09.添い寝 |
今日は金曜日。 昨晩から雨が断続的に降り続いているので、朝も夕方も部活は休みになった。 屋外の部活動は雨が降ると体育館や校舎の一部を使い何かと練習をしているが、屋外の全クラブが一同に練習出来る筈も無く、かならず幾つかのクラブは自主錬となる。 天気予報通りならこの雨はあと2日続くと言われており、雨が止まない限りはテニス部はコートを使えない。 体育館や校舎を使用して練習する事も出来るが、他のクラブと場所取りで争うのは避けたい考えもあり、暫くの間は試合も無いので、初めからこの土日の練習は休みとなっている。 持ち込んだ組み立て式のテーブルを部屋の中央に置き、向き合いながら何かをノートに書き込んでいるのはこの部屋の持ち主の手塚とリョーマの2人だった。 静かな室内のBGMは雨の音とノートに書き込む音だけ。 後は何も無かった。 「えっと、ここはこれでいいんだよね?」 問題を解いたリョーマはノートの向きを変えて手塚に見せる。 「…何だ、出来るじゃないか」 「国光の教え方が上手いからだよ」 学校というのは初めに作られたカリキュラム通りに動くので、わからない部分があってもスルーされてしまう。 しかもリョーマの場合、帰国子女の割りには日本語が饒舌なので、同級生も教師もリョーマがアメリカから来ている事を忘れがちになる。 教師の説明ではチンプンカンプンな問題でも、こうしてマンツーマンで教えてもらえば理解できるのだ。 この休みを利用してリョーマは次のテストの為に、手塚の自宅で対策という名の勉強会を行っていた。 モチロン『泊まり』というオプション付き。 リョーマはどうしてもまだ理解に苦しむ古典を中心に手塚に習い、手塚は勉強においては問題なんて全く無いので、ネイティブな英語をリョーマから習っていた。 「は〜、これならテストはいい点取れるかも」 古典のノルマを全て終わらせたリョーマは、持っていたペンを机の上に置いて、大きく息を吐いた。 「そうだな、だが油断はするなよ」 「わかってるよ」 勉強が出来るようになっても、少しの油断が最悪の結果になる事もある。 単純に名前の書き忘れや答えを書く欄を間違えるという、本当に情けない話も必ず聞く。 「では、終わりにするか。そろそろ食事になるだろうしな」 時計の針はもう少しで常の夕食時間を示す。 「はーい」 お腹が一杯になった後の勉強は全く身にならないので、今日の勉強はこれで終わりだ。 残りはリョーマの得意科目なので、計算上明日で全て終えられる。 テーブルの上を片付けていると、ドアの向こうから「ご飯ですよ」との声が聞こえ、2人は食事をする為に部屋を出て行った。 「今日も国光のお部屋でいいの?」 食事の最中、母である彩菜は心配そうに息子に訊ねていた。 「はい、後で布団を運びます」 初めて泊まりで遊びに来てくれた息子の後輩は息子とは正反対の性格で、彩菜にとってはとても新鮮で、久しぶりに母性を擽られた相手。 可愛いと言っても遜色無いが、流石に男の子に『可愛い』なんて禁句。 どれだけ思っていても、本人には絶対に言わないようにしていた。 「リョーマ君も本当にいいの?国光の部屋だと狭くない?」 「先輩の部屋はいっつも片付いてるから狭いなんて思った事無いっスよ」 「リョーマ君がそう言ってくれるのならいいけど…」 少し残念そうなトーンになるのは、泊まりに来てもほとんど息子の部屋にいるので、少し物足りないからだった。 手塚としては、母のリョーマに対する態度が、自分を含めた家族とかなり違うのに気が付いているから、リョーマを母の傍に置いておいたら、長時間拘束されるのは目に見えている。 こちらとしてもせっかくのリョーマとの時間を割かれるのは、たとえ母が相手でも我慢ならない。 大切なものは自分の傍に置いておく。 リョーマは決して”もの”ではないが、大切な恋人に間違いは無いのだから。 