カワイイ彼女?
土曜日の朝、越前家では作戦会議が行われていた。 「ちょっと、コレはどうかと思うけど…」 「可愛いですわよ」 「だから、カワイイって言われても」 楽しそうに笑う従姉妹に、リョーマは憮然とした表情で答える。 すっかり秋めいた今日この頃。 部活の練習も全国大会の終わりと共に、1年と2年が前線に出るようになり、3年の参加は各自の自由になっていた。 そんな折り、顧問の竜崎に私用が入り、土曜と日曜の2日間の練習が急遽中止になった。 こんな機会はなかなか無い。 今日は恋人である手塚とのデートの約束をしていたので、朝っぱらから『どうしたら自然にカップルっぽくできるか』を、従姉妹の菜々子と考えていた。 「折角のデートなんですから、こうした方が周囲の視線も気にならなくていいですわよ」 菜々子の提案は、『男であるリョーマを女の子に見えるように可愛く変身させる』というものだった。 「…余計に気になるかも」 悪くは無いとその時は菜々子の提案に乗ったが、実際に菜々子が見立てた洋服を着た時には『後悔』という文字が頭に浮かんだ。 菜々子が用意した洋服は、ブラウン系の膝上ワンピースにボレロ風の黒色カーティガンだった。 ワンピースは全体に黒の花模様が付いていて、カーティガンは裾の部分と袖の部分にはフリル、前は紐で縛るタイプだった。 ワンピースだけでは抵抗があるだろうと、ジーパンと重ね着にしておいた。 菜々子が用意したのだから、サイズ的にどうかという問題があったのだが、そんな問題は全く無く、ワンピースは膝舌丈になり、カーティガンはむしろリョーマの為に作られたと言っても過言では無いほどにジャストフィットだった。 用意したワンピースが想像以上に似合ってくれて、菜々子は喜ぶと同時に、ついでとばかりにカーティガンには薔薇をモチーフにしたワイン色のブローチを付けていた。 またそれがポイントとなり、フェミニンな可愛らしさを出していた。 もちろん、髪型も菜々子が手を付け、顔にはちょっぴり化粧まで施して、どこからどう見てもキュートな女の子に仕上げていた。 鏡でもう一度自分の姿を眺めるリョーマの横で、菜々子は時間を確認する。 「あら、もうすぐ手塚さんがお迎えに来ますわよ」 「え、もうそんな時間。着替える時間も無いや…」 ちょっぴり女装に対して躊躇いが出てしまった。 だが、着替える時間は無く、仕方がないので諦める事にした。 「あとは、靴とバッグですわね」 「うえっ、そこまでするの」 「そこまでしますわよ」 完璧を求める菜々子は箱に入ったままの靴を何足が取り出し、リョーマの前に並べる。 まるでシンデレラの逆バーションのようだ。 靴に合う足を捜すのがシンデレラだが、今は足に合う靴を探している。 出された靴に次々と足を入れていき、最終的に足が痛くない柔らかめのローファーに決定した。 バッグは黒の小さめのショルダーで、財布や携帯などの日常品を入れてから斜め掛けにして肩に掛けさせた。 「素敵ですわ、リョーマさん」 完璧に仕上がったリョーマに拍手喝采。 どこからどう見ても、アイドル並みの美少女にしか見えない。 「菜々子さんに褒められてもな」 「手塚さんも褒めてくれますわよ」 ほらほらと、背を押してリョーマを玄関に連れて行くと、タイミングよく手塚が迎えにやって来てくれたので、いそいそと菜々子が玄関の扉を開けてやった。 「おはようございます」 「おはようございます、手塚さん。今日はリョーマさんをお願いしますね」 「はい。あの、リョーマは?」 にっこりと微笑む菜々子の背後に見え隠れするのは女の子のようなので、これまた親戚の子が来ているのかと思い、自分の恋人は約束の時間なのにまだ眠っているのかと訊ねる。 「リョーマさんならずっとここにいますわよ」 と、すっと横にずれれば、さっきから見え隠れしていた女の子の全貌が明らかになったが、その可愛らしさに瞬きを忘れて見惚れてしまった。 「リョーマ、か?」 「そ、そうだけど」 視線を合わせるのも恥ずかしいのか、リョーマは手塚を正視できないでいた。 「菜々子さんの仕業ですか」 「仕業と言われるのは心外ですわね。今日はお2人がのびのびとデートできるようにリョーマさんを変身させてみたのよ」 菜々子が言うように、付き合っている男が2人で街に出掛けると、どうしても触れ合ったりしてしまい、過去に変な目で見られた時もあったので、あまり恋人色を出さないように努めていた。 だから、行くにしてもテニスコートにスポーツショップ、たまには映画館で、もっと恋人を満喫できる場所に行ってみたかった。 「気を遣って頂いてすみません」 「いいえ。私はお2人のお手伝いが出来て嬉しいんです。ほら、リョーマさんもいつまでも膨れていないで、手塚さんに笑顔を見せてあげて下さい」 「…わかってるよ」 だけど、この格好を馬鹿にされると思うと、偽物の笑顔すら作れないでいた。 だとえ深い関係になっているとしても、この男には冗談が通じない相手だと理解している。 馬鹿にされるか、呆れられるか。 