04.駆け引き |
地区予選の準々決勝は、リョーマにとっては男のプライドを掛けた大事な試合だった。 数日前に見つけたストリートテニスコート場。 そこで出会った、次の試合相手である玉林中の選手、泉と布川。 ダブルス初体験のリョーマは相手に煽られて桃城と即席コンビで試合をしてみたが、情けない結果に終わり、互いにシングルス3を狙っていた2人は、この借りを返す為にダブルス2として出場した。 試合はやや苦戦したが、2人が思いついた戦法で何とか勝利した。 が、試合後はスミレにこっぴどく怒られ、勝ったにも拘らず、2人はベンチの前で正座をする羽目になり、周囲から失笑を買っていた。 この試合、手塚は出場メンバーに入っていなかったが、その必要は全く無かった。 準決勝はダブルス2、ダブルス1、そしてシングルス3の3試合で終わり、決勝戦を迎えた。 相手は不動峰中。 昨年までのメンバーは1人もおらず、顧問の先生すらいなかった。 だが、不動胸の試合結果を見れば、簡単に勝たせてもらえるような相手ではなく、リョーマはシングルス2として、手塚はシングルス1として登録されていた。 「決勝戦は棄権もあったけど、やっぱり先輩達って強いよな」 「うん、リョーマ君は怪我しちゃったけど…」 帰り道でリョーマの心配をするのは1年トリオだった。 試合中に左瞼に怪我をしたリョーマは、表彰式の後で病院に直行となった。 残りのレギュラーと乾はスミレに話し、打ち上げとして河村の実家である寿司屋に直行していた。 「でも、これで都大会に出場だね」 「都大会か〜、楽しみだよね」 自分達が出るわけではないが、勝ち進んでいくのは嬉しい。 「よーし、次も頑張って応援するぞー!」 自分達の練習も大事だけど、勝ち進む為には応援も必要だと、1年トリオは練習に命を掛けるようになっていた。 その頃。 「………」 病院で左瞼の治療を受け、その足で河村寿司に向かったリョーマは、扉を開けた途端に固まり、そのまま開けた扉を閉めてしまった。 すぐに河村によって店内に導かれたが、この状態にリョーマは着いていけなかった。 カウンターには手塚と乾と大石が座り、座敷には残りのメンバーが座っていて、テーブル上には美味しそうな寿司が並んでいた。 しかも、直後に乾杯が始まってしまい、その間もリョーマは黙ったままだった。 だが、寿司をただでお腹一杯食べられるとあって、座敷に座ったリョーマは目の前の寿司をパクパクと食べ始めた。 「怪我は大丈夫なのか?」 「平気っすよ」 競うように食べていた桃城に怪我の具合を訊かれれば、口をモグモグさせながら答えるが、リョーマは寿司に夢中になっている振りをして手塚の後姿を見ていた。 大石と乾だけがカウンターに座っていて、こちらを見る事はあまりない。 『好き』だと自覚してから、どうしても視線が手塚に行ってしまうが、見られている本人は全く気が付かない。 どこか寂しい気持ちになるが、「片想いなんてこんなもんだ」と思ってしまえば、少しだけ気分が軽くなった。 それからは談笑しつつも、菊丸は大好きな穴子を全て食べられてしまって騒いだり、不二が河村に頼んで作ってもらったワサビだけの巻き寿司を食べて大変な事になったりと、変な盛り上がりを見せる中、手塚と大石は先に店を出ていた。 「越前があの状態で勝てるとは思わなかったな」 「…やはり経験の差か」 アメリカでのジュニア大会4連覇は伊達ではない。 だが、何か引っ掛かる部分が手塚の中にはあった。 リョーマのプレイにはテニスに対する情熱よりも、何かに固執しているように見受けられた。 その何かがわからず、じれったいような感情が胸の中でざわざわとしている。 「…手塚?」 「何だ?」 不意に大石が真面目な顔で話し掛けてきた。 「いや、話し掛けても上の空だったからな」 「そうだったのか、すまなかった」 話し掛けられたのは一度きりだと思っていたが、何度か話し掛けられていた。 最後の呼びかけにしか気付かなかったのは、隣にいる大石よりも今も盛り上がっているだろう寿司屋にいるリョーマに集中していたから。 「…次は都大会だな」 「ああ、地区予選とは違って相手も強くなるからな、今以上に練習を厳しくしないと勝ち残れないだろう」 練習内容は乾と検討する必要があるが、今日くらいは優勝の余韻に浸っているのも良いだろうと、話をするのを止めておいた。 それに、心の中はまだ別の件でざわざわしていて、それどころでは無かった。 手塚が、リョーマのテニスに対する固執の理由を知るのは、その数日後。 リョーマの怪我は意外と早く治り、練習もそれまで以上に厳しくなっていたが、誰一人として根を上げる者はいなかった。 そんな中、練習中のスミレの発言が手塚に全てを悟らせた。 リョーマの父親が元テニスプレイヤーの越前南次郎。 そして、リョーマのスタイルが父親にそっくりだという事。 手塚はリョーマがテニスにおいての目標が何なのかを悟ったと同時に、胸の中がざわざわしていた感情の名前を知った。 強くなりたい理由が父親を倒す為だけ。 何にでも目標があるのは良い事だが、特別な感情を抱いてしまった相手。 どうにかしてその小さな世界を叩き潰してやりたくなった。 この日から数日後、手塚は青学テニス部の未来と己の気持ちを整理させる為、スミレに「越前と試合をさせて下さい」と頼み、学校とは別の場所で2人は試合を行った。 持てる力の全てを使い、跳ねるボールを打ち返す。 その1球ごとに、リョーマの中には『勝ちたい』という思いと、『好き』という想いが膨らむ。 子供の頃はおもちゃよりもラケットやボールで遊んでいた。 影響なんてものでは無く、父親にテニスの全てを教わった。 けれど、何時の間にか父親は倒すべき相手になっていて、父親を倒したいが為に強くなりたいと思うようになっていた。 この考えが手塚との試合でどんどんと薄れていく。 最後には父親なんてどうでもよくなっていた。 「越前、お前は青学の柱になれ」 手塚の零式ドロップショットが決まった瞬間、リョーマはコートに膝を付いた。 試合は終わり、勝負は手塚の勝利。 そして、この一言。 手塚はこの試合でリョーマに父親以外にも強い選手がいる事を教えながら、自分を見るように上手く仕向けていた。 リョーマは手塚の意図に気付く余裕など無かったが、元々恋心を抱いていた手塚に完全に落ちていた。 この試合で2人の距離は近付いたように思えたが、まだまだ口に出して気持ちを伝える事は出来なかった。 |
駆け引き?
手塚が策士っぽいところを出してみました。