03.それが聞きたくて |
最近、聞いてないと思うのは気のせい? 「次の日曜日って暇?」 部活の最中、リョーマは自然な動きで手塚に近付き、すれ違いざまに訊ねていた。 付き合っているのはレギュラー以外は知らない事実なので、下手に仲が良いところを見せられない。 だから手塚がリョーマの質問に答える方法は、言葉ではなく態度だった。 コートの中の見渡す時は他人を近寄らせないよう腕を組んでいる。 このまま腕を組んでいればNO。 組んでいた腕を外せばYES。 少し離れてからこっそりと手塚を見れば、組んでいた腕は見事に外されていたので、答えはYESだった。 リョーマは帽子を目深にかぶると、口元に笑みを作っていた。 忙しい毎日は否応無しに恋人としての時間を減らしていく。 校内でしっかりと顔を合わせられるのは部活の時間のみで、校外に出ればほとんど顔を合わせる時間は無い。 試合も近いとあって休みも無い状態で、只管にテニスばかりしている。 リョーマに至っては、自宅に戻ってからも父親と練習をしているので、食事の後はじっくりと湯船に浸かると早目に寝ている。 これでは平日の夜に会う事など出来やしない。 テニスをしている時は、お互いの存在を忘れられるのに、終わった後は無性に逢いたくなり、今回はリョーマの方がその度合いが高まっていた。 「…日曜日か、部活は午前のみだからな」 自分の前を通る時に聞こえた声。 恋人からの誘いを断るなんて出来ない。 2人にしかわからない合図を送ると、リョーマからの返事も届いた。 リョーマが帽子を目深にかぶった時は、確認済みの合図。 日曜日は顧問の都合で午前中しか練習はない。 午後はテニスを忘れて、逢えなかった時間を埋めようと決めていた。 試合に勝利する為に練習は必要だが、過度な練習は身体に悪い。 それに加えて、今は恋人との時間が不足しているので、身体にも心にも悪い状態。 ストレスになる前に行動に移そうとしたが、自分が動くより先にリョーマが動いていた。 相手も自分を求めている事に喜び、手塚は練習に力が入るのだった。 日曜日はあいにくの曇天であったが、気温的に熱くも寒くも無いので、デートにはもってこいな日だった。 晴れていても雨が降っていても、傍にいられる時間があればそれだけでいい。 待ち合わせをするよりも一緒にいたい気持ちの方が強くて、まずは手塚の自宅に行き、それからリョーマの自宅にやって来た。 家の中には入らず、着替えて出て来るのを待つだけ。 ガラガラと扉を開閉する音が聞こえると、軽快な靴の音が近付いてくる。 音のする方を見れば、パーカーとジーンズという軽装に着替えたリョーマが靴を履きながら走って来ていた。 「早かったな」 乱れた髪を直してやれば、にっこりと笑顔を見せる。 「親父に掴まりそうになったけど、逃げてきた。今日はどこに行く?」 「そうだな…その前に食事に行くか?」 「え?あ、それ賛成。じゃ、そこでゆっくり考えよ」 午前中のみだったが、練習内容は只管に厳しいものだった。 その部活でかなりのエネルギーを消費しているので、無くなった分は取り戻さないとならない。 お腹が空いていた事すらリョーマは忘れていた。 昼食は近くのファミレス。 ここはファミレスにしては味も素材も悪く無く、メニューも豊富。 和洋中のメニューがかなり揃っていて、季節によって限定のメニューがあるのも人気だ。 リョーマはどれだけ悩んでも結局は和食を選ぶのだが、手塚は色々な物を頼むのでいつも味見をさせてもらっていた。 休日の昼は全席禁煙席になるので、2人は眺めが良い窓側ではなく人気の無い壁側を選んだ。 「えっと、しょうが焼き…定食で」 和食のメニューしか見なかったリョーマは、しょうが焼きをチョイス。 定食にすれば、ご飯と味噌汁と漬物それと惣菜が入った小鉢がついてくるので、リョーマは必ず定食にしている。 「ビーフシチュー、ライスでお願いします」 ウエイトレスが去ると、リョーマはすかさず手塚にこう言う。 「俺のしょうが焼きあげるから、ビーシチューも食べたい」 水の入ったグラスを横に置き、少し身体をテーブルに乗せてお願いをする。 「そういうと思っていたから、ライスにしておいた。お前もパンよりライスの方がいいだろう?」 「部長って本当に優しい…」 「お前限定だ」 こんなやり取りを平気でするので、あまり人に見られる場所にしないのであった。 「さてと、この後はどうしよっか?」 食事が運ばれて来るまでの間で、この後の予定を決めなければならない。 どちらかと言えば、どちらかの自宅で2人で過ごす事が多く、こうして出掛けるのは久しぶりなので、行き先を悩んでしまう。 「行きたいところはあるか?」 「んっと、とりあえず2人きりになれればいいかなって…」 手塚にもリョーマにも特に行きたい場所は無いらしく、お互いにどちらかの行きたい場所をデートの行き先にしてしまえばいいと考えていた。 「そうか……ならば、プラネタリウムはどうだ?」 悩み出すと行き先が決まらないまま時間が過ぎてしまうので、手塚はリョーマより先に思い付いた場所を口に出してみた。 「初めてのデートの行き先だったよね?すっごく綺麗だったな……うん、行く」 ほんのりと頬が赤く染まるのは、初めての日をリョーマがとても大切にしているからだ。 