LOVE LIFE



さぁ、たくさんの愛の生活を始めましょう


「はぁ〜、やっと終わった〜」
「おい、帰ろうぜ」
「早く部室に行って着替えよ?」
1日の終りを告げるチャイムが鳴り響くと、我先にと帰る者や友人とのお喋りに興じている者、部活や委員会などに行く者などで、瞬間的に教室内は騒がしくなる。
「越前、部活に行こうぜ」
ざわざわとしている室内で、黙々と机上でバッグの中に荷物を入れていたリョーマに、同じクラスで同じテニス部の堀尾が近寄って来た。
「俺、委員会の当番だから…」
張り切っている堀尾を横目で見てから、残り少しとなった荷物を無造作に詰め込んだ。
「あ〜そっか、今日は図書委員の当番だったよな」
思い出したように口にすると「ガンバレよ」と、勢いで肩をポンと叩いた。
「…早く部活に行けば?知識だけあってもテニスは上達しないんだからさ」
「は?」
「じゃ…俺、行くから」
肩に置かれた手を冷たい視線で一瞥し、どこか刺々しい言葉だけを残して、リョーマはさっさと教室から出て行った。

2学期が始まって1ヶ月が過ぎた今、部活動に関しては最前線に活躍する学年が、3年生から2年生へとバトンタッチをし、2年生と1年生が主流となって活動を続けている。
しかし委員会の人事は1年間変わる事が無く、同じ顔ぶれのまま3月まで続く。
4月の初め、クラスで誰がどの委員になるのかを決めていた時『別に何でもいい』と言ってしまったばかりに、図書委員に任命されたリョーマ。
1学期は火曜日の昼休みだけ当番に充てられていたが、この2学期から新たにサイクルが代わり、水曜日の昼休み時間と授業終了後の1時間が当番になった。
全ての委員会には全学年、全クラスから1名が入らなくてはならない決まりになっているが、こちらも2年生と1年生が主に働いている。
3年生の中にはこのまま青学の高等部には上がらず、別の高校を受験する者もいる為、委員会によっては三年生の委員は名前だけになっていたり、バックアップにまわっているだけだ。
「ちぇっ、かったるいな…」
下級生だから仕方ないのはわかっているが、部活の時間を割いてまで委員会の仕事を優先するのは、どうにも納得がいかない。
少しでも早く部活に行って練習をしたいのに、毎週こうして当番の日が必ずやってくる。
ぶつぶつと文句を言いながら、前からやって来る人を避けつつ図書室までの廊下をひたすら歩く。
週1回のたった1時間しかない授業後の当番が、とても辛いと感じるのは、会いたい人に会える時間が1時間も減ってしまうからだ。
同じ学校にいても会いたい人とは学年が違うからか、滅多に会えない。
せっかく互いの想いが通じ合ってお付き合いを始めたのに、校内では部活や委員会などの忙しさで、授業が終わった後に会える時間はかなり少ない。
それなら約束をして休み時間に会おうとしても、その時間もなかなか取れない。
その上、休日も休みが無いほど部活ばかりで、休日の会える時間も極僅かになってしまっていた。
「今日はこれのせいで顔を見る時間が減っちゃうし、ほんっと、ヤダな……おっと」
ヤル気の無い顔で図書室のドアを開けようと手をのばしたら、先に中から誰かがドアを開けた。
ちょっと驚いた拍子に、のばしかけていた手を慌てて引っ込めてしまう。
静けさを重んじる図書室に相応しくない音を立てて開いたドアの向こう側には、自分と同じ黒い学生服。
自分よりもかなり背の高い相手の顔を確かめる為に、少しだけ自分の顔を上げてみる。
「…あ、手塚先輩…」
目の前にいたのはテニス部元部長の手塚だった。
「越前、遅かったな」
この手塚こそ、リョーマが会いたくて仕方がない相手。
2人は恋人として付き合ってから数ヶ月の間柄だが、二人の想いは付き合った瞬間から一気にヒートアップしていた。
「どうかしたんスか?」
自分に会いに来てくれたのなら嬉しい。
でも、あまり過剰な期待はしてはいけない。
彼は自分とは違って全校生徒が認める優等生なのだから、校内で下手な行動をする訳にはいかない。
わかっているけど…期待してしまう。
「本の返却を頼みに来たのだが、まだ誰もいなくてな」
言葉と共に右手に持っていた洋書を見せる。
「な〜んだ…やっぱりそうなんだ」
「…これは大切な用件のついでにすぎないが、な…」
ちょっとガッカリして溜息交じりに俯いていると、頭の上から優しいテノールが降ってくる。
「大切な用件?」
その声に思わず顔を上げれば、少し楽しそうに口元が綻ぶのが見えた。
「それは、な」
普段の厳しさを含んだ眼差しは、リョーマの前だけでは少し和らぎ、真一文字の口元は微かに綻ぶ。
こんな自分限定な表情の変化に、無意識にリョーマも滅多に見せない歳相当の笑顔を作る。
「俺の本当の用件は……」
少し身を屈めてリョーマの耳元に口を寄せる。
「え…ひゃっ、へ…ヘンなコトしないでよっ」
ぼそぼそと呟いた後、耳朶をやんわりと噛まれて、リョーマは思わず耳を押さえて後退りをしてしまう。
まさか彼の口から『部活前に少しでも良いから会って話しをしたかった』なんて台詞が、スラスラと流れるように出てくるとは思わなかった。
いや、期待していた部分があったのは確かだが、行動までは全く予想しておらず、変な声を出してしまった。
「こんな所で大きな声を出すのではない。では越前、先に本の返却を頼む」
離れてしまった距離を埋めるように、手塚がリョーマの腕を掴み、半ば強引に室内に引き入れる。
「わ、わかりました…わっ、ちょっとここ校内っスよ」
「…少しくらい良いだろう?」
誰もいないのを良い事に、図書室内に一歩踏み入れたリョーマの頬に素早くキスをしていた。
珍しい事に図書室の中も、図書室から見える廊下にも人の姿は全く無い。
普段からこの図書室を利用する生徒は多く、少なくても数十人、テスト前になれば椅子の全てが埋まってしまうほどこの図書室にやって来るのに、こんな時に限って誰もやって来ないから、手塚はまるで同じ部活の誰かさんみたいに、リョーマにちょっかいを出してくる。
「こんな姿、他の人が見たら絶対にビックリするよ」
時と場所を弁えているとは思うが、2人きりになった時の手塚は驚くほど大胆になる。
一応、唇にしてこないだけ、まだ理性は残っているようだが、下手に2人きりになると残った理性がいつ消えてしまうのかがわからない。
「そう簡単に他人には見せたりしない。…リョーマ、お前にだけだ」
誰もいなかった事から、手塚はリョーマの呼び方を名字から名前に変えた。
「ふーん。じゃ、本ちょうだい」
名前を呼ばれただけで、またしてもドキドキと鼓動が高鳴ってしまう。
リョーマは照れ隠しなのか、そそくさとカウンターの中に入り、横を向いて視線を外した。
「…あぁ…」
あまりにもあっさりとした言葉にどこか不満そうな手塚から本を受け取ると、返却カードを探し出す。
「この本、結構面白かったでしょ」
童話から六法全書、恋愛小説にベストセラーなど、多彩な種類を万遍無く揃えているこの図書室には、洋書も数多く置いている。
リョーマも暇がある時は手に取っていて読んでいて、中でも気に入った本を手塚に薦めていた。
「そうだな、お前の勧めだけあってとても読みやすかったぞ。ところで今日は一人なのか?」
手塚がここに来て既に20分以上が過ぎている。
時折来ると、必ず数人の図書委員がいるのに、今日は未だにリョーマ唯1人。
「えーと、確か二年の人が来るはずなんだけど、まだ来ないみたいだね。あっ、あった」
自分と同じ日の当番は2年生の女子が1人で、いつも2人で当番を行っている。
リョーマの人気振りはかなりのもので、同じ日の当番になりたがる女子が多かったが、結局は運動系の部活に所属している2年生の女子に納まった。
会話をしているうちに手塚の借りた本のカードが見付かり、返却された証として日付の印鑑を押すと、最後のページに貼られていたポケットにカードを差し込んで、返却用の本を置く机に置いた。
あとは空いた時間に本を棚に戻すだけ。
これで今のところの仕事が終了した。
「では、少し良いか?」
カウンター前でリョーマの手元をじっと眺めていた手塚は、自分の借りた本のカードが見付かったのを己の目で確認し、少しの時間でいいから2人で過ごしたいと、暗に訴える。
「…元部長のクセにサボるの?」
視線だけを手塚に向ける。
「部活には行く」
「ふーん」
規律を乱す奴は誰であろうと許さない人物は、愛しい相手と一緒にいられるのなら、部活がどれほど大切な時期であろうとも二の次。
それに手塚達3年生は一線から退いた身である為、学校内の練習には出るが、他校との練習試合には出ないし、平日も休日の部活にも自由参加に切り替わった。
しかし河村を除くレギュラーだったメンバーは、頻繁に部活に出ていて、何も変わらない毎日を過ごしている。
「図書室に寄って行く事は大石に伝えてある」
だから『少しの時間ならここにいても大丈夫だ』と、またしても訴える。
「…じゃ、いーよ。俺も嬉しいし…」
「そうか」
喜びを隠せない手塚の表情を真正面から見てしまい、首から上の体温が急激に上昇して、顔も耳も真っ赤になっているのは自分でもわかる。
テニスも大事だが、こうして好きな人と一緒にいられる時間の方が今は大事。

こんな感情が自分の中に芽生えるなんて、2人ともが信じられなかったのは、かなり前の話。
いきなり芽生えた感情に戸惑ったのも2人とも。
同性に対しての恋愛感情なのに、何故だか嫌悪感を抱かなかったのが幸いして、どちらとも無く想いを伝え合ったのが恋人としての付き合いの始まりだった。
数ヶ月が過ぎた今でも、2人の想いはその頃と何も変わらずにいた。

「この前のテストはなかなか良かったそうだな」
カウンターを挟んでの会話となっているが、特にこの状態を変えるつもりは手塚には無い。
手塚にしてみれば、自分が立っていることで座っているリョーマの全てを見渡せられる。
「手塚せん…国光の教え方が上手いんだよ」
ついつい言い慣れた“先輩”の呼び方をしてしまいそうになり、慌てて言い直す。
2人きりの時に名前で呼ばないと、手塚の機嫌は悪くなってしまう。
『部長』でも『先輩』でもなく、2人きりでいる時は必ず『名前』で呼び合おうと決めたのは手塚からだった。
そうする事によって、プライベートとの分別が出来る。
どう考えても今はプライベートの時間ではないのだが、手塚の方は2人きりモードに切り替えてしまっていた。
「そうか?」
「そうだよ。えと…ありがとね。国光のおかげで国語が好きになれそうだよ」
素直に礼を言うと、ペコリと頭を下げた。
テストといってもリョーマのクラスだけの小規模なもので、いわゆる小テスト。
日本語を話すのは問題ないのだが、文章となった日本語を理解するのに時間が掛かり、結局は最後の問題に辿り着く前にテストの時間が終わってしまう。
初めてのテストの点数は見るも無残な結果に終り、渡されたテスト用紙を見た手塚の頭を痛くさせ、それからは手塚がリョーマの家庭教師となり勉強を教えていた。
リョーマがしっかり理解するまで何度も説明し、納得した上で次の問題に進む。
手塚式の勉強方法では、1日の勉強内容がたった一問で終わる日も何度かあったが、結果を見れば教師と手塚のどちらの教え方がリョーマに合っているのかは簡単に判明できる。
「じっくり教えた甲斐があったな」
可愛い仕種に手塚の口元は更に綻ぶ。
「また、お願いしてもいい?」
「無論だ」
可愛い恋人に頼まれて、誰が『嫌』と言えるだろうか?手塚には絶対に言えない。
「家庭教師のお礼はいつもので…いい?」
「いいのか?」
ぴく、と片方の眉が上がる。
「…だって、国光もそっちの方がいいでしょ?」
自分で言って恥ずかしいのか、ちょっと身体を小さくさせて上目遣いで見上げる。
「まぁな…」
恋人の『恥ずかしい』と感じる気持ちが移ったのか、手塚も僅かに視線を泳がせていた。
リョーマは家庭教師をしてくれる手塚に、お礼として自分を捧げている。
家庭教師をする日は決まって手塚の家にお泊り。
机に向かっての学業の勉強が終わると、ベッドの中で恋愛のお勉強となる。
身体を繋げる行為に関しては、少しの好奇心と溢れんばかりの愛しさからか全く抵抗が無く、男同士という後ろめたさは生まれなかった。
様々な問題はすぐに解決されて、初めての夜を迎えたのは付き合ってから2週間後だった。
初めての夜を過ごした日は、今でも鮮明に覚えていて、あの日は2人にとって大切な1日として記憶されている。
「リョーマ、今度の土曜…」
「遅くなってゴメンね〜越前君。あっ、手塚先輩」
熱い夜を思い出した手塚は、早速リョーマに誘いを掛けるが、勢い良く開いたドアからもう1人の当番が大声を出しながら現れて、手塚は途中で話しを止めてしまう。
「ちょっと先生と話していたら遅くなっちゃったわ」
えへへ、と舌を出して笑う。
話し方からして、かなり活発で明るい性格みたいだ。
ショートカットの髪はあちこち無造作に跳ねていて、見た目は女版、菊丸英二と言ったところか。
「…図書室で大声は良くないのでは?図書委員」
折角の2人きりが終わってしまい深い溜息を吐くが、遅れて来た人物には注意を忘れない。
「えっ、あ、はい…すみません」
憧れの先輩に目の前で叱られて、ガクリと肩を落としてしょぼしょぼとカウンターの中に入って来た。
「では、後でな…」
2人きりでなくなったこの場では、これ以上話しを続けていられないと、手塚は元の表情に戻し図書室から出て行った。
「…バッドタイミングってトコかな…」
去って行く後姿を見送って、ポツリと言葉を零し、こちらも手塚に負けないくらいの深い溜息を吐いた。
「え?何か言った?」
「…何にもないっスよ」
暫くの間、2人には沈黙が続いた。
元々、くだらないお喋りには興味が無いリョーマは、どれだけ沈黙が続こうが関係ない。
黙っていた方が楽で良い。
「あのさ、越前君」
黙っているリョーマの様子を気にしていたもう一人は、自分が遅れた事で機嫌が悪くなっていると勘違いしていて、この不機嫌を治す為の良い考えがまとまると後ろから話し掛けた。
「何スか?」
顔だけを向け、とりあえず視線を合わせてみる。
「どうも今日は人が来ないみたいだし…」
「みたいだし?」
「だから、ね」
ニコニコと笑いながら、リョーマの横に立った。


