24.キスマーク |
「越前。その手、どうしたの?」 練習の合間の休憩時間。 リョーマは顔を伝う汗を流そうと水道に行き、ジャブジャブと顔を洗っていると、同じように顔を洗いにやって来た不二がリョーマの左手を見て問いかけた。 「…え?」 何を言っているのかわからず、流れる水を止める為に水道の蛇口を締める。 ポタポタと落ちる水滴を置いてあったタオルで拭きながら、不二が気にしている左手の甲を見れば、そこには内出血のような痕があった。 「あれ?なんだコレ?ぶつけたのかな…」 他にはどこにもなく、中心に一つだけポツンとある痕。 転んだ記憶はないし、どこかにぶつけた覚えもない。 虫さされなら痛みや痒みがあって腫れたりするけど、まっ平らな皮膚のまま。 「痛くない?」 「別になんともないっす」 触りながらその痕をジッと見つめるリョーマは、少しの沈黙の後、首を捻って「…やっぱり、わかんないっす」と言うしかなかった。 20分後に練習が再開されれば、第一発見者の不二はその痕の事なんか忘れてしまったが、リョーマは何度もラケットを握る手を見つめていた。 練習が終わり、同じ1年生達が片付けをしている中、リョーマはパタパタと走って大石と何か話している手塚の元へと向かった。 「部長」 「どうした、越前」 表向きは先輩後輩の仲を続けているから、コートの中では一歩離れた関係だ。 部長としてリョーマを見ている手塚の表情は、普段の真面目な手塚国光で、2人きりでいる時の顔は絶対に見せない。 「ちょっと話があるんで、後でいいっすか」 「わかった。部室で待っていろ」 「ういっす」 二言三言で終わらせてから片付けの輪の中に入り、転がっているボールをラケットで器用に拾っていた。 片付けを済ませてとっくに着替えた上級生達が帰って行く中、ワイワイと着替えを済ませる1年生達。 帰りにどこかに寄って行くのか、仲間を集っている同級生の誘いを断り、リョーマは部室内のベンチに座って手塚を待っていた。 「およ、おチビはまだ帰らないのか?」 待っている途中で忘れ物を取りに来た菊丸に、1人きりでベンチに座っているリョーマを見付け、物珍しそうに近付いて来た。 「ちょっと部長に話があるんで」 数人に同じ質問をされたが、面倒だから全て同じ答えを返していた。 「ふーん、珍しいコトもあるもんだにゃ〜。明日は雨かにゃ?」 曇りガラスで見えないはずなのに、菊丸はリョーマの頭上にある窓ガラスから空を眺め、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるので、リョーマはムッとして菊丸の足を蹴り上げてみれば、「痛いじゃないか、おチビ」と涙目で訴えてくる。 ムカついていたので完全に無視をしておいた。 菊丸が帰ってから数分後、手塚が部室に戻って来た。 いつもなら大石と2人で顧問に報告に行くのだが、今日は大石に用があるとの事で1人で報告に行っていた。 「済まない。待たせてしまっただろうか」 リョーマを見つめる手塚の表情は練習中とは異なり穏やかだ。 「ちょっとだけ」 リョーマもつい笑顔になる。 「それで、話とはなんだ」 「…これさ、国光が付けたんだよね?」 左手の甲を上げて手塚に見せる。 「やっと気が付いたか」 「何時の間に?」 「昼休みだ」 「うそっ、全然気が付かなかった」 昼休みは手塚の膝枕で眠っていた。 それから午後の授業を受けて、部活の練習に出て不二が見付けて、今に至る。 犯人は見た瞬間にわかったが、これがいつ付けられたものなのかは全く謎のままだったのに、まさかあの昼休みの間に付けられていたなんて本気で知らなかった。 午後の授業はずっと起きていて、左手でシャープを握っていた。 もしかしたら誰かに見られていた? いや、見たとしてもこれが何かなんて瞬時にはわからないだろう。 だけど、何か…。 「…キスマークだよね。なんでここに?」 「他の場所でも良かったのか」 「ううん、それは困る。絶対に不二先輩とか菊丸先輩に見付かるから」 キスマークと言えば、首に付けたりするもの。 そう思いつつも、まだキスするのもドキドキするのだ。 それ以上の関係になるのはまだだ先になると考えているから、身体にキスをされるなんて心臓が飛び出てしまうかもしれない。 期待を込めた熱い視線で見つめられたが、ブンブンと頭を左右に振ってお断りをしておいた。 「そうか、残念だ」 「残念って…」 「いつかはお前の全てを俺にくれないだろうか」 「…いつかは、ね」 だけど、今はまだその時ではない。 だけど、いつかは身体の関係が必要になる時がくる。 こんな手の甲のキスマークで心臓がバクバクしているようでは、身体を繋げるなんて行為をしてしまったら心臓が止まってしまいそう。 手塚もリョーマの心情を理解してくれたのか、それ以上は何も言わなかった。 |
キスマークと言えば首だけど、まだそこまでの関係じゃないからね。