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「あなたの1番大切なものはなんですか?何て質問されたらどう答える?」 部活も終わり、全体的にまったりなムードの中、手塚と共に顧問の元へ行っている大石を待っているらしい菊丸が突拍子もない質問を投げ掛けた。 ここで、『相手にする』、『無視をする』の選択肢は、その日の気分によるところだ。 「うーん、そうだね。ベタなところで『家族』は駄目かな」 どうやら今日は『相手にする』を選んだようで、まずは父親が営む寿司店が定休日とあって、珍しくゆっくりとしている河村が答えた。 「そんなの在り来たりでツマンナイにゃ」 ぶーと、大きくバツ印を作る。 「でも、家族は大切だよ」 「だから〜、家族なんて当たり前でツマンナイだろ。そんなんじゃなくって、ほら」 後ろで聞いていた不二が河村のフォローに入るが、それすらも菊丸は納得しないようで、今度は桃城が近寄って来た。 「じゃあ、英二先輩が言いたいのは、持ち物とかって事っすか?」 「そうそう、まさにそれ!だからってラケットとかのテニス関連は駄目だぞ」 「だったら、俺はMDプレイヤーっすね。落ち込んだ時でも好きな歌を聴けば一気に盛り上がれるっす」 それならと、桃城が張り切って答える。 登下校の際も、MDプレイヤーで最近の曲を聴きながら自転車に乗っている。 だが、曲に集中し過ぎて事故でも起こしたら大変だと思い、イヤホンは方耳にしかしていない。 「…大切なものだよね。僕はレコードのプレイヤーかな。青学に入学する時に父さんから貰ったんだけど、レコードって味があるから好きなんだよね」 桃城の答えを手本に不二も答える。 「ほらほら、出てくるにゃ。で、タカさんは?」 「うーん…包丁かな」 「包丁、何かタカさんらしいにゃ」 「本当だね」 家業を継ぐという将来のビジョンが出来上がっている河村にとって、商売道具になるだろう包丁は一生物だ。 うんうん、と誰もが頷く。 「じゃ、乾は?」 「俺かい?そうだね…データが一杯詰ったノートかな。部屋には何十冊とあるよ」 「うへぇ、さすがデータマン。じゃ、海堂は?」 想像通りの答えに、またしても頷いてしまうが、それ以上の突っ込みは無く、すぐに対象者を変える。 「俺もっすか…バンダナっす」 本当は可愛い猫の写真がたくさん載っている雑誌なのだが、ここでそんな事を口走ったら後が大変だと考えて、こちらも無難な解答に止まった。 「な〜んだ。ツマンナイ」 「…そういう菊丸先輩は何なんすか」 「俺?俺は…うーん、1番か…」 反対に訊かれた菊丸は誰よりも長く考える。 1分、2分と時は過ぎる。 「うーん、そうだにゃ〜」 「英二は何も考えていなかったの?」 「1番ってのが難しいにゃ。大五朗も大切だしさ、歯みがきセットも大切だろ。この前買ったシューズもお気に入りで大事だし…」 「結局、英二先輩は1番を決められないって事っすね」 菊丸の口から次から次に出てくる『大切』なもの。 人には1番のものと訊いているのに、質問した本人がこれでは本気で答えてあげたのが馬鹿らしくなってくる。 「そうなるんだにゃ〜。あ、おチビに訊いてなかったぞ。おチビの1番は何?」 一向に話しに加わってこないリョーマを目敏く見つけた菊丸は、手招きをしながら呼ぶ。 「…カルピンっス」 j本日の朝練に遅刻した罰で、練習後にグラウンドを走っていたので、どうしても着替えは1番最後になってしまったリョーマ。 面倒くさいからと会話の輪に入らなかったが、この部室という狭い空間にいるので、いつ話を振られるかわからない場合。 訊かれた場合を想定してさっさと答えを決めていたのか、即座に答える。 しかし、またしても菊丸には不評だったようで、変な顔を向けられた。 「…何スか?」 「違うだろ〜、おチビの場合は『手塚』って言わなきゃ〜」 もう、とまるでオバちゃんのように手首のスナップをきかせて右手を上下に振る。 そんな菊丸の態度にリョーマは小さく溜息を吐いた。 「英二、人を物扱いしちゃ駄目だよ。たとえ、越前の1番が手塚だったとしても、物って言われたら言えないよ」 「あ、そっか。ごめんにゃ、おチビ」 ペコリと謝るが、リョーマにはどこが納得できない部分がある。 菊丸にしても不二にしても、いや、ここにいる自分以外は1番を手塚と決め付けているようだ。 あながち間違いではない部分はあるが、やはり大好きな人を『物』として見られているのは気分が悪い。 「でもさ、手塚の1番って何だろ?」 「そりゃ、越前でしょう」 悪意で言ったつもりは全く無さそうに見えるが、にっこりと微笑んでいるその表情を見ると、どうしても何か企んでいるのでは?訝しがってしまう。 「でもでも、もしかして、規律が1番とか言い出したらどうする?」 「…えっと、友達やめてもいいかな」 笑い声が部室内に響く。 友人としての付き合いはリョーマよりも長い。 だからこそ、リョーマの知らない手塚の性格を知っている。 「にしても、手塚って本気で『規則や規律に勝るものなど無い!』って言いそうだからちょっと怖いよな〜」 あはは、と大きな声で笑うが、今度は誰も笑わない。 それどころか、少し強張った顔をしていた。 「どうかしたのかにゃ?」 「…何も言わずに振り返ってみて」 「ン〜?げっ、手塚」 不二に言われたとおり振り返ってみると、閉まっていたはずの扉が開いていて、そこには顧問の元へ行っているはずの手塚と大石が立っていた。 どこか怒りのオーラをまとっている手塚。 大石はその手塚の背後で頭を抱えている。 「…菊丸」 「は、はい」 ビクビクと返事をする姿は、ヘビに睨まれたカエルのようでどこか不憫だったが、ここで下手にフォローを入れれば、自分も仲間だと思われるのではと、誰もが保身の為にフォローに回らなかった。 「明日の朝練の前にグラウンド10周だ、いいな」 「…わ、わかったにゃ〜」 しゅーんとする菊丸と、何も言われずに済んで安心したメンバー。 両極端な反応に、手塚は眉間にしわを寄せる。 「着替えが済んだのならさっさと帰宅しろ」 「それじゃ、お先に」 「また明日〜」 1人、また1人と人口が減っていく。 遅くなった大石もこれから予定があったようで、そそくさと着替えて帰ってしまった。 結局のところ、最後は手塚とリョーマだけになってしまった。 「…ところで何の話だったんだ?」 いつまでも部室に篭っていても仕方ないので、手塚はリョーマを先に出させてから持っていたスペアキーで鍵を掛ける。 「菊丸先輩が『あなたの1番大切なものはなんですか?』って質問をしてきたんだ」 ちらほらと部活が終わって帰る生徒の姿はあるが、同じテニス部同士の2人なので誰も気にしない。 「…それで、規律や規則か。菊丸の奴、俺を何だと思っているんだ」 集団生活でも日常生活でも規律や規則を守るのは大切な事だが、これらは自分1人が頑張っても無駄だったりする。 手塚もテニス部という集団を1つにまとめるために規律を重んじているのあって、1番大切なものではない。 「…じゃ、1番大切なものは何?」 「ものか…物体としての物ならば父から譲り受けた釣竿だが、人物としての者なら…リョーマ、お前だな」 その場に居合わせていたら釣竿と答えていたが、今はリョーマしか聞く人物はいない。 あれやこれやと誤魔化す必要性など無い。 「…人物としての者…そっか、そういう言い方があるんだ。さっすが国光」 ものと訊かれれば『物』としか認識していなかったが、ものは『者』にも変換できる。 国語が苦手なリョーマには頭が回らない事でも、手塚は簡単に気が付いてしまっていた。 「で、リョーマはどう答えたんだ」 部室での会話で自分の名前が出ていたが、あれには菊丸の質問があり、そしてリョーマの存在があり、最後に手塚自身の普段の行動があったから出てきただけ。 この際、人を小馬鹿にしたおうな発言は徹底的に無視をして、手塚はリョーマが何と答えたのかを気にし出した。 「俺はカルピンって言ったんだけど、菊丸先輩とかは全く信じてくれなくて、俺なら『手塚』 って言わなくっちゃ駄目なんだって」 「何だそれは…」 リョーマの答えでは納得できなかったのであろう。 菊丸らしいなと手塚は鼻で笑った。 「俺も国光って言えば良かった。カルピンは友達だけど、国光は違うからね」 カルピンは大事な友達。 けれど、手塚が占める場所は、誰にも譲れないたった1つの位置。 この先も、きっと誰も辿り着けない場所。 「恐らくは言えば面白がるだけだったろうな」 「そ、だから言えなかったんだ」 揶揄されるくらいなら言いたくない。 「そうだな」 声と共に頷く。 同じ立場になったら手塚もリョーマと同じ気持ちになる。 「でも、今のところの1番は変わりそうに無いから」 「ああ、俺もだ」 そっと伸ばされた手塚の手にリョーマは自分の手を重ねる。 だけど、人の往来があるので一瞬だけ繋いで離した。 たった一瞬だけど、心は完全に通い合った。 自分の中にあるランキング。 今のところ優勝の地位にいるのは恋人であるお互いだった。 |
1番好きなんです。ただそれだけ。