02.肝試し


大丈夫、怖い物なんて何も無いから。
あるとすれば、それは…


「うわっ、毛虫だにゃ。しっしっ、あっちにいけ」
寒い冬が過ぎ、暖かい春が来て気温が上昇すれば、コートの周囲には何時の間にやら、雑草があちらこちらに生えてくる。
練習も大事だがコートの整備も周囲から必要となり、本日はレギュラーもコートの外側の草むしりのメンバーに入れられていた。
コートの入口から対角線上の面で菊丸が長く伸びた草を引っこ抜くと、そこには怪しい色をしていてモゾモゾと動く全長4センチほどの生き物がいた。
「英二先輩って毛虫が苦手なんすか?」
慌てた声を出している菊丸の目の前で、モゾモゾと動く毛虫を指で摘まんで遠くへ投げたのは、近くで草むしりをしていた桃城だった。
「苦手も何も、気持ち悪いにゃ〜」
思い出すだけでも悪寒がするのか、両腕を抱えるようにしてブルブルと震える。
「意外っすね。英二先輩って爬虫類系でも好きだから、こういうのも平気かと思ってたっす」
「トカゲとかヘビはいいけど、ゲジゲジとかゴキブリはキライだにゃ。お前だって好きってワケじゃないだろ?」
ブンブンと頭を大きく振って否定する。
「そっすね。平気は平気っすけど、好きって聞かれれば嫌いの方っすね」
言われてみれば自分も好きではない。
今みたいに摘まんで捨てる事は大した事ではないが、愛でるなんて絶対に出来ない。
所詮、害虫は害虫のままで、家や部屋の中に居座られては堪ったものではない。
「そうだろ〜?お化けとかは平気だけど、肝試しに生きた毛虫とか出されたら本当に嫌だにゃ。おチビだって同じだろ?」
「は?何が?」
2人の近くで草むしりをしていたリョーマにも話しを振る。
「おチビは毛虫とかって平気?」
立ち上がると姿が見えてしまうので、見えないように低姿勢で移動して、菊丸と桃城はリョーマに近寄っていた。

「で、おチビはどう?」
2人はリョーマに経緯を話してから、もう一度訊ねてみた。
「…あんまり平気じゃないっスよ。動きが変だし、色が怖いし…」
「それに刺されて腫れた事もあるしにゃ」
「そうっスね。しかも痛くて辛いんスよ。アメリカで足に刺されて靴が履けなくなったス」
「ほらほらほら、おチビも俺と仲間だにゃ」
何かを言えば、リョーマはすぐに話に乗ってくるので、菊丸は嬉しさのあまりにリョーマの肩に腕をまわして、にんまりと笑った。
「…蟻に咬まれるのも痛いんだよにゃ〜」
「小さいからなめて掛かると、本当に痛いっスよね」
近くにあった草がすっかり無くなってしまうまで、菊丸とリョーマの会話は続いていた。
「…でさ、他に怖い物とかある?」
「特には…」
草取りの時間が終わり、部員達は決められた箇所に集め始めるが、会話はまだまだ続いていた。
「じゃ、肝試しとかしなかった?」
「肝試しって何スか?」
聞いた事の無い単語にリョーマは逆に訊ねていた。
「あっちじゃ肝試しなんて無いか」
「何だか楽しそうだけど、あんまり喋ってると手塚の雷が落ちるよ。英二にね」
「…何で俺だけ?」

通り過ぎる際に言われたセリフに菊丸が頭を傾げた直後、菊丸は不二の予言通り手塚に捉まり、草取り時のお喋りに対して注意されていた。
グラウンドを走れを言われなかっただけでもまだマシであったが、リョーマや桃城は一切何もお咎めが無かった。
「…ちぇっ、ちょっとおチビを話していただけなのに、手塚ってば心が超狭いにゃ」
「少しの時間だが誰の邪魔も入らず充分に話せたであろうが。俺の心の広さに感謝するんだな」
リョーマを独占してたのは僅かな時間だったが、手塚にしてみては耐え難い時間。
部活の最中だからと、なるべく接触を避けているのに、菊丸達は関係なくリョーマに近付き、こうしてお喋りに興じていた。
「…手塚ってばおチビが関わると人格が替わるからにゃ〜。何か肝試しよりも怖いかも」
「菊丸、グラウンド20周だ。今すぐ走って来い」
とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、手塚は静かに言い放っていた。
菊丸はすぐに文句を言おうとしたが、こちらを見る手塚の視線がとても冷たい。
これでは何かを言えば、グラウンドの周回は増すばかりで、自分にとってマイナスでしかならない事に気付き、くるりと一回転をして一直線にグラウンドに走って行った。


「…ねぇ、肝試しって何?」
草取りの後の短い時間ではあったが普段通りの練習をした。
グラウンドを走り終えた菊丸は、手塚の睨みが効いたのか、練習の間はリョーマに近寄ってこなかった。
そして今は、自宅に帰る為に歩いていた。
「一般的に言えば、度胸があるか無いかを試す事だな」
「ふーん。じゃあ、ゴーストハウスに入ったりするの?」
手塚からは言葉の意味だけを説明されたが、しっかりと要点を抑えているのですぐに理解が出来、自分なりの解釈を伝える。
「そうだな。心霊スポットや墓場などに行って、自分がそこに来たと言う証を残す為に写真を撮ったりな」
「暇な人達なんだね。俺だったらテニスしていた方がいいや」
わざわざ出掛けてまでするなんて考え、リョーマには少しも無い。
「リョーマらしいな」
ふっ、口元が緩む。
「そう?だって度胸を試すなんて、他の事でも出来るし。例えばこうして…」
ニヤリと笑うと、リョーマは手塚の腕に自分の腕を絡めた。
「…リョ、リョーマ?」
「肝試しだよ。どこまでこのままでいられる?」
見上げるリョーマの視線は悪戯っ子の目をしていた。
可愛いと思いながらも、リョーマのしている事は肝試しとは違うと教える必要がある。
「それは我慢比べではないのか?」
リョーマがわかるような単語を選び、さり気無く伝える。
「どっちでも一緒だよ。先に腕を離した方が負けだからね」
いや、全く違うと言いたかったが、挑戦には受けて立たなければならない。
しかも、この挑戦はかなり刺激的だ。

「…何か誰も通らないんだけど」
折角、勝負にまで持ち込んだのに、これではただ歩いているだけ。
手塚の様子を伺ってみれば、前を向いて歩いているだけで、焦りなどが見えない。
「つまんないの…や〜めた」
誰も来ないのなら勝負にならない。
リョーマは思わず腕を離してしまった。
「何だ、意外と早い降参だったな」
「こんなんじゃ勝負にならないでしょ?違う事で勝負しようよ」
「だが、勝負は勝負だ。しかもお前から持ち掛けた勝負」
「…う」
自分から勝手に勝負を下りてしまったので、何も言えない。
だからといって、この勝負には何かを賭けるとも言っておらず、これは自分のプライドとの戦い。
「まぁ、俺としては誰かに見られても平気だがな。逆にお前が誰かと歩いている姿を見る方が俺には辛い」
「…それじゃ、初めから肝試しにならなかったんじゃ…」
何も言わず、ただ微笑むだけの手塚に、リョーマは何も賭けなくて良かったと大きく息を吐いていた。
「…じゃ、こうしよ」
腕の代わりに今度は手を繋いだ。
「また、お前から離すのか?」
「…今度は離さないよ」
離さない。
いや、離せない。
これは自分がどれだけ相手を想っているのかの、自分との勝負なんだから。

2人が別れるまで、繋がれた手は離れる事は無かった。



怖いものなんて何も無い。
あるとすれば、愛する人が傍にいない事。



ちょっとお題と違うかも…。