「そろそろ出掛けよう」 リョーマの気持ちなど知らない手塚は、いつまでも玄関に立っていてもデートが出来ないので、何とか玄関から外に連れ出す為にこう言えば、リョーマは観念したように靴を履いた。 「…じゃあ、行って来ます」 「はい、楽しんで来て下さいね」 ガラガラと扉を閉めると、手塚は早速リョーマに手を差し出す。 「何?」 「たまには手を繋いでみないか」 「…国光」 じっと手を見るだけで躊躇ってしまう。 「とても似合っている。初めは親戚のお子さんでも来ているのかと思ったくらいだ」 菜々子の後ろにいた時は、本当にリョーマだと気が付かなかったくらい。 今でも声を聞かなければリョーマだとはわからない。 「馬鹿にしない?」 「するわけないだろう。出来る事なら誰にも見せたくないほどだ」 どうやらリョーマの心配など不要だったようで、羞恥心はまだ残っているが、こうして変身させてもらったのだから楽しもうと、差し出された手にそっと手を重ねれば、きゅっと握られ、リョーマはほんのりと頬を赤らめていた。 この日のデートは東京を離れ、横浜までやって来た。 都内にいると知り合いに出会う可能性が高いが、こうして隣の県に移動してしまえば、知り合いに出会う可能性がかなり低くなる。 今まで通りのデートなら誰かに会っても、何とか誤魔化せていたが、今回は何時もと違う。 リョーマが女装している。 しかも、そこら辺の女子なんか目じゃないくらいに可愛く変身している。 「意外と早く着いたんだ」 「乗り継ぎが上手くいったからな」 横浜でも人気の観光スポットにまで足を伸ばした2人は、タワーの展望フロアに移動し、高所から地上を眺めていた。 「あれって、球場?」 「そうだ」 こうしていると普通のカップルにしか見えないので、同じ展望フロアにいる誰もリョーマが男だとは気付かなかった。 危ないのはトイレだけだが、地下鉄から下りた際に周囲を確認して入らせたので、暫くは大丈夫だ。 「天気が良いから遠くまで見えるね」 外を眺めていたリョーマが振り返る。 その顔には嬉しそうな笑顔。 「ああ、そうだな」 リョーマの背後に立ち、後ろから覆いかぶさるように手塚も外の景色を眺める。 周囲を気にしないで恋人らしく振る舞えるのは、すごく良い。 菜々子の提案は周囲を騙すだけでなく、恋人として幸福を感じられると、非常に感謝していた。 展望フロアを充分楽しむと、地上に降りる為にエレベーターに乗り込んだ。 エレベーターの中にいても、リョーマは手塚の腕に自分の腕を絡ませていた。 声を聞くと、「男?」と思われる可能性があるので、出来るだけ人前では声を発しないようにしていた。 建物から出て、外を歩いていても、誰も2人を気にしない。 次は腹が減ったというリョーマの要望に応える為に、少し歩いた建物に移動して、飲茶の店に入っていた。 ここでもリョーマは注文などを手塚に頼み、必要以上に声を発しなかったので、客もここの店員もリョーマが男だとは気付かなかった。 食事が終わると、菜々子によって塗られた口紅が取れてしまったので、場所を移動してから口紅ではなく色付きの保湿リップを塗っておいた。 初めは口紅を渡されたので「こんなの塗らないからいらない」と返したのだが、「これならいいでしょ」と渡されたリップは渋々ながら受け取っていた。 絶対に塗る事はないだろうとバックの奥底に入れておいたのに、こうして男女カップルとして見られているのなら、徹底的に男女カップルになりきってやろうと、バックの中から出して塗っていた。 こっそりと人から見られないように唇にリップを塗る姿に、とてもほのぼのとした気持ちになる。 「どこか、行きたい所はあるか」 海が一望できる場所に移動すれば、カップリャ家族連れが多く、丁度空いたベンチに座って休憩していた。 「特に無いよ。こうして一緒にいられるだけで嬉しいから。あ、あそこで大道芸やってるよ」 「行ってみるか」 「うん」 誰も見ていないのを確認し、リップが塗られた唇にキスをしてから、またしても手を繋いで歩き出した。 ただ一緒にいられるだけでこんなにも幸せな気持ちになれる。 特に今日は、リョーマの変身のおかげで、何時も以上に幸せな気持ちが強くなっていた。 夕方になり、東京に戻った2人の手には土産があり、楽しいデートを過ごす事が出来たお礼に菜々子に渡していた。 見たら絶対に大笑いするはずの父親は、御通夜が入った為に寺にいて家にはおらず、母親は「女の子も欲しかったわ」と息子の女装を喜んでいた。 それならまだ着ていてもいいかと、リョーマは自宅でもワンピースのままでいた。 夕食は越前家で食べた手塚が帰ったあと、リョーマは菜々子から化粧落としを借りて、顔をスッキリさせて、服も普段着に着替えていた。 「また、お願いしてもいい?」 今日のデートの成功がリョーマの女装に対する躊躇いを完全に無くしていた。 「もちろんですわ」 ワンピースならいくらでも体型を誤魔化せられるので、今度は何色にしようか、形は何にしようかと、菜々子には楽しみが増えていた。 |