10.世界でたった二人きり |
何もいらない。 欲しいのは、あなただけ…。 季節は梅雨を向かえ、これから日照りを続ける季節の前には有り難い天候だが、屋外での部活動には練習の妨げになっていた。 振り続く雨は地面に多くの水溜りを作り、歩くのに邪魔になるほど。 それはテニス部も同じ事で、屋内設備を持たない学校では個人の自主練習に切り替わっていた。 しかし、屋内のテニスコートは予約を取るのに大変で、待ち時間が嫌になってしまうほど。 こんな時は何をするのが1番? 「あのさ、無人島に1人きりで住めって言われて、1つだけ何かを持っていけるとしたら何を持って行く」 リョーマは2年生となり、手塚は高等部の1年生になっていた。 2人が出会ってから梅雨は二度目で、去年の梅雨はこんな風に一緒になんていなかった。 「1つだけ…それは何でも良いのか?」 土曜日である今日も朝から雨が降り、中等部も高等部も練習は休みで、雨の中、手塚はリョーマに会う為に自宅に訪れていた。 「うん、何でもいいよ」 休日でも寺の住職である父親には休みは無く、朝から自宅の裏にある寺に行っていて、母親は仕事が忙しいのか休日出勤していた。 今、自宅にいるのは2人と、居候をしている従姉妹の菜々子のみ。 菜々子は2人の関係に気が付いているか、絶対に干渉しない。 「…何でもいいのだな。ならばリョーマ、お前を連れて行きたい」 ベッドに並んで座っている手塚は、横で答えを待っているリョーマの顔を真っ直ぐに見つめる。 「やっぱりね…」 真面目な顔をしていたリョーマは、手塚の答えを聞いてやんわりと微笑んだ。 「やはりとは?」 「この質問って昨日会った菊丸先輩に訊かれたんだけど、俺も国光って答えちゃった」 「昨日?」 質問云々よりも、菊丸と会った事に反応してしまう。 1年近くも付き合っているのだから、他人がリョーマに近付くのはかなり気になる。 恋人としての位置にいるのだから仕方が無い。 「昨日も練習休みだったからシューズを見に行ったんだけど、そこで偶然に菊丸先輩と会ったんだ」 下手な言い訳をするとかえって怪しまれるので、昨日起きた事を全て話した。 それで納得してくれれば良いし、まだ怪しむのならもっと詳しく説明をするだけだ。 「そうか、そう言えば新しいシューズを入荷したから行くと言ってたな」 昨日は屋内施設で練習をしようと大石が提案したが、菊丸だけは用があるからと帰って行った。 その訳がこれだった。 「すごく嬉しそうに袋を抱えて帰って行ったよ。俺はグリップテープだけ買って帰ったけどね」 そう言うリョーマの視線の先には、机の上に鎮座している未使用のグリップテープがあり、真実を話していると判断するに値した。 「そうか。それでその質問には何か意味があるのか?」 「ん〜?特に何にも無いみたいだけど」 「では、何故俺と答えたんだ?」 「俺にとって一番は国光だから、国光を連れて行くって言ったんだ。それに国光だったら無人島でも平気そうだし」 アウトドアな趣味を持っているから、無人島でもその実力を充分に発揮してくれそうで、下手に物を持って行くくらいなら、手塚を連れて行きたい。 「それだけか?」 「え?」 つい、て詰め寄られて、思わず身体が後退する。 「理由はそれだけなのか?」 「……無人島だったらずっと2人きりになれるから」 本当の理由を言えば、手塚は口元を緩ませてから、リョーマの身体を引き寄せた。 しなやかな身体はいつでも手塚の腕の中に収まる。 この1年間でリョーマは成長したが、手塚も同じように成長している。 2人の身長差は出合った当時とそれほど代わり映えしていない。 「俺もそうだ…お前さえいてくれれば他には何も要らない」 抱き寄せたまま髪を撫でる。 その手の動きが気持ち良いのか、リョーマはウットリとして身体を手塚に預けた。 「無人島って何も無いんだよね。ガスも水道も電気も何にも無い…」 「そうだな。食事は材料から探さないとならないし、火は自分で熾さないとならない。寝るにも屋外だから虫や蛇などに気を付けなければならないしな…」 何時の間にか、実際に無人島に行くような話になっていた。 外に出られない分、何もする事が無いから、こんな話題でも楽しくなってしまう。 菜々子が買い物にでも行ってくれればベッドの中に入ってしまうが、流石に音が漏れてしまうかもしれないので出来なかった。 「でも、ずっと自由なんだよね。学校もテニスも何にも縛られない…」 今は中学生と高校生という立場であり、まだ親に頼らなければならない部分も多い。 雁字搦めに縛られているという訳ではないが、時間に追われているのは間違いない。 「自由だが、その分辛いかもしれないぞ」 「そうかもね。今なら何もしなくてもご飯が出てくるし、洗濯はしてあるし、部屋があるから虫や蛇に襲われる心配も無いからね…」 あれ?と思う前に手塚に押し倒され、何時の間にか天井を見上げる体勢になっていた。 少し伸びた後ろ髪が白いシーツに広がった。 雨は止みそうに無い。 口付けだけならどれだけしても構わない。 触れ合うだけならすぐに終わりそうだが、それだけでは物足りない。 舌を絡めた激しい口付けに代わるまでには、それほど時間は掛からなかった。 「…2人きりだったら、ずっとこうしてるかもね…」 「そうかもしれんな」 合間に呟いたリョーマの言葉に、手塚は否定しなかった。 きっと、この世界で2人きりになってしまったら、孤独を感じる暇も無いほどにお互いを感じ合う為に繋がっているだろう。 それこそ、朝も夜も関係無く、体力が続く限り。 「でも、それもいいかも……ん…」 唇を堪能した手塚は身体を少しずらして、首筋をなぞる。 止めないと最後までいってしまいそう。 でも、もう止められない。 今はこの部屋の中が2人の世界。 何もいらない。 この世界で欲しいものは…たった1つ。 愛する人だけ。 |
このお題もこれで制覇しました〜。