09.星空


キラキラと光る星の下に居ると、自分は何てちっぽけな存在なんだろうって思う。
でも、星の光よりももっと眩しい光がある事を知っている。


ちょっと帰りが遅くなると、青い空はオレンジに変わり、更には闇に包まれる。
闇に包まれた街中は街灯の灯りによって暗闇から逃れられるが、暗闇に入れば空に浮かぶの星達がこの地上を照らしてくれる。
だが、この街灯に慣れた生活では、この柔らかく照らす星の明かりを知らない。

「何か、肌寒くなってきたね」
「そうだな」
初冬ともなれば、部活の時間も夏場よりも短くなり、帰宅する時間が早くなる。
それに伴い空が暗くなるのも早くなる。
部月後の生徒達はあまり寄り道などしないで自宅に向かう方が多い。
それはこの2人も同じだった。
「あ、流れ星」
リョーマが夜空を指差して、流れていく星を手塚に教える。
「本当だな。知っているか、流れ星が落ちるまでの間に願い事を3回唱えると叶うそうだ」
リョーマの指差した方向に目を向けると、流れ星にまつわる話を切り出した。
部活に参加していない手塚は今でも生徒会の引継ぎで忙しく、自然と帰りの時間がリョーマと同じになり、約束など一度もせずにこうして一緒に帰っていた。
「何かさ、神様とか流れ星とか、えっと他力本願だっけ?そんなのばっかりだよね」
「良く知っているな」
元々、アメリカ育ちにしては日本語が達者なリョーマだったが、学校生活の中でクラスメイトや部活の仲間が話す言葉を吸収し、様々な単語を覚えてしまっていた。
話の内容から意味は何となく理解できるので、良い単語も悪い単語も何もかも覚えた。
なので、悪い単語を使っている時は手塚によってその度に訂正させられていた。
「まぁね」
小さく笑った後で、もう一度空を見上げてみた。
「…暗いのに明るいって変だよね」
「面白い事を言うな、お前は」
昼間から雲の無い晴天だった空は、たとえ暗闇に包まれても満天の星空が輝いている。
小さな光の粒なのに、こんなにも明るい。
「だって、部屋だとカーテンを閉めて灯りを消せば真っ暗になるのに、外だと星や月が光っていて、絶対に真っ暗にはならないよね。曇ってる時でも不気味な明るさがあるし…」
「完全な暗闇か…」
今は空の明かりと街灯によって、お互いの姿も周囲の様子もはっきりしているが、街灯の無い場所はなんだかぼんやりとしか見えず、先がわからない。
わからないだけであって、近くに寄れば暗闇から解放される。
「…暗闇でも国光が居てくれれば、明るくなりそうだけどね」
「どういう意味だ?」
「俺にとっては太陽みたいで、月みたいで、この星空みたいな存在だから」
手の届かない距離にある、誰もが切望する存在。
きっと、この想いが届かなければ、永遠に近付けなかった。
「それは俺も同じだ。お前は光そのものだからな」
しかし、2人ともが望んで歩み寄り、お互いに差し出されたその手を取った。
そしてその手を離す事は無く、今もこうして2人でいる。
「…何か照れるね」
辺りが暗くてもリョーマの頬が朱に染まっていくのが見えた。
校内では見られない姿に口角が上がる。
「そうだな。知っているか?夜空に瞬く星はこの地球から遠くにある事を」
「バカにしているの?」
そんな事は小学生でも知っている。
手塚はむぅ、と口を尖らせているリョーマに優しく微笑むと、すぐに顔を引き締めた。
「今、俺達が見ているこの輝きは過去の星の姿なんだ」
「え?過去の星?」
きょとん、としている大きな目が更なる説明を求める。
「ああ、星の距離は光年と言う単位で表すのだが、光が1年間に進む距離が1光年。1光年とは、9兆4600億kmなんだ。つまりは、1光年の星の光は、9兆4600億km離れたところにある星の1年前の光になる訳だ」
まるで教科書の中身を話しているかのような内容ではあるが、リョーマは手塚の話を静かに聞いていた。
「…難しいけど。俺達が見てるこの星の光はずっと昔に輝いたものなんだね。遠いところの星は人類が誕生するずっと前か。じゃあ、今この瞬間に輝いた光が地球に届く時もこうして一緒にいられたらいいね」
辺りに誰もいない事を確かめると、リョーマは手塚の手を掴んだ。
「それは、俺達が生まれ変わっても、という事か?」
「…輪廻転生ってのを信じるのならね?ま、姿や形が変わっても、俺は絶対に国光を見つけられるよ?国光は?」
上目遣いで見上げるリョーマの愛らしさに、手塚は手の繋ぎ方を簡単に離れないように指を絡ませる繋ぎ方に変えた。
「リョーマが俺を見つける前に俺がお前を見つけ出す」
「…負けず嫌い…」
自分を見つめる熱い眼差しに思わすドキリとしてしまい、胸の高鳴りを聞かれないように横を向いてから憎まれ口を叩いた。
「お互いに、な」
決して離れないように繋いだ手を強く握り合った。

今輝いた光がこの地上に届く時もこうして2人でいられたら、なんで幸せな事だろう。
何年先?
それとも何十年先?
もっと先で、何百年も先?
先が見えなくてもいつでも隣にいて欲しい。

「…今度流れ星を見たら、お願いしてみようかな」
自分の力で叶えたいが、何百年も先の事なんて自力ではどうにもできない。
「他力本願とは珍しいな。それで何を願うんだ」
「ナイショ。願い事って人に言わない方がいいんでしょ?」
話の流れから願い事なんてわかりそうなものだが、手塚はリョーマの口から聞きたかった。
だが、リョーマは決して言わない。
この願いは絶対に叶えたいと心から思うものだから。


満天の星空の下。
遥かな昔に輝いた光が2人を照らす。



短い…。