04.閉じ込められた


君となら永遠でも構わないと思うのは、いけない事なのか。
君がいれば不安や心細さなんて生まれてこない。


「…あ、閉められちゃった。まぁ、いいか」
委員会の当番になっていたリョーマが、手塚に頼まれて奥の準備室で本を探している時、もう1人の当番によってたった1つしかない扉を閉められてしまった。
カウンターの後ろには準備室へと続く扉があり、ここは棚に収まりきらない本を保管する倉庫の役割もしていて、主に古書や市場でも見つけるのが困難な本などが管理されていた。
日光は良くないので窓は一切無いが、空調設備だけはしっかりしている室内。
手塚が探していた本は図書館内の棚では見付からず、リョーマが本のリストで確かめてみると、この準備室で保管されているとわかった。
どうやらかなりの古書であるらしく、悪意のある者によって持ち出されない為に、貸し出し禁止となっていたが、この図書館内では自由に閲覧が可能なので、リョーマは手塚を待たせて探しに入っていたのだが…。

「…あれ?何でここにいるの」
何やら物音がするので気になって覗いてみれば、そこにいたのはカウンターの前にいるはずの手塚の姿だった。
「なかなか戻らないから探しに来たのだが…」
この準備室の広さは図書館と同じくらい。
いや、もしかしたら図書館よりも広いかもしれない。
リョーマは自分がこの中にいるのは手塚が知っているので、閉められてもすぐに開けてもらえると安心していたが、いつまでも戻らないリョーマを心配して手塚が中に入り、密かに探していた時に閉められていたのだった。
「…嘘。俺達、閉じ込められちゃったよ」
扉に駆け寄り、ドンドンと力強く叩いてみても、防音加工されている扉はその音も吸収していた。
「どういう事だ?」
珍しく慌てているリョーマに手塚は不思議そうに問い掛ける。
「このドアって中からは開けられないんだよ」
「本当か?」
「嘘でこんなコト言えないよっ」
何度もドアノブをガチャガチャと回し、必死になって扉を叩いてみるが、やはり開くような気配は無い。
両手の拳を扉にあてたまま、リョーマは項垂れて大きく息を吐いた。
「…このドアって先週から壊れててさ、絶対に中から開けられないんだよね」
あはは、と乾いた笑いを浮かべながら手塚に説明をすれば、手塚はリョーマの元へ早足にやって来た。
「壊れて?なぜ直していないんだ」
「…明日、修理業者が来るんだって」
だから当番に当たった今日はドジを踏まないように注意していたのに、まさか閉じ込められるなんて夢にも思わなかった。
「だが、俺達のバッグはあるのだから、すぐに開けてもらえるだろう」
「…国光っていつもカウンターから死角になる場所に座ってるでしょ。あそこって窓も無いから、近寄らないんだよね。それと俺のバッグだけど…」
リョーマはとある方向を指で差した。
「…お前のバッグか」
見れば、そこには見覚えのあるバッグが置かれていた。
それはテニス部が使っているスポーツバッグ。
「そ、カウンターの中に置くのは邪魔だから、いつもここに入れてあるんだ」
「…もう1人の当番が気付くだろう」
図書当番は常に2人以上で行うようにしている。
学校とは思えないほどの膨大な量の本を所持しているので、生徒からの要望に応じて本を探す必要も出てくる。
こういう時に1人では対応しきれない。
だからこそ、何が起きても対処できるよう、常時2名がカウンター内にいる。
「前に部活に行きたいからって鍵を任せた事があってさ、今日は代わりに俺が最後まで残る事になってるんだ…」
手塚が冷静に今の状態から抜け出す策を考えても、リョーマによってばっさり切られる。
あれこれと言ってみても、どれもこれもリョーマは首を横に振るだけだった。
「…ところで本は見付かったのか?」
「ん〜、まだだけど…じゃ、探そっかな」
結局、自分達の力ではここから出る方法が見つけられないので、まずは手塚が求めている本を探す事から始まった。


「…あ、もしかしてこれかな?」
棚の数は多く、高さも手塚ですら届かない。
かなり高い脚立の上に乗り、目当ての本を探し出したリョーマは、手塚に確認してもらう為に本を引き出そうとするが、ぎっちり詰っていた本は取り出しにくく、リョーマは手に力を込める。
「…こいつ……うわっ…」
目当ての本を見つけたのだから、何としても出したいと本の背表紙を両手で掴むと、それまでが嘘のようにすぽっと抜けた。
拍子にリョーマが乗っている脚立がグラリと傾く。
「リョーマ!」
リョーマと反対側の棚を探していた手塚が気付くが、時は既に遅かった。
「うわわ…」
何とか元に戻そうとしてみたのだが、不安定に揺れる脚立は最終的にリョーマが乗っている側に倒れ始めた。
倒れていく脚立に覚悟を決めたリョーマは「こういうのってお約束だよね」なんて悠長な事を考えていた。
折角見つけた本は捨てられない。
背中から落ちるのを理解してリョーマはぎゅっと目を瞑った。

ガシャン、と金属の大きな音と、どすんという重い音が響く。
「…痛っ…」
しかし、ぶつけたのは背中では無くお尻の部分だけ。
閉じていた目をそろりと開けば、脚立は自分の横にあり、背中は手塚が床とぶつかるのを防いでくれていた。
「大丈夫か?」
腕の中のリョーマに声を掛ける。
「…何とか、それより国光は?」
お尻がジンジンとするくらいで他には痛い所なんて無い。
「俺は何とも無い」
手塚は脚立の軌道を手で逸らし、落ちてくるリョーマを見事にキャッチしていたが、流石に落ちてくる人間を軽く受け止めるのは難しく、お尻の部分だけは床とご挨拶していた。
「…あ、探してる本ってこれで合ってる?」
腕の中にある本を手塚に見せる。
「ああ、合っている。見つけてくれてありがとう」
「お礼をいうのはこっちだよ。助けてくれてありがと」
リョーマは座ったままの状態で背中にいる手塚と見つめ合う。

ここは誰の目も気にしなくていい場所。
出入口はたった1つしか存在しておらず、今は突然のハプニングによって閉められ、しばらくはこの状態が続く。

「…リョーマ」
「……駄目だよ。もし開けられたら言い訳なんか出来ないよ」
リョーマが身を捩っても、手塚の腕は既に目的に向けて動き出していた。
動くのに邪魔だからと学生服を脱いでいたリョーマはシャツのみ。
裾から手を入れると、瑞々しい肌の触り心地を確かめるようにゆっくりと這わせる。
「最後まではしない」
「…最後までって、これも…駄目だって…」
手塚によって快感という未知の領域を戻れないほどの深みまで教えられたリョーマの身体は、手塚の手が触れれば意思とは関係なく反応してしまう。
きっとリョーマの方から最後までしたいと言ってしまう。
一度、最後までいってしまえば、もう止められない。
そんな事になったら、今度は開けられた時に困るだけ。
「…仕方ないな」
あまりにも嫌がるので、手塚は残念そうにシャツから手を抜く。
「…キスも駄目か?」
「キスはいいよ」
リョーマの身体を反転させて、しっかりと向き合いキスを交わした。


「ちょっと面白かったね」
「悪くない経験だった」
閉じ込められてから1時間後、何時まで経っても部活に現れないのを心配した大石達によって2人は無事に発見されたが、この時には既にキスはしておらず、手塚は見つけてもらった本を読み、リョーマはその横で暢気に眠っていた。
ドアから入って来た仲間に手塚は「ああ、済まないな」とだけ言っただけで、リョーマに至っては目を擦りながら「あれ、開いたの?」だった。
閉じ込められていた焦りなど欠片も見せない2人の様子に、大石達は「流石だな」と感心していた。
それから参加した部活は終盤に差し掛かっていたので、途中からの2人は基礎的なメニューだけで終わり、片付けを済ませて帰っていた。
「…1人だったらパニックになるかもしれないけど、2人だと安心できるよね」
「ああ、それも相手がリョーマだったからな。俺にとっては何よりも充実した時間だったが、少し心残りがあるな…」
「…わかってる。さっきは学校内だったから嫌だっただけ…」
きっと開けられてしまうドア。
閉じ込められて見つけられない場所なんて校内では有り得ない。
今日だって、思っていたよりも早い時間で見つけられた。
あのまま手塚の誘いに乗っていたら、大石達に見られていたに違いない。
そう考えれば、あの時流されなくて良かったと真剣に思う。
「では、今からは俺の腕の中に閉じ込めてもいいか?」
「…いいよ」
キザったらしい台詞でも、その気になったリョーマには甘い誘いにしかならなかった。



1人きりじゃないのならあのまま閉じ込められていても、平気かもしれない。

でも、もしそうなるのなら、相手はこの世で1番大切な人で、絶対に何があっても出られない空間がいい。


誰にも見つけられない空間に、大切な人と…。




閉じ込められても、2人には関係ない。