オペレーターの声しか届かない館内で、近くに誰もいなかったので、ずっと手を繋いでいた。 視線は天井だったが、意識は繋がっている手に。 人の体温なんて気持ち悪いと思っていたのに、この温もりは驚くほどに心地良かった。 それは手を繋ぐよりも、もっと深く繋がった時もそう感じていた。 きっと、この人とだから気持ち良いと思えるし、もっと触れたい、もっと触れて欲しいと嘘みたいに欲が出る。 (…その時に囁く声が最高なんだよね。最近聞いてないな…) 料理が来るまで会話をしているが、それとは別の意識でリョーマは色々と考えていた。 少し前に不二から「手塚のどこが好きなの?」と聞かれたが、その時は「テニス」とだけ答えておいたが、本当はたくさんありすぎて答えられなかった。 下手に答えてネタになるのは絶対に避けたい。 自分だけならともかく、こういう場合は相手も巻き添えになる。 「お待たせしました」 「あ、しょうが焼きはこっち」 そうこうしているうちに料理が届き、リョーマの意識は食事に集中する。 自分のしょうが焼きを少し手塚に分けて、自分はビーフシチューをもらう。 「ビーフシチュー美味しいね」 しょうが焼きと交換して、リョーマは2つの料理を楽しむ。 美味しそうに食べるリョーマを見ていると、食事という行為が楽しくなるから不思議だ。 小さいからとバカにされないように誰に対しても強気でクールな態度でいるが、実際のリョーマは表情も豊かでとても可愛い。 だから、いつでも触れたくなる。 抱き締めたい、キスをしたい、熱く絡まりたい。 2人きりになると、普段では考えにくいほどの欲が出る。 (…その時の声がまた良い…しばらく聞いていないな) こうして何気ない会話をしているが、手塚もあれこれと考えていた。 食事が済むと、デートの行き先に決まったプラネタリウムに向かい歩き出し、近くまで行けば自分達と同じ場所に向かっている家族連れやカップルがいた。 指定席ではないので、窓口でチケットを購入して中に入れば好きな場所を選ぶ。 人の邪魔にならなくて、人の視線を気にしなくても良い場所を探し、取られる前にさっさと座る。 始まるまではお喋りの声が聞こえていたが、館内が暗くなれば水を打ったように静かになり、オペレーターの声と場に合ったBGMだけになる。 初めての時と同じように手を繋いでいたが、リョーマがぎゅっと握れば手塚は視線をリョーマに合わせる。 「…ね、終わったら本当に2人だけになれるところに行きたい…」 少しだけ身体を手塚側に寄せて耳元で囁けば、手塚は一瞬だけ目を見開くが、すぐにいつもとおりの優しい視線に変わり、答えの代わりにゆっくりと頷いていた。 「やっぱり、綺麗だったね」 「勉強にもなるしな」 プラネタリウムの感想を言いながら結局は手塚の自宅にやって来たリョーマ。 そうそう2人きりになれる場所なんて無く、何も気にしないでいられるのはお互いの部屋の中しかないが、どうせ何があっても相手さえいればいいのでここが1番良い場所。 しかも両親も祖父も出掛けていたので、正真正銘の2人きりになれた。 「…じゃ、くっ付いてもいいよね?」 「ああ、そうしようか」 言うが早いが、手塚はリョーマの身体を引き寄せて、細い身体をしっかりと胸に抱く。 リョーマも手塚の首に腕をまわし、密着度を深めてから熱いキスを交わす。 挨拶程度のキスならリョーマはアメリカで経験があるが、感情のこもったキスは手塚が初めての相手。 固そうに見える唇が実際は柔らかくて弾力がある事を知ってからは、キスがとても好きになった。 「…ね、言ってよ…」 唇を触れさせながら、リョーマは『聞きたがっている』言葉を強請る。 だが、ヒントは何も与えない。 自分の事を本気で思っているのなら、何も言わなくても欲しい言葉をくれるはず。 「……リョーマ、好きだ」 手塚は自分が欲しいと願う言葉をリョーマへ伝える。 自分の想いは本物でこの言葉も真実だから、自分にも想いを教えて欲しいと願いを込める。 「…うん、俺も国光が好き…」 熱く囁かれる言葉にうっとりとしながらリョーマも自分の想いを伝える。 たった二文字の言葉がこれほどまでに心も身体を熱くするなんて今まで知らなかった。 教えてくれた相手に心底感謝し、今の気持ちはこれからも変わらないと知ってもらう為に、リョーマは自分から何度もキスをする。 想いが伝わったのか、手塚もリョーマへ何度もキスをしてから、2人はより深く想いを伝える為にベッドへと移動した。 何も無い殺風景な室内でも、好きな人さえいれば、ここは満天の空よりも素晴らしい場所になる。 大好きな人と深く繋がり合い、聞きたいと願っている言葉を言ってくれれば、他には何も必要ない。 「…国光…好き」 身体の奥に感じる熱に内側から燃やされそうになるのを耐えながら、リョーマは熱に浮かされた瞳を手塚にだけ向けて、何度も想いを言葉にする。 「好きだ、リョーマ…」 どうしもうもなく愛しい相手をこの腕に抱ける事が最高の瞬間。 湧き上がる感情を言葉にして、自身をリョーマの内部に納める。 聞きたいのは…その一言だけ。 今はそれだけで充分。 |
やっぱり言葉は必要ですよね。