03.セクハラ |
先輩だからって許されると思ったら大間違い。 「あれ?もしかして今日も委員会の当番?」 どこもかしこも部活動の練習の中、リョーマが委員会の仕事を終えて部室に入ろうとすると、背後から声を掛けられた。 「何だ、不二先輩か。そうっスよ」 ドアノブを掴む手前だったので、振り返ってその声の持ち主を確かめれば、そこには不二が立っていた。 手にはラケットでは無くて新品の包帯を持っているが、不二に怪我をしているところは見受けられない。 「そうなんだ。あ、中に英二と桃がいるから、様子を見ておいてくれる?」 「菊丸先輩と桃先輩が?何かあったんスか?」 部活中に部室にいるなんて何かあったとしか思えない。 しかも練習好きな2人の事、これは尋常ではない。 「簡単に言えば、桃のスーパージャンプと英二のアクロバティックが衝突した結果かな?」 柔らかい笑顔の中に、呆れたような困ったような笑顔を見せる。 「…怪我したんスね」 頭の中では桃城と菊丸が猛烈な勢いでぶつかり、バタンと倒れて目をバッテンの形にしてキュ〜としている図を再生していた。 「鋭いね。僕は練習に戻るから後はよろしくね」 持っていた包帯をリョーマの手に乗せ、「長い時間練習から離れると手塚が怖いから」と、付け足すと不二は練習に戻って行った。 「桃のロッカー、相変わらず食い物だらけだにゃ」 「いいじゃないっすか、腹が減るんすよ」 部室の中には全員が使用するオープン型のロッカーのほかに、レギュラーとなった者だけに与えられる個人用のロッカーがある。 壁に沿って置かれたロッカーはオープン型が目隠しとなり、プライバシーが保護される。 だからといって、日常的にレギュラーがそこで着替えをするような事はなく、皆と同じようにオープン型のロッカーを使用しているので、普段は荷物置き場となっていた。 リョーマが不二に言われたとおり、菊丸と桃城の様子を確かめようと扉を開ければ、2人の姿はそこにはなく、どこからかコソコソと話し声がするので、気になって個人用のロッカーの方を覗いてみれば、2人がお菓子を食べていた。 既に空っぽになっている袋や箱があるので、結構な時間をここで過ごしているようだった。 これでは不二が気になるのも無理は無い。 「…何してるんスか?」 どうやら2人とも夢中になっているのか、リョーマが入って来た事に全く気が付いていなかった。 「うわっ、おチビ」 「越前、驚かせんなよ」 話し掛ければ持っていたお菓子を宙に飛ばすほどに驚いていた。 「こんなとこでサボりっスか?」 「違う、違う。ほら、これ」 と、菊丸は自分の足を見せる。 「…まさか、これが怪我?」 「そうだにゃ。練習中に桃とぶつかって、怪我をしたんだにゃ」 膝の下が擦り剥けているが、どうしても包帯が必要な怪我には見えない。 「越前、俺もだぜ」 今度は桃城が腕を見せるが、こちらも擦ったくらいの怪我で、こんなの傷薬でも塗っておけば充分だった。 「ふーん…ま、いいけどさ。あ、はい、包帯」 リョーマからしてみては、2人とも怪我をしたと言えるほどの状態では無い。 ぽい、と桃城に向けて持っていた包帯を投げて、リョーマは練習に参加する為に着替えを始めた。 一緒にいては、仲間と思われる。 それでなくてもこの2人とは帰りを共にして買い食いをしたりする仲。 入る前に不二と出会っているのでアリバイは証明できるが、長い時間はここにいられない。 「…なぁ、おチビも食べようぜ」 「そうそう、お前も腹減ってんだろ」 どうも、マズイ状態になってきたと感じたのか、菊丸と桃城はリョーマにも食べさせて、仲間に引きずり込もうとしていた。 「…今は食べたくないし、腹も減ってないっスよ」 意志は固いと、リョーマは着替えに没頭する。 「先輩の好意を無にするおチビには…お仕置きしてやる」 む〜、とアヒルのように口をにゅっと尖らせた菊丸は、着替えているリョーマに思いっきり抱きつく。 「あ、うわっ」 グラリと傾く身体。 「え?お…うわわっ」 その直後、ドスン、と大きな音が部室内に轟く。 丁度、リョーマがズボンを脱ごうとして片足を上げた不安定な姿勢だったので、菊丸のタックルでは片足だけでは自分の体重を支えきれなく、2人とも床に倒れてしまった。 「…イテテ、おチビってば安定感無いぞ。つーか、何かヤらしい格好…」 倒れたせいで、リョーマのズボンは膝まで下がり中の下着を見せていて、制服のシャツは上に捲りあがり胸の少し下まで肌を露出していた。 扇情的な姿に思わずゴクリと喉を鳴らす。 