08.ぎゅうってして。 |
寒くて暗い夜は嫌い。 必要なんて無いってわかっているのに、何故か物思いに耽ったりするから。 眠れない夜なんて無いけど、眠りに落ちるまでの時間がやけに長い。 こんな時は時計の針の音がひどくうるさく聞こえるから、布団を頭までかぶって朝が来るのを待つ。 きっと寂しいからこんな事をしているんだって自覚はある。 逢える日を待ち続け、その日が来るまではじっと我慢する。 1人は楽だから、なんて言うけれど、家に帰れば家族が待っていて、外に出れば知り合いに逢う。 それが当たり前の毎日だから、本当に1人きりになんてなった事が無い。 もし、本当の1人きりになった時、自分はどうするんだろう。 きっと、求めてしまう。 ただ一人を…。 それなのに、どうしてあんな事を言ってしまったんだろう。 『忙しいんでしょ?だったら週末だけでいいよ』 あの時どうして嘘を吐いてしまったしまったんだろう。 本当は寂しくて仕方が無いのに。 「…ずっと傍にいて欲しい」 どうしても言えなかった言葉は、相手がいない所でなら平気で言える。 なのに、本当に伝えたい時に、素直に言えないのだろう…。 「おーい、おチビ」 「…菊丸先輩」 深夜から降りだした雪のおかげで、道端には数センチの雪が積もっている。 その中を白い息を弾ませて走ってくるのは菊丸だった。 冬はコートに霜が張っていたりするので、暫くの間の朝練は中止となっているが、今日なんて絶対に練習が出来ない状態。 「おっはよ」 純白の雪に負けないくらいの白い歯を見せて笑う。 「…はよっス。朝から会うのって久しぶりっスね」 「そうだにゃ〜」 今日は本当に偶然に出会った。 三学期ともなれば、3年生は滅多に部活に顔を出さない。 出すとしてもマチマチで、河村に至っては夏の全国大会が終了してからはケジメをつけたのか一度も来ていない。 「…でも、おチビってば元気ないって顔。寒いからだけじゃないよな?」 暑さには強いが寒さには弱いリョーマは、首にはマフラーをぐるぐる巻いて、手には厚手の手袋をして防寒対策をしていた。 「菊丸先輩は朝から元気っスね」 「あったり前じゃん。だって雪なんて嬉しくてさ、もっと積もってたらでっかい雪だるまを作るんだけど、コレだけじゃ黒い雪だるまになりそうだもんな〜」 恨めしそうに天を見上げる。 空は曇っているが雪が降りそうな重苦しい雲では無かった。 「何かその元気が羨ましいっス…」 木曜日となった今日は特に暗くなってしまう。 金曜日まであと1日、されど1日。 たった1日がとても長く感じられ、反対に週末は驚くほど早く過ぎてしまう。 逢える喜びと逢えない哀しみが水曜日と木曜日に集中し、金曜日から日曜日をかけて発散できても、月曜日からポジティブ傾向に早代わり。 「ほへ〜、手塚も木曜になるとおチビと似たようなもんだけど、何かあったりするの?」 「手塚先輩が俺と似てる?そんなの嘘っスよね?」 「うんにゃ、俺はここ何週間の手塚が今のおチビと同じって胸を張って言えるにゃ」 リョーマが完全に疑いの眼差しを自分に向けてくるので、菊丸は疑いを晴らすようにキッパリと言いのけた。 「そっスか…」 言葉や態度から『嘘を吐いている』ようには思えなかったし、何よりも菊丸の場合、嘘を吐くと顔に出るのでしっかりと拝ませてもらったが、表情の変化まるで無かった。 「金曜日はわりと”待ってました”みたいになるけどにゃ〜。で、月曜日からちょっとずつテンションが下降して、木曜日は最悪にゃ…」 菊丸の話す内容はとても自分の状態と似ていて、これだ誰の話かを聞いていなかったら自分の事を話しているとしか思わないくらい細部にわたって同じだった。 「最悪って何か手塚先輩にされたんスか?」 「……辞書を忘れて借りに行ったら、『お前は前々から忘れ物が多いぞ』って怒られた。今までは怒った事ないのにさ〜。何か木曜日っていっつも不機嫌なんだよね」 「へ〜」 普通に聞けば忘れ物が多いのを怒られるのは当然だろうが、今まで怒った事が無いのに、その時だけ怒るというのは少しおかしいかもしれない。 もしかしたら、と期待してしまう。 「ま、どうせ明日になれば機嫌も治るんだろうけどさ」 同じクラスじゃないのだから、それほど気にしなくても良いのに、やっぱり部活の仲間だったので気になるらしい。 「ふーん、そうなんだ…」 自分も同じ。 明日になれば、このどうにもならない気分から抜け出せれる。 そして月曜日になると次に逢える日までをずっと待っている。 「…そっか、そうなんだ。じゃ、いいか」 「ん?何か言った?」 「別にただの独り言っスよ」 言ってしまえばいい。 この胸にある言い出せない想いを全て打ち明かしてしまえばいい。 「…明日、言ってみよう…」 「何?何?何言うの?誰に言うの?」 続いていた独り言を聞きとめた菊丸は、何だか楽しい事が起きる予感がするので、早速リョーマに訊ねていた。 「菊丸先輩には内緒っスよ」 自分と手塚の関係は一部にしか話していないので、ここで菊丸にバラすのはこれまでの努力を無駄にしてしまうだけ。 絶対に誰にも話さないタイプと、「誰にも話さない」と言いつつも仲良しには話してしまうタイプがいるが、菊丸の場合は後者だ。 友人の多い菊丸に話せば、一斉に広まってしまう。 