね」
すっかり、リョーマがやって来た本来の理由を忘れていたのか、パンと手を打ってからコロコロと笑った。

「いってらっしゃ〜い」
ひらひらと手を振る両親に見送られて、手塚は心なしか疲れてげっそりとしているリョーマを連れて家を出た。
赤の他人の目ならいくらでも平気だが、流石に知り合いの視線は厳しい。
水族館に行くまでは電車に乗らないといけないが、青春台の駅では誰かに見付かる危険性があるのでそちらには向かわずに、もう1つ先の駅まで歩く。
そうはいっても、リョーマのこの変貌に気付く者などいないかもしれない。
もしかしたら、リョーマの親戚くらいにしか思われないかもしれない。
色々と考えても、結局は『誰にも見せたくない』から、見付からないルートで行った方が良いだろうで終わる。
「今日は混んでるのかなぁ」
人通りの少ない道を歩く。
この近所に住んでいる人と時々擦れ違うが、誰も2人を気にしない。
ちょっと身長差のある仲の良さそうなカップルとしか見えない。
「土曜日だからな。家族連れも多いだろう」
「うへぇ、何か行く気が失せるね」
「ならば、別のところにでも行くか」
「別って?」
「そうだな。人が多くても平気な場所か…」
「とりあえず水族館に行こうよ。俺、イルカショーが見たいよ」
今回のデートの目的は、リョーマが言い出した「イルカのショーが見たい」なので、リョーマから止めるとは言い難い。
行ってみて、あまりにも混んでいたら考えればいいだけだと、お喋りしながら目的地に向かう。
水族館の外には人が多くいたが、チケットを買って中に入ってしまえば外よりも人気が少なかった。
横浜の時と同じで、電車に乗っても水族館に入っても、誰も2人を気にしない。
面白いくらいにリョーマが男だと気付かないので、リョーマはこれなら今日も大丈夫だからと、誰からもカップルと思われるように手塚と手を繋ぎ、時には腕を組んで水族館内を探索していた。
見たがっていたイルカのショーも良い席でじっくりと眺められて、満足して水族館を後にした。
「イルカ、可愛かった」
外のレストランで食事をしている時も、リョーマはイルカの話をしていた。
しっかりと調教されているイルカは、多彩な芸で観客を魅了していて、リョーマは食い入るように次から次に繰り出される技を見つめていた。
その時のリョーマは本当に女の子のようで、手塚はイルカよりもリョーマを見ていたのは秘密だった。

すっかり日が傾いた頃、今度は青春台の駅で2人は降りた。
同じように自宅に帰る人に紛れて、手塚はリョーマの手をしっかり握ってリョーマの自宅へと向かう。
「今度はいつデートしよっか」
「次の休みは練習か?」
「今のところはね」
こうして大好きな人と堂々と手を繋いで歩けるのはこの女装のお陰だが、出来る事なら自分の本来の姿で手を繋いでこの道を歩きたい。
そう願いながら、リョーマの自宅前に到着すると、外はすっかり暗くなっていた。
暗くなって視界が悪くなっても、リョーマの可愛らしさが薄れる事は無く、天に輝く星のに負けないくらいに輝いていた。
その輝きに惹かれるように門の中に入ってから、そっとキスをしていた。


「じゃ、また明日」
「ああ、明日は俺が迎えに行くからな」
「明日は、コレじゃないけどね」
「わかっている」
明日の予定はテニスだから、女装では無理。
もしかして期待されていたら困ると思ってリョーマは言ってみたのだが、手塚はわかっていると言わんばかりに苦笑いを浮かべていた。
クスクス笑うリョーマの唇にもう1度キスをしてから、手塚は名残惜しげに自分の家に戻って行った。

「ただいま〜」
玄関に父親の履物が無い事を充分に確認して自宅に入れば、自宅の中には菜々子と愛猫のカルピンしかいなかった。
「お帰りなさい、リョーマさん」
「あ、今日も上手くいったよ」
礼を言えば、菜々子は満足そうにニッコリと笑みを浮かべる。
「どういたしまして。あ、お風呂湧いているから、これでお化粧を落としてね」
「サンキュ。じゃ、先に風呂に入らせてもらうよ」
「はい、着替えを持っていきますね」
リョーマは菜々子から渡された化粧落としを持って洗面所に行く。
今回もリョーマの変身は大成功に終わった。
菜々子は次はもっと可愛い服を用意しましょうと決めて、着替えを取りに階段を上がった。


次はどんな姿でリョーマの手塚の前に現れるのかは、全て菜々子次第だった。




浮かんだネタはまたもや女装ネタだったので、続き。