「…あの〜、英二先輩」 「何だよ……て、手塚?」 どこか申し訳無さそうな小声で呼びかける桃城を振り返ると、そこには絶対に見られてはいけない相手が憮然とした表情で立っていた。 「越前に何をしているんだ。菊丸…」 地から轟くほどの低音を出す手塚は、片方の眉だけを上げて菊丸を見下ろす。 「…え〜と、それは…」 えへへ、と軽く笑うが、目は恐怖で慄いていた。 「お前達の怪我が酷いのかと様子を身に来てみれば…」 練習中の怪我ではあったが、他の部員の練習に邪魔になるからと、菊丸と桃城は誰の手も借りずにコートを出て行った。 怪我の手当てにしてはあまりにも遅い2人が気掛かりで、手塚は大石に任せて様子を見に来ていた。 扉を開ける直前に中から大きな物音がして、何をしているのかと開けてみれば、乱れた服装で床に倒れているリョーマの上に菊丸が乗っかっていた光景を目の当たりにしてしまった。 「あの、これは、その…」 どうにかして何か訳を見つけようとするが、焦りだけが前に出て上手く言葉に出来ない。 「菊丸、桃城、グランド100周だ!」 「は、はいっ」 怒髪天をつきそうなくらいに怒っている手塚に言い訳は届かない。 2人は下手に何かを言って余計に刺激するのを恐れたのか、怪我の事なんて忘れたように脱兎の如く部室を飛び出した。 「何だ、あいつらの怪我は大した事は無さそうだな。それにしても大丈夫か?」 リョーマの前に膝をつき、手を差し出す。 重しとなっていた菊丸が退いた事で、リョーマは手塚の手を借りてむくりと起き上がる。 「…ん、ちょっと肩が痛い」 床とぶつかる寸前に頭を庇おうと手を上げたが、代わりに右肩を床にぶつけてしまったみたいで動かすとズキッとする痛みが走った。 「どの辺が痛いんだ」 「…ここ」 示す箇所を手塚が触れてみると、リョーマは小さく呻き顔をしかめた。 「念の為に今日の部活は休め」 「え、でも…」 「これは命令だ」 「…はーい」 利き腕は左だが、リョーマの場合は右腕も使用する為、痛みを感じるのなら下手に動かさない方が良いと判断した。 「応急処置だが湿布を貼っておこう。ほら、肩を出せ」 ロッカーの上にある使われる事の無かった救急箱を下ろし、中からまだ未開封の湿布薬を取り出す。 「はぁ、出来るのなら菊丸先輩をセクハラで訴えたい…」 ぷちぷちとボタンを外し、痛い方の肩を手塚に晒す。 見たところ、肩にはぶつかった衝撃による腫れや変色がないので、軽度の打ち身で済んだようだが、用心に越した事は無い。 「菊丸をか?」 「そうだよ。だってさ、最近の菊丸先輩の抱きつき攻撃って加減無いし、それにたまに変なトコ触ってくるしさ…」 ぎゅーと抱きつくまでならまだ平気だが、そこから腰を掴んで「ちょっと痩せたにゃ〜」とか、正面から抱き付いて尻を撫でる親父チックな事をするので、いい加減鬱陶しいとさえ感じてきていた。 しかし、ここは学校、しかも先輩。 耐えて、耐えて、耐え抜いていた。 「…俺の場合もセクハラに入るのか?」 リョーマの訴えを聞き、菊丸の事を言えないと感じたのか、湿布薬のフィルムを剥がし、痛いと訴える場所に貼り付けながら訊ねていた。 「何で?セクハラって相手が嫌な場合でしょ?俺は国光だったら菊丸先輩と同じ事されても嫌じゃないよ」 練習を休めとの部長命令が下りたので、リョーマはシャツのボタンをはめ直し、立ち上がって脱ぎかけのままでいたズボンを穿いた。 「そうか…しかし菊丸の奴…100周では足りなかったな」 抱きつく行為は菊丸の専売特許。 桃城や大石にもしているので、リョーマにも同じとしか見ていなかった行動が、実はついでにセクハラまがいな行為をついでにしていた。 「…あまり菊丸には近寄るなよ」 「そんなの無理だって」 はあ、と首を横に振る。 どんなに長い付き合いでも、どんなに気を付けていても、気分屋といわれる菊丸の行動は雲を掴むようなもので、たった数ヶ月の付き合いのリョーマでは、まず無理難題な話。 「ならば、俺の傍にいろ」 「菊丸先輩のセクハラ行為から守ってくれるってコト?」 手塚からの返事は無く、代わりにぎゅっと抱き締められた。 痛む肩に触れないようにして抱きつき、労わるように優しく背中を撫でる。 これをセクハラと感じるか感じないかは、ただの先輩と恋人の違い。 「…国光だからいいんだ」 何をされても許せるのは恋人に対してだけ。 |
セクハラ対象者は菊丸でした〜。手塚だと思った人は残念!
その前にこれって愛のシチュエーション?