「うえ〜、おチビのケチっ」 「ケチで結構っスよ」 何と言われようが、言えないものは言えない。 頑として言わないリョーマに、菊丸はガッカリを肩を下ろしてトボトボと歩き出したが、リョーマの顔は菊丸に会うの暗い表情から、すっきりと晴れ晴れとした表情になっていた。 金曜日の部活が終われば、リョーマは家に戻る前に待ち合わせにしてある駅前に寄る。 駅からロータリーを見て右側にいつも手塚はリョーマを待っている。 今日も手塚は同じ場所でリョーマだけを待っていた。 部活に参加しない手塚は一旦は自宅へ戻り普段着に着替えていたので、人を待っている姿は何だかとてもさまになっていた。 「お待たせ、国光」 「今日は早かったな、リョーマ」 声を掛ければすぐに顔を上げ、リョーマにしか見せない柔らかい笑顔を作る。 「何かまた雪が降りそうだからって早めに終わったんだjけ。ね、ここで待つのって寒くない?」 薄暗くなっている周囲は、他人を気にして歩いている人はいない。 誰もが早く帰りたいと、足早に過ぎていく。 リョーマは辺りを気にせず手袋を外して手塚の頬に触れてみれば、思ったとおりとても冷たかった。 「いや、そうでもないが…お前の手は温かいな」 寒いとは感じなかったが、リョーマの手の温もりを頬に感じると、自分の身体が想像以上に冷えている事に初めて気付く。 頬に触れる手に自分の手を重ねてみる。 「手もすっごく冷たいよ。ほら、早く行こう」 リョーマは重ねられた手を掴むと、引っ張るように歩き出した。 温まっていたリョーマの手が手塚の手によって急速に冷える。 一定の温度になると、時間は掛かるが2人の体温で少しずつ温まっていく。 2人の行き先はリョーマの自宅。 週末は用が無ければお互いの自宅に泊まっていた。 「リョーマ、ご両親は?」 「親父は何か集会みたいで、母さんは出張、ついでに菜々子姉は実家」 今週は手塚がリョーマの自宅に泊まる番だが、都合の良い事にリョーマの家族は全員で払っていた。 「そうか、では夕食はどうする」 「作ってあるから大丈夫。今日はクリームシチューだよ。ま、足りなかったら冷蔵庫から何か出して作ればいいし」 手塚を居間に通し、リョーマは着替える為に部屋に戻った。 リズム良く階段を上がっていくリョーマを見送り、手塚は戻ってくるまで居間のテーブルにあった新聞を広げていた。 「国光。お風呂、先に入っていいよ」 「そうか、では先に入らせてもらう」 夕食も食べ終わり、2人だけの時間を満喫する為に、さっさと入浴を済ませる事にした。 リョーマは手塚が風呂に入っている間に、家中の戸締りを確認し、部屋にこもる準備を始めた。 パタパタと家の中を歩き回り、最後に自分の部屋を軽く片付けて、パジャマと下着を準備して手塚が出てくるのを待った。 「ふう、やっぱりお風呂に入ると気持ちいいよね」 ほかほかと湯気が身体から出ているリョーマが部屋に戻れば、手塚はいつもはリョーマが座っている位置でテニス雑誌を読んでいた。 「そうだな、出来れば一緒に入りたかったが…」 「…後でね。それより、ちょっと話があるんだけど、いい?」 誘い掛ける手塚の視線を逃れ、リョーマはじっと手塚を見ながら話す。 「今からか?」 訊ねれば真剣な顔で首を縦に振るので、手塚は手に持っていた雑誌を床に置き、リョーマと向き合った。 「あのね…俺、週末だけなんて足りないんだ。本当は毎日でも国光と一緒にいたい。金曜日になるまで待つのはもう我慢出来ない」 一気に胸の想いを打ち明けると、合わせていた視線を下に落とす。 生徒会の会長でも部活の部長でも無いのに、何故か色々と忙しい身の手塚に合わせる為に、2人きりで逢うのを週末だけにしようと提案したのはリョーマ。 それなのに、週末だけじゃ足りないなんて言い出したら、どんな顔でこちらを見ているのか確かめるのが怖くて仕方が無い。 「…そうか、俺もお前と同じ事を考えていた」 ビクリと肩を揺らしたリョーマは、恐る恐る視線を戻せば、手塚はとても優しい表情でリョーマを見つめていた。 「…国光も?」 「ああ、週末しか逢えないからか、水曜辺りからどうも調子が悪くてな。普段なら気にならないような些細な問題まで気になるようになってしまった」 「何か、俺と同じ…」 手塚の話は自分と瓜二つで、昨日の菊丸の話は真実だった。 「今日はその話もしようと思っていたのだが、先に言われてしまったな…」 手塚の方もリョーマが言わなかったらこの話題を出す気でいた。 リョーマの提案を即座に受け入れてしまった手前、素直に自分の本心を伝えられなかったが、我慢も限界に来ていた。 「…じゃ、来週からはもっと逢える?」 「逢いたくなったら逢いに行くし、お前からも来て欲しい」 「うん、そうする。ね…お願いがあるんだけど」 「何だ?」 「…ぎゅってしてくれる?」 リョーマは少し照れ臭そうにしながら両腕を広げる。 「言われるまでも無いな…」 差し出された腕の下からリョーマの身体を抱き締める。 手塚がリョーマをぎゅっと抱き締めれば、リョーマの腕は手塚の背中にまわり、2人はこれ以上ないくらい強く抱き合っていた。 寒くて暗い夜は嫌いだけど、朝は必ずやってくる。 そうすれば、大好きな人と逢える。 もう我慢なんかしなくてもいい。 |
シリアス風味で始まり、ラブで終わるvv