図書室を出た手塚は廊下から室内を覗き込む。
誰も来ない空間に愛しい相手と、2年の女子生徒の2人だけのこの状況を黙って見ていられるほど、寛大な心を持っていない。
だからと言って何か行動に移すわけでもなく、ただ暫く眺めるしか出来ない。
歯痒さだけが心を占める瞬間。
しかしリョーマはバッグを肩に担ぎ、カウンターを出てこちらにやって来た。
思わぬ展開に手塚は眉をしかめる。
その瞬間、リョーマは窓の外にいる手塚の存在に気が付いた。
ばっちり視線が合い、手塚はばつが悪そうな顔をし、リョーマは未だにその場にいた事に少し驚いた顔をしてから、ニッコリと笑った。
窓越しに眩しい笑顔を見せられ、思わず目を瞠る。
リョーマは笑顔のままドアから出て来た。
「…越前、どうした?」
「今日は1人でも大丈夫だから、部活に行ってもいいって言われた」
遅れて来たもう1人の当番は、バスケットボール部に所属していて、今日は体育館の使用が禁止となっているので部活が休みとなったらしい。
リョーマと違って自分は時間があるから、遅れてきたお詫びとしてリョーマに「後は自分が引き受けるから、部活に行っていいわよ」と伝えた。
もちろん願っても無い申し出なので、リョーマは有り難く一つ返事で了解した。
こうしていても図書室には誰も来る気配が無い。
どうやら今日なら1人でも問題が無さそうだ。
「では、一緒に行くか?」
「うん」
思わぬ出来事に浮かれ模様の2人だった。

――― 2人の愛は何事にも勝つ。


「あれ?今日は早いね」
着替えてコートに入れば、入口近くに立っていた不二が2人を迎えた。
「どーも、今日は…不二先輩と大石先輩だけっスか?」
「あとは君の横にいる手塚」
一緒に来ているのだから名前を出す必要は無いのに、不二は律儀に手塚の名前を出した。
「へー、珍しく少ないっスね」
いつもはもっといるのに、今日はたったの3名。
「たまにはこんな日もあるよ。ほら、越前は早く練習に入らないと」
入部した時からレギュラーの地位を不動のものとしているリョーマは、手塚に変わる青学テニス部の中心人物となっていた。
部長と副部長の座は、2年の桃城と海堂に引継いでもらったが、リョーマにはそれよりもっと重要な位置に属してもらっている。
手塚から自分に代わる『青学の柱』として認められ、その力を遺憾なく発揮しているリョーマは、青学男子テニス部の看板娘(?)と言っても過言ではない。
見た目はボーイッシュでキュートな女の子でも通用するが、リョーマの普段の性格は男そのものだ。
たとえ目上だとしても、ズバズバと歯に衣着せぬ物言いには誰もが閉口する。
しかしリョーマは口先だけでは無い。
自分の口から出た言葉には、責任を持って対応する。
何にでも最後までやり通し、成し遂げる。
こんな見た目とのギャップのおかげで、ルーキーと呼ばれるリョーマに興味を持つ生徒は、青学の中だけで無く他校にも多くいて、一度そのプレイを見てしまえば誰もが虜になってしまう。
元部長であった手塚にとっては、テニスに興味を抱いてくれる生徒が増えるのは喜ばしい事だが、リョーマのファンが増える事に対しては手離しで喜べない。
ついでに言えば、リョーマ本人だけが全くそれに気が付いていないのが現状であり、手塚にしてみては頭を痛める事柄でもある。
「ういーっス」
帽子を目深にかぶると、桃城達が待っているコートにさっさと歩いて行った。
「桃部長」
手塚に代わる部長は桃城だ。
明るい性格で後輩からも慕われている。
テニスにしても周囲からは『くせ者』と言われていて、その実力はかなりのものだ。
「おう、早かったな。じゃ、これが今日のメニューだからな。しっかりやってくれよ」
「っス」
桃城から今日のメニューを聞くと、軽いストレッチから始め、段々と激しい練習内容へ進めていく。

「珍しいね」
手塚と共に反対側の面においてあるカラーコーンにボールを当てる練習をしていた不二が、唐突に手塚に語り掛ける。
「何がだ?」
こちら側にボールを打ってくるのは大石で、2人の会話は彼には聞こえていないらしく真面目な表情で一球、一球、真剣に打っていた。
手塚は不二に応えながらも、キレのあるフォームで見事に打ち返してコーンに当てていた。
青学最強とまで謳われていた手塚の力は、レギュラー時代よりも更にパワーアップしている。
「越前がこんなに早く来るなんて、今日は水曜日だから委員会じゃないの?」
「…もう1人の委員が残りを引き受けてくれたらしい」
「そうなんだ」
へぇ、と言う不二も、綺麗な軌道を描くボールを何度も放ち、カラーコーンの中心に当てていた。
手塚も不二もこのまま青学の高等部へと進む。
エスカレーター式の私立の学園では、外部に進む者以外は受験勉強を必要としないから、こうして毎日のように部活に顔を出しても平気なのだ。
だからって勉強しなくても良いって訳では無いのだが。
しかしながら、ここにいる3人には問題は無い。
テニスだけでなく勉学の成績もかなり優秀なのだ。
「越前と同じ当番になっているもう1人って、2年の女の子でしょ?」
「あぁ、良く知っているな」
「僕も図書室には行くからね。でも越前と彼女なら大丈夫だね」
リョーマの当番に日に本を借りた事があり、その時もう1人の当番を見ていた。
「大丈夫とは?」
「彼女、男子バスケ部の部長と付き合っているってさ。乾情報だから完全に確実だね」
リョーマと同じ日に決まった理由が、これだった。
下手に2人きりにさせて、羨ましい関係にさせるくらいなら、初めから問題の無い人物を同じ日にさせておけばいい。
それより「男子と組ませばいいのに」と、思うのが一般的な考えだが、図書委員を引き受けるのはほとんどが女子で、男子はリョーマ以外に2人しかいない。
時々、力仕事もある為、男子同士で組ませないようにしている。
「だから安心しなよ」
「…そういう事か。ところで菊丸は今日来ないのか?」
同じクラスで仲の良い相手がいないのを訊ねてみる。
「うん、新しいゲームの発売日だからって、急いで帰っちゃったよ。相変わらずのゲーム好きだからね」
朝から財布の中身を何回も確認して、授業中でも休み時間でも常にソワソワ、ワクワクしていた。
前々から発売日を楽しみに待っていたゲームだけあって、今日の菊丸の機嫌は最高に良かった。
「あいつは、変わらんな…」
その様子が手に取るように思い浮かぶ。
きっと教室に入る前からかなりのハイテンションで、不二や他の友人達を捕まえてはゲームの話をしていたに違いない。
不二は少し困りながらもその性格から、きっちりと菊丸の相手をしていたのだろう。
「ふふ、手塚は英二と違って何だか変わったよね」
「俺が?」
「岩石みたいに硬かった表情が、ほんの少しだけど柔らかくなってるよ。何だろ?越前効果なのかな?」
手塚の顔をジロジロと見る勇気のある生徒なんてなかなか拝めないが、部活仲間の不二達には感心するほどの変化だった。
「何なんだ、その越前効果とは…」
意味のわからない台詞に思わず眉をしかめる。
「そうだなぁ…型破りな子だけど、何故か憎めないんだよね。恋愛に欠片ほどの興味を抱かなかった君が好きになるのもわかるよ。本当、君には勿体無いくらいだよ。あっ、でも心配しないで、僕が君から越前を奪い取るなんて事は無いから」
そこまで言われてしまうと、手塚は黙るしかなかった。
リョーマとの付き合いを知っているのは、不二を筆頭に菊丸、乾、海堂、桃城の五名。
恋人としての付き合いだと知っているのは、不二と菊丸と乾の3名で、桃城と海堂は後々気付くだろうと、あえて話していないから、友人としての付き合いとしか思っていないらしい。
またしても乾からの情報なので、信憑性は高い。
「でも好きだからって、あんまり無茶したらダメだよ。あの子は君と違ってまだ子供なんだから」
「一体、何をだ?」
何となく不二が言う台詞が頭に思い浮かぶが、出来るのなら自分の思い浮かべた台詞が間違っている事を望みつつ訊ねてみた。
「何って…そうだな、恋人達の夜の営みって言っておこうかな。それとも変に濁すよりも、はっきりセックスって言った方が良かった?」
にっこり笑顔できわどい内容を口にする不二に、手塚はこめかみを押さえた。
「…もういい。お前と話していると頭が痛くなる」
やはり思ったとおりの台詞。
「あれ?こんな答えを期待してたんじゃないの?」
「誰が期待などするものか…」
2人の関係が肉欲を伴うものだと不二が知ったのは、全国大会を終えて、3年生が一線を退いてからの部活の時間だった。
休日の部活の際、家の用事で少し遅れて来た不二が、同じく遅れてやって来たリョーマと着替えている最中に思わず視界に飛び込んだ、身体に幾つか残っていた内出血の痕が原因。
子供の身体には不釣合いな痕。
これは下手に後で問い詰めるよりも、この場で直接本人に訊いた方が早いと考えた不二は、思い切って声にしてみた。
『越前、これって手塚のマーキング?』
『マーキング?』
胸元を指差されて、リョーマは不二の指が示す場所を見てみた。
服を着ていたら絶対に見えない位置に残る赤い華。怪我や喧嘩などで出来る種類とは異なる。
『違った?』
『…違ってないっスよ』
見られた事に対し少しだけ顔色を変えたが、慌てる様子も無くしっかりと応えた。
『あれ?焦ったりしないの』
『焦っても仕方無いっスから』
訊ねられたリョーマも、隠すよりも話しておいた方が、今後の為と考え、手塚との関係が心だけで無く、身体もだと不二に教えておいた。
「今更、隠したって仕方ないでしょ?」
「まぁな…」
ボールを打っていた大石から「ボールが無くなったから休憩にしよう」と言われ、2人はその間練習をする部員達の邪魔にならないようフェンスの側に移動して話しを続ける。
「皆のアイドルを独り占めしているんだから、これくらいの反撃なんて可愛いもんじゃない。文句の一つも言えない人だっているんだからね」
と、どこかを見ながら話す不二の視線の先では、桃城がこちらを見ていた。
「…まさか」
不二の視線を追い掛けた手塚は再び眉をしかめた。
「桃は君と越前の関係を知らないよ。でも仲が良いのをとっても気にしているみたいだね。とりあえず盗られないように気を付けなよ」
「そうさせてもらおう」
手塚も桃城とリョーマの仲は知っている。
通り道だからと、桃城が自転車でリョーマを送り迎えしていた時期も確かにあった。
それは遅刻魔だったリョーマを、何とかして遅刻させないようにとの、先輩としての思いやりからと、下級生の世話の一つも出来ないような奴では、3年生の先輩達に何を言われるかわからない。
他にも色々と考えていた。
何だか気になる存在で、もっと色々と知りたい気持ちとかもあり、桃城の中では様々な思いが絡まっていた。
しかしリョーマにとって桃城の存在は、兄弟のいない自分にとって『まるで兄のようなものだ』と、本人の口から聞いている。
だが反対に、桃城がリョーマをどう思っているのかは知らない。
不二の言葉からして、自分と同じ想いをリョーマに抱いている可能性が高い。
今はまだ同じ場所にいられるが、あと数ヶ月で自分はこの学校から去らなければならない。
そうすれば、おのずと桃城にもチャンスが訪れる。
「僕が言うのもなんだけど、越前が君から桃に乗りかえるとは思えないけどね」
どう考えても桃城の想いをリョーマが受け入れると思えないのは、2人してベタ惚れなのを知っているから。
それでなければ、プライドの高いリョーマが手塚に組み敷かれて平気でいられるはずが無い。
リョーマなら反対に手塚を押し倒しても可笑しくない。
「君だって越前から他の誰かに乗りかえる気なんて無さそうだしね」
「当然だ」
迷いもせずに答える。
「ふふ、本当に好きなんだね。越前も桃の存在なんて気にも留めてないんじゃないの」
たとえ手塚が高等部に進学しても、リョーマの心が変わってしまう可能性はゼロに近い。
「だが、用心に越した事は無いな」
先に視線を外した桃城を、眼鏡の奥の瞳を鋭くさせて見ていた。
たとえ同じ部活の仲間であろうとも、愛しい恋人に近寄る奴には容赦はしない。
「油断せずにいこうって?全く手塚らしいね」
くすくす笑いながら手塚の口癖を使って揶揄すると、ジロリと睨まれた。
この後の部活の時間は、何事も無く過ぎていった。

