08.おとまり


この広い世界で一つ屋根の下にいられるって何て素晴らしいんだろう。
ずっとずっと一緒にいられたら、もっといいのに…。


「え、本当に?」
「ああ、食事は簡単なものになるが…」
「行く、絶対に行くから!」

いつからなのか覚えていないが、雨の日以外と2人に用が無い時は昼休みには屋上で会うようになった手塚とリョーマ。
今日の空は青い部分よりも白い部分の割合が多いようだが、晴天に代わりは無い。
普段から人の訪れが少ないこの場所は2人の為の空間になりつつあった。
先にお昼ご飯を食べてから、2人は会話をしていた。
今日の話題は手塚からのもので、「この週末に両親と祖父が揃って出掛けてしまうので、リョーマの都合さえ良ければ泊まりに来ないか?」なる内容だった。
長時間を2人きりで過ごすのはなかなか難しく、手塚の申し出にリョーマは即行でOKの返事を出していた。

「珍しいよね、誰もいないなんて。もしかして何かあったの?」
残っていたパックの牛乳を飲み干し、リョーマは喜びのあまり校内では滅多に拝めない笑顔を見せる。
「ああ、母が懸賞で送った旅行が当たったようでな、金曜の朝から父と行くようだ。祖父は師範をしている道場の遠征に着いて行くと言っていたな」
リョーマの嬉しそうな顔に手塚もついつい表情を綻ばせる。
父よりも元気な祖父は、稽古や老人会の旅行などで週末は良く出掛けているが、両親が揃って旅行に行くのは本当に珍しい事だった。
「ふーん、そうなんだ」
病気や怪我の所為でないのなら、何も心配は要らない。
早く週末になればいい、とリョーマは逸る気持ちを抑えるように空を見上げれば、雲は時間を忘れさせるようにゆっくりと流れていた。


「…何か降りそう」
約束の金曜日の朝は、スッキリと目が覚めてウキウキ気分のリョーマに反して鬱陶しいほどの曇天模様だった。
窓から見える今にも降り出しそうな空に、リョーマは万が一の為に折り畳み傘をバッグに突っ込んだ。
朝食は白いご飯と味噌汁にアジの開きなどの純和食だったので、沈みそうになっていた気分は再び上昇していた。

「おーい、越前」
朝練に遅刻する心配が無いので、普通に歩いて学校に向かっていると、背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「…桃先輩」
誰かと思えば、桃城だった。
1年の頃から乗っている自転車に跨り、朝からヤル気満々の顔をしていた。
「今日は早いんじゃねぇか?」
キーッ、とブレーキを掛けて、リョーマの横にピタリと止まった。
「たまにはね。あ、折角だから乗せて下さいよ」
「…早くても遅くても、俺は使われるのか…」
「何か言ったっスか?」
「や、別に。ほら、さっさと乗れよ」
リョーマがひょいと後ろに乗り桃城の肩に手を乗せて合図をすれば、桃城は自転車を発進させた。

「おー、おチビってば早いじゃん」
「ああ、それで雨が降りそうなのかな?」
いつもはギリギリでやって来るリョーマが自分達よりも先に部室にいた事に、菊丸と不二は笑いながらからかった。
「…俺が起きた時はもうこんな天気だったスよ」
早く来たおかげで練習開始までに時間があるので、ベンチに座っていたリョーマはムッとしながら反論する。
「わかってるって。でも今日は手塚が遅いんだ。そっちの方が珍しいにゃ〜」
リョーマが早く来た事も驚きだったが、手塚がいない事にも驚きだった。
遅刻すればすぐに「グラウンド10周だ!」なんて言ってる手塚がリョーマよりも遅いなんて、こちらの方が正直言って信じられない。
「ああ、何か今日から家族が旅行に行くって言ってたな」
誰よりも先に部室にいた大石は、手塚から聞いていた話を口にしていた。
「ほへ〜、それじゃ1人きりなんだ…何か大変そうだにゃ」
「手塚だから心配は要らないと思うけどね」
と、言いつつも不二は何かを言いたげにリョーマを見る。
「何スか?」
「…越前は知ってた?」
不二の視線を感じたリョーマが訝しげな顔で不二を見やれば、あえて主語は言わずに不二はリョーマに問い掛ける。
「知ってたって、何を?」
「手塚の…」
「俺が何だ?不二」
「あ、もう来たんだ。おはよう手塚」
不二が最後まで言えなかったのは、タイミング良く扉が開き、話題に上がっていた手塚が部室に入って来たからだった。
他も興味津々で2人に注目していたので、一斉に開いた扉を見ていた。
「どうした?」
手塚が部室内を見れば、ほとんどが慌てて視線をずらしていた。
「あ、いや。それよりも今日から大変だな」
「…特に大変な事など何も無いが」
何の話しをしていたのかが大石の言葉で判明すると、手塚は手短に答える。
余計な事は何も口にせず、荷物をロッカーに入れて着替え始めた。
結局、不二はリョーマから答えを聞けずに終わった。

昼前には曇天の空は泣き出していた。
しかも大粒の雨が次々と地面に降り注ぎ、今日の授業後の練習は体育館に移動となった。
他の部活動に邪魔にならないように、空いているスペースで柔軟や筋トレなどをして、1時間あまりで練習は終わった。
「土日の朝も雨が残っているようなら練習は休みにすると竜崎先生から言われている。明日は朝の天気次第だな」
顧問の竜崎には会議があるというので、明日の話は手塚が全員に伝える。
天気予報では日曜日までは傘マークが続いていたので、予報通りならこの土日の練習は休みだ。
「雨であっても各々自主的に練習はしておくように」
既に休みと決定している菊丸が明日からのプランをコソコソと桃城に話しているので、一応は釘を刺しておいた。
「手塚、今日から1人なんでしょ?良かったら泊まりに来ない?」
体育館から次々と出て行く中、不二が手塚を捉まえた。
「いや、遠慮しておく。誰もいないからと家を空けるわけにはいかないからな」
ニコニコとしているが、心の中では何を考えているのかわからない。
朝練の部室内の光景を思い出せば、自分を心配して声を掛けたとは到底思えない。
きっと、気が付いているだろうから、手塚はやんわりと断った。
「そう?だったら僕が行こうかな?」
「…不二」
嫌そうに眉間に皺が寄る。
「ふふ、冗談だよ。君の事だから越前を誘うんでしょ?誰もいないからってほどほどにしないと駄目だよ」
自分達よりかなり前を歩くリョーマが、時々こちらを見てくる。
何を話しているのか気になっているような様子に、不二は思わずクスッと笑った。
「お前に言われるまでも無い…」
「そ?たまにはゆっくりしたいから明日も雨が降るといいね」
最後に笑みを深くして不二は手塚を置いて歩き出した。

「不二先輩と何を話してしたんスか?」
帰りは別々に出たが、途中で待ち合わせをしていた2人は、一緒に手塚の家に向かうが、リョーマは体育館での手塚と不二の会話が気になって仕方が無かった。
「…ほどほどにしておけ」
「は?何それ」
意味がわからずにまたもや問い掛ける。
「家人がいないからといって羽目を外すな」
「……別にいいじゃん。こんな機会、そんなに無いんだから」
不二が手塚に話した内容を理解すると、リョーマは顔を赤くしていた。
「俺もお前と同じだ。こんなチャンスはこの先あるかわからないからな」
家族の不在とこの雨。
まるで自然までもが2人の逢瀬を応援しているように錯覚してしまう。
「そうだね。ねぇ、今日はいっぱいしようね」
「…こんなところから煽るな」
無邪気に言ってくるリョーマに手塚は大きく息を吐いていた。
「…だって、こんな時じゃないと言えないじゃん。それともしたくない?」
「俺だってお前をいつでも感じたいさ」
「じゃ、問題無いよね。今日は遠慮しなくていいから」
「いいのか?本気を出しても」
私生活や学校生活を考慮して、常に手塚は自分を抑えていたが、リョーマの方から言われてしまえば抑える必要性は無い。
「…いいよ」
2人が向かう手塚の自宅はもうすぐだった。


「…やっぱり、こういうのっていいね」
さっさと食事を済ませて手塚はリョーマを自室に連れて行った。
次第に深くなるキスを交わしながらベッドへもつれ込むように倒れ、お互いの服を脱がせあった後、2人は熱く交わっていた。
何度目かわからないほどの絶頂を迎えると、リョーマは気だるい身体のままベッドにうつ伏せになった。
その背中には手塚の残した跡がいくつもある。
「そうだな」
横向きになり片肘をついてリョーマを眺めていた手塚は、残っている手をリョーマの背中に伸ばす。
しっとりと汗を掻いていても、その瑞々しさが失われる事は無い。
「…またこんな機会があったら、絶対に誘ってよね」
行為により笑顔にもどこか妖艶さが付加されていて、手塚は次々を湧き上がる欲望を抑える事など出来なかった。

天気予報どおりに次の日も雨が降り、2人は食事などの時間を除いてほとんどの時間をベッドに中で過ごしていた。



朝も夜もずっと一緒にいたい。

笑顔も寝顔も全てを自分だけのものしてしまいたい。


望みは叶える為に存在するもの。



お泊りって響きが既にヤバイ…。