10.ずっといっしょだよ


いつまでも一緒にいたいと思うのは、我が儘なのか…。


出逢ったのは桜が咲く季節、初めはただの先輩と後輩の関係だった。
うるさく蝉が鳴き、朝でも夜でも暑い日が続く季節、どこにいても何をしていてもどうにも気になって仕方が無くなった。
黄色や赤色に変わった葉が舞い降りる季節、いつしか傍にいるのが当たり前になり、いつしか誰よりも近い存在になっていた。

そして、雪が舞い散る季節…。


「寒い…」
掛け布団の隙間から容赦なく入り込む冷気は、どれだけ眠くても目が覚めてしまう。
寒さに負けたくなくて、暖かい場所を探して布団の中をごそごそと動く。
「…リョーマ?」
「あ、起こしちゃった?ゴメン」
自分が動いたせいで、横で寝ていた手塚まで起こしてしまい慌てて謝る。
「いや、そろそろ起きる時間だからな。お前も起きるか?」
「…もう少ししたらね。それより寒いからエアコン入れて欲しいんだけと、駄目?」
「いや、室内が冷えているから付けよう」
リョーマは手塚に抱き込まれた形で眠っていたが、横向きになっていたせいで肩付近に隙間ができていて、そこから冷たい空気が次々に入り込んできてリョーマの睡眠を邪魔していた。
「外、暗いね、まだ降ってるみたい」
「どおりで寒いはずだな」
手塚が起き上がってリモコンでエアコンのスイッチを入れると、布団の中で寒そうにしているリョーマをそっと抱く。
「…あったかい」
ほっ、と息を吐く。
身体を包み込んでくれる暖かさに、寒さで固まった身体が解れていく。
もっと感じたくてパジャマにきゅ、としがみ付けば、手塚は少し力を込めてきた。

数分後にはエアコンの温風のおかげで布団から出られ、急いでパジャマから服に着替える。
「本当に寒いね」
部屋の中にいても、外の寒さは窓から見える景色でよくわかった。
視界に入る全ての物はなす術も無く純白に浸食され、それだけでどこかノスタルジックな気分になる。
重く薄暗い雲からしんしんと降り続くのは、この季節にしか見られない自然が繰り出す物質。
空中の水蒸気が氷結し、汚れの無い白い結晶となってこの地へ降り立つ。
「昨日でもちょっと積もってたのに、これじゃあすごい事になっていそう」
着替えが終わるとリョーマは外を間近で見る為に窓の前に立つ。
昨日の昼頃から降りだした雪は、屋根の上、庭の木々、人通りの少ない道端などに積もり、日常生活に支障をきたす。
学校のテニスコートも緑が白に染められていたので練習は中止になってしまい、休前日とあってリョーマは手塚の自宅に泊まりに来ていた。
「これでは今日も練習は無理だな。そろそろ桃城から連絡が入る頃じゃないのか…」
「そうだね」
秋が終わる頃にやっとの事で親を説得して手に入れた携帯は、手塚とお揃いの物。
もしもの為にバッグの中から取り出して、机の上に置いておく。

今の青学テニス部は桃城が部長となり、海堂やリョーマと部を引っ張っていた。
手塚はもう部を引退した身であり、呼びなれた”部長”の肩書きは今は桃城を呼ぶ為の尊称になっている。
『部長』が『先輩』になった時は、数々の重責から解き放たれた寂しさと空しさから少し感傷に浸ったが、今ではもう部長で無い事に慣れた。
部長で無くなったからこそ、こうして愛しい存在を周囲に気にする事無く傍における。
「…っと、本当にきたよ」
並んで外を眺めていると、本当にリョーマの携帯が鳴った。
着メロなんて必要ないと、着信音は初めの設定のままの極めて味気ないもの。
高音の呼び出し音が静かな室内に響き渡る。
「…はい。はよっス…はぁ……」
数度目のコールで出れば、何ともヤル気の無い声を出す。
これではせっかく掛けてくてくれた相手に申し訳ないくらいだが、これが越前リョーマの学校内での姿。
クラスメイトでも同じ部活の仲間でも、普段から人に慣れない野良猫のような性分を見せている。
リョーマの性格を把握して付き合っているレギュラーの一部にによれば、冷たい態度のリョーマがちょっとでも笑うのが嬉しくて構いたくなるらしい。
手塚にしてみては、笑顔は自分だけに見せてくれればいいのに、他の輩が必死になってリョーマにまとわりつくのは気に入らないところだ。
「…わかったっス、どうも…」
話が終わると、ぽち、と電源ボタンを押して通話を切れば、ついでの携帯自体の電源も切ってしまい、もう誰からも電話が入らないようにする。
家族には手塚の家に泊まると話してあり、電話番号も母親と菜々子にだけは教えてあるので、何かあればこの家の電話が鳴るだろう。
「今日の練習も休みになったよ。ま、これで練習するなんて言ったら、すっごく反発されるだろうしね」
「竜崎先生もこれでは学校に行けないだろう」
吹雪のように激しく降ってはいないが、ゆっくりと雪は地上に舞い落ち、あらゆる場所に延々と積もり続ける。
寒いだけなら動く事によって身体は暖まるが、雨や雪のようにコート上の支障は個人の力ではどうしようも出来ない
「これじゃ、車も無理っぽいしね。そもそも俺が家に戻れないかも…」
少しだけ窓を開けて、雪を手の平に乗せてみる。
小さくても冷たい感触は体温ですぐに溶けてしまう。
でも次から次へと雪は手の上に降る。
「もう一泊していけばいいだけだ」
「…いいの?」
手塚はリョーマを手を室内に戻し、窓を閉めて鍵を掛けるとカーテンまで締めてしまう。
「母も喜ぶだろう。さあ、朝食を食べに行こう」
「うん」
柔らかく微笑みかける手塚にリョーマの自然と笑顔になり、エアコンのスイッチを消してからドアを開けて1階に下りて行った。


「雪は止まないみたいだから、今日も泊まって行ってね」
手塚が「リョーマをもう1泊させる」と頼む前に、彩菜の方から話しを振られた。
リビングに入れば、母の彩菜だけがキッチンで何かを焼きながら洗い物をしていた。
朝なのに父も祖父も姿が無いので話を聞けば、父の会社はこの雪で障害が出たので休日出勤となり、祖父は「こういう時だから身体を鍛えるに限る」と、寒中稽古に出て行った。
「いいんスか?」
「こんな雪の中を帰すなんて私には出来ないわよ。だから昨日をお洋服を出しておいてくれる?洗濯して乾燥機に入れておくから」
話しをしながらもテーブルの上には朝食が並べられていく。
「そこまでしてもらわなくても…」
「子供は大人に甘えていればいいのよ。さあ、冷める前に食べてね」
玄米ご飯、豆腐とワカメの味噌汁に、おかずはアジの開きと玉子焼き、漬物といった定番の和の朝食が並んだ。
リョーマの自宅ではご飯よりもパンの方が朝のメニューに多いが、手塚の家はご飯の割合の方が多くて、リョーマは朝から機嫌が良くなる。
美味しく朝食を頂くと、すっかり空になった皿などを片付ける。
そのまま洗おうとしたが、「私がやるからいいわよ」と、やんわりと彩菜に止められて、2人は礼を言うと部屋に戻って行った。


またエアコンのスイッチを入れて、部屋を暖める。
今日は外に出るのも大変なので、2人はこの部屋でほとんどの時間を過ごす。
夏までは何も無かった室内には、秋になってテレビが設置された。
手塚自身がテレビが利用するのは、ニュースやテニスの中継くらいで、それほど活用されていないが、リョーマがいる時は何でも良いから付けて中の声が漏れないようにする。
番組の中ではこの異常とも言える大雪の情報が流れていた。
「…こうしてのんびりするのもいいね。これも雪のおかげかな?」
締められたカーテンを開けて、外の景色を見てみる。
まだまだ雪は降っていて、朝食前に見た屋根の上の雪はそろそろ10センチになりそうだった。
「このまま降り続いてくれればいいな。そうすればお前を帰さないですむ」
「…本気?」
外の雪景色に魅了されていたリョーマは、耳を疑うような台詞を吐く手塚を振り返る。
ベッドに座りテレビを見ていた手塚は、もうリョーマしか見ていない。
リョーマは大きく目を見開いて驚きを露わにしていた。
「ああ、本気だ。お前は嫌か?」
「…まさか、嬉しいよ」
ふっ、と顔を緩ませてリョーマは手塚の前に立てば、見上げた手塚は両腕でリョーマの腰を掴むと、自分の脚の上に座らせる。
いつからこういう座り方をするようになったのか覚えていないが、普通に抱き締めるよりもこちらの方が密着度が高いので、2人して気に入っていた。
「…俺は国光とずっと一緒にいたいよ?」
手塚の肩に手を乗せて、リョーマは顔だけを接近させる。
秀麗な手塚の顔を見ているだけで、不思議と良い気分になる。
「俺もだ。お前とならば…」
柔らかく瑞々しい唇に軽く口付ける。
「俺となら、何?」
ほんのりと頬を朱に染めて、途中で区切った言葉の先を待つ。
「どこまでも行ける。いや、どこまでもお前と行きたい」
もう一度、優しく唇を触れ合わせてから手塚はそう告げた。
「…じゃ、すっと一緒にいようよ」
「そうだな、そうしよう」
そうして合わさった唇は、まるで誓いの口付けのようだった。


我が儘じゃない。

これはお互いが望んでいるのだから。





甘々ラストです。