04.コミュニケーション過剰 |
「ちょっと君達、コートの中でイチャイチャしないで欲しいんだけど」 「イチャイチャって…」 [俺達がか?」 溜息混じりに文句を言うのは不二で、言われたのは至って普通に練習をしていた手塚とリョーマの2人だった。 今日は試験明けの土曜日。 練習は休みで自主錬なのだが、コートを使っても良いと顧問から言われたので、レギュラーの一部は学校に残り練習をしていた。 メンバーは手塚、不二、菊丸、乾、大石、リョーマの6人。 偶然にも人数が偶数なのでラリーでも試合形式の練習でも何でも出来る。 菊丸は大石とAコート、不二は乾とBコート、そして手塚はリョーマとペアを組みCコートでラリーをしていた。 「…どういう意味だ、不二」 「君達のラブラブオーラがこっちまで流れて来るんだよ」 「…意味わかんないっスよ、不二先輩」 ネットを挟んでボールを打ち合っていただけなのに、理解不能な理由で練習をストップさせられてリョーマは少し怒り口調になっていた。 通常の練習では部長である手塚と長時間打ち合うなんて滅多に無い。 リョーマはこの状況が楽しくて嬉しくて堪らないのに、不二が間に入って来た。 怒り口調になるのも当たり前だ。 「…自分の事は気が付いていないみたいだけど、2人とも顔が緩んでいるんだよね。そんな顔でやられるとこっちのやる気が失せちゃうんだよ」 「不二のいうとおりだ。手塚の目尻は3ミリ下がっていて、越前の唇のカーブは30%アップしているな」 不二の後ろには乾がノートを開いて立ち、集めたデータを披露する。 「そんなデータ何時の間に…」 思わず手塚の顔を見上げてみるが、ミリ単位の変化などわからない。 いや、今は練習を止めているので、表情の変化は乾だろうがわからない。 前にも乾はラケットの高さなどのデータを使い試合をしていたが、テニス以外の一体どこまでのデータを集めているのかが気になる。 「だが、他人を気にするなど、練習に身が入っていない証拠だ」 最もな意見だった。 コート別に分かれて練習しているのだから、他のコートを気にしていたら自分の練習が疎かになる。 「…何、グランド走らせるワケ?」 「いや、今日は自主錬だ。どういう練習をしようが勝手だが他人を巻き添えにするな。越前、続けるぞ」 「…あ、ういっス」 自主錬とはいえ、せっかくの練習を止められて不機嫌になったのはリョーマだけでなく手塚もだった。 手塚はリョーマの腕を掴み引っ張るような形で自分達のコートに入るが、今度は2人とも同じ側に立つ。 練習内容を説明しているのか、手塚が話し掛ければリョーマは何度も頷いている。 「…何するつもりなんだろ」 この距離からでは何を話しているのか聞こえないが、手塚が取った行動に不二の形良い眉はピクリと動き、乾の手は猛スピードで動いていた。 リョーマがラケットを構えたすぐ後ろに手塚は立ち、腕や腰に触りフォームのチェックをしているが、どう見ても必要の無い場所にも触っている。 「およ、手塚とおチビってば、ラブラブだにゃ」 「また不二が手塚を刺激したのかな…本当に困ったもんだ」 Aコートにいた2人は周囲を気にする事無く練習に没頭していたが、決められた練習を終えると休憩がてら、異様な空気をかもし出している不二と乾、そして見せ付けるようにして練習している手塚とリョーマを見学していた。 それからは菊丸と大石の2人以外は、全く練習にならなかった。 「…手塚のおかげで練習にならなかったよ」 ブツブツとまるで不動峰の誰かさんのように不二は呟く。 手塚とリョーマは不二のよって遮られた時間を取り戻すかのようにまだ練習をしているが、4人は帰り支度を始めていた。 部室で着替えていると外からはボールを打ち合う音が聞こえる。 