――― 愛には障害が付き物。


「不二先輩と何を話してたんスか?」
部活からの帰り道も2人で歩く。
初めの頃は『手塚とリョーマが一緒に帰る』だけで、何が起きたのか理解出来ない顔をされていたが、今では誰もが慣れて来たようで、あからさまな反応は無くなった。
大通りを過ぎて、今は丁度、路地に入っているので2人は横に並んで歩いている。
「不二が…桃城には気を付けろと言ってきてな」
リョーマが部活の最中、しきりにこちらを気にしていたのは知っていた。
「桃先輩?何で不二先輩が桃先輩を…」
うーん、と首を傾げて色々と考えてみても、思い当たる節は無かった。
「桃城がお前を俺と同じ意味で好意を持っている」
『意味が分からないから教えて』と訴えれば、あっさりとリョーマの望む答えを出した。
「…ウソ、桃先輩が俺のコトを…」
驚きで声が上ずる。
「嘘では無い。俺と同じ想いをお前に抱いている」
確証した訳ではないが、間違いは無い。
「…でも俺は国光だけだし。桃先輩が俺を好きでも、俺は桃先輩を国光みたいに思えないから」
面倒見の良い先輩が、実は自分を恋愛対象に見ていた事実に愕然とするが、そんなものは瞬き程度で、すぐに普段のリョーマに戻り、きっぱりと言い切る。
疑いようも無い告白に手塚も想いを告げる。
「俺もリョーマだけだ。たとえ桃城がどんな手を使ってきても、お前を離したりしない。絶対にだ」
「…うん…大好きだよ、国光」
そっと伸ばされた手がリョーマの手を包み込むと、そのまま握り合って次の大通りまでの短い距離を歩く。
手から伝わる体温が心地良い。
不二の言うとおり、リョーマがそう簡単に手塚から誰かに乗りかえそうに無い。
リョーマが手塚を好きになった理由の一つとして、自分をここまで奮い立たせる相手と出会えた事にある。
自分の父親と同じ強さを持ちながらも、手塚にはもっと違う何かがあるのだと、直感した。
そしてそれを確実にしたのが、あの高架下のコートでの試合だったと教えてもらった。
「リョーマ」
呼び掛ければ、大きな瞳がこちらを見つめる。
「次の土曜日は何か用があるのか?」
「今度の土曜日は…えーと、部活は珍しく休みだから何も無いけど」
2年生と1年生だけの試合である新人戦も終わった今、公式試合への参加は無い。
他校との練習試合ならあるが、顧問の竜崎から聞いた予定では来月になっている。
確か相手の学校は氷帝学園だったはず。
数週間前に行われた新人戦の決勝では、この夏の関東大会の1回戦で相手校となった氷帝学園の日吉と対戦した。
関東大会ではお互い補欠登録の選手として戦った相手であったが、この時の試合はリョーマの勝利、そして青学の勝利だった。
今回の新人戦も関東大会同様リョーマの勝利で終わった。
「そうか。ならば泊まりに来ないか?」
「…勉強?」
次の中間テストに向けての勉強も、そろそろ始めなければならない。
テストで良い結果を出せば教師と母親と手塚が満足する。
テニスで良い結果を出せば顧問と父親と手塚が満足する。
どちらも恋人が喜ぶ事に間違い無い。
「それもあるが、俺としてはお前に触れたい」
握っていた手の力を痛くない程度強くして、真剣な顔で告げればリョーマの顔がみるみる赤くなる。
「俺だって、国光に触れたいよっ」
朱に染まった頬が更に赤くなる。
「リョーマ?」
「だって最近忙しくて…会ってなかったし、それにシテないし…」
真っ赤になりながらもリョーマは手塚に訴える。
リョーマは部活で、手塚は次期の生徒会の選挙の打ち合わせなどで、忙しい毎日を過ごしていた。
顔を合わせる時間はあっても、身体を重ねる時間なんてなかなか取れなかった。
「そうだな…では、土曜は良いのか?」
「もちろんだよ」
リョーマの返答を聞いた手塚が柔らかく微笑んだ。
ささやかながら大きな愛情表現。
こんな表情を見られる喜びに包まれながら、リョーマは残りの帰り道を歩いた。

――― 愛を確かめるのも大事。


約束をしていた土曜日の朝は、夜から続いた雨が残っていて、出掛けるには少々億劫だと感じてしまうほどの天気だった。
「びしょ濡れにならなくて良かったよ」
部活が無ければ昼近くまで寝ているリョーマも、恋人との約束なら早起きをして準備をして出掛ける。
小雨の中、鮮やかな青色の傘を差して気分良く家を出たのは良かったが、手塚の家に到着した時には着ていた服は少し濡れていた。
「今ならば服が絞れるくらいだな」
「ホントだね」
家の近くまでは傘さえあれば全く濡れない程度の雨だったが、家が見えてきた途端に雨は強くなり、今では窓を叩く雨音が何よりも大きな音となっていた。
大きな窓に滝のような雨が流れ落ちていくのを部屋の中から黙って見ていた。
「…ね、何で誰もいないの?」
静まりかえった家の中。
いつもならリョーマが来ると、彩菜が嬉しそうに出迎えるのに、今日はそれが無くてちょっぴりつまらない。
「……昨日から両親は旅行に行っている」
「ふーん。おじいさんは?」
「2日前から老人会の会合で草津だ」
「…へー、珍しいね」
柔道の師範をしている祖父は、朝早くから道場に出ていて、リョーマが帰る頃に戻って来る方が多く、泊まり以外では会う機会は少ない。
祖父もリョーマを気に入っているらしく、自分の孫よりも小さなリョーマを可愛がっていた。
「そうだな」
「じゃ、今日は国光と2人きりなんだ」
両親も祖父もいない、いるのは手塚と自分だけ。
「明日の夜までな…」
家族がいないのを承知の上でリョーマを誘った。
誘う時に家族の事を話さなかったのは、断られるのが怖かったからだ。
「それが狙いで今日誘ったの?」
窓に映る手塚の表情は、少し硬かった。
「言えば断られると思ってな…」
「俺が断ると思った?」
「まぁな」
「断る理由が俺には無いよ。だって俺はいっつも国光と一緒にいたいんだから」
普段から思っている願いを口にして、ぎゅっと腕にしがみつくと、頭をコツンと肩に乗せた。
「…好きだよ、国光…」
聞こえないくらいのトーンで呟く。
「リョーマ…」
どれだけ小さな声でも、手塚の耳はリョーマの声だけは何としても絶対に拾う。
しがみ付いていた腕から一旦手を離させると、正面から抱き合った。
背中をしっかりと抱き込んだ形で抱き締め合うと、布越しに伝わるお互いの体温が心地良く伝わる。
これを肌と肌で触れ合ったら、もっと気持ち良いはずと思ったのは、手塚もリョーマも同じ考えだった。
不図、顔を上げたリョーマがゆっくりと瞼を閉じて、少しだけ唇を突き出して合図を送る。
『キスして欲しい』との無言の催促に、まずはリョーマの両頬に手を添えて、その表情を食い入るように眺めてから、チェリーピンク色をしたリョーマの唇に触れた。
手塚にとってリョーマは恋愛において初めての相手。
抱擁もキスもセックスも、全てがリョーマとしか経験が無い。
唇が触れ合うこの行為や身体を繋げる行為が、これほど気持ち良いものだと知ったのは、リョーマのおかげだ。
だからと言って、他の相手としたいとは思えない。
リョーマとだから…したい。
「……国光?」
閉じていた瞼を開いたリョーマの視界に移ったのは、真剣な顔をしている手塚の表情。
「何でもない…リョーマ…」
「……ん…」
安心させるように頭を撫でれば、再び瞼を伏せて口付けを受ける。
擦れ合うだけのキスでも、次第に身体の中が熱くなっていけば、背中にまわっていたリョーマの腕から力が抜け始める。
「…ん…くにみつ…」
触れ合っていた唇を離し、伏せていた瞼を開くと、とろり、と溶けた瞳が手塚を見つめている。
「まだ早い時間だぞ?」
最早どちらのものかわからない唾液にしっとりと濡れている唇を親指で拭ってやる。
「…でも…国光だって…こんな…」
言葉では制している手塚だが、チラチラと欲望の焔が覗く瞳を間近で見た後、リョーマは視線を合わせたまま手の位置を背中から下に移動し、ジーンズの前の膨らみをゆるゆると撫でる。
「…くっ…」
「ほら、おっきくなってきてる…」
間接的に感じるリョーマの手の動きだったが、愛しい相手の手が触れていると思うだけで、手塚の下半身をダイレクトに刺激した。
「…国光は我慢できるの?できないでしょ?」
撫でていた部分がまた少し大きくなり、身体のラインにフィットしたジーンズの中で、かなりキツそうに収まっているのが感触でわかる。
手塚が何かを言う前に、リョーマが片手でジーンズのボタンを器用に外し、ファスナーを下げてしまった。
「リョーマ…」
「…俺は我慢出来ないよ…」
言うと、その場に膝立ちになり、少し育っていた雄を下着の中から取り出して、硬くなった先端に口付ける。
チェリーピンクの唇から真っ赤な舌がチロリと覗いたと思えば、滑る温かい舌でじっくりと舐められた。
「…くっ…」
その生々しい感触に息を飲む。
触れた瞬間、頭を擡げていた雄の強度が急激に増した。
「明るいうちからしちゃダメなの?」
根元を手で扱きながら、側面をペロリと舌で舐る。
「俺は…国光としたいよ…」
「…いいのか?」
「イヤならこんなコトしないよ」
はむ、と口の中にすっぽり含み、唾液の力を借りて頭を前後に動かす。
いやらしい音を立てながら、奉仕を続けるリョーマの顔を上から眺めてみる。
己の欲望の証を口一杯に含んで、足りない部分には両手を使って何度も擦っている。
この後に訪れる眩暈がするほどの快感を想像しているのか、赤く色付いた目元の色っぽさに見惚れてしまう。
「…リョーマ、もういい…」
しっかりとした硬さにまで育った己をリョーマの口から取り返し、座っているリョーマを抱えてベッドに運ぶ。
「煽ったのはリョーマだぞ」
ギシ、と音を立ててベッドの上に降ろされた。
「…たまにはこういうのもいいでしょ?」
「たまには、な」