「今日のご飯も美味しかった〜、本当に母さんに習わしたいくらいだよ」 先に風呂に入らせてもらったリョーマはベッドの横に布団を敷いて、寝る準備を作る。 客用の布団は最近ではリョーマ専用の布団になっている。 いつでも使えるようにと、晴れた日は干しておいてくれるので、ゴロンと寝転べばふかふかとした感触と、お日様の暖かい匂いがふわりと漂う。 「もう寝るのか?」 「う〜ん、まだ早いよね。でも気持ちよくて寝ちゃいそうだよ…ね、国光」 寝転がった体勢でちょいちょいと手招きをする。 着替えを用意していた手塚は何も言わず持っていた衣類をタンスの上に置いて、リョーマの横に膝を付く。 「国光も今日はここで寝ようよ」 リョーマはニコニコと笑いながら、布団をポンポンと叩く。 「ここでか?今日は寝られないぞ。それでもいいのか?」 リョーマにその気が無いのはわかっているが、とりあえずは言っておく。 「うっ…それはヤだ。じゃ添い寝でもいいよ」 2人ともがその気があれば同じ寝具に入り身体を重ねるが、今日は2人ともにその気は無く普通に朝まで寝る予定だった。 「俺がか?それともお前がしてくれるのか?」 「俺より先に寝ないくせに…」 意地の悪い質問に、リョーマはジロリと手塚を睨む。 寝顔を見られるのはいつも自分の方。 手塚はリョーマよりも後に寝て、リョーマよりも先に起きるので、リョーマが手塚の寝顔を見た事は一度たりとも無い。 口を尖らせば、慰めるように手塚はリョーマの頭を撫でていた。 こうすれば機嫌が直るわけでもないが、リョーマの頭を撫でる行為自体が好きだった。 「…じゃ、国光が添い寝してよ。俺が寝たらベッドに移動してくれればいいから」 まだ膝を付いたままの手塚の腕を引っ張り、半ば強引に添い寝をさせる。 「では、お前の愛らしい寝顔を堪能させてもらうとするか」 「俺の顔でよければお好きなだけどーぞ」 リョーマがごそごそと布団の中に入ると、手塚は布団の上でリョーマの横に並ぶ。 「何か、変な感じ」 「そうだな…」 母親が幼子にするような添い寝スタイルは違和感があったが、これも時間の問題だろうと、そのままでいた。 まだ眠気は襲ってこないので、暫くは目を開けて話しをしていたが、急に手塚は黙り込んでしまった。 「国光?」 「…この距離は少し淋しいな」 話の途中で手塚は布団の上から退くので、動きを視線だけで追ってみれば、部屋の電気を消して先程までは上にいたのに今度は布団の中に入って来た。 「今日はしないよ」 「ああ、わかっている。同衾するだけで今日は何もしない」 「ドウキンってまた難しい単語使って…ん…」 ぐい、と引寄せられてキスをされるが、これはただの挨拶。 本気になればリョーマは手塚に組み敷かれているが、今日はこのまま寝るつもりなので、お休みの挨拶だけ。 「明日も勉強だからな、今日はゆっくり頭を休めてくれ」 ゆっくりと背中を擦れば、さっきまでは全く無かった眠気がリョーマに襲い掛かる。 「…ん〜、何か気持ちイイかも…」 密着している身体から聞こえる鼓動は雨音も掻き消す。 トクン、トクン、と規則正しくて、とても安心できる音。 「…エッチするのも気持ちイイけど、これもすごくイイね……」 身体が気持ち良くなるのもいいけれど、心が気持ち良くなるのはもっといい。 ゆらゆらと波間に漂うような意識は、知らないうちに深く沈んでいった。 「眠ったのか…」 眠るまで背を擦っていた手塚は、リョーマが寝息を立てると擦るのを止める。 泊まりの時はいつもリョーマが眠るのを見届けてから眠りに着くので、添い寝をしているのと同じなのに、添い寝をすると決めてからだと少し違っていた。 「たまにはいいな…」 事に及んでからでは疲れを伴って眠るので、どこか申し訳ない気分になるが、今日はそんな必要は全く無い。 改めて添い寝しながらリョーマの寝顔を堪能すると、手塚も眠りについた。 |
添い寝…添い寝ってラブいvv