「不二ってば手塚に突っかかりすぎなんだにゃ」 隣で着替えている菊丸は、ちっちっと人指し指を左右に振りながら不二に駄目出しをする。 「英二は気にならないの?」 「もう慣れたから、どんだけコートでラブラブしてても平気だにゃ。不二もさっさと諦めた方がいいんだにゃ」 「今までのイメージがあるから僕には無理かもしれないな」 えっへん、と胸を張る菊丸が羨ましかった。 付き合い当初は目を合わせるくらいな関係だったのに、今は人目も憚らずイチャイチャモードに入るので、気になって仕方が無い。 今日のはまだカワイイ方。 最近では練習中に連れ出し、数分して戻ってきたリョーマの顔が不自然に赤くなっていた。 一体何があったのかと訊ねても、絶対に口を割らないが顔を見ればバレバレだ。 だからといって、コートの中では絶対にしないので、正面から文句は言えない。 「ま、過激な行動に出たら、その時は好きなだけ言えばいいんじゃない?」 「それもそうだね。もしかしたら時間の問題かもしれないし」 練習している手塚達が聞いたらどんな反応をするのかわからないが、今は知らぬが仏と乾と大石は会話に参加しなかった。 「そろそろ終わりにしない?」 「そうだな、あいつ等も帰った事だしな」 時間を気にしなければいつまでも続けられそうだが、少しくらいは学校もテニスも忘れたい時間が欲しい。 「じゃ、片付けよっと」 転がっているボールを拾い上げて、自分達が使用していたコートにトンボを掛ける。 レギュラーとなったリョーマは部活後の片付けを免除されているが、今日に限っては進んでやらなければならなかった。 「よし、終わり」 「ご苦労だった」 手塚がコート全体をチェックして戻って来れば、2人はコートを出て行く。 部室に入り内側から鍵を掛ければ邪魔は入らない。 部員の中で部室の鍵を持っているのは大石と手塚のみで、部活に1番乗りでやって来る大石にはマスターキーで手塚はスペアキー。 学校には何か合った時の為にスペアキーがあるが、使われた事は1度も無い。 「最近の不二先輩って何かあるとすぐに言って来るっスね」 「ああ、あまり気にするようなタイプでは無かったがな」 2人して考えても結局は他人なので、本人が何を考えているのかなんてわからない。 「そんなに俺達って目立つ行動してないっスよね」 「俺もそのつもりだが…」 同じ時間、同じ場所にいればどうしても相手が気になる。 我慢できなくなった時のみ、少しコートから離れさせてもらうが、それ以外は真剣に練習に励んでいるつもりだった。 「…不二先輩って良くわかんないっス」 「俺にもわからんが、それより…」 着替え途中のリョーマを抱き締めれば、ボタンをはめていなかったシャツが肩から滑り落ち、艶かしい姿になる。 「…着替えくらいさせて欲しい」 「すまんな…どうしても抱き締めたくなった」 シャツの上にあった手塚の手は今はシャツの中で、練習で温まった滑らかな素肌に直接触れる。 「…んっ…ここじゃダメだよ」 「何故だ?」 明確な意図を持って触れてくる手を止めさせれば、手塚は練習中よりも不機嫌そうな顔を見せる。 「……だって…ここでそんな事したら、明日から普通の顔でいられないから…」 ほんのりと染めた頬で言い訳をすれば、手塚も少し考えた末、抱き締めていた身体を惜しみながら放した。 「それもそうだな、ならば場所を変えればいいか?」 「…うん」 他の場所なん自分と手塚の自宅のみだが、そこなら今は無理なコミュニケーションも自由に出来る。 コミュニケーションは必要だけど、時と場合を考えないと大変な事になる。 練習中は不二への中てつけの意味を込めたもので、実際はあんな目に見えた行動は絶対にしない。 少しでも触れれば理性なんて飛んでしまうから、過剰になるコミュニケーションは誰の目にも届かない場所で。 |
ちょっとラブラブさせたかっただけです…はい。