01.第一印象


人は出会いと別れを繰り返す。
その中でも運命によって導かれた相手とは出会いはあっても、別れはない。

そんな相手と初めての出会いは本当に偶然の産物…。


今日の練習はレギュラーは試合形式になっていて、自分の番が来るまでは行われている試合を見学するか、海堂のようにトレーニングをするかだった。
「なぁ、おチビって手塚の第一印象ってどうだった?」
使われるのはA,Bコート。
Cコートは他の部員達が行う通常の練習用になっていた。
今はAコートで不二と桃城の試合、Bコートで河村と乾の試合をしているので、リョーマの対戦相手となる菊丸は、Aコートの試合を一緒に見ていた。
「手塚部長の?」
菊丸の唐突な質問はいつもの事で、リョーマは普通に対応していた。
華麗なプレイをする不二とダイナミックな桃城の試合は、静と動がぶつかり合う面白い試合で、視線はコートにありながらも会話をしていた。
「そうそう。だって、おチビっていきなりグランド走らされたじゃん。やっぱ、ちょっと嫌な感じだった?」
「…別に何とも。ま、荒井先輩とかはちょっと懲らしめたくなるタイプでしたけどね」
「あはは〜、納得」
遠征に行っていたレギュラー達の代わりにコートでは荒井達2年生が1年生をカモに金をせびり取ろうとしていた。
最終的に足首の捻挫で行かなかった桃城とリョーマが試合する事になりその場は何も起こらずに済んだが、次には部室に置いてあった年代物のラケットでリョーマは荒井と試合をさせられたのだが、結局それもリョーマとの実力の差でコテンパンにやられていた。
その度にリョーマは手塚にグランドを走らされていた。
「…でも、あえて言うなら部長の第一印象って『強そう』って感じだったかな」
「ふ〜ん、そうなんだ。で、やっぱり『強そう』だった」
「そうっスね、でも今は『強い』ですよ。いろんな意味で…」
会話のネタにされているなんて知らない手塚は、いつものように腕を組み、鋭い視線でBコートで乾と河村の試合を静観していた。


部活が終わり、部室に残るのは手塚とリョーマの2人だけ。
全員が帰ってから1時間くらいはここにいるのが日常的になってきていた。
「今日の試合は菊丸封じに専念していたが、あれでは攻撃が疎かになるな」
「あ、やっぱり、そう思う?俺もちょっと失敗したって思ってたんだ」
部誌を書き終えて顧問に届け終わった手塚は、待っていてくれたリョーマを抱き締めながら練習の反省会をしていた。
「菊丸の弱点はアクロバティックなプレイによって失われる持続力だが、それも改善しつつあるからな。なかなか攻略が難しい相手だな」
「国光でもそんな風に思うんだ。何かどこにも敵無しみたいなのに」
すりすり、と胸に頬擦りをすれば、手塚はリョーマの頭を優しく撫でる。
「少しの油断が最悪の結果になる。気を引き締めないとな」
「…そうだね」
ちゅ、と髪に口付けられ、その感触は電気のように全身に伝わった。
会話は真面目なのに、行動だけは違っていた。
「ところで、試合の前に菊丸と話しをしていたな?何を話していたんだ」
立ち話も何だからと、場所をベンチに移動する。
手塚が座り、脚に跨る形でリョーマが座れば、またもやピッタリとくっ付く。
これが1番良い体勢。
「ん、国光の第一印象」
「俺の?それで何て答えたんだ?」
「国光の第一印象は『強そう』だったって答えたけど…」
「そうか、俺は『強そう』なのか」
「今は違うけどね。でも第一印象だもん。国光がどんな人なのかって知らなかったし、こんな風になるなんて考えてもいなかったから」
真面目だけの堅物、自分にも他人にも厳しく、表情なんて滅多に変わらない鉄仮面などなどといった少し悪口系なものから、どんな時でも冷静に対応でき、勉学も運動もでき、秀麗な表情は大人っぽく見えるといった尊敬や羨望といった印象まで様々。
「それもそうだな」
このように抱き合うような関係になるなんて、あの頃は全く想像していなかった。
「じゃあさ、俺の第一印象は?」
自分が話したのだからと、リョーマは手塚に話を振る。
「…実力のある1年生くらいだな」
ふむ、と考えたが、出会った頃のリョーマの印象なんてそれくらいだった。
桃城と海堂以外の2年生なんて全く相手にならないほどの強さ。
きっとこの青学の中心になりうる人物だと当初から睨んでいた。
「やっぱ、初めはそうだよね。で、いつから変わった?」
「そうだな、ランキング戦辺りか。お前から目が離せなくなった。ただ気になるだけの存在かと思ったが違っていた」
何時の間にか自分にとっては家族以上に大切な存在となり、その心と身体の全てを自分だけを求めるようにしたくなった。
同じ欲望はリョーマの中にもあり、2人は自然に付き合い始めた。
「…菊丸先輩には、今は『強い』って付け足しておいたけどね」
「それはテニスだけか?」
部活中の厳しい瞳は影を無くし、リョーマを見つめる視線は優しいばかり。
「色々だよ。テニスだけじゃなくってね…」
優しい瞳を見つめながら、リョーマは手塚の唇のすぐ横に自分の唇を押し付ける。
唇にしないのは、リョーマが手塚にキスを強請っているからで、手塚はそんな可愛らしい仕種をするリョーマに最高のキスを贈る。
「…国光のキスって本当に気持ちイイ…」
魂までも奪われそうな口付けにリョーマはいつも蕩けてしまう。
合わさった唇。
そこから伝わる熱によって身体中は火照り、途端に力が抜けていく。
「…第一印象じゃ、絶対にこういうのは下手だと思ったのにな…」
「それは俺が上手いという事か?」
「そ、テニスと同じでテクニシャンだよね」
ん、と唇を突き出して、もう一度と訴えれば、手塚は先程よりも濃厚なキスをする。
啄ばむように何度も重ねてから、下唇だけを優しく噛めば、リョーマは少しだけ閉じている唇を開く。
互いの舌をしっとりと絡めれば、くちゅ、と場に不釣合いな音が響く。
「……ん…ふ…」
口で息をするなんて無理な事で、リョーマは鼻で息をするが、長い間は持たない。
どうにも耐え切れなくなると、リョーマは手塚の背をとんとんと叩いて訴える。
「…は…ふぅ…」
惜しみながら唇を離せば、リョーマは甘さを含んだ吐息を放つ。
「お前との実戦の成果だ」
「俺との?それじゃキスは俺が初めて?」
「キスだけじゃ無いぞ。付き合うのも抱き合うのも全てだ」
長いキスによって少し腫れぼったくなっている唇、目元がほんのりと赤くなっているリョーマは、性別や年齢を超えた艶かしさを出していて、手塚はいつも自分の理性と戦っていた。
「じゃ、俺って国光の運命の相手なのかな?」
「運命の相手か、そうかもしれないな」
この出会いに感謝して手塚はもう一度リョーマにキスをした。


「他の奴らの第一印象はどうだった?」
跨った状態では少しマズくなりそうだったので、リョーマはキスが終わった直後に手塚の横に座った。
「んーっと、桃先輩は面倒見が良さそうで単純な人で、菊丸先輩は猫みたいな人。河村先輩は気の弱そうな人。海堂先輩は根暗で、乾先輩はマニアみたいで、大石先輩は気の良さそうな人。不二先輩は…優しそうで腹黒そうな人」
「面白いものだな」
リョーマのレギュラーの印象はその通りなものが多くて、なかなか人を見る目があると頷いてしまった。
「俺の第一印象ってどうせ生意気とかなんだろうな。初っ端から先輩を懲らしめちゃってさ。普通はどんなに理不尽でも先輩の言う事は聞くモンでしょ?」
「だが、お前の行動は間違いでは無かった。あの時はグランドを走らせたが、それは規律を乱したからだ。それだけはわかってくれ」
「うん、わかってる。国光は部長としての使命を果たしただけだよね」
手塚の第一印象が『強そう』なのは、部の全員の手塚に対する態度が違っていたから。
コートに入った瞬間に起きたあの緊張感は、今でも覚えている。
凛とした声はコートの中を風のように走り抜け、その場にいた全員が動きを止めた。
その存在感はただ立っているだけでも失われなかったほど。
実際にラケットを振るったプレイを見なくても『この人は強いんだろうな』と、思わせるには充分過ぎるほどだった。
「さてと、帰ろっか。そろそろ門が閉まっちゃう」
「ああ、もうそんな時間か。お前との時間は過ぎるのが早いな」
時計の針は学校の正門が閉まる5分前となっていた。
また明日のこの時間を待ち侘びて、2人は部室を出て行った。


第一印象がどうであれ、今は誰よりも何よりも大切な存在。

これほど心奪われる存在は、生きている限りこの地上には現れない。

決して予感ではない。



一目惚れではなくて、何度も見ているうちに好きになるパターンですよ。