忙しなく服を脱がし合いベッドの下に落とすと、手塚の上にリョーマが乗りかかり、お互いの昂ぶりを手や口で刺激し合う。
「…は…んぅ…」
既に大人のそれと見劣りしない手塚の昂ぶりは、腹に付きそうなほど反り返っている。
まだ幼いままのリョーマのものと違い、大きく育つと全てを口の中に収めるのも大変になる。
「…無理をしなくてもいいのだぞ」
何度もしている行為でも、自分の雄の大きさを認識しているだけあって決して無理はさせない。
「…平気…んっ、あっ…んぅ…」
手塚は目の前のリョーマの昂ぶりを、根元から先端に掛けて扱くと、途切れ途切れに甘い声が零れる。
見た目はまるで牛の乳搾りでもしているような状態。
その証拠に、扱く事によって先端から粘度のある液体がとろりと垂れてくる。
「先にイかせてやるからな」
もっと強い刺激を与えれば、ここから濃厚なミルクが噴出される。
何度も味わっている青臭いミルクの味を確かめたくて、手塚は下から先端だけを含み、少し強く扱く。
「…あっ、ダメ…イっちゃう……ああっ…」
耐え切れずにブルッと震えると、手塚の口内にリョーマの体液が流れ込む。
「…あ……ゴメン…出しちゃった」
射精によって弛緩した身体が崩れ落ちる前に、手塚の上から慌てて退き、こっそり顔を覗き込むと、何だか満足した表情を浮かべていた。
「…いつものリョーマの味がした」
吐き出しもせずに全てを喉の奥に流し込んだ。
舌を刺すような青臭さと感じたのは初めの一度きり。
それからは全く気にならなくなった。
「なっ、また飲んじゃったの?」
数えるのも嫌なくらい、手塚はリョーマから吐き出された体液を飲み込む。
「そうだが?」
悪びれもせず、淡々と告げた。
「あんなもの飲まないでよ」
「俺は飲みたいからしているだけだ」
「じゃ、俺もする」
お返しとばかりに再び昂ぶりを口にしようとしたリョーマの腕を掴み、胸の中に抱き締めた。
「…俺としてはお前の中に飲ませてやりたいのだが」
「俺の中がいいの?」
「あぁ、お前の中に入りたい」
耳元で囁けば、リョーマは大人しくなる。
「…じゃ、いいよ」
合意を出すと、手塚の身体の下に組み敷かれ、リョーマは持てる限りのテクニックを駆使した甘い愛撫を受ける事となった。
「…出来るか?」
「……ん…」
ベッドに仰向けになった手塚の上に座り、昂ぶりに手を添えて自らの後孔に宛がう。
「…あ…ん…」
窄まりを傷付けないように広げながら、ゆっくり埋めていくと、重力の関係で身体の奥深くまで熱い脈動を受けてしまう。
「…全て入ったな」
「……あ……深、い…」
詰めていた息をゆっくり吐き出して、うっとりとした表情を見せる。
「…動くぞ…」
「ああっ、んぅ、やぁっ…」
下から突き上げれば、あられもなく乱れる。
達するギリギリの瞬間まで手塚はリョーマの内部を掻きまわし、同時にのぼりつめた。
「…リョーマ」
繋がったまま起き上がり、達した余韻に酔っている身体を抱き締める。
「…ん、もう一回する?」
一度きりで手塚が満足するとは思えない。
一旦は力を無くした手塚の雄が、リョーマの中で段々と硬さを取り戻していくのがリアルに伝わってくる。
「あぁ…」
リョーマの中から自身を抜き、今度はベッドの上にリョーマを横たえる。
「挿れるぞ…」
脚を抱えて挿入を開始すれば、手塚の放った体液が極上の潤滑材となり、すんなりと飲み込んでいった。
律動を開始すれば濡れた音が響く。
こうして2人は雨音が気にならないほどの、荒い息づかいと肉がぶつかる音、ベッドの軋む音だけを部屋の中に響かせていた。

――― 愛をたっぷり注ぎましょう。


汗や体液で濡れた身体をシャワーで流し、キッチンで少し遅くなった昼食を摂っていた。
「国光が作ったの?」
「あぁ、お前がやって来る前にな」
雨のせいで少なからず最悪を考えていた手塚は、リョーマが来る前にサンドウィッチを作っておいた。
もしも来るのが億劫になれば、明日まで1人で過ごさないといけなくなる。
何か作っておいて、腹が減った時に食べればいい。
それだけの事。
しかし最悪どころか朝から最高を味わった。
リョーマが空腹を訴える頃合を見計らって、作っておいたサンドウィッチを出せば、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
手塚が作ったのは、レタスとキューリ、トマトを挟んだ野菜サンドに、定番のタマゴに、ロースハムとチーズの3種類。
単純なものほど、少しの調味料で味が微妙に変わる。
手塚は素材本来の味を楽しむタイプなので、味付けはかなりあっさりしていた。
その時、美味しそうにサンドウィッチを頬張っていたリョーマの視界の端に、見た事の無い瓶が入り込んだ。
「…あれ、何?」
テーブルの端に置いてあった瓶の中に得体の知れない物体が入っていて、恐る恐る訊ねてみた。
「あぁ、これは蜂の子だ」
冷蔵庫からパックのオレンジジュースを取り出しコップに注いていた手塚が、常に祖父が食事を取る場所に鎮座していたその瓶を手に取り、リョーマの前に置く。
「蜂?これが?」
恐々見てみれば、瓶の中には幼虫の姿のままで佃煮にされていた蜂がたっぷり詰っていて、かなり嫌そうな顔をしてしまう。
「祖父が好きでな…」
冷蔵庫にパックを戻し、コップをリョーマに渡す。
「ありがと。もしかして国光も食べるの?」
祖父の影響を受けまくってくるだけあって、もしかして味覚まで祖父に似ていたら、こういうものも平気で食べているのかもしれないと思った。
「いや、俺は遠慮している」
特に好き嫌いは無いが、流石にこういった珍味中の珍味には箸が進まない。
好きで食べている祖父には悪いが、出来る事なら自分がいない時に食べて欲しい。
「そうだよね…ちょっと食欲無くすよ、コレ」
グロテスクな食べ物を元の場所に戻し、食べ掛けだったサンドウィッチを口の中へ放り込んだ瞬間、フッ、と笑われた。
「…何?」
何だか莫迦にされた気がして、少し機嫌が悪くなる。
「いや、お前はいつも俺のモノを美味そうに咥えていると思ってな」
「…ぐっ…ゴホっ…へ、ヘンなコト言わないでよ。だったら国光だって同じでしょ」
思わぬ台詞にサンドウィッチを喉に詰らせてしまい、とんとんと胸元を叩き、涙目になりながらもキッと睨む。
「そうだな。しかしお前のはどうにも愛らしくて、グロテスクとは思えないな…」
つい、先程までリョーマの身体を慈しんでいた手塚は、頭の中で思い浮かべていた。
乱れた艶かしい姿態を見るだけで身体が熱くなる。
汗や体液で濡れた身体に何度も欲情し、己の身体を使って何度も貪る。
健康で若いだけあって、何度でもしたくなる。
何度でも沸き立つ身体の熱。
どれだけ触れても、どれだけ重ねても、身体は直ぐに渇きを覚えてしまう。
まるで麻薬のように、リョーマを求めてしまう。
「国光、顔がニヤけてるよ」
顔を見るだけで何を考えているのかが分かってしまい、コップに注がれたオレンジジュースを一気に飲み干してから、呆れた声を出した。
2人きりになれば本当の姿を見せてくれるが、嬉しい反面、変わり過ぎにはそれなりに戸惑ってしまう。
「一体、どっちが本当の国光なんだろ…」
学校で見せる厳しい顔と、自分に見せる優しい顔。
どちらも手塚国光に間違いないのに、全く正反対の人物となっている。
少し俯いて、もそもそと食べ続ける。
「何を悩んでいるんだ」
はーっ、と溜息を吐いたリョーマの頬に手をのばして、顔を上げさせる。
「…ほら、付いているぞ」
恨めしそうに見上げているリョーマの口元に付いたパンくずを取り、自分の口に運ぶ。
「…変わり過ぎだよ」
手塚が触れた口元を手の甲でぬぐう。
口で注意すれば良いだけなのに、こうして行動に起こすのは2人きりの時しか見られない姿。
「何が?」
「性格が、だよ。分かってないの?」
「…お前だって俺といる時と学校では全く違う」
「うっ、だって…国光と一緒にいられるのって、すごく嬉しいんだもん…」
嬉しくて学校と同じ態度でなんかいられない。
言葉遣いや性格、仕種などの全てが変わってしまう。
「俺も同じだ。好きな相手と共に過ごせる時間は格別のものになる」
一緒にいられる幸福感を、心ゆくまで味わえる時間に、厳しい顔なんてしていられない。
自然と顔が緩んでしまうのだ。
普段では言えない事でも口に出せる。
「…あ、そっか……同じなんだよね」
誰だって好きな相手の前では、自分の全てを見せて、自分をもっと知って欲しいと願う。
手塚の場合もリョーマの場合も、好きな相手に自分の本当の姿を見せようとしているだけで、何もおかしいところなんて無い。
小さく「ゴメン」と謝ると、ガタンと音を立てて勢いよく椅子から立ち上がった。
「リョーマ?」
「俺、国光が好き。だからもっといろんな顔を、俺だけに見せて」
真っ赤になりながら、少し早口で話す。
挑戦的な顔を向ければ、優しい笑みが見つめていた。

――― 愛を再確認。


「…美味い」
目の前のロールキャベツを一口食べた手塚は、驚きの顔をしていた。
「本当に?それ社交辞令じゃないよね?」
「本当に美味い」
また一口、口に運んだ。
「へへ、やったね」
リョーマも手塚の様子を満足気に眺めてから、自分の分を食べ始めた。
昼食を済ませた後、少し外に出ようとしたが、雨の勢いは全く衰えなかったので、勉強タイムになっていた。
中学生らしく真面目に過ごす時間。
一旦終了したところで、リョーマが「俺が夕食作ろうか?」と訊いてきた。
手塚としては、リョーマに料理など出来ると考えていなかったので、返事を返すのに変な時間が空いた。
またそれがリョーマのプライドに火を点けてしまい、手塚の承諾を得ないまま、キッチンに入っていた。
そんな経緯を経て出来上がったのが、先程手塚が口にしていた『ロールキャベルのトマトソース煮』だった。
鍋の中で良い香りを放っているロールキャベツ。
白い皿に盛り付けた時の出来栄えは、作った本人も納得のものだった。
「リョーマがこれほどの腕前を持っていたとは…」
二人だけなので小振りに作ったロールキャベツ。
クルクル巻いたキャベツの端を上手く中に収めて、煮込んでいる最中に解ける事は無い。
普通はキャベツが解けないように楊枝や干瓢などを使っているが、そんな物は必要としない。
そんなテクニックまで持っていた。
作った数は全部で六つ。
それを既に三つも食べてしまっていた。
「なかなか上手でしょ」
リョーマも手塚の反応に満足しながら、二つ目を食べ始めていた。
冷蔵庫の中には様々な食材が置いてあり、リョーマが頭に思い描いていたレシピの材料の全てがあったのが幸いして、全てが出来上がるまでの時間は、それほど掛からなかった。
トマトソースも生ではなく、缶詰があったのでこれまた簡単に出来てしまった。
それとも彩菜が気を利かせて、出掛ける前にいろいろと買い込んでおいてくれたのかもしれない。
自分の息子が意外と料理が得意だと知っているし、リョーマが泊まりに来る事も知っていた。
外食でもいいけれど、お金を掛けるくらいなら、自分達で作るかもしれない。
そこまで見越して材料を用意していた事実は、後程知る事となる。
「家でも作るのか?」
「まさか。家には母さんや菜々子さんがいるんだから、俺の出番はまず無いよ」
「では、何時覚えたんだ?」
学校の家庭科の授業だけでは、これほど完璧なものは作れない。
「えっと、アメリカにいた時に、家に来てたハウスキーパーのおばさんから教えてもらったんだ」
「家政婦か」
「うん、母さんバリバリ仕事してたから」
テニスをやめた途端、仕事を第一にしてしまった母親に代わり、ハウスキーパーが家の中の仕事をしていた。
小太りでかなり気さくな女性は、両親よりもリョーマに色々と教えてくれた。
その中でも『料理』は、熱心に教えてくれた。
もし1人きりで生きる事になっても、住む場所と着る物は簡単に手に入ったとしても、料理だけはそうそう簡単に出来ない。
問題は無いかもしれないが、料理が出来るのと出来ないのでは出来る方が絶対に良い。
「魚のさばき方も教えてもらったよ。実はムニエルも得意なんだよ」
料理の基本である、包丁の持ち方から、色々とある調理器具の正しい使い方まで。
簡単な魚料理と肉料理を教えてもらい、内緒で作って家族に振る舞った事もある。
「だから、これくらいなら普通に作れるんだ」
二つ目のロールキャベツを食べ終えたリョーマが、鍋に残っている最後の一つを取ろうとして、手塚の視線とぶつかった。
「…食べる?」
「いや、お前の分だからな」
口では断っていても、視線は釘付け。
自分の皿に乗せたリョーマが「半分あげる」と言いながら、箸で半分に切ると、空になった手塚の皿にスープを零さないように乗せた。
「いいのか?」
「そんな顔で見られたら、食べにくいからね」
大きく口を開けて、半分になったロールキャベツを放り込んだ。
「ありがとう」
礼を言うと、手塚も食べる。
不図、何かを思い出した手塚が立ち上がり、棚からパンを持って来た。
「ね、俺にもパンちょうだい」
手塚は持って来たパンを、トマトソースにつけて食べていて、それがなかなか美味そうに見えたので、リョーマも同じ事をしたくなった。
「半分でいいか?」
「いいよ」
トマトソースの一滴すら無駄にしないよう、朝作ったサンドウィッチで余ったパンにつけて食べれば、皿は綺麗なものになった。
結局、六つもあったロールキャベツは、三つ半を手塚が食べ、作ったリョーマは二つ半。
「とても美味かった。ごちそうさま」
「どう致しまして」
同時に立ち上がり、一緒に片付けを始めた。
「また作ってくれるか?」
洗い終えた食器は水を切り、丁寧に拭いていく。
「またこんな時間があればね」
「是非、お願いしたいな」
「かしこまりましたってね」
手塚が食器を片付けている間に、リョーマはシンク周りを布巾で拭いて、2人きりの夕食は終わった。

――― 愛がたっぷり詰った食事。


場所をリビングに移し、テレビを付ける。
「ね、もし次に作るとしたら何が食べたい?」
バラエティー番組が流れているが、2人は全く見ずにお互いを見ていた。
ソファーに座っている手塚の脚に跨ぎ、向かい合うように座ってから問う。
「次か…」
手塚の腕がリョーマを支えるように背中にまわる。
「そ、次の機会にね」
「ふむ、そうだな、和食は作れるのか?」
「和食って、煮物とかなら出来るよ」
作るほうは洋食の方が得意だが、食べるのなら和食の方が好きなので、こっそり練習して覚えた。
「あぁ、それもいい」
「定番の肉じゃがとか、煮魚とか、そんなのでもいいの?」
「充分だ」
「わかった。じゃ今度は和食にする」
色々と和食のレシピを思い浮かべ、もし次の機会が訪れたら何を作ろうか、楽しそうに考えていた。
「リョーマの手料理が食べられる俺は幸せ者だな」
「そう?俺も国光が作ったサンドウィッチが食べられて幸せだったよ」
「あれなら誰でも作れるだろうが」
「そんな事無いよ。国光が作ったから美味しかったし」
サンドウィッチなんて、好きなものを適当にパンに挟めば出来上がる、極めて単純なメニューなのに、リョーマにとっては恋人の作ってくれたものなので、何よりも美味いと感じた。
「俺もまた国光の作ったものが食べたいよ」
コツンと額と額を合わせる。
「俺もリョーマの手料理が食べたい」
話しながら唇に触れてくる。
軽い音を立てながら、触れては離れるキス。
「タマゴサンドが美味しかった」
「そうか」
啄ばむように何度も触れ合い、離れた瞬間だけこうして口を開く。
「…リョーマ、部屋に行かないか?」
半日ほど前に充分したばかりなのに、またもや身体が疼き出す。
「……するの?」
「リョーマが嫌ならしない」
「…イヤじゃないよ」
実際、リョーマの身体も熱を帯び始めていた。
このままでは静まりそうも無いほどの高い熱。
一度だけ深く口付けて、2人は手塚の部屋に向かって行った。

部屋に入ると同時に口付けをしながら抱き合い、もつれ合いながらベッドに倒れ込んだ。
「リョーマ」
「国光」
互いの名前を呼び、見つめ合いながら口付ける。
リョーマの手は手塚の背中をさまよい、手塚の手はリョーマの服の中で滑らかな素肌に触れていた。
「……あっ…」
胸へと移動した手が突起に触れた途端、リョーマはピクンと反応し、明らかに愉悦を含んだ声を出した。
指先で転がすように刺激を与えながらも、口付けは続けている。
「…あっ、は……くにみつ…」
ピクピクと睫毛が震え、もじもじと身を捩る。
何を求めているのかは、今までの経験でわかっている。
「もっと良くしてやるからな」
背中にまわっていた腕を外させて、着ていた物を全て脱がしてしまう。
胸の小さな突起は先程の刺激で既に硬くなり、ツンと主張するように立ち上がっていた。
そこに唇をよせて更なる愛撫を施す。
口に含み舌で転がし、軽く歯を立てる。
「あっ…ん…」
ゾクゾクとした感覚がリョーマを襲い始める。
ちら、と見た下肢はこれからの期待に震え、少しだけ頭を擡げていた。
「…俺も国光も気持ち良くさせたい…」
自分だけが裸になっているのが嫌なのか、リョーマは手塚の服に手を掛ける。
「後でな…」
「え、あっ、んんっ…」
仕方なく手塚は上だけ脱ぐと、頭を擡げたリョーマの下肢に顔を埋めた。
根元まで含んでも、まだ余る…と言ってしまうと、男の沽券にかかわるので決して言わないが、リョーマのそれはまだ子供の域から出ていない。
溢れる体液も薄くて、えぐい味がほとんどしない。
それなのにリョーマが乱れる姿は妖艶でそそられる。
…もっと、見たくなる。
「…んんっ、ふっ、ああっ」
吸盤のように吸い付いてくる唇や舌に、リョーマはひたすら嬌声を上げる。
何度も何度も舐められて吸われるうちに、意識が快楽で朦朧としてしまう。
「…や…イ、ク…イっちゃう…も、離して…」
覚えのある排出感がリョーマを襲う。
出してしまえば最高に気持ちイイのだが、このままではまた口の中に出してしまう。
髪を引っ張ってアピールするが、手塚は気にせず更に激しく攻めた。
「…うっ…や、だぁ…」
どうにか懸命に耐えていたが、感じるポイントばかりを何度も弄られて、リョーマは大きく背中を反らせて呆気なく達した。
ビクビクと痙攣するそこから、溢れてきた生温かい体液を残さず口に含み、まるでワインでも味わうかのように舌で転がしてから飲み込んだ。
「…リョーマ?」
口元に残った白濁を指で拭い、それすらも舐めた手塚の顔はかなり満足気なのに、リョーマは肩で息をしながらこちらを睨んでいた。
「また飲んだ…止めてって言ってるのに」
「どうして駄目なんだ」
「だって、あんなの飲むものじゃ無いし。第一…マズイでしょ?」
「いや、それほどでも無いが…」
「ウソ、だって…」
たまに手塚のモノを口の中で受け止めるが、あの味はあまり好きではない。
「俺のは不味くて飲めるものではない、という事か?」
「…そ、それは…でも、国光のだから…」
好きじゃないけど、恋人のだから平気。
それに自分の幼稚な舌技で感じてくれた証拠になる。
「だからな、俺もお前のだから飲む事を躊躇しないし、不味いとも思わない。同じだろう?」
唐突に口付けられ、リョーマは眉をしかめる。
少し変な味。
自分の出した体液の味。
でも、それほど吐き出したくなる味でもない。
「どうだ?」
「どうだって、自分の精液なんか飲みたがる奴なんていないよ!むぐっ」
バカバカしい問いに噛み付く勢いで言えば、深く口付けられた。
宥めるように手塚はリョーマの綺麗に並んだ歯列をなぞり、上顎を舐った後、舌を絡ます。
「…は…ぅん」
頭に昇った血が急速に下がっていく。
「では、リョーマもしてくれ…」
唇を離した手塚はベッドから下りて、穿いていたジーンズと下着を少し乱暴に脱げば、そこは既に固く勃ち上がっていた。
隆々と天を仰ぐほどに成長した手塚の雄を、真正面から見つめたリョーマの喉が鳴る。
「…気持ち良くさせてあげるから」
ベッドに座り込んだ手塚の前に座り、まるで灼熱の塊みたいな雄に手を掛ける。
先端を口に含み、舌で舐る。
太い幹には手を使い、全体を扱く。
「…気持ちイイ?」
チロチロと舐めながら、訊ねてみる。
「あぁ…いいぞ…」
感じ入っている声にリョーマも、気合を入れて奉仕し続ける。
一心不乱に奉仕していると、先走りの液が零れてくる。
唾液と混ぜて滑りを良くして、口を動かす。
「…リョーマ…そろそろいいか?」
含みながら頭を縦に振ると、動きを早くした。
「…っ…はぁ…」
低く呻いた途端に、リョーマの口内に全て吐き出す。
喉を直撃するくらいの勢いで、溢れてくる体液をリョーマも負けずにゴクリと飲む。
「…大丈夫か?」
「へーきだよ」
手の甲でぐいっと拭い、にっこり微笑む。
「そうか」
愛しさを込めて抱き締めると、そのままゆっくりベッドへ押し倒す。
「まずは慣らさないとな」
自分の唾液で濡らした指を、まずは一本だけリョーマの後孔に挿し込む。
「…う、んっ…」
朝もしたおかげで、それほど締め付けはキツくない。
直ぐに柔らかくなるのでもう一本増やす。
自分の大きさが入るように指を動かし、潤いになる物を取り出す。
「…それ今までのと違うね。新しいの買ったの?」
朝は夢中で気が付かなかったが、手塚が取り出したのはジェルタイプの潤滑材。
今まで使っていたのは、ローションタイプの潤滑材で、変にベタつかないのを気に入っていた。
「朝は残っていたローションを使ったからな、どう違うのか確かめたくてな」
ラベルには『味は無いし、匂いも無いから、口に入れても大丈夫です』と、書いてあった。
キャップを外し、適量を指に出してみる。
まずは自分の体温で馴染ませて、程よく溶けたところで後孔へ塗り込む。
「…あ、ヌルヌルする…でも何か気持ちイイかも」
かなり滑りが良いのか、指の動きがいつもと違う。
巧みな動きでリョーマを翻弄し始める。
「…こちらの方が、負担が少ないかもな」
ローションよりもジェルの方が、リョーマには合っているのかもしれない。
自分にも大量に塗ってから、リョーマの脚を抱える。
「いいか?」
「…うん、いれて…」
リョーマの表情を見ながら挿入を開始する。
ゆっくりと入ってくる灼熱の塊を、リョーマは息を吐きながら受け入れる。
「…あ…入って…くる…」
その太さも熱も全てが自分の中に入ってくる。
じわじわと広げられる感覚も、ゆっくりな動きで全て伝わってくる。
「…全部、入った。わかるか?」
根元まで押し込むと、ピタリと動きを止めた。
「…う…ん、すごく…熱い、よ…」
身体の奥で自分では無い鼓動を感じる。
じっとしていると、ドクドクと激しく脈打っているのがわかる。
「動くぞ」
手の位置を抱えていた脚から細い腰に変えて、手塚はリョーマの身体を揺さぶり始めた。
「…あっ…」
太さに慣らす為にまずはゆっくりと律動を始める。
ジェルのおかげで嫌な摩擦感は無く、それどころか動きやすい。
自由自在に動かせるようになれば、手塚は激しくリョーマの中を掻きまわす。
「…んぁ、もっと……おくぅ…」
リョーマの舌足らずな訴えに、手塚は口で答えるよりも身体で応答する。
今夜も眠れそうに無い夜を過ごしそうだ。

――― 身体中に沁み込む愛。


久しぶりに身体も心も満たされた2人は、明け方近くまで行為に及び、気を失うように眠りに付いた。
普段から早起きの手塚でも、流石に疲れたのかいつも起きる時間には目が覚めなかった。
「…寝過ごしたか…」
意識の上昇に逆らう事無く目を覚ます。
腕の中のリョーマはまだ安らかな寝息を立てていた。
かなりのダメージを受けた身体が休息を必要としているのは常の事で、振動を与えないよう慎重にベッド上に起き上がり、時計で時間を確かめる。
「…8時か、それにしては暗いな。まだ雨が降っているのか?」
耳を澄ませば雨音が聞こえてくる。
どうやら一昨日から続いている雨は弱まっているが、まだ止んでいないらしい。
昨夜は天気予報を見ていないので、今日の天気がわからない。
「……ん…くにみつ?…」
布団に空いた隙間から入って来る、少し冷えた空気がリョーマに覚醒を促していた。
「起きたのか、まだ寝ていてもいいぞ」
眠りに付いた時間は、自分の記憶に間違いが無ければ、確か四時を過ぎていたはず。
「…うん…でも…」
むくり、と起き上がるが、その動きはやけに遅い。
「どうした?」
「あの、その…まだ出してないから…」
未だに身体の中に残さている手塚の体液。
奥までたっぷりと注がれたのはリョーマも覚えている。
このままだと腹を下してしまうのは既に経験済み。
「シャワーを浴びよう」
「…連れて行って欲しいんだけど…」
「あぁ、少し待ってくれ」
ベッドから出て軽く服を着ると、腰の立たないリョーマを抱え上げた。

温かいシャワーを浴びせながら、リョーマの身体を抱きかかえた手塚は、リョーマの後孔に傷が無いかを確認してから指を挿し込んだ。
「どうだ、痛みは無いか?」
「大丈夫だよ」
長い時間、灼熱の欲望の証で後孔を突かれて、未だに異物感が残っているが、じっくり慣らしてくれるので心配するような痛みは残っていない。
ただ、身体中に行為の余韻が残っているだけだ。
「…溢れてくるな」
指に絡みつく己の体液はリョーマの体内で更に熱くなり、その指を伝って体外に零れてくる。
「…や、そこ、触んないで…」
指の根元まで挿れてぐるりと掻きまわせば、手塚の首にしがみ付いているリョーマの身体がビクンと跳ねた。
「そこ?どこの事だ?」
後始末のはずの指が、いつの間にか意味の違う動きになり、リョーマをイタズラに刺激する。
「あ、やっ、んん…」
指の腹で前立腺を何度も刺激されて、リョーマの前は緩く勃ち上がる。
「…も…早く、シテよ…」
我慢出来ずに耳元で囁けば、手塚の指はリョーマのポイントばかりを攻める。
手塚の雄もリョーマの痴態を見ていただけで硬く勃ち上がり、既に準備は出来ていた。
「力を抜いておけ…」
ぐい、と両手で双丘を広げ、硬くなった昂ぶりを後孔に挿入した。
「あああっ、くに、みつっ」
バスルームの中は、乱れた声も肉のぶつかる音も全てが反響してしまい、余計に興奮していた。
結局、またしても朝から行為に及ぶ2人だった。

――― 愛の行為はまだまだ続く。


「まだ止んでなかったんだ」
「ずっと降っていたようだな」
窓から眺める景色は昨日と何も変わらず、どんよりとしていて雨が降っていた。
昨日と違うのは、少し風が出て来たくらいだ。
外の木々は風で左右に揺れて、枝から離れた葉っぱが空中を舞っていた。
結局、風呂場で行為に及んだ結果、リョーマの腰は完全に立たなくなり、身体も髪も全て洗ってもらった。
今はリビングのソファーにクッションを置いて座らせ、ブランチとして手塚が用意したバターとはちみつを塗ったトーストを食べながら、ミルクと砂糖がたっぷり入った甘いコーヒーを飲んでいた。
洋食よりも和食が好きなリョーマが、昨日の昼からパンばかり食べているのに、文句の一つも言わないのは、手塚の前だからなのだろう。
しかも自分の為にこうして用意してくれるのが、この上なく嬉しい。
「台風による影響で、雨雲がこの辺りに停滞しているらしい」
テレビで天気予報を見ていた手塚が、この雨の原因をリョーマに教えた。
「…彩菜さん達、心配だね」
もぐもぐとパンを頬張りながら、リョーマもテレビに目を向ける。
気象予想士が、今日の全国の天気を伝えていた。
「そうだな」
こちらはブラックコーヒーと、バターだけを塗ったトーストを食べている。
両親も祖父も旅行中とあって、心配になってしまう。
旅行は前々から計画していたので、台風が近付いているからといって変更は出来ない。
「まぁ、まだこの雨なら大丈夫だろうが」
「折角の旅行なのに残念だね」
最後の一欠けらを口に入れて、手に付いたパンくずを皿の上で払い、残ったコーヒーを飲み干した。
「ところでどこに行ってんの?」
空になったカップをテーブルの上に置いた。
「京都だ」
「京都って金閣寺とか清水寺があるトコだよね」
「…父が本場の湯豆腐が食べたいと母に話したのが始まりだ。旅行雑誌で調べて有名な店を探したらしい」
「それって…」
「観光よりも食べ物目当ての旅行のようだな」
「へえ、何か面白いね」
手塚の性格は両親よりも祖父に影響された所が多く、反対に両親はかなりあか抜けていて、リョーマにはすごくフレンドリーに接してくる。
「…面白いか」
「国光だったら絶対にいろんな場所を巡りそうだね」
東西南北の有名な場所から、あまり人の寄らない場所まで電車やバスなどを乗り継いで、時間の許す限り回りそうだ。
「そうだな、もし行く事ができるのなら、色々と見て回りたいものだ」
古き時代の造形物は、今の技術では到底作れない。
日本が誇れる素晴らしき遺産。
それらを見て回るのは、なかなか興味深い。
「うへ〜、国光と一緒に行くと疲れそう」
想像するだけで疲れてしまいそう。
「一緒に行くのは嫌か?」
「イヤじゃないけど、旅行に行って疲れるのはヤだ。京都よりも草津の方がいいね。だって、草津って温泉で有名なんでしょ?」
「良く知っているな」
ほう、と感心する。
「入浴剤のラベルに書いてあるから、ちょっとだけ知ってるだけだよ」
あとは登別や別府や湯布院とか。
「ああ、それで知っていたのか」
何だか無性に納得してしまう。
リョーマは有名な温泉地の入浴剤が好きで、家でも頻繁に使用していると聞いた。
この家にも彩菜が買ってきた物はあるが、普通の入浴剤なのでリョーマは好んで使わない。
「行った事が無いから本物の温泉に行ってみたい。本物の温泉もあんな色してるの?」
鮮やかな青色に、爽やかな緑色のお湯。
「場所によっては成分の違いから白色だったり、緑がかった色をしているが、入浴剤のようにはっきりした色では無いと思うぞ」
自分も温泉には数回しか入った事が無く、しかも山登りのついでだったりして、あまり色などは覚えていない。
「ふーん、そうなんだ」
「いや、俺もそれほど行った事が無いから、もしかしたら入浴剤のような色をしている温泉もどこかにはあるかもしれないが…」
いきなり話の途中で口を閉じた。
「…あ、電話。もしかしておばさん達かな?」
「少し待っていてくれ」
会話を途切れさせたのは、電話の呼び出し音。
手塚は立ち上がるとリビングから出て行った。
リョーマとの2人きりを邪魔されたく無いので、自分の携帯電話の電源は切っていた。
待っている間、リョーマはテレビのリモコンを操作し、天気予報後のつまらないニュースよりも、何か面白い番組がやっていないかと、チャンネルを変えていた。
「…これでいいか」
最終的にバラエティー番組にチャンネルを合わせた。
特別見たい訳でも無いが、ニュースよりかはマシ。
「リョーマ」
「え?あ、電話終わったんだ」
知らない間に真剣に見てしまっていたリョーマは、名前を呼ばれて少しビクリと身体を揺らした。
「母からでな、どうやら台風の影響で新幹線が動かないらしく、もう一泊してくると言われた」
リョーマが座っているソファーに腰掛ければ、リョーマがゴロゴロと懐いてくるので、背中から腰に掛けてゆっくり撫でてやった。
「こんな雨で?」
外の雨はかなり小降りになっている。
「こちらとは違い、向こうは風が強く、雨も比べようも無いほど降っているようだ」
天気予報では近畿地方の降水量がかなり多いと言っていたが、まさにその通りになっていた。
「おじいさんは?」
「…まだ、後2日は帰って来ない」
「長いんだね…珍しい」
確か昨日の時点で3日目のはず。
警察や近くの道場で柔道を教えているので、長い間は家を空けたりしないのに、今日でもう3日目になる。
「一週間は湯治するようだな」
「とうじって何?」
聞いた事の無い言葉に首を傾げる。
「温泉に浸かって病気を治したり、治療をする事だ。ちなみに、湯に治すと書いて湯治だからな」
単語の説明と、漢字でどう書くのかを教えた。
「湯治ね。よし、もう覚えたよ。でもさ、おじいさんって、どこか悪かった?」
「いや、至って健康だ」
怖いくらいに健康的な生活をしているので、身体に故障は見られない。
それは春に行った人間ドッグでも証明されている。
医者から『どこも悪いところはありません』と、太鼓判を押されるほど、健康には気を遣っている。
見た目も性格も頑固一徹な男だが、健康面でもかなりしっかりしているのだ。
「だよね…良かった」
「心配してくれたのか?」
「おじいさん、優しいから好きだし」
リョーマが泊まりに来た時は、食事中など楽しそうな顔で会話に加わって来る。
昔は祖父も猫を飼っていた時期があるようで、リョーマと猫の話で盛り上がった日もあった。
「…お前には優しいからな」
普段の厳しさがどこかに行ってしまうほど。
リョーマが祖父に捕まった時は、2人きりでいられる時間が減ってしまうので、手塚の機嫌はかなり下降してしまう。
「国光には優しくないの?」
「どちらかと言えば厳しい方だ」
祖父がとても優しい人間だと感じる瞬間は、リョーマといる時だけだ。
「ウソみたい…」
「お前は可愛いからな」
普段の言葉遣いや性格だけを知っている者では、絶対に想像できないほど、リョーマは可愛い存在だ。
きっと知ってしまったら虜になってしまう。
リョーマの本質は自分以外の誰も知らなくても良い事なのに、自分の家族は知ってしまった。
だから必要以上に構っているし、信じられないくらい可愛がっている。
「気に入られているってのは、イイ事だよね」
「祖父だけでなく、父も母もお前を気に入っているぞ。俺が保障しよう」
よしよし、と頭を撫でると、リョーマが嬉しそうに目を細めた。
「俺は国光が好き。だからおじいさんもおじさんもおばさんも好き」
台詞の最後に綺麗な笑顔を見せれば、その表情に惹かれた手塚も幸福感に満ちた笑みを作った。
「だって皆がいなかったら、国光はここにいないんだからさ」
最愛の人をこの世に送り出してくれた人達。
彼に出会えた喜びは、家族への感謝にも繋がる。
「…あ、そっか…もうすぐ国光の誕生日だ」
不図、思い出した恋人の生まれた日。
「あぁ、そうだな」
付き合った当初、お互いの事を何も知らないのでは仕方が無いと、生年月日や血液型などの在り来たりのプロフィールから、家族構成や何故か自宅の間取りなど、意味の無いような話もしていた。
元々、会話の少ない手塚とリョーマにとって、こうしてお互いの話をするのは新鮮だった。
「何か欲しい物とかある?俺、今まで誰かの誕生日に何かするなんて、した事無いから…」
貰う事はあっても、誰かにあげた事は無い。
誕生日なんてものは、ただ歳を取るだけの日としか認識が無かった。
「欲しい物か…」
「そ、欲しい物」
「お前が傍にいてくれれば、何もいらないが」
一瞬だけ頭を過ぎった、趣味の釣りや登山などで必要な物は全て自分に与えられた小遣いで揃っている。
それに自分の趣味に掛かる金額は、中学生が払えるほど安いものではないから、そんな金額をリョーマに支払わせる訳にはいかない。
「それじゃ、困るんだけど」
口を尖らせて文句を言う。
付き合ってから初めて迎える恋人の誕生日。
出来る事なら、喜んでもらえる事をしたいし、欲しい物をあげたい。
「困ると言われても、特に欲しい物など無いぞ」
そう、特には無い。
「…でも」
「ならば、お前は何が欲しい?」
「え?俺?」
反対に手塚から問われたリョーマは、目を丸くして固まってしまった。
「数ヶ月すればお前も誕生日が来るだろう?確かイブの日だったな」
「そうだけど…でも、国光の方が先でしょ?」
ちょっと考えそうになった自分に心の中で叱咤し、話を元に戻す。
こうして上手く内容をすり替えるのは、頭の切れる手塚には得意なのだが、今日はリョーマも食い下がれない。
絶対に欲しい物を言うまでは訊き続ける気でいた。
「では、お前の時間を俺にくれないか」
欲しい物など無いが、何度も「欲しい物が無いか?」と訊かれれば、手塚にはコレしかない。
「俺の時間?」
「俺の誕生日は平日だからな。部活が終わってからでいいから俺の傍にいてくれ。それだけでいい…」
背中にまわしていた手を頬に移動させて、柔らかな肌を一撫ですると、額に掛かる前髪を払い軽い音を立てて口付けた。
「国光がそれでいいなら…」
額だけでなく目元や頬など、至る箇所に次々と口付けられて、リョーマは渋々ながら受け入れた。
「何故、不貞腐れた顔をしているんだ?」
「だって、そんなのいつでも出来るのに…」
今でもこうして傍にいる。
「リョーマ、誕生日は誰もが1年に一度しか無いのだぞ?いつでも出来るものでは無い」
同じようでも全く意味が異なる一日。
その年齢の1年間を無事に過ごし、また新しい1年が始まる日でもある。
「…1年に一度しかない大切な日に、俺なんかと一緒にいたいって思ってくれるんだ」
手塚がリョーマの時間が欲しいと願う理由に、漸く気が付いた。
初めて迎える恋人の誕生日。
一緒に過ごしたら幸せな気持ちになれそうだ。
「あぁ、お前と過ごしたいんだ」
他の誰でもなく、誕生日はリョーマと過ごしたい。
今までは家族が祝ってくれたが、それほど嬉しいとは感じなかった。
しかし今年は違う。
愛しい存在がこうして自分の傍にいる。
誰にも渡したくない。
心の拠り所のような大切な存在。
「じゃ、俺の時間を国光にあげるね」
にこ、と小さく微笑んだ。
その日は出来る事なら部活を休んでしまいたいくらいだが、手塚がそれを許さないだろう。
どうにかして早めに終わらせるように仕向けるしかないから、何か案を考えてみよう。
「ついでにお前も欲しいところなのだが?」
「いいよ。俺もあげる」
誕生日の事で頭が一杯になっているリョーマは、その言葉の意味をそれほど考えもせずに頷いていた。
しかも了解の印として、小指を絡ませた。
「さて、では少し勉強でもしようか?」
「え?あ…うん」
こうして2人きりの時間を過ごしていた。

――― 愛し合う2人が過ごす時間。


そうして迎えた誕生日に、リョーマは手塚の家を訪れていた。
「国光の誕生日のお祝いに来てくれてありがとうね」
にこにこと満面の笑みでリョーマを出迎えた彩菜は、息子の誕生日に家族以外がいる事を楽しんでいた。
やはり一人息子の誕生日だけあって、2人きりで過ごせられるはずもなく、初めは彩菜が準備した豪華な料理やケーキを食べて、簡単ながら家族で祝った後に、やっと二人の時間になった。
「…あのさ、俺…国光に…」
「どうかしたか?」
先に風呂を済ませた後、部屋に入って床に座ったリョーマは、ごそごそとバッグの中に手を入れて何かを探していた。
今日は泊まって行く話になっているから、バッグの中は明日の授業の用意と着替えが入っていた。
「…あ、あった。はい、プレゼント」
内ポケットに入れておいたのを思い出し、取り出した。
内緒でこっそり買っておいた誕生日のプレゼントを、手塚の前に差し出した。
「何もいらないと言っただろう」
濃い青色の包装紙と金色のリボンによって、綺麗にラッピングされた小さな箱に少しばかり驚いてしまう。
「でも、やっぱり何か残る物を渡したかったから…」
「そうか、では有り難く頂こう」
長方形で小振りの箱を受け取った。
「中を見ても良いか?」
「うん。見て」
見た目でワクワクしているのはリョーマの方だった。
まずはシュル、と解かれたリボン。
破かないようにテープを剥がし包装紙を取り去れば、真っ白い箱が現れた。
何やら良からぬ予感がしたが、とりあえず蓋を開けてみた。
「…どうかな?国光に似合うと思ったんだけど」
「こんな高い物を…」
中に入っていたのは腕時計。
それも高級ブランドの名が入った腕時計だった。
「駄目だ。こんな高級な品を俺は受け取れない」
中学生が持つべき品ではない。
「受け取ってくれなきゃ、ヤだよ」
慌てて返そうとした手塚の腕を掴んで放さない。
「しかし…」
「今すぐに使わなくてもいいんだよ」
その言葉に、はっと気付く。
「…これを使えるくらいの歳になった時、お前は俺の傍にいてくれるのか?」
「当たり前だよ。国光が俺を必要としなくなるまで、俺はずっと傍にいるんだからね。覚悟しておいてよ」
初めからリョーマは、手塚が受け取らないかもしれない事を考慮してこれを選んだ。
『今すぐ』じゃなくていい。
『もう少し後』でも構わない。
この時計を気にせず使える時期が来た時も、自分が隣にいるから。
リョーマがプレゼントに込めたメッセージ。
「着けてみる?」
「着けてくれるか?」
「いいよ」
掴んでいた腕から手を放して、箱の中から見事な輝きを放つ時計を取り出し、もう一度手塚の腕を取った。
リョーマと同じく手塚も左利きなので、時計は右の腕にはめた。
「どう?きつくない」
「ふむ…丁度いいな」
キラリと蛍光灯の光に反射して輝くシルバーの時計。
ブランド物は似合わない人が持っていても唯の宝の持ち腐れだが、手塚にはとても似合っていた。
「今の俺には勿体無いくらいだな」
まじまじと眺めてみては、大きく息を吐く。
「そんなコトないよ。今もすっごく似合ってる」
にこ、と笑って時計に触れる。
金属特有のヒヤリとした感触が、手塚の体温によって僅かに温かみを持ち始める。
「…高い物だからってこれを選んだんじゃないよ。国光が着けたら絶対に似合うし、格好良いって思ったから、これにしたんだ」
見た目からして中学生レベルを超えている手塚だから、ブランド品でも似合うだろうとの考えは、この場では内緒にしておいた。
「…ところで、俺の欲しいものはくれないのか?」
このまま着けていても仕方が無いと、自ら時計を外し、箱に戻したところで、手塚が怪しげな笑みを見せる。
「国光が欲しいもの…それって…あの、俺のコト?」
誕生日に欲しいものの中に、自分自身が含まれていた事を唐突に思い出した。
あの時は雰囲気というか、断り難い状態だったので、あっさり肯定したが、今となっては恥ずかしい事をすんなり言ってしまったものだと、少々後悔した。
「そうだ。俺はリョーマ、お前が欲しい…」
言うなり、深く口付けた。
「…ちょ、待って…」
抱えられてベッドの上に下ろされた後も、何度も触れる唇に、珍しくリョーマが抗い始めた。
「どうした?」
嫌がっている様子では無いので、口付けを止めて顔を少しだけ離す。
「…まだ、言ってないから…」
ふう、と息を吐くと、起き上がって姿勢を正した。
「何をだ?」
つられて手塚も姿勢を正す。
「…Happy Birthday」
滑らかな発音で誕生日を祝う単語を告げて、頬へ軽い音を立ててキスをした。
「ありがとう…」
思わぬプレゼントに驚き、こんな可愛らしい仕種にも驚かされてしまった。
「本当は誰よりも先に言いたかったんだけど…」
家では食事中に家族に言われ、学校では親衛隊のような女子達に騒がれていた。
手塚だけでなく、大石の時もかなりのものだった。
地味そうな大石だが、学年主席の成績であり、手塚と違って近寄り難い雰囲気が無い分、かなり人気がある。
それでも手塚の人気ぶりはとてつもない。
「国光ってやっぱりモテるね…」
今日見てしまった光景を思い出す。
「だが、俺にはリョーマがいるからな。どれだけ騒がれても関係ない
どんなに校内で人気のある女子が自分の誕生日で騒いでいても、既にリョーマを手に入れた手塚には何の意味が無い。
男としては女子に騒がれるのは、ある意味誇れる事なのだが、手塚にとっては煩いだけの存在と成り果ててしまうのだ。
「リョーマ、俺はお前だけを愛している…」
「…くにみつ…」
何故か目を大きく見開いて、自分を凝視しているリョーマを強く抱き締める。
「……初めてだね」
リョーマも広い背中に両腕をまわし、お互いの鼓動が伝わってきそうなほど、ピタリと身体をくっ付ける。
「初めて?」
オウム返しのように、リョーマの言葉を繰り返す。
「愛してるって…」
「あぁ、そうだな。嫌だったか?」
付き合ってから『好き』という愛情表現の言葉は頻繁に使っていたが、好きの最上級である『愛している』は今まで使った事は無い。
『愛している』と面と向かって言うのには、どこか気恥ずかしい部分もあり、手塚は誕生日を迎えた日にこの言葉で想いを伝える気でいた。
「ううん、嬉しいよ。でもこれじゃ、俺が嬉しいだけなんだよね…」
今日は自分ではなく手塚国光の誕生日。
「では、リョーマも言ってくれるか?」
「……ごめん。…俺が使うのはまだ早い気がするんだ。ねぇ、好きだけじゃ、俺の想いは国光に届かない?」
「いや、それで充分だ」
申し訳無さそうに顔を下に向けたリョーマの頬に手を掛けて、こちらに視線を向けさせる。
「国光?」
「いつまでも待つ。しかし今は…お前の言葉でいいから言ってくれないか?」
「…好き」
手塚の意図に気付き、はっきりと口にする。
「もっと言ってくれ」
「好きだよ、国光」
「リョーマ…」
「国光が好き。どうしようもないくらい大好き」
「俺もリョーマを愛している」
近付いてくる唇に気が付き、リョーマは瞼を伏せた。
触れ合う唇の熱さが、2人の鼓動の速度を速める。
しっとりと重なる唇だけでは足りずに、手塚はリョーマの着衣に手を掛けた。
「くにみつ…」
素肌に触れている少し冷たい手の感触に、伏せていた瞼をゆっくり開けば、揺らぐ琥珀色の瞳に手塚の顔が映っていた。
「今日のリョーマは俺の誕生日のプレゼントだからな。プレゼントの包装を剥がしていいのは、貰った者だけに与えられた特権だろう?」
どこか楽しそうに脱がしに掛かる。
上を脱がしたところで、まるで壊れ物を扱うような動きでベッドに押し倒して、下に穿いていたものも全て脱がす。
「…大切にしてね」
上も下も全てを脱がされ、瑞々しく眩しい裸体が手塚の手によって露わにされた。
「当たり前だろう」
何度もこの身体を自由にしているのに、愛の確認行為が始まる瞬間は、いつも初めての時のような新鮮な感じがしてしまう。
「捨てないでよ」
「これほど素晴らしいプレゼントは、何があっても捨てられないな」
差し伸べられた一回りも小さな手をしっかり掴み、甲にキスを落とすと、手塚はリョーマに覆いかぶさった。


優しさばかりを込めた手塚の執拗な愛撫に、リョーマは無意識に嬌声を出していた。
「あっ、やっ、ああぁっ」
至る所に指や唇が触れて、身体は芯から熱くなる。
「…くに…みつ…好き…」
今はこれで満足してくれるけれど、いつか…。
この想いがもっともっと強くなって、他の誰にも渡したくないって、心も身体も叫びそうになった時は何度も言おう。
大きな声で正面から叫んでみたり。
小さな声で耳元に囁いてみたり。
キスをしている最中でも。
身体を重ねている最中でも。
好きだけじゃ足りなくなったら。
自分も最高級の愛の言葉を口にしよう。
「好きだ、リョーマ。愛している…」
なだらかな双丘に指をのばし、自分を受け入れる部分を解しに掛かる。
小さく窄まっている後孔の襞をなぞれば、リョーマの内股の筋はひくりと引きつる。
つぷ、と指先を挿れれば、口を「あ」の形にする。
与えられる快感に素直に応じるリョーマが愛しい。
「…ここに入ってもいいか?」
三本にまで増やした指で中を刺激すれば、きゅっと締め付けてくる。
「いいよ…」
肩にしがみ付いて喘いでいたリョーマが言葉と共に、小さく首を縦に振った。
「んぁ、ああぁっ」
リョーマの返事に合わせて、手塚の熱く固い昂ぶりがリョーマの後孔を貫けば、顎を仰け反らせて狂おしいほどの快感に耐える。
「…リョーマ」
手塚が貰った最高のプレゼントは、リョーマ自身。
愛しさが募るこの身体を何度も抱き、体内に己の存在を残す。
抱く事によって、自分の想いをリョーマの心ではなく身体に植え付けている。
決して自分から逃さない為の楔として。
「んんっ、あっ、ああっ」
律動の速度が速まると、リョーマの嬌声が、次第に悲鳴のようになる。
「…いくぞ、リョーマ…」
「…ん、あっ、ああああぁっ」
今までに無いほどの最奥を抉られ、更にそこに体液を放たれて、リョーマも少し遅れて達していた。
「…大丈夫か?」
息を整えているリョーマの額に張り付いた前髪を払い、そっと口付けた。
「ん、まだ大丈夫だよ」
気遣うような仕種に、リョーマは笑みを浮かべた。
「そうか…まだ、いいのか?」
「いいよ、今日は付き合うから…誕生日だしね」
一度きりで満足していないのは、手塚もリョーマも同じだった。
「いや、明日は学校があるからな。この埋め合わせは今度の休みにな」
明日の授業や部活に支障を残してはならない。
リョーマに多大な負担が掛かるこの行為は、かなりの体力を消耗するので、平日から無理をさせてはならない。
手塚が本気になれば、明日は学校に行けなくなる。
「…うん」
これまで何度も経験しているだけあって、リョーマは小さく頷いた。
ぽっ、と頬を赤く染めた恋人が可愛くて、手塚は自制しつつも、リョーマの身体を慈しんでいた。
行為が終わってからも、離れ難いのか、濡れた身体のまま強く抱き締め合っていた。

――― 何度でも言おう、『愛してる』って。


「あの2人って意外と演技派だね」
「うんうん、本当だよにゃ〜」
またしても週の真ん中の水曜日。
当番で遅れるリョーマだけがいないテニスコートで、不二は一緒にストレッチをしていた菊丸と周りに聞こえないくらいの声で会話をしていた。
「関係を知っている僕達ですら、時々忘れそうになるからね」
背中を合わせた状態で腕を組み、不二が身体を倒せば、菊丸の背骨が伸びる。
「うにゃ〜、気っ持ちいいにゃ〜、でもさ、ラブラブなんでしょ?」
アクロバティックな動きを得意とする菊丸にとって、ストレッチなんて基礎中の基礎な体操。
身体が硬い者ならギブアップしそうなほど、背中が反っていてもこれは菊丸にとっての柔軟運動。
「うん。かなりね。さ、ストレッチは終りだよ」
「あ〜、気持ちよかったにゃ。でも本当にわかんないもんだよな」
最後に大きく伸びをして、立て掛けておいた自分のラケットを掴むと、くるくると回した。
「2人が付き合っているのが?」
不二もラケットを取るついでに、カゴの中からボールを二つ掴みポケットに入れた。
「だってさ、全然似合ってないじゃん」
「…そう?僕はお似合いだと思うけどね」
「手塚とおチビだよ?性格が全く逆じゃんか」
真面目な手塚と不真面目なリョーマが一緒にいたら、絶対に何らかの問題が勃発しそうだ。
些細な事で言い争いになる可能性だってこの2人には有り得る、と考えた。
「それがいいんだよ。手塚と越前が同じような性格だったら、惹かれ合ったりしないんじゃない?」
「そんなもんですかね?」
ラケットを持ったままの手を頭の後ろで組み、隣のコートで手塚と大石の2人が、下級生相手に真剣にラリーをしているのを眺める。
「…鉄仮面…」
「え?何、英二?」
「ん〜、前に手塚に『お前って無表情すぎるぞ。この鉄仮面』って言った事があるんだよね」
「英二が手塚に?」
「だって、いっつもあんな顔されてちゃ、こっちが気い使うんだよね。だから勇気を出して言ってみた」
何度思い出しても、あの時の自分はロールプレイングゲームの勇者になったみたいだった、って思う。
手塚に対して何かを言うなんて、顧問か大石くらい。
今はそんな事無いけれど、一時は他の皆は手塚を怖がっていて、近寄らなかったほどだ。
「それで、勇気を出して言ってみた後は?」
「…それがさ、そん時の手塚ってば『済まなかったな、無表情で』って言ってるくせに、顔はすんごく怒ってるんだよね〜」
「当たり前でしょ」
手塚も一般的に当たり前の反応をしただけ。
菊丸より大人な手塚は、菊丸の無神経な台詞に声を荒げたり、八つ当たりをする事は無かった。
「でもさぁ、怒り顔なんて見慣れているからつまんないんだよ。だからついでに『ちょっとくらい笑えよ』って言ってやったんだ」
「へぇ、そこまで言ったんだ」
「まあね。でもやっぱり、俺達の前じゃ笑ったりしないんだよな」
微笑程度の顔なら数回見たけど、それ以上は見た記憶が無い。
「きっと越前の前では笑っているんだろうね」
ニコニコと笑う手塚の姿は、どうも想像出来ないが、きっとそんな笑い方は絶対にしないだろう。
「おチビは特別なんだにゃ」
「格別なんだよ」
会話をしているうちに、当番を終えたリョーマがコートに現れた。
颯爽と歩き、手塚の前で立ち止まる。
手塚はラリーを中断して、自分の元へやって来たリョーマと何か話をしていた。
「あっ!」
「えっ?」
この時、2人は偶然見てしまった。
リョーマに向けた、微笑以上の笑みを。
「…格別の相手」
納得したように呟く不二に合わせて、菊丸は頷いた。
「手塚だけの特別な存在なんだにゃ」
人は変わる事が出来る。
自分には無い『何か』を手に入れた時、これまでの価値観が音を立てて崩れていく。
リョーマを想う事で、手塚はそれまで持っていた自分の価値観を見直した。
「愛されてますな、おチビは」
「本当にね」
リョーマが離れた直後の手塚の表情は、何事も無かったかのような無表情に早代わり。
もちろんリョーマも普段の顔に元通り。
「やっぱり演技派だよね」
「うん、アカデミー賞が取れちゃうね」
ラブラブ満載なピンク色をしたオーラが、2人を包んでいた…気がした。

――― 2人の愛は他人からも認められている。


「俺はリョーマと出会えて幸せだな」
「いきなり、何?」
ごろり、と寝転がったベッドの上で、買ったばかりの雑誌を読んでいたリョーマは、ベッドにもたれて小説を読んでいた手塚の独り言を耳にしていた。
「あぁ、聞こえていたのか?」
口の中だけでこっそり発したつもりでいたが、自分では気付かないうちに音になって外に漏れてしまい
それがリョーマの耳に届いてしまっていた。

「しっかりね。で、何?」
雑誌をベッドの上に投げて、手塚の頭がある位置までずるずると移動した。
「俺がもしもリョーマと出会えていなかったら、こんな生活は有り得なかった」
こんな風に何かに拘ったり、依存したり、こんな弱い部分が自分の中にあるとは気が付かなかった。
今は親の元で生きているが、いつかは『自分だけの力で生きていける』と信じていた。
それが間違いである事にも気が付いた。
1人で生きていくのは容易くない。
リョーマがいなかったら、いつまでも気付かずに生きていただろう。
「俺も国光と会えて良かった。何かね、毎日が楽しいんだよね。すっごく生きてるって感じがする」
「楽しい?」
「そ、国光がいない時はちょっと寂しいけど、会えた時はめちゃくちゃ幸せ。こうして手を伸ばせば触れる距離にいると、もっと幸せ」
そろりと片手を伸ばして手塚の髪に触れてみる。
「サラサラしてる」
指に絡めても、スルリと抜けてしまう。
色素の薄い髪は蛍光灯の光に反射して、キラキラと輝きを放っている。
「手を伸ばせば届く距離、か」
手塚もリョーマに負けじと、身体を反転してから手を伸ばす。
「…ん、くすぐったい」
耳の下から顎のラインに掛けてゆるりとなぞれば、首をすくめてクスクス笑う。
「そうだな、幸せだな」
「でしょ?」
柔らかさを残す肌を何度もなぞり身体を引き寄せると、薄く開いた唇にやんわりと口付ける。
「…国光も俺といる時は幸せ?」
唇を離した後は、鼻先だけをくっ付ける。
「当たり前だろう」
言いながら、もう一度口付ける。
「俺はお前だけを愛しているからな」
こんな風にリョーマの事を想い、リョーマの事だけを考え、リョーマだけは絶対に誰にも渡したくない、
自分に対して誓う。

リョーマといると、人として本性を全て出せる。
どこかにしまい込んでいた欲望の全ても、曝け出してぶつけられるのだ。
しかもどんなに激しくぶつけても、乾いた大地に水を与えるようにリョーマは手塚を受け止めてくれる。
そのしなやかな心と身体で。
「…何を考えているの?」
「何を、と言われてもな、俺が考えるのはお前の事だけだ」
当たり前だろう?と、見惚れてしまいそうな表情で言われて、リョーマの頬が瞬時に赤くなる。
「可愛いな…」
「あのさ…国光の笑顔はね、はっきり言って犯罪なんだよ。は・ん・ざ・い!見慣れてるはずなのに、何でいっつもこんなにドキドキされられちゃうんだろ?」
胸に手を当てて、瞳を閉じた。
「いい。絶対に誰にも見せちゃダメだよ。国光のそんな顔は、俺だけが知っていればいいんだからさ」
閉じた瞳をぱっと開き、人差し指を立てて言い放つ。
「あぁ、わかった」
こんなに素直に反応するリョーマが愛しくて堪らない。
もっと一緒にいられたら。
もっと長い時間、一緒にいられたら…。
「あ〜あ、卒業したら、高等部と中等部に分かれちゃうし、今まで以上に会えなくなるんだよね」
時間の制限は学生だから仕方ない。
高等部と中等部はほんの少ししか離れていないが、その少しの距離が二人には北海道と沖縄ほどの長距離に感じてしまう。
今はまだこうして部活で会って、一緒に帰っているが、高等部に進学すれば手塚もテニス部に入部するだろう。
当たり前のようにリョーマは2年生になり、下級生が入ってくる立場になるが、手塚は今のリョーマと同じ1年生、最下級生の立場になる。
どれほど力があっても新入生が雑用をするのは、上下関係がある学園生活では逃げられない。
「…では、一緒に住むか?」
「は?」
「冗談だ」
少しつりあがった大きな目を真ん丸くしたリョーマに苦笑いをして、自分の台詞を弁解する。
「……ふーん、冗談なんだ。俺はそれもイイなって本気で思ったけど」
ちょっとだけ驚いただけで、嫌なはずは無い。
「リョーマ?」
「一緒に住むなんて今は無理かもしれないけど、いつかは一緒の家に帰れるようになりたい」
自分の思いを真剣に伝えるリョーマの瞳には、一切の曇りは無い。
「わかった。お前が高等部を卒業したら、一緒に住める場所を探そう」
ただし、家から出るのには家族や金銭面などの問題もあるし、何よりもこのままでいられる可能性は誰も予測できない。
たとえ乾が持つ屈指のデータでも計り知れない。
「マジで?」
「あぁ、本気だ」
「…嬉しい」
綺麗な笑顔を見せられて、手塚は座っていた床から立ち上がり、ベッドの上に乗る。
「リョーマ」
呼べば、笑顔を浮かべて胸に飛び込んでくる。
勢いで体勢が崩れそうになるが、何とか片手をベッドに上に置いて耐えると、手塚もリョーマも抱き締めた。
「国光、好き」
ぐりぐりと頭を胸に擦り付ける。
まるでマーキングみたいなリョーマの行動も手塚にとっては、愛らしい仕種の一つに過ぎない。
「高等部に行けば今のようにはいかないだろうが、俺の想いは決して変わらない」
「…うん。俺も国光がいないからって、今と何にも変わらないよ…」
見つめ合ったまま、今度はしっとりと重ねる唇。
2人には『別れる』という選択肢は全く無い。

――― 愛しているからいつでも一緒にいたい。


こうして2人は『愛』がたくさんある生活を過ごしていた。



04年8月発行のオフ本の再録です。
このころからイチャイチャ全開だったんだなぁ。