05.寝顔


自分だけに見せて。


「また、こんな場所で…」
特に約束をしている訳ではないが、普段いる所で姿が見えない恋人を探すのは日課になってしまった。
自分には何かのアンテナが付いているのかと思ってしまうほど、手塚は当たり前のように居場所を当ててしまう。
苦笑いを浮かべて見下ろせば、その先にはリョーマが心地良さそうに眠っていた。

学園内人気の少ない場所が幾つか存在している。
その1つは校舎の裏側。
木々の中に突然ぽっかりと現れる空間。
校舎からも通路からもこの場所は死角になるので、誰からも見付からない。
半日掛けて太陽に温められた芝生はとても気持ち良さそうで、リョーマがこの場所を見つけた時は「寝るのに丁度良い場所」としか思わなかったらしい。
その通りに、リョーマはあどけない顔を見せて眠っている。
このまま眠らせたら午後の授業は完全にサボりになるのは必然だ。
理由も無くサボらせるのはいけないと、予鈴が鳴る前に起こす事に決めた。
「リョーマ」
隣に座り、まずは名前を呼んでみるが反応は無い。
名前を呼んで起きるくらいの神経なら、自分がこの空間に入った事でとっくにリョーマは目を覚ましているはずだ。
「リョーマ、起きろ」
「…ん〜…」
もう1度名前を呼びながら身体を揺すってみれば、唸り声を出して嫌がるように片手でハエか何かを振り払うような動きを見せるが、すぐに手の動きを止める。
それっきりでまた何も動かない。
完全な熟睡状態。
これを覚醒させるのは時間が掛かりそうなので少し強引な方法も考える一方で、眠るリョーマの無防備な姿に『少しくらいならいいかもしれない』と、邪まな悪戯心が生まれるが、そんな事をすればリョーマの機嫌を損ねるだけ。
「仕方ないな…」
まだ時間もあるし、今日は本当に天気が良い。
手塚もリョーマの横に寝転んでみる。
「ああ、空が青いな」
リョーマの寝顔とゆっくりと流れる白い雲を眺めているうちに、手塚も目を閉じていた。


「…何で?」
珍しく予鈴が鳴る前に目が覚めたリョーマは、まるで添い寝するかのようにして眠っている手塚を不思議そうに見ていた。
夢の続きでも見ているのかと自分の頬を軽く叩いてみるが、頬に走る痛みは現実の痛みなので、夢の続きではなかった。
「…ん〜、起こした方がいいんだよね、こういう場合って…」
訊ねても自分と寝ている手塚しかいないので、答えはどこからも返ってこない。
「でも…、勿体無いかも」
結局、出した答えは『予鈴が鳴るまでこの寝顔をみていよう』だった。
こんなの滅多に見られない貴重な姿。
もう1度ゴロリと横になると、近くでその秀麗な寝顔を見つめる。
起きていても寝ていても、その顔が崩れる事は無い。
「本当にカッコイイ…」
うっとりとしながら眠る手塚の顔を見続ける。
「キスしたら起きるかな…」
童話の眠り姫を思い出す。
詳しい内容はわからないが、最後は魔女の呪いにより永い眠りについていたお姫様が王子様のキスで目を覚まし、2人は幸せに暮らした話だ。
どちらかといえば手塚の方が王子様だろうが、今の状態はリョーマが王子様役だ。
「もうすぐ予鈴も鳴るし、いいよね」
自分にそう言い聞かせると、リョーマは手塚の顔に自分の顔を近付ける。
「え?」
あと少しで唇が重なる瞬間、何かに後頭部をぐいと押された。
それが手塚の手だと気付く前に口付けられる。
軽く触れるだけのキスで終わるはずだったのに、のっけからしっとりと重なり、何時の間には手塚の舌がリョーマの口腔にまで潜り込む。
触れるだけにしておこうとしたキスは、ディープなものに変わった。
「…ちょ、国光」
キスだけに留めておけるのなら問題は無いが、知らないうちに背後に回された手の動きが少し気になる。
これ以上はマズイと、両手で手塚の胸を押してキスから逃げる。
「何とも情熱的な起こし方だな、リョーマ」
「寝たふりなんて酷い。目を覚ましていたんなら、さっさと起きてよ」
くっくっ、と意地悪く笑う手塚と真っ赤になって抗議するリョーマ。
起き上がった手塚は身体に付いた草や埃を払い、リョーマに手を差し出す。
「俺にしては眠り姫はお前の方だったのだが、お姫様を起こす前に気持ち良くて眠ってしまったみたいだ」
「何それ?」
リョーマが手を掴むと力を込めて起き上がらせ、背中を払ってやる。
「お前の寝顔が本当に気持ち良さそうでな、見惚れているうちに眠ってしまった」
「そうなんだ。でも国光まで寝ちゃうなんて、この場所は危険だな」
木に囲まれているので日差しなんてほとんど入らないと思っていたが、上手い具合に木々の隙間を抜けて入り込むのでいつでも暖かい。
「だが、ここなら誰の邪魔も入らないからな」
探していた時でも、ここに来るまで他の生徒とほとんど擦れ違わなかった。
外からはこの中で何をしていても絶対にわからない。
「…もしかして、変な事考えている?」
「まさか、校内でそこまではしないさ」
「じゃあ、さっきのは?」
そこまでがどこまでなのを確認するのは少々躊躇うので、この話題は濁らせる。
「お前の起こし方に煽られただけだ」
丁度意識が浮上していた所で、リョーマの口から「キスしたら起きるかな」なんて言うものだから、手塚は目を開けられずにいた。
「じゃ、もう二度とあんな起こし方はしない」
「…まぁ、お前が俺よりも先に起きる事なんて滅多に無いからな、今度は俺がこのやり方で起こしてやる」
「遠慮します」
実際にあんな起こし方をされたら、絶対にそのままなし崩しになりそうなので、丁寧に辞退する。
寝顔を見ているだけで満足できるのは、少しの時間だけだ。
それは手塚もリョーマも同じ。
リョーマの場合、どこでも寝てしまうのでこの愛らしい寝顔を誰でも自由に見られるが、手塚の場合は本当に稀だ。
「出来る事なら校内ではあまり寝ないで欲しいのが本心だ」
「何で?」
「…お前の寝顔はあまり他人には見せたくないのだ」
きょとん、とするリョーマに見つけた時と同じ苦笑いを浮かべてみせる。
「じゃ、出来るだけ国光と一緒にいる時にするよ」
「俺といる時は起きていて欲しいから、泊まりに来た時はゆっくり寝てくれ」
「…寝させてくれないくせに」
泊まりとなれば、なかなか寝させてくれない。
朝はさすがにゆっくりさせてくれるが、1度起きてしまえばもう寝られない。
「でも、国光の寝顔は俺だけのものだね」
自分はちょっと無理かもしれないけど、手塚に限っては人前で寝るなんて行動はしない。
今日のは本当にラッキーの一言に尽きる。
「そうだな。またにだが、これからもお前にだけは見せてしまうかもな」
話が終わると予鈴が鳴るので、手塚はリョーマの前髪を上げて、約束の代わりに優しいキスを落した。
直後の幸せを絵に描いたようなリョーマの綺麗な笑顔に、手塚もキス以上の優しい笑みを浮かべていた。

自分だけが知っている顔。

誰にも見せたくない。




何か上手